バリバリと鳴り響く咀嚼音をを聞きながら電車の天井を見つめる。今も胸からあふれ出しそうな罪悪感と嫌悪感、そして少しの達成感を隠すように恋愛小説を読んでいる樹の肩に頭を乗せてフゥーっと一息ついた。
そんな私に彼女は本を読む手を止めて小さくて細い手で髪をとかすかのように優しく撫でてくる。あ、そこ気持ちい……えへへ、樹に頭を撫でられるのは幼馴染の特権だよね。__ごめんなさい調子乗りました、ふたりにもしてるのこの前目撃しました。
「っあ……」
樹のナデナデに昇天しかけていたら頭から樹の手が離れた。その哀しみに天国から現実に戻された私の姿は彼女にどう映ったのか? 仮面で隠れてその表情はうかがえないが何となく「仕方ないな~」と言う雰囲気を感じた。
樹は脇に抱えた袋から取り出した1本の煮干しを私の口元に運ぶ。差し出されたそれに吸い付くように頬張る。そもそも私がなぜこんな複雑な心境に落とされているのか、それは数時間前に遡る事になるけど聞いてくれますか?
今日も学校が終わりいつもの様に公園に二人で暇をつぶしていた。つい先ほどベンチに座っていたサラリーマンの男性が子と妻と共に公園を去ったところだ。そんな絵に描いたような団らん景色を眺めていた私達。
(もう学校辞めようかな…)
事件の事を知らない学校に通うのは良い物の行く意味を見出せず、ピンクジャージと仮面のヤバいコンビとある事ない事の噂が広まり始めた今日この頃。いわく『私のギターケースには凶器が入っており赤い模様は返り血で染まった』だの微妙に事実がかすってる噂。なんと言うか、小心者の私には居ずらい空気になってきた。
私のわがままで同じ学校に通ってもらっている樹にも申し訳ないし、なにより豆腐より脆い私の心が悲鳴を上げている。まぁ実際には不穏な噂も気にせずにクラスの子とコミュニケーションを取ろうとしている樹の姿を見て、告げられずにいる思いなんですけどね。ハハハ………
樹を支えられるようになりたいにの実際にはその背中を追い求める日々。意気地なしと言うか、長年にわたり染みついた樹に甘える癖が抜けきらないというか、私って樹がいないと道端の小石よりも存在価値がないと実感させられる。
「あ、ギター!」
横で私と同じようにブランコに座る樹の姿を眺めながら内心、溜息を吐こうとしたら大きな声が講演に響き渡る。肩を震え上がらせながらもなんとか声の聞こえてきた方に視線を向けるとそこには、金髪をサイドテールで結んだ同い年ぐらいの子が立っていた。
「それギターだよね、弾けるの?」
私の元へと駆けよって来た彼女が畳みかけてくるかのように訪ねてくる。ふぅ~~………
どどどどどう答えようか?素直にこれは演奏用ではなく罪への戒めなんて言ったら引かれるし、かと言って弾けない訳じゃ無いし。助けて樹!
(あ、終わった)
助けを求めて樹に視線を送ると一人関係ないと言わんばかりに手元でカードを混ぜていた。いや実際には樹もどうすればいいのか分からずに『とりあえず占って決めよう』って思ったのは幼馴染の勘で分かるんだけども___
「おーい?」
さて頼みの綱の幼馴染も実質撃沈。あぁ…初対面の人と話すが、それも樹の代弁じゃなくて私自身の言葉で喋るのが久しぶりすげてなんていえばいいのか分からんない!どうやって中学生の時は喋ってた?あの文化祭以降は樹が登校して無かったから喋っていた……………はず。
よし、引かれても良い正直に話そう。今こそ本当の意味で樹に依存する私から脱する為に!
「あっ__」
「いきなりごめんね」
いきなり挫かれた! いま私ミジンコ並みの勇気を振り絞って言葉を出そうとしたのに、伝える前に遮られたよ。これが陽キャの力? 私には語りかける権利も無いと言うの__
「私、下北沢高校2年【
「あっ、えっと… 秀華高校1年後藤ひとりです。こっちの仮面付けてるのが、可憐で勇敢で愛くるしくて優しくて自慢の幼馴染の犬吠埼樹です」
「お、おぉ……」
そんな私の心情などお構いなしに語り掛けてくる伊地知さん。何とか自己紹介を終えた私に彼女は追撃を放ってきた。
「ところでひとりちゃんはさ、ギターはどのくらい弾ける?」
いきなりの名前呼び!? 樹とだって最初は苗字呼びだったよ!って今は伊地知さんは質問に答えないと__
「あっ、昔弾いて程度なので今はダメダメだと……… うん、はい、だと思います」
「うん?弾かないのにギター持ち歩いてるの?」
「あ~~えっと…… 癖ですね」
「なるほど」
よし、何とか言えた。言葉は詰まっているけど視線はなんとか伊地知さんに向けている。そして我ながら無難な返答は無いだろうか。相手に嫌な思いをさせずに現状を伝える事が出来た。
「あのさ、今ちょっと困ってて。無理なんだったら大丈夫なんだけど、大丈夫なんだけど困ってて……」
そう言いながら体を左右に揺らし、胸の前で組んだ手をソワソワと忙しなく指を動かす伊地知さん。その姿はだれがどう見ても大丈夫とは言えない様子。
「よし、思い切って言っちゃおう!」
伊地知さんの中で踏ん切りがついたのか、声のボリュームを上げ私の目を見つめる。そんな彼女が次にした言葉。それが私の地雷だと知らずに意気揚々と紡がれた。
「お願い!私のバンドで今日だけサポートギターしてくれないかな?!」
その瞬間、世界の時間が止まった_____ように感じた。突如として脳裏に浮かび上がる景色。それは舞台の上に立った私が樹の背中越しに盛り上がる観客の姿。樹が観客の方にマイクを向けると文化祭と言う熱もあり、リズムよく合いの手を入れてくれる声。
その声は思ったよりも私に刺激を与えてアドリブでアレンジをする。そんな私の演奏に合わせる為に振り向いた樹と視線が合い、予定どころか練習して無かった演奏の音が重なり合う。そして余韻に浸る私を絶望に突き落とした悪夢の光景。
「今日ライブなのにギターの子がとつz「ごめんなさい!」…あ」
伊地知さんの言葉を遮るように反射的に出た言葉。普段の私じゃ考えられない程の声量が出た事もお構いなく、目の前の伊地知さんの瞳に溜まる水気に申せ訳なさを感じる。
「伊地知さんにとって今日のライブがどれだけ大切なのか、私にも共感は出来ます。けれど今の私は昔の様に純粋な気持ちでギターを弾けない」
だからごめんなさい。と続けようとした言葉は、私の袖を引っ張る樹によって止められた。思わず樹の方に視線を向ける私と伊地知さん。真っ先に視線に映るは吊るされた男性が描かれたタロットカードをこちらに向ける樹の姿だった。
樹の持つカードの意味が分からず首をかしげる私を他所に、首から掛けたスケッチブックに字を書きこちらに向けてくる。
【演奏しましょう!ひとり】
来てしまった………
伊地知さんの困り顔に感化されたのか、タロット占いの結果から、たぶん前者の方なんだけど樹の提案でサポートギターをする事になってしまった。いや、樹の事だから本気で嫌がれば私は弾かなくていい方に持っていってはくれる。
けどそうなったら私のギターを使って樹がサポートギターをするが容易に想像できてしまう。……樹はエレキギターに触った事ないけど。そんな事は関係なく、あの時の様に樹に私のギターを持たすぐらいなら自分でやった方がましだ。
そう思って伊地知さんの案内でライブハウスへ向かうの良い物の…… 現在地は下北。こんなおしゃれタウンなんて場所、風さんがいないと来ないよ。樹と二人ならどっちかの家で過ごすだけだし……
「今日出演するライブハウスは【
伊地知さんが目的地の説明をしながら歩いていく。その横を歩く私の幼馴染。なんというか二人とも同じ金髪系なんだけど伊地知さんの方が黄色味が強い。___なんて場違いな自分を誤魔化すためにくだらない事を考える。
これから約2年ぶりの演奏をするというにのんきだな私。いや、現実逃避してるのか。中1の頃だったら樹に泣きついているなと思いふけりながら、今の私にそんな資格が無いと自分を律する。
「ひとりちゃん、実は結構運動できる?」
「いえ…………」
下を向いて歩いてる私に伊地知さんが話しかけてくる。たぶん私がやりたく無いのに樹に言われて無理やり来ているという認識だからだろう。それにしても運動か。
私も樹も風さんに比べて運動できない…… と言うか風さんが平均以上に動けると言うべきか。なんだけどふたりが生まれる前、普段の樹では考えられない身体能力を見せた時がある。それは風さんの提案で風さんと樹、そして私の家族でキャンプに行った時だ。
お昼時、バーベキューだったかな?肉を焼いている時に匂いにつられて山から下りてきた熊と遭遇したの。よだれを垂らしながら一気に駆け寄ってきた熊が私に向けて巨大な爪を振り下ろそうとしたその時、樹が肉を切り分ける為に持ってきていた糸片手に瞬く間に熊の首を切り裂く。
その時の樹の後姿はまるで絵本から出た勇者みたいでかっこよかった。樹が男の子だったら惚れていたと今でも思い返すたびに思う。ちなみに熊は風さんの手で血抜きされ夕飯になった。
「着いた、ここだよ~」
過去に思いを寄せていたらいつの間にかついていた件。思わずその雰囲気に樹の後ろに隠れそうになるのを押さえ階段を下りる。
「おっはよ~うございます!」
元気よくあいさつしながら入っていく伊地知さんの後に続いてライブハウスの中へ。共演する事となるバンドグループの説明とPAさんの紹介を受けていると同年代ぐらいの青い髪の人が私達の元へとやって来た。
「やっと帰って来た」
「この子、後藤ひとりちゃん。奇跡的に公園にいたギターリストだよ」
「へぇ~~」
何もしていないのに怖い目つきで睨まれてるんだけど。………と言うか伊地知さんはなぜ、樹の紹介をしてないんだろう? そう思って先程まで樹がいた場所に視線をむけると、そこには樹の姿がなく辺りを見渡すとPAさんの作業を少し離れたとこから興味深そうに見ていた。
「この子はベースの【
「ごご、後藤ひとりです!あっちでPAさんの作業を見学してるのは私の幼馴染の犬吠埼樹です!」
サラリーマンもビックリの綺麗なお辞儀をし、樹の方を指さして幼馴染の紹介もする。私の指先を追って山田さん視線が私か外れた事に内心ホッとしながらも、樹に誘導してしまった事への罪悪感に蝕まれながらなんとか呼吸を整える私。あ~、何処までも私は弱いな…………
つい視線が怖くなって樹に視線を一方的に引き継いでもらう、地味に中学生ぶりにやったなっと自己険悪に陥り私は頭を上げる事が出来ずにいた。
あの後、山田さんが変人と呼ばれると喜ぶとか、伊地知さんのお姉さんがライブハウスから出たとこ怒っているだとかの話題に移りスタジオへとやって来た。山田さんが樹の同伴を許してくれた事で樹が私の近くに置かれていた椅子に座りながら部屋の中を見渡している。
今は久方ぶりに出したギターの調整や弦の張替えを終え、伊地知さんから渡されたセットリストとスコアと睨み合う。音楽から離れた私や樹には曲名を聞いても分からないものが多く、スマホで元の曲を聴きながら耳コピをしていく。
全盛期、ギター勇者の『guitarhero』時代から比べ衰えていると感じながらもどこか、私がguitarheroだとバレないと安堵してる。でも伊地知さんのバンドはボーカルがいないインストバンドだから演奏でお客さんを楽しめないといけない。
けどソロ動画の時みたいに私だけが演奏する訳じゃ無いから伊地知さんと山田さんの演奏に合わせないと。ギター勇者の時は樹が私の即興アレンジに合わせてくれたけどそれじゃダメだ。あくまで私は助っ人、そこら辺の線引きはきちんとしないとブーイングの嵐が私を細切れにして吹き飛ばしてしまう。
「あの~ ひとりちゃん、そろそろ頭からの通し練習しときたいな~っと思うんだけど」
「っあ、はい、分かりました」
伊地知さんの言葉を受け、取り敢えずセトリ一番上の曲を最初から最後までミスをしてでも弾ききる。正直言って久方ぶりにやった演奏は散々だった。いくらブランクもあるとは言ってもこれは無い。
山田さんは経験があるのか慣れなのかベースの音に安定感がある、けどそれだけ。伊地知さんは多分緊張もあるんだろうけど初心者、息を合わせようとして音が震えているところがある。そして私は全盛期の音色は消え失せ、伊地知さんと山田さんのどっちに合わせるべきか終始分からず安定感ゼロ。
「はぁ………」
「ひとりちゃん、完全に燃え尽きちゃってるよ」
「私がうますぎた」
「なんでそうなる!?」
樹が座っていた椅子に座って格闘漫画の如く真っ白になる私。まぁ、これぐらい下手だったら私がギター勇者の片割れだとは誰も思われないだろう。今日の主役は伊地知さん達のバンドで私はプランクトンよりも価値のない存在なんだから何も問題ない。
【それで良いんですか、ひとり】
そんな私に向けて樹が文字を描いたスケッチブックを見せてくる。手に持つマジックで字を書いては私に問いかけて、返答を待たずに別の言葉を書いて見せてきた。
【どうして、いつもの演奏をしないんです?】
私のいつもの演奏…………どうやっていたか思い出せない。だけど、良いんだ。私の音楽人生は君が声を失ったあの日に終わったから。だからどっちにしろ、guitarheroをする訳にはいかないよ。
仮面越しに伝わる幼馴染の悲しみ。なんで樹が悲しんでいるのか私には分からなかったけど、スケッチブックを持つ小さな手に私の手を重ねる。
「樹、君の勇気を分けてくれる?」
そうしてくればきっと私はもう一度、もう一度だけ人前でギターを弾ける気がするんだ。樹の無償の愛ともいえる人助けの勇気を貸してくれれば、ギターを弾くたびに感じる心の痛みを我慢できると思うから。
そんな思いを込めて告げた言葉に樹は迷う事なく頷いてくれた。だから私は立ち上がって伊地知さん達に頷く。ただの助っ人ギターのこれでいいと。
「ありがと~ひとりちゃん!」
嬉しそうに笑顔を見せてくれる伊地知さん。その横で山田さんがホッと胸でをなでおろす。
「__そう言えば、ライブでなんて紹介すればいい?ひとりちゃん?本名でいいかな?」
「あ、いやそれは……」
全く考えててなかったーー!文化祭の時はギター勇者として参加したから考える必要なかったし、動画サイトに投稿する時は思い付きで決めたし。なんて悩んでいたらふと、樹のワンポイントが視界にとどまる。
「__ユリ」
「りょ~かい!」
ワンポイントの元となった花【ナルコユリ】から貰ってユリ、安直だけど樹の要素がある名前だと思う。よし!なんか気合が入って来た……気がする!!と言う訳でもうすぐ本番な伊地知さん達のバンド………
「あ、まだバンド名聞いてませんでした」
あ、今の言い回し樹っぽい。
「っう!」
「ん?」
「結束バンドだよ」
バンド名を聞いた瞬間、伊地知さんがうねり声を出す。そんな彼女の様子を他所に山田さんが答えてくれた。名付け親の山田さんは可愛いと気に入っているようだけど、伊地知さんは頭を掻きむしり改名したいと嘆いている。……ほんとに大丈夫かな?
あ、この後のバンドは感覚を取り戻しながらにはなっちゃいましたが、最後の一曲は完全に主役である結束バンドのお二人を置いてきぼりにしちゃってました。ほんとごめんなさい。
なんか続きを思いついたので投稿。次回も何となく思いついてるけど文字にするには時間が掛かると思います。