きみにサチあれ   作:三月ウーナン

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一萬の部屋

 祥華とそのあとも幾らか会話をした春樹は、今また白い部屋に戻ってきていた。残った最後の1枚、一萬{一萬}のプレートを扉に掛ける。

 扉を開くと、やはりよく似た、しかし異なる部屋が広がっていた。はじめて見るのは布を掛けられた姿見らしきものと、角にある本棚だ。春樹を苦悩させる勉強机も相変わらず健在である。溜息をついて机に向かう春樹の背には、もはや哀愁を帯びた貫禄があった。

 これまでの部屋とおよそ同じならと、日記や手紙を見る前に写真立てを見る。1枚だけ見たことのないそれに祥華と写っている人物が、この部屋の彼女の好きな相手の可能性が高い。読む前に知っていれば多少は覚悟もできるというものだ。

 そうして見た写真の中にいたのは、セーラー服を着た2人の少女だった。片方はもちろん祥華で、もう片方は知らない人物だ。親しげで微笑ましい写真だが、ここにあるのならそういうことなのだろう。春樹はそう来たか、と息をついた。どうしてそう茨の道ばかり行くのか。当人らも何もあえて叶い難い恋ばかりしているのではないだろうけど。アドバイスなんかを求められないのがせめてもの救いだ。

 しかし、さきに心構えをしておくという意味では効果はあった。1回分のダメージを2回に分割しただけの気もするが、それでもだ。いよいよ日記から手に取り、白紙の多いページを捲る。少女の机をあさり慣れてきた自分が、春樹は何よりもショックだった。

 

 

~日記(一萬)~

・今年に入ってからの日記のようだ

・1日に1ページが割かれている

・火、金曜日にだけ記述があり、他の曜日は白紙になっている

・書いた人物は高校生のようで、両日とも学校に通っている

・文芸部に所属しているようだ。部員の少ない小規模の部活だが、先輩とは親しく、楽しいようだ

・火曜日は必ず部に顔を出しているようだが、金曜日はまちまちのようだ

・全て消してもう一度書き直したかのような痕跡のあるページがいくつかある

・最も日付が現在と近いはずのページには、乱れた文字で「こわい」とだけ小さく書いてある

 

 

 なるほど、と春樹は頷いた。この先輩とやらがおそらく写真の彼女だろう。予想が当たっていそうで嬉しいような悲しいような、複雑な気分になる。しかし、それよりも気になるのは不自然な書き直しのあとと、最後のページだ。何か追い詰められているのでなければ良いが。

 日記を置いて、手紙を取り出す。引き出しの鍵はかかっていたが、持ったままの一索の部屋で拾ったものがこちらでも使えた。燃えてはいない、書きかけらしい手紙だ。

 

 

~祥華の手紙(一萬)~

先輩を眺めているのが好きでした。

放課後の教室で本を読む先輩は真剣なまなざしをしていて、開いた窓から吹く風を気にも留めていない様子でした。

暮れなずむ日に風に撫でられた髪がきらきらと照らされて、白い指の捲るページの音まで涼やかで、私はこの一瞬を命尽きるまで眺めていたいと、漠然とそんなことを考えていた気がします。

その光景を壊してしまいたくなくて、私は結局声を掛けることなく、先輩が私を見つけて不思議そうに名前を呼ぶほうが早いのです。

自分から声を掛けられないくせに、先輩に名前を呼ばれると嬉しくって、私は頬が緩むのを止められませんでした。先輩の前では私、いつも変な顔をしていたのではないかと心配で仕方ありません。

 

 

 合っていた。そして、さきの2人より思い詰めていなさそうだ。日記を読んで心配していたが、手紙に関しては印象が逆転する。その分、申し訳なさと気恥ずかしさは増しているが、春樹はそのいたたまれない気持ちを飲み込んだ。

 手紙を読む限りは元気そうでも、安心する理由にはならない。そもそもこの異常な状況は、祥華の好きなひとが3人いることが原因で起こったわけではないように思う。3通の手紙や、恋に言及する彼女らは、普通の女の子のそれに見えた。確かになかなか難しい相手ばかりのようだが、狂気的な何かを感じさせるようなところはなかった気がする。だから、どちらかというと、祥華が3人いることのほうが事の根幹のように思うのだ。

 さて、そういうわけなので探索を続けるのだが、この部屋にはあからさまに何かありそうなものがある。本棚だ。雑多に本が詰め込まれているが、どうも大半は小説だ。そう読書家でもない春樹でも知っているようなタイトルも並んでいるし、一見おかしなところはない。

 何か異質なものはないかとざっと蔵書を見渡したところ、1冊、目に付いた本がある。「はじめての麻雀―基礎編―」と題名のついたそれはいたって普通の麻雀入門書だが、小説が並んだ中では少々浮いていた。

 部屋の切り替えに使うプレートが麻雀を模しているようだし、意味のあるものなのかもしれない。付箋のついた箇所が1つだけあり、試しに開けてみると麻雀牌の解説と一覧が載っているページだ。

 

 

「はじめての麻雀―基礎編―」

麻雀は34種類×4枚の136枚の中から14枚で構成される決められた役を作るゲームです。牌には数牌と字牌があり、数牌は索子、筒子、萬子がそれぞれ1~9の27種類、字牌が東、南、西、北、白、發、中の7種類です。役は例外を除き、面子と呼ぶ、刻子(同じ牌が3枚)または、順子(数字の連続した同じ種類の数牌が3枚)が4組とアタマ(同じ牌2枚)が1組の形で作られます。*1

 

索子 {一索二索三索四索五索六索七索八索九索}

筒子 {一筒二筒三筒四筒五筒六筒七筒八筒九筒}

萬子 {一萬二萬三萬四萬五萬六萬七萬八萬九萬}

 

字牌 {東南西北白發中}

 

 

 よく読もうと本を大きく開いたところ、巻末よりのページに違和感があった。確認すると小さなメッセージカードが挟まれている。カードには無機質な文字で「これは僕からのおまけ。サービスしちゃう♡」と書かれていた。祥華とは明らかに違う、どうも嫌な予感しか感じさせない筆跡に春樹は露骨に表情を歪める。それでも本の内容を一応確認すると、三色同刻という役についてのページのようだ。

 

 

「三色同刻」

三色同刻は索子、筒子、萬子の同じ数字の刻子を揃えると成立する役です。残り1組の面子とアタマに指定はありません。

 

 

 一通り目を通して、春樹は頭をひねる。これらのことを合わせて考えると、つまり、つまり。……何も思いつかなかった。

 仕方がないので本を片付けたところで、ふと本棚を動かした形跡があるのに気が付いた。不審に思い壁との隙間をよく見ると、どうもこの後ろになにか空間があるらしい。本棚をどかしてみたところ、壁に埋め込まれる形でもう1つ本棚があった。中には黒い表紙の本がきっちりと並んでいる。

 1冊抜き取ってみるが、タイトルも作者も記載がなく、厚み以外に見分けはつかない。どれもこれも黒一色で、なんとも不親切な表紙だ。とりあえず手にある1冊を開いて検める。

 

 

「永遠の美しさの秘訣!65 ~人魚の歌声であの人のハートを掴もう~」

これまで多種多様な美容について紹介してきましたが、美しさは何も外見だけに留まるものではありません。今回は美しさの大切な要素のひとつである「声」について、以前から研究していた内容がやっとまとまりましたので、読者のみなさまにもお知らせいたします!この研究は船乗りを惑わせ海に引きずり込んでしまうという人魚の歌声、その美声を手に入れる方法を記した書籍を取り寄せたことに起因します。読み解いたところ、確かに人魚の歌声を手に入れる秘薬について記載があったのですが、材料に本物の人魚の声帯が必要で、再現がかなり困難でした。そこで私は代用として人間の声帯を使い、その声を手に入れる秘薬の開発に成功しました。人魚を用いる場合の魅了効果は失われてしまいますが―略―

 

 

 冒頭を少し読み進めたところで、春樹は本を閉じた。端的に言って不快な内容だ。何を思って著者はこれを書いたのか。顔をしかめながら本棚に返すと、すっかりどれが今手に持っていた本だか分からなくなる。ここに並んだ本全てが似た内容かと思うと次を読む気にはならなかった。ただ、どうも祥華が自身の美しさを目的にこの荒唐無稽で他人に害をなす方法に賛同するように思えず、それだけは疑問に留め置いた。

 気を取り直して姿見へ向かう。掛けられた布を取り払うと、細かな装飾がなされた白い縁のなかに、祥華がいた。

 黒い男物の喪服を着た祥華が驚いた顔をしている。春樹が動けば彼女も同じように動き、見比べれば喪服は自身が着ているそれに相違なく、目の前にあるのは鏡で間違いないようだ。春樹が祥華である以外はなにも異変がない。

 驚いたものの、そういうものかと飲み込んで、改めて鏡を覗く。祥華の顔に何か違和感があった。じっと見ていると、どうも瞳の色が黒だったためにそう思ったらしいと気が付く。今まで会話した彼女らがカラフルな目をしていたから。しかし、写真の祥華は鏡の中と同じ黒い目をしていた。どれが実際の色なのかは知らないが、日々を過ごしていた彼女はおそらく黒い瞳をしているのだろう。

 春樹が部屋を去れば、虚像の祥華も消えた。

 

 

 ベッドとそこに横たわる少女以外には何もない部屋も、これで3つ目だ。眠る少女、3人目の祥華は今までの彼女らとそう変わった様子もなく、寝息を立てている。目を閉じ話しもしないままでは、春樹に見分けることはできない。

「起きて、祥華ちゃん」

 目覚め開かれたその瞳が、次は青色をしていた。半身を起こして春樹、周囲と順に見渡し、もう一度春樹に視点を定めると、少し警戒したような顔をしながら「どちらさまでしょうか?」と鈴を転がすような声で口にした。

「おはよう、祥華ちゃん。俺は相馬春樹です。君の遠い親戚です」

「ご丁寧にありがとうございます。金城祥華と申します」

 簡素な挨拶の間も祥華は春樹から目を逸らすことはなかった。とはいっても、特別なにか疑っているのではない。見知らぬ相手に対する当然の警戒として、春樹を見ていた。しかしそれも、状況を飲み込むうちに達観に変わっていく。

「ここがどこか分かるかな?」

「私の心を模して作られた空間のようですね。悪趣味な……」

「まあ趣味悪いよね」

 春樹は苦笑交じりに答えた。彼女らが作ったのでないなら、今あるこの状況は悪趣味としか言いようがない。それでも、できることをやるしかないのが世知辛いところだ。

「君たち3人の中から1人を選んでほしいって言われたんだけど、君は俺が選んでいいの?」

「はい、かまいません。誰でも、私は私ですからね」

 祥華はいくらか険のとれた声で言う。目の前の男を信用することにしたのだ。ほかに選びようがないとしても、私が認めたなら、そう悪くもないだろう。

「じゃあ、すごく不躾なんだけど、君な好きな人の話、聞いていい?」

 春樹は複雑な心境は飲み込んで、問うた。祥華の青い瞳が驚きに丸くなったあと、キラキラと輝いて細められる。

「もちろんですよ!」

 最初に聞くのがそれなのかと思いはしたが、話ができるのは素直に喜ばしい。どうしたって秘めていなければいけなかった彼女のことを。

「私の思い人は部の先輩でいらした方です。とっても素敵な方ですよ。涼やかな目元に、濡羽色の長い髪、どこもかしこ柔らかくって、春のような女性なんです。私もう、名前を呼ばれるだけで舞い上がってしまって。隣にいるだけで、ありきたりな言葉ですが、世界が違って見えるんです」

 春樹は勢いに圧されつつも、微笑ましく思った。これに関しては本当に、彼女は思い詰めていないようだ。

「すごく好きなんだね……。告白はした?」

 祥華はしばし、口をつぐんだ。もう一度話始めるときには、今までより少し気落ちした顔をしている。

「先輩、実はお付き合いしている男性がいらっしゃるんです。私のほうがきっと先輩のこと大切に出来ると思うんですけれど、もし、私の気持ちそのものを先輩に否定されたらと思うと……。いえ!伝える前から諦めることなんて絶対しませんけれど!」

 握り拳を作って意気込む様子に、春樹は感嘆して息を漏らした。

「前向きだ」

「恋する乙女パワーです」

 得意げに微笑む祥華につられて、春樹も笑った。どうもこの状況以前から災難な目にあっていそうな彼女が、楽しそうにしている。辛いことばかりではないのだと分かるそれが、嬉しくて、少し痛かった。選ばれない「祥華」について思うからだ。そして、いつかの親友を思い出すから。

「他の祥華ちゃんについては何か思うことある?」

 聞いてみたいとも、知っておくべきだとも感じたのだ。

 生真面目な顔をした春樹に、祥華は少しの驚きを飲み込む。不必要なものまで背負っていこうとするそれは、きっと優しさと呼ぶのだろう。この不運な善きひとを利用するような真似を、悪く思わないではない。しかし、なりふり構っていられない現状では私以上に大切なものは無く、重荷も背負えるだけ背負ってもらうことに戸惑いは無い。

 私たちのことを知っていて欲しいという我儘で、口を開いた。

「二人にはとても助けられてきました。共に私でいられたことは何にも代えがたい奇跡です。二人にとっての私もきっと同じだと信じていますが、同じだけのものを返してこられたのかというと、少し自信がないですね」

「恩とかお返しとか気にしなくていいのに」

 春樹が思わずそう言ったのは、おそらく経験に基づくものだ。どれだけ歪だって、一緒にいられるならそれで良かったのだと今も思っている。何も返してなんていらなかった。それがかつて自分の望んだことだが、あいつは違ったらしい。そして、目の前の彼女も。

「私もきっとそう言うと思います。でも大好きですから。だからこそ、ですよ」

 きらきらと笑う祥華の表情はどこか幼ささえあって、ただ親愛だけを感じさせる。

「あなたが誰を選ぶとしても、きっとその恩に報いるだけのお返しは約束します。私はとってもすごいですから」

 得意げなその声に、春樹はなすすべなく肩を落とす。身勝手にも悲しく思ってしまう。何が変わるわけではないとしても、何もしないこともできず、口を開く。

「……文芸部だったよね、小説とか書くの?」

 脈絡のない問いに首を傾げつつも答える。

「見せられるほどのものではないですけどね」

「書けるだけすごいよ。いつか読ませて欲しいな」

「相馬さん、なかなか罪なひとですね」

 祥華はきょとんとしたあと合点がいき、それだけを言った。目の前のひとが残酷なまでに優しいことに、苦い顔をしながら。

 

*1
麻雀の説明としては足りなすぎですが、この話の中で必要な情報だけを記載しています




金城祥華(一萬)について

 3人の祥華のうちの1人。最も思慮深く、意思の統括をしている。学業での座学のテストなどを担当している。他人と会う機会が一番少ない。芸術分野では文学に造詣が深い。比較的、冷静沈着な性格。
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