岸辺露伴は動かない『ピンクヒーロー・インタビュー』   作:マカロ2号

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ピンクヒーロー・インタビュー その①

 

【挿絵表示】

 

「どうです露伴(ろはん)先生! 良ィ~~響きでしょう。何せ機材もスピーカーからシールドケーブル一本までハイクラスの高・級・品! その上で配置にも気を使いましたからねェ! サウンドコーディネーターもイタリアから呼び寄せたんですよォ!」

 

 東京都S区某所、真新しいライブハウス〈Right Hand〉。オーナーの春日和明(かすがかずあき)は、リハーサルの演奏が終わるや否や余韻が止むより先に設備の説明(自慢話)を再開した。実際この真新しいライブハウスはたとえ素人でも「なんだか高そうな機械がある」と感じるほどに『スゴみ』のある場所だった。壁に飾られたギターやベースも美術展のような雰囲気を醸していたが、見る者が見ればその壁材一つとってもかなり質の良いものだとわかるだろう。だがオーナーの大仰な身振り手振りを交えた熱弁の喧しさは、この空間にあるべき『上品さ』を鼻につく『洒落臭さ』へと変えてしまっていた。加えて言えば、こういった賛辞を前提にした押しつけがましい問いかけもまた彼──取材に来ていた漫画家、岸辺露伴(きしべろはん)が嫌う事の一つだった。

 

「…………あぁ、カネを掛けたのがわかるよ」

 

 しかし彼の返事は淡々としたものだった。交えた皮肉も露伴にしてはかなり控えめだ。いつもの調子であればわざとらしく肩をすくめながら溜め息をついてオーナーの言葉を遮り、高級品をありがたがる権威主義について必要以上の悪口(あっこう)を交えながら批判。ついでに一つ二つのマウントをとった挙句に捨て台詞を吐いてライブハウスを後にしてもおかしくない。そうしなかったのが機嫌が良かった所為ではないことは、眉間の微かな皺が物語っている。春日和明は自分が喋りすぎた事と同時にその皺に気づいたが、笑みを張り付けたまま話し続けた。露伴には取材を中断しない、もしくはできない『理由』があると推測したのだ。その厚顔さこそ彼のビジネスを支えている武器なのだが、露伴の不機嫌さに気付いた者はその場にもう一人いた。

 

(や、やっぱりなんか怒ってる……わ、わわ私の演奏が下手だから……? 喜多ちゃんが用事で遅れてくるからボーカルがいないし……〈ピンクダークのナントカ〉って漫画を読んでないのがバレた? 昨日一夜漬けしてでも読まなきゃいけなかったんだ……私の服がピンクなのに着こなしがダサいからかもしれない…………ごめんなさいごめんなさいピンクジャージのダサ女でごめんなさいエッセイ漫画で晒さないでくださいごめんなさい……)

 

 チャンネル登録者累計数万の人気を誇る覆面動画配信者〈ギターヒーロー〉にして、ここ最近S区北東部で話題の高校生ガールズバンド〈結束バンド〉のリードギター。極度の対人恐怖症からその実力を表舞台で発揮しきれない不遇のギタリスト、後藤ひとりである。

 

 

 一週間前、〈結束バンド〉に〈Right Hand〉からのオープニングイベントへの出演依頼が来た。ただし実力を見込まれてというわけではなく、オファーの理由は文化祭ライブで後藤ひとりの派手なパフォーマンス(突発体育館床ダイブ)がSNSで再びに話題になったためである。当然メンバーは複雑な気分だったが、いまだ実力派バンドを名乗るには未熟なのもまた事実だった。

 

「えっえっでも、あ、あの動画目線入ってたしバンド名だって出てないし……」

 

「こういうの〝これウチの学校じゃんww〟みたいなコメント一つでバレちゃうのよね~」

 

「残念ながらバンドの名前は広まらなかった。でもちょっと調べればすぐわかる」

 

 あわあわと戸惑うひとりにインターネットの恐ろしさを説くのはギターボーカルの喜多郁代(きたいくよ)。広報担当でもありSNS慣れした彼女はバンド名が特定されたことを大事とは捉えていない。だが最も音楽経験が浅いこともあり、実力を評価されてのオファーでないことを人一倍気にしているのも彼女だった。それでも明るく振舞う彼女に対し、ベースの山田(やまだ)リョウはメンバーの奇行が話題になっただけだった事にため息をつく。だがその抑揚のない声は不機嫌というわけではなくいつも通りのトーンで、依頼の続きを促すようなリーダーへの視線から出演への意欲が十分なのは明らかだった。

 

「炎上しなくてよかったよ……で、本題だけど今回のライブは……出演料が出ます!」

 

 ドラム担当にしてバンドのリーダー、伊地知虹夏(いじちにじか)はぱちぱちと拍手する。

 

「すごい。ぼっち、飛んでくれてありがとう」

 

「へ、へへ……お望みなら何度でも……」

 

「リョウの分はツケを差し引いてから渡すね」

 

「殺生な」

 

 続いて拍手していた一同だが、虹夏がこういう務めて明るい振る舞いをするときは何らかの不安を誤魔化していることが多い。頃合いを見計らってそれを口にしたのは喜多だった。

 

「でも大丈夫なんですか? 3巻の時みたいな適当ブッキングだったりしたら……」

 

「喜多ちゃんメタ発言はやめようね……少なくともダイブの動画だけじゃなくてMVもいくつか見てくれたみたいだからそこは大丈夫じゃないかな。〝オープニングイベントは話題性が大事だから気負わずに演奏してほしい〟って言ってたし」

 

「あの……そ、それって……調べたうえで演奏に期待してないってことじゃ……」

 

「…………ソウトハカギラナイヨ」

 

 目を逸らす虹夏、一層(うつむ)くひとり。陰鬱な空気が漂うが、それを払ったのは山田だった。

 

「別にいいんじゃない。あの時みたいに見返してやれば」

 

「そうですね! またファンを増やしちゃいましょう♪」

 

 不敵に笑う山田に釣られ、喜多も眩しい笑顔を見せる。キターン! と音がしそうなその輝きに不安をかき消されたような気持で目を細めながら、ひとりも決意を固めた。

 

「はいッ!!」

 

「うわびっくりした。ぼっちちゃん急に大声ださないで…」

 

「あっはいごめんなさい」

 

「でもその意気だよ! なんかキシベロハンって漫画家の人が取材に来るらしいけどここまで来たら誤差だよね! 皆でがんばろー!」

 

「えっ」

 

「虹夏、それ本当?」

 

「キシベロハン? 聞いたことあるような……有名な人なんですか?」

 

「〈ピンクダークの少年〉の作者。所謂少年漫画の大人気シリーズなんだけど怪奇色のある作風で彫刻に例えられる独特の絵柄がサブカル界隈でもカルト的なファン層も獲得している」

 

「急に喋るじゃん……」

 

「〈ピンクダークの少年〉なら知ってます! アニメやってましたよね! カラオケで歌いました!」

 

(私も主題歌の演奏動画投稿したことある……何曲もあった……てことはすごい人気………ひぃぃぃそんな人が取材に)

 

「洋楽ファンなのも有名。あと……仕事へのこだわりが強くて気難しいって噂」

 

 こんな感じ、と山田がスマホの画面を見せた。〝この岸辺露伴が金やちやほやされるためにマンガを描いてると思っていたのかァーッ!〟と怒鳴る露伴が映っている。

 

「わ、わわ、わわわわわわ」

 

「リョウ! そんなの見せるからぼっちちゃん溶けちゃったじゃん!」

 

「今のうちに耐性つけておこうと……ファンには優しいらしいから大丈夫、多分」

 

「すごい不安になって来たんだけど……」

 

「ひとりちゃんは世界平和のためにギター弾いてるから大丈夫ですよ、ねー?」

 

「そうなの!?」

 

 

 そしてリハーサル当日。ひとりは重い体と心を引きずりながらどうにか〈Right Hand〉にたどり着き、前半の合わせを終えたが、露伴の微かな『不機嫌のサイン』に怯え切っていた。

 

「リョウ……このドラム本当に叩いていいやつ……? シンバルの響きだけでもなんか……なんか……」

 

「やっぱり気使って音量弱かったんだ。わかるけどせっかくだし堪能するべき。それに値段で言えばあっちの壁に飾ってあるギターの方がやばい」

 

「どれ? あの白いやつ?」

 

「あれはハイエンドってわけじゃないけどある意味それ以上に重要かも。話すと長くなるんだけど──」

 

 頼れる仲間たちはハイクラスの楽器に夢中で、一番社交性の高い喜多に至ってはまだ来てもいない。

 

(これからバンドの皆さんにインタビューなんて事になったら………耐えられないぃぃ)

 

 ひとりは悶絶しそうな気持ちを抑え、フロアを見渡す。幸い露伴はまだオーナーと話している。今すぐのたうち回りたいほどのストレスが渦巻いているが、注意を引くような動きは避けるべきだろう。

 

「それで、ですねェ露伴先生。もし、もし、もォ~~しよかったらで全然全然かまわないんですけどォ……ここの壁に『空白』があるじゃあないですか」

 

「あぁ、確かに『空白』だ。何もないのではなく『あるべきものがない』……で? それが?」

 

(逃げるなら今しかない。流石に帰るわけにはいかないけど、喜多ちゃんが来るまで……最悪でもリハーサルが再開するまで地下の楽屋……ううん、その奥のごちゃっとしたとこ隠れよう。そうしたらインタビューは有耶無耶にできるはず……もしかしたら私じゃなくてオーナーさんのおしゃべりが気に障ってるかもだし……)

 

 ひとりはそっとギターをおくと、ケーブルを踏まないようにそろそろと移動する。実際かなり怪しい動きではあったが、山田と伊地知にとっては普段と変わらず楽器トークを中断して行き先を聞くほどでもない。そしていまだ眉間に僅かな皺を刻んだ露伴と、話に夢中なオーナーの側を「し、しつれいします」と蚊の鳴くような声と共に通り抜ける。ちょうどその時だ。

 

「会社の方からもお話が行ってたと思うんですが、ここに〈ピンクダークの少年〉のイラストをね、描いていただきたいなァと。あァ~もちろん権利関係の手続きはしますし、タダでやってもらおうなんて思っちゃあいませんよ。『名物』として集客にも関わる以上、正式な依頼として報酬を──」

 

 オーナーの言葉が露伴の地雷を踏んだ。少なくとも後藤ひとりはそう判断し、その結果が顕れるより早くこの場を立ち去らなければとなり振り構わない走りに切り替える。そして─────露伴に向かって盛大に転んだのだった。

 

 

 

 

「終わった……絶対終わった。〈ライブハウスに取材に行ったら陰キャに頭突きされた話〉みたいなお気持ちマンガでバズり殺されちゃうんだ……うぅ……」

 

 露伴にタックルした形になったひとりは、平謝りを繰り返しながら屋上へと逃げ延びていた。ヘッドバンギングめいた激しい謝罪とデスボイスのようなゴメンナサイの連呼は傍から見ればヘヴィメタルのパフォーマンスにしか見えなかったのを知る由もなく、ひとりは空を仰ぐ。幸い日差しは弱く、厚めの雲に覆われた曇天だった。

 

「こういう時に屋上来るの初めてかも……晴れてたら蒸発してた……へへ、ラッキー……」

 

 限界になって逃げだす時、ひとりは人気のない薄暗い場所に向かう。それは本能的なもので、地下だったり建物の裏手だったり物置だったりと様々な場所で気持ちを落ち着けるか、時間が解決してくれるのを待つというのが常だった。

 

「そもそも学校の屋上は鍵掛かってるしなぁ……開いてても風あるし、日差し強かったら耐えられないし、陽キャか不良のたまり場になってそうだし……」

 

 隅で体育座りしながらそんなことを考えていたひとりだったが、ふと違和感に気づく。

 

「あれ、なんで私『屋上』に上がったんだ……? 『地下』の楽屋の奥に隠れるつもりだったのになんで……逃げるときに咄嗟に『間違えた』…? いや、たしかにすごく慌ててたけど今までだってそんなこと……ううん、逆に考えよう、『私らしくない場所』に隠れたんだ。きっとすぐには見つからない。大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

 

 

がちゃり

 

 

ひとりの気休めの自己暗示を破るように、(ドアー)が開く。

 

「一目がない場所ならどこだって良かったんだが……『地下』よりは『屋上』だ。新築物件の匂いってのは悪くない。悪くはないが……取材を続けるなら一度リフレッシュしたかった。だからこっちを『指定』させてもらった。さっきぶつかった時にな」

 

「岸部……露伴…………あっ……先生」

 

「そんなに畏まらなくていい、気楽にやろう。ちょっとした『インタビュー』だ。すぐに済む」

 

 柔和な言葉選びとは裏腹に、露伴の眉間には依然として皺が刻まれていた。

 

[to be continued...]




続きは今日明日に投稿します。2~3話で完結予定
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