『ね~むれ、ね~むれ、母の胸に~』
真っ暗な闇の中で、シューベルトの子守歌が聞こえてくる。
『ね~むれ、ね~むれ、母の手に~』
聞いた事のない女の子の歌声。だけど心の安心して自然と眠たくる。そんな不思議な音色。
『_________、てぇにぎゅって』
『良いよ』
知らない女の子が歌う子守歌を止めて要求するは多分、小さい頃の私。声の主はすぐに優し声と共に伸ばした手を握り返してくれた。その人肌の温かに安心したのか、その時の私は静かに夢の世界へと旅立つ。そこで朧気に覚えている記憶は止まっている。
燦燦と初秋の日光が入り込む教室。夏の暑さがまだ残る部屋の中で私、後藤ふたりは静かに溜息を吐いた。
「はぁ……」
「あれ後藤ちゃん、どうしたの?」
先の席替えで前に来たクラスメイトが私のため息を聞き訪ねてくる。そんな彼女に向け、悩みの種である机の上に置いてあった作文用紙をヒラヒラと泳がせながら見せる。
「それって夏休みの宿題の残り?」
「うん、来週の参観日に席順で発表するでしょ?でも一文字も書けてなくて」
「あ~分かる!【思い出】って言われても良く分かんないよねぇ~」
「うんうん、私も書けてないよ~」
私と彼女の会話に始業式で部活が無いと悠々と喋っていた女子のグループが混じって来る。話題は2学期になって早々と開かれる授業参観で私達が読み上げる作文について。
【思い出】と言うお題で出された中学初の夏休みの宿題は、これまでの人生を振り返って感じた事をそのままに書けと言うものだった。めんどくさいけど何も思いつかなくて後回しにしていたら夏休みが終わっていた本日。
幸いにも他の宿題が終わっており、期限は明日まで。今日は宿題も出ておらず、私が所属する軽音部は休み。なので今日半日は残り物に手中出来る。だけどクラスメイト達のアドバイスを聞いてもコレジャナイと感じて、礼だけ伝えるとグループから抜けて帰宅。
「……」
「ワン!」
家の玄関を抜けると走り寄って来た飼い犬の【ジミヘン】を優しく撫でてからリビングへ。
「お帰りふたり~!」
「____」
「ふたり~?お~い!」
「____」
小さな子供の様なテンションの母親を無視しながら手を洗うと自分の部屋へと逃げ込む。畳の上に鞄を置き、ラフな格好へと着替えると机と向き合う。
「……………思い出って、なに書けばいいのよ」
10分ほどペンを持って出た感想がコレ。
大体、書くにしてもおこちゃまテンションの母親か、ヘラヘラしてて仕事を貰えない父親、もしくは今も家で引きこもっているダメ姉もやししか無くない?うちの家族を題材にした作文を書いて、皆の前で発表するとかマジで無理。飼い犬であるジメヘンを題材にする方が100倍まし。……文字数足りなくて没になった事に目をつぶれば。
それ以外の人物だと何故かダメ姉の知り合いのバンドの郁代ちゃん達?でも私はあの人達とは大した関わり合いは無い。第一【結束バンド】とか言うネタ名のバンドをうちのクラスの人達はどれだけ知ってるのだろうか?
「あぁ~~ダメだ…」
結束バンドの皆の事を考えていたら無意識にギターに手を伸ばしていた自分を律する。因みにこのギターはダメ姉に小遣いをせびって買った物。あのダメダメな姉にどこにそんな金額があったのか未だ不明であるが、どうせレジの人と対面するのが嫌で小遣いが無駄にたまる一方だったのだろう。豚に真珠ってやつだね。
結局家に居てもしょうがないので図書館に行く事にした。ラフだけどラフ過ぎない外用の服に着替え、最低限の物をカバンに詰めて家を出る。なんか母親が言っている気がしたが無視。このまま慣れた道なりをゆっくりと歩くだけ、そう思っていたのに……
「ねぇねぇ嬢ちゃん、暇?良かったら俺と遊ぼうよ」
面倒なのに絡まれた。と言うか誘い方古……
「ごめん、急いでるから」
「大丈夫、大丈夫。そんな時間足らないしねぇ~」
金色に染めた髪の男性が横を通り抜けようとした私の腕を掴む。振り張ろうとするも、見た目に反してかなりの力の持ち主で振り解けない。
「ホント、時間ないから…… 離してっ!」
「そんなつれないこと言わずにさ、付き合ってよ。金は出すから」
どんだけ嫌がっても向こうは一切引かず、むしろ私を引きづって行く。怖くて頭が真っ白になって、声も出せなくなる。このままこの男に食べられるのかな?なんて考えていたその時だった。
「あん?なんだよ…… うわああああぁぁぁぁぁ~~~~~~」
突然と目の前の男性が肩を叩かれる。その手の持ち主へ振り返った男性が情けない絶叫を上げ、去って行く。突然と手を離された事によって私は尻餅をつく。そんな私に男性を驚かした人物の手が差し伸ばされた。
「……ふぅ~~」
コップ一杯に注がれたオレンジジュースを外ずらも気にせずに一気に飲み切る。
あの後、どうやら自分で思っているよりも疲弊してたみたいで助けてくれ人と一緒にファミレスへとやって来た私。
「お、お待たせしました。パンケーキとチョコバナナパフェです。ごゆっくりどうぞ」
そこに店員が怯えながらも注文した品を持って来た。パフェを受け取った私はバナナを口に含みながら目の前に座る人へと視線を向ける。
木の様な、数輪の花を茎でまとめ様な不思議な模様が描かれた仮面を付けている人。私にとってはもう一人の姉とも言えなくはない彼女、樹姉さんは器用に仮面を付けたままパンケーキを口に含む。いつの間にか、私の方が身長が大きくなったな~
【どうしたのふたりちゃん?】
ずっと見つめていた私に気が付いて樹姉さんが横に置いていたスケッチブックに文字を書いて見せてくる。この人は昔からそうだ。仮面や包帯で素顔を隠し、文字で会話する。だから私は樹姉さんの顔も声も知らない。
「なんでもないです」
気にはなるけど、何故だか尋ねる事ができない。聞いてしまえば、私の中で何かが崩れるような気がして。
「ごちそうさまでした」
結局、大した会話も無くパフェを食べ終えた。大した会話をする事も無く、樹姉さんに奢られ店を出る。自然と年甲斐もなく握っていた樹姉さんの手は温かった。そのまま当初の目的も忘れて家まで送ってくれ、別れ際には頭を撫でた樹姉さん。私はもう子供じゃないんだけど…
結局夕飯を食べた後も作文は進まず、今日出された宿題を終えた私。そのまま作文をする気も起きず、ふと頭に思い浮かんだリズムで鼻歌を鳴らしながら明日の準備を進める。そんな時、愚姉が部屋に入って来た。
「ふたり、ボールペンの黒ある?」
なにか種類らしき紙を持ちながら訪ねてくる愚姉。なんの紙か分からないけど仕方なく机の上のペン立てを指さす。100均の安物で中身の見えるボールペンを置いているから愚姉ででも区別がつくだろう。
「借りるね」
その一言を呟くと愚姉は椅子に座り、紙を机の上に置いて記入し始めた。ボールペンだけ貸すつもりだったのに……
「はぁ……」
普段だったら追い返していたんだけど、今日は久方ぶりに樹姉さんに会えたし良しとするか。ふと頭に浮かんだ音色を鼻歌で奏でながら準備を再開しようとした時、ペンを動かす愚姉の手が止まった。
「子守歌?懐かしいな~~ ふたりは覚えるかは分からないけど、お化け出る!って言って寝なかった夜に樹が歌ってあやしてたんだよ」
一体いつの…………
「樹姉さんって声出るの!?」
「__?あ、ふたりが2歳くらい時に声を失ったから流石に覚えてないのか」
衝撃過ぎる言葉がしれっと混ざって驚愕する私を他所に首をかしげる愚姉。しばらくしたら一人で勝手に納得した。
「樹の声気になる?」
その問いに全力で首を縦に振る。そんな私の様子がおかしかったのか笑みを浮かべ「これ書き終わったらね」なんて悠長な事と言いながら机に向かいペンを走らせた。
私には優柔不断で人付き合いの苦手なお姉ちゃんがいる。そんなお姉ちゃんの幼馴染で私にとってもう一人の姉の様な存在が昔からいます。その人は私が幼稚園に行くより前に事故に遭って声を失いました。
その時の事は私はよく覚えていません。けれど家族はずっと泣いていたと言ってたので、その頃からもう一人の姉だったのかもしれません。
その人が喋れた頃の記憶は私にはありませんが一つだけ、心に残ってる思い出があります。それは夜眠れなくて怯えている私に子守歌を歌ってくれた事。その前後の記憶こそありませんが、私にとっては唯一心に残っているあの人の声です。
>後藤ふたり(思春期)
反抗期を迎えたどこにでもいる少女。趣味はギター。
樹が喋っている時期の記憶はなく、雄一知っている声は時々夢で見る子守歌を歌ってくれた時。
>後藤ひとり
内職で働く女性。現在でも「結束バンド」の3人とも交流を続けている。
実はネットに有料フリーBGMを出しているのは本人と樹しか知らない。
>犬吠埼樹
妹分のふたりに身長を抜かれた仮面の女性。原作とは違い、人災で声を失っている為戻らない。
「STARRY」で働いており、ひとりやふたりとは中々会えない日々を過ごしている。だけども本人は音楽関連の仕事に付けて楽しそうだ。
>シューベルトの子守歌
とある映画で空から訪れた故郷無き星人を仇やかな眠りへいざなった歌。……の印象が作者の中で強い。本作とは一切関係ない勇者の話。