「はぁ、はぁ、はぁ、」
息を切らし肩で呼吸しながらも必死に走る。背中から聞こえるお母さんの声を無視して、早朝故に人気のない病院の廊下を駆け抜け目的の病室を探す。額から汗が流れ、ジャージがべた付くのも気にも留めずに。
(ここだ)
目的の部屋を見つけた私は息を整えることなく扉を開いた。眼前に広がる景色は壁にもたれるように置かれた私のギターケース。そして点滴が腕につながって顔が見れない程に包帯がまかれた幼馴染がベットのに横たわる姿。
「ビックリした~ ひとり、入る時はノックしろよ」
扉のすぐそばに置かれていたソファーで眠っていた彼女の姉が普段と変わらぬ様子で注意してくる。しかしその声色は態度や言葉と違いは気が無かった。
「す、すいません」
「いいって、いいって。それより樹に話しかけてやりな」
私が扉を開いた音で起こしてしまったようで眠たげな瞳を向けてくる彼女に頭を下げる。あっけらかんとした態度で再び眠りに就こうとする彼女にはクマが出来ており、今日までまともに寝れてなかったんだと察しる。
今度は音を立てないように扉を閉めて幼馴染【
「_____ッ! _____スゥー…………」
あぁ、ありふれた事も言えない。こんな状況なら陽キャはなんて声をかけるのだろうか? いや、今は陰キャな私を呪う時じゃない。樹に何か言わなきゃ。言わなきゃ!言わなきゃ……
___結局私は声をかける事は出来ず、静かに涙を流しながら樹の手を握る事しかできなかった。妹の【ふたり】は大粒の涙を流しながら樹の名を呼び続けたのに、お母さんは優しく語りかけていたのに、お父さんは目覚めを悲願してたのに、私は何も言えなかった。
そもそも樹がベットの上で眠る事になったのは私のせいだ。いや本人は否定するだろうが、私は私を責めずにはいられない。
「この指止まれ」と言われて「私なんかが行っていいのだろうか?」と考えるようになったのは何時からだったろうか?少なくとも幼稚園の時の私はそう考えていた。そして皆が遊ぶのを部屋の片隅から指を食わて見ている。
そんな私の横に恐る恐ると座る緑の影、それが樹だった。彼女は皆から1歩? いや10歩ぐらい後ろから様子を見ながら手にした本を静かに読む。時折外から流れてくる風で金色の髪が揺れるその姿に、当時の私は大人っぽさを感じていた。
そんな彼女と初めて会話をしたのは何かの行事で2人組を作った時。互いに誰とも組めずに余りだった私達が自然と組む流れとなった。何か喋りかけなきゃと焦る私に「ゆっくりでいいですよ」なんて優しく微笑みかけてくる。正直、私が男だったら恋を始まりを予感させる一コマだった。
その日を境にちょっとずつ喋る仲になっていた私達。小学生の時には仲のいい友達! ……………になれていたと思いたいです。はい____
実際にはたから見れば正反対な2人だと思う。片や先生によく頼られる礼儀正しい子、片や猫背で何も喋らず置物の様にそこにいるだけの子。樹がいなかったら教室に存在してるかさえ分からない影の薄い女。あれ、なんか目から涙が……………
そんな私達がただの幼馴染ではなくなったのが中学1年の頃だ。テレビを見ていた私はとあるロックバンドの「陰キャでも輝けるんで」も言葉でお父さんのギターを借りて練習を始めた。そう、目的は文化祭でバンドの出し物をしてチヤホヤされるために!
翌日には何度も死にそうなりながらも樹にギターボーカルをやってもらう事に。ここまでは順調だった…… 文化祭でやる目標もあり互いに部活に入っていなかった事もあって放課後、どちらかの家に集まって練習をする日々。
お父さんや樹のお姉さん【犬吠埼
多くの人に見てもらい、登録者数や高評価もかなりされた。収録は私の家でやって、樹が編集と説明文を考え、私のパソコンから投稿。そう言えば何回か樹の家で生放送もやったっけ… 順風満帆なネット活動だけど、現実は違う。文化祭が攻める中でどの曲をやるのか一切決まらなかった。
いや私が青春コンプレックスを刺激する曲を否定するだけで、何がやりたいかの案を出さないミジンコ以下なのが悪いんだけど……… 何度も提案しては却下、提案しては却下する私を最後まで見捨てなかった我が幼馴染は聖人女神です。
結局、1年はバンドを披露する事無く終わった。けれど2年はと心持を新たにした私達。この頃にはチヤホヤされたいじゃなくて単純に樹とバンドをやるのが楽しかった。それを実感したのがソロでやった動画を上げ始めた時期。
樹はどうかは分からないけど、私は一人で引くのが寂しかった。…………単純に私が兎みたいに寂しがり屋だけなのかもしれないけど。もし文化祭に参加できなかったで疎遠になっていたら灰になるどころか、細胞ひとつ残らず分子崩壊していた。なので樹さまさま、頭は一生上がらない。
去年の反省点を押さえて樹は青春コンプレックスを刺激する曲を避けてくれたし、私も青春コンプレックスを刺激するもある程度耐えれる曲を選択し、今年は文化祭にギター勇者として参加できた。先生や生徒・保護者の中には私達の動画を見てくれている人もいたようで思ったよりも盛り上がって大成功!
_____けど、この日を境に私はギターを卒業した。
と言うのも文化祭の帰り道、いつもの様に私達はふたりで下校していた。浮かれていた私は自分のギターを樹に渡して柄にも無くはしゃぎ心ここにあらず。有頂天の絶好調のお調子モンスターと化してていた。だから気が付かなかった、樹に迫る影に……………
それに気が付いたのは樹の荷物が地面に落ちた音が響いたとき。慌てて後ろを振り向くと私のギターケースを背負ったままの樹が大の大人2人に無理やり車に乗せられるところ。幼馴染に起きている不幸に頭が追いついた時には樹を乗せた車は影も形もなかった。
もしあの時すぐに動けてたなら、もし私が樹の横を歩いていたなら、幸せに溺れていなければっとそんな後悔ばかりが私を襲う。
陰キャが調子に乗ってすみません、助けられてばかりの我儘プランクトンでごめんなさい。警察と話す私の頭の中はこればかりで何を話してかは覚えてない。ただ「ひとりのせいじゃない」と言うお母さんの声が聞こえていた気がする。
樹が誘拐されてから一週間後、ボロボロの姿で彼女は見つかった。樹に暴行しようとした現場に偶々警官が通り過ぎ、犯人逮捕と共に保護されたのが昨日の夜。あちこちから血を流し、一部の爪は無残にもはがされ、緑の瞳は光を映していなかった樹は救急搬送。
後で風さんから聞いた話では樹は私のギターケースを大事そうに抱えていたそうだ。現にギターケースには樹の血が染みついているだけで大した外傷もなく、中身も無事だった。そう、樹は自分よりも私のギターを守ったのだ。
馬鹿だよ。こんなの壊れて替えが効くのに…… 普段は私ほどじゃないけど弱気で引っ込み思案で給食も残してばかり。小学生みたいに小さいのに頼られたらそれに応えようと背一杯動く。私と違って嫌な事・無理な事は意外とハッキリと言葉にできるのにさ、なんでそんなになるまで私のギターを死守するのかな?
___数年後
「はぁ~~~」
ブランコに座り小さくため息を吐く。気が付けば高校生となった私、【後藤 ひとり】。
ギターヒーローは中学時代の思い出となり、今や背中に背負ったギターは罪への戒めで文化祭以降引いてない。高校は私がギター勇者の片割れだと知っている人がいない、あの事件を知らない人がいない場所を求めて自宅から片道2時間の場所へ。
服装は相変わらず髪色と同じピンクのジャージ、趣味は模索中。高校で新しくできた知り合い0…
「はぁ~~」
分かっている。待ちの姿勢で友人もしくは知り合いが出来ない事は… けど私みたいなのは喋りかけてくれなきゃ放せない「ひゃ▲※δーー」
卑屈になっていた私の頬に冷たい飲みきりサイズのペットボトルが触れた。突然の事に悲鳴を上げ、少し離れた所にいたサラリーマンがこちらを見つめてくる。
「___」
頬に当てられたペットボトルを受け取りながら後ろに立つ人物へ怒りを込めた視線に向ける。そこに立っていたのは小柄な女性。私の通う下北沢の学校の制服の上から花のワンポイントが付いた緑の上着を羽織っている。
顔から下を見れば多少派手な上着を着た小学生だろう。そう素材の様さを潰しているのは頭部、さらに絞るなら顔に付いた不気味な仮面。白を基調としており木のような模様が入った不気味な仮面の隙間からこちら見つめてくる。彼女から貰ったオレンジジュースを飲んでから文句を言う。
「樹、ありがとう」
___文句言えなかった。私の言葉を受け仮面で傷を隠す樹は大きく頷く事で返答する。
病院に運び込まれたから一ヶ月ぐらいで目を覚ましてくれた樹。しかし神はハッピーエンドと言うのが嫌いなのか樹の顔の大部分には治らぬ傷、そして何よりも声を失っていた。
あんまりだ。私とのバンド活動で歌手になるのも良いかなとお菓子片手に言っていた彼女からその夢に一番必要な声を奪うなんて。その哀しみや苦痛は私には分からない。けど樹は笑っていた。
素顔は風さんと事故で見てしまった私にか見せれないのに、言葉はスケッチブックを使わないと伝えられないのに、服で隠れているが腕や足にも傷は残っているのに、何よりまだ誘拐された後の事を悪夢で見ているのに。幼馴染は笑う、無理してでも笑う。
私はギターヒーローではない。けれど君が本当の感情をさらけ出せる相手になりたい。その為にはどうすればいいのか私には分からない。ただ樹の方から折れてくれるのを待っているだけの弱虫。そんな幼馴染だけど、支えられているのかな?恩をちゃんと返せているのかな?
誰よりも心の痛みが判る幼馴染と手を繋ぎ、暖かさを感じながら駅に向かって歩き始める。