プロローグ「やりたいこと見つけた!」
1000人は入れる大きな音楽ホール。ステージに向けられたスッポトライトの輝きだけが、その中を微かに照らしていた。
厳格な静寂に見守られ、1人の少女がステージの上に現れる。
その瞬間、会場は拍手に包まれた。
大勢の大人に見つめられ、10歳程度の小さな少女はポツンとステージの真ん中に立つ。
白いドレスを見に纏い、センターマイクの目の前で堂々たる瞳を輝かせ、少女は大きく息を吸い込んだ。
私が瞬きを一つしたその時、ホール全体に美しい歌声が響き渡る。
緩やかなピアノの伴奏に乗せて、少女の声は更にノビ、難しい外国の歌を見事に歌い上げる。
小さな体から発せられる力強い音の響きは、鼓膜を突き抜けて私の身体を震わせていた。
観客席からその姿を見つめていた私の意識は、完全にステージの上の彼女に奪われる。自然と鳥肌が立つ感覚を覚え、それと同時に心も昂っていることを理解した。
自分と同い年の少女が、大勢の視線をその小さな体で一身に受け止めて、これほどの歌声を披露できるなんて、スゴすぎる。
素直に、そう感じていた。
私の隣に座る別の女の子も、目を輝かせてステージをかじりつくように見つめている。その時、ホール全体はステージの上にいる彼女の歌声に魅了されていた。
それはまるで魔法のような現象で、当時のことは今思い出しても幻想だったのではないか、そう感じさせる何かがあった。
しかし――
全ては失われてしまった。
私の安い嫉妬のせいで…………私がくだらない意地を張ってしまったせいで……
何もかもなくなってしまった。
私は罪を犯してしまったのだ。そのせいで彼女は……
だからこそ、私にはやらなくてはいけないことがある。罪滅ぼし。贖罪。しかし、許されることなんて考えてはいけない。
なぜなら私は、
※
春。活気あふれる新入生の教室で、2人の少女が休み時間に談笑をしていた。
「私、スクールアイドルやりたい‼︎」
「はあ?」
穏やかな気候が心地よい今日この頃。教室の片隅で、その少女は溌剌に宣言した。
丸いパッチリお目目が特徴的で、両手の平を机に叩きつけて立ち上がっている。ふわふわとした綿毛のような、白色の髪の毛を朝の微風になびかせながら、輝く笑顔を見せていた。
対して、それを聞かされた青髪のロングヘアをした少女は、長いまつ毛をパチパチとさせながら、白髪の少女に鋭い視線を送った。
「
「はあ……」
「高校生の女の子がね! 歌ったり、踊ったりして、すっごいキラッキラなんだよ‼︎」
「へぇ……」
「でねでね! 私たちまだ高校入学して間もないでしょ‼」
「うん......」
「だから、始めるには丁度いいと思うんだ‼︎ スクールアイドル!」
目をキラキラと輝かせて訴えかける結花凛に対して、夕輝はすごく冷めた表情を見せた。
肩にかかったキューティクルな髪の毛や長いまつ毛、長い指先が夕輝のクールな雰囲気を引き立ている。それと同時に悪目立ちしない程度に目立つメイクや短いスカートの丈はその存在を俗世から浮かしており、若干の威圧感と怖さを孕ませていた。
「スクールアイドルってユカ、歌うわけ?」
「うん! あたりまえだよ! アイドルなんだよ? それに私、歌うの好きだしね〜 ララララ〜」
芯の通った歌声で適当なメロディーを口ずさむ結花凛を夕輝は驚いた表情で数秒見つめる。それに気づいてか、結花凛は夕輝の表情を不思議そうに覗き込んだ。
青い制服の紺色のリボンがヒラリと踊り、夕輝に近づく結花凛からは甘いフローラスの香りが広がってゆく。
「どうしたの? 夕輝ちゃん」
「え? あ、ああ‼︎ 何でもない。ちょっとボーっとしてただけじゃん?」
「そう? 大丈夫ならいいんだけど。私の歌声に聴き惚れちゃったのかと思ったよ〜」
愉快に結花凛がにへらと笑うと、夕輝もつられてクスリと笑い、次第に場の空気は明るくなる。
「そうかも。素敵だよユカの歌声。いいんじゃん? スクールアイドル。やってみなよ」
「ほんと⁉︎ やったー‼︎ じゃあ、よろしくね夕輝ちゃん! 2人で一緒に頑張ろうねぇ!」
「え? それってアタシも一緒にやるわけ? 聞いてないんだけど……」
「うちの学校って確か、スクールアイドル部なかったよね! 私、先生に部活発足の申請書もらいに行ってくるねぇぇぇー‼︎」
そう高らかに残して、結花凛は教室を後にする。そして、1人ポツンと残された夕輝は右手で頭をポリポリとかきながら、大きくため息を吐いた。
「アタシの話も聞いてないってわけですか……まあ、イイけど。ユカのそういうところ、今に始まったわけでもないんだし」
残された教室で夕輝は机に頬杖を突き少しの間、窓の外の大きな雲を眺める。そして、不意に息を小さく吸い込んで口を開いた。
「ユカが歌う、か......。ようやく、前に進むよ。だから…………帰っておいでよ、レナ」
そうして、淡く絵になる横顔を見せながら、浸り口調にそう呟いた。