時刻は18時の夕食時。ガヤガヤとしたファミリーレストランは、ピコンピコンという自動ドアの開閉音を鳴らし、すでに満席の店内に客を入店させる。
そんなファミレスの1席に、単独ライブを終えた
「え〜、僭越ながら私、
1人、席を立ち、右手にはオレンジジュースが注がれたグラスを持って琴音はウズウズとした表情でそう告げる。
そんな琴音に視線を集める他の4人も表情を綻ばせ、右手に各々のグラスを構えていた。
「単独ライブが無事に成功したことと、美烏ちゃんの正式なスクールアイドル部加入を祝しまして、乾杯‼︎」
揺れるドリンクの波が程よく飛び散り、弾けるオレンジのように嬉しそうな顔をして、琴音はグラスを前に掲げる。
「「乾杯‼︎」」
鉄琴のようなグラスがぶつかり合う音が鳴り響き、各々は注がれていたドリンクを喉へ流し込んだ。
手に持っていたグラスを机に置き、一息ついたところで結花凛は表情を輝かせ、跳ねるような声色で口を開く。
「ライブって、すっごいね! ステージの上から見る景色があんなにキラキラしてるなんて知らなかったよ!」
「ユカ、それ何回言うつもり? ライブ終わってから、ずっと言ってんじゃん」
そんな結花凛をニタリ顔で見つめながら、夕輝は少しイジるような抑揚で、そう言った。
「でも気持ちは分からなくもないけどね。確かに興奮した。クセになりそう」
テーブルに置かれた山盛りのフライドポテトを3本ずつ口に運びながら、夕輝はしっとりとした目でそう言った。他にもテーブルの上にはすでに注文した料理が並んでいて、その席はプチ宴会場のような状態になっている。
「いや〜、改めてお疲れさまです! 皆さん、素晴らしいパフォーマンスでした‼︎」
「ハハっ! 何を言っているんだい。ボクたちが短期間であそこまで出来るようになったのは他でもない先生のおかげじゃないか!」
「
朗らかな笑顔をみせる葉月に、琴音は潤んだ目で見つめ返す。
「でも、私が皆さんにパフォーマンスを教えるのはもう終わりですね。美烏ちゃんも正式に加入したことですし、バトンタッチしちゃいます。それが、スクールアイドルとファンの本来あるべき姿ですから」
「琴音……」
「気にしないで美烏ちゃん。ファンとして、アイドルとはライブ以外では関わらない。それが鉄則でしょ?」
他人行儀な発言をさぞ当たり前のように言う琴音だが、美烏の瞳はそれを許そうとはしていなかった。琴音の瞳を捕まえるように、真っ直ぐな視線を返して、美烏はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、アナタは私の大切な友達よ。ファンとアイドル、そんな言葉で片付けていいはずないわ。アナタが私のために行動してくれたことは絶対に忘れない。改めて、お礼を言わせてちょうだい」
そう言うと、美烏は琴音に頭を下げ「ありがとう」、と感謝の言葉を口にした。
「そうだね。ボクたちも沢山お世話になったからね。改めて、お礼をさせておくれよ」
美烏の行動を口火に各々が琴音に頭を下げてお礼をする。そんな、皆んなの行動に琴音は慌てて反応した。
「や、やめてくださいよ。私はただ、昔は何もできなかったから……今度は少しでも誰かの力になりたい。そう、思っただけなんです。ただ見てるだけは、もうイヤですから」
「だとしたら、お互い少しは前に進めたのかしらね」
謙遜する琴音に美烏は優しく微笑みかける。すると、数秒の間、琴音は下を向き何かを思い出すような表情を見せ、そして毒気の抜けきった清々しい声色で返事をした。
「うん、そうだね!」
お互い、喉の奥に引っかかっていた過去のわだかまりが取り払われたのか、晴々とした笑顔で笑い合う。
「
そして、琴音がボソリと、そう呟くと美烏は優しく包み込むような笑顔で、それに応えた。
「ええ、きっとまた。あの頃みたいにね」
再興された2人の絆は同じ方向を向いている。そして、それに寄り添うように3人は美烏に暖かい瞳を向けていた。今まで、1人で過ごしていた少女は改めて人の温もりを思い出し、誰かと共に生きていく道を選べたのだった。
「にしても、うまくいってよかったよね!」
「ああ、今回の作戦は賽を振るタイミングが、ずいぶんと多かったからね。正直、成功に終わって安心したよ」
そもそも、美烏の単独ライブに割り込めるのか、割り込んだところで結花凛たち3人が人の心を動かすほどのパフォーマンスを短期間で仕上げられるのか、ステージ上の美烏が突然変更された曲に合わせられるのか、改めて羅列してもギャンブル性の高い作戦である。
「ライブハウスのスタッフさんに許可してもらえてホントによかったよね!」
「はい。皆さん、私のこと覚えててくれて、美烏ちゃんのためならって……」
「有矢さん、美烏のライブ皆勤賞なのイジられてたね」
過去のことを思い出すように夕輝は笑いながら、そんなことを口にした。すると、琴音は恥ずかしそうに顔を赤くして、前髪を左から右へとかき分ける。
「あはは……気づかれてたんだ、って恥ずかしくなりました。でも、リハーサルを別日にやってくれたり、スタッフの皆さんが協力してくれてよかったです。ドキドキはしましたけど……」
「ホントよ。結果はよかったけど失敗したら、人のライブを台無しにする大惨事じゃない」
もうすでに終わってしまったこと、と消化しているのか美烏はそんな風に他の4人を茶化し笑ってみせた。
「まあまあ、いいじゃん。成功したんだしさ。それに、ステージ上の美烏、すっごい楽しそうだったじゃん?」
「まあね、充実してたことは素直に認めるわよ。実際、ライブ後に店長さんから、『ここ最近で1番いいパフォーマンスだった。一皮剥けたね』、って褒められたわけだし」
頬を染め、そう認める美烏に対し、フライドポテトをパクパクと継続してつまみながら夕輝はニヤ気顔を見せる。そして、少し挑発するように左顎を突き出し、そり返るようにして美烏を見つめた。
「へぇ、素直に認めるんだ〜」
「な、なによ。いいでしょ別に!」
美烏は照れくさそうに声を大にして、そう返す。
「てか、さっきからポテト食べすぎよ。パクパク、パクパク、3本4本、同時に食べて。お肌に悪いじゃない!」
そして、探すように夕輝の粗を指摘して、表情の綻びを誤魔化すような行動をとった。それに対して、雑な指摘を受けた夕輝は真正面から反論する。
「は? いいじゃん別に! 好きなんだから。好きなものは、いっぱい食べたいんじゃん‼︎ それに私は口の中を食べ物で満たしたい派なの! 食べ方にまで口挟まないでよ!」
そんな2人のやり取りを背景に、ハンバーグステーキを小さな口で頬張る結花凛は葉月の方を向いて、一度、飲み込んでから口を開いた。
「なんだか、2人ともイキイキしてるね!」
「ああ、楽しそうで何よりだよ」
そう返す葉月の声色はとても高揚している。
「ミウとユウキのシナジーも悪くなさそうだ。いっそう、この4人で、どこまで大きな存在になれるのか、今から楽しみで仕方がないね」
「ひとまずの目標はスプリングフェスで多くのファンを獲得することですね」
「ああ、当初の予定通りにね」
痴話喧嘩のようなくだらない戯れをする2人を他所に、葉月は今後の流れを再度、言葉にして確認した。すると、その発言に美烏は強い反応を示し、夕輝とのじゃれ合を強引に中断して、葉月と琴音の会話に割って入ってきた。
「そういえば、スプリングフェスにはどの曲で参加するつもりなの? もちろんクルフルの曲ではないんでしょうけど」
「その点なら心配いらないよ。夕輝のつてで、とても腕の良い作曲家が協力してくれているんだ」
「へ〜、やっぱり。葉月や結花凛の線も考えはしたけど、【Pure Shy my Heart】のアレンジはその人がしてくれたのね」
初めから夕輝の線を度外視して、【Pure Shy my Heart】のラスサビ後に加えられた一節のアレンジについて美烏は触れる。
「ああ。ちなみに、今日のボクたちの衣装もその人が注文通りに仕立ててくれたんだよ」
「え、本当に? だとしたら相当なクリエイターよ、その人」
「なに? 相当なクリエイターって」
そう少し小馬鹿にしたツッコミを入れながら、夕輝は自分のスマホを美烏が見えるよう、机の上に置いた。
そこに映っていたのは、ある有名な動画投稿サイトのユーザーページである。一目見て、主に曲を投稿しているのがわかり、そのユーザーを支持するリスナーは万の単位を有していた。
「紹介するね。アタシの幼馴染で、ネットでの活動ネームは通称『ビタミンP』。主に合成音声装置を使って作曲活動をしてるみたい」
「あれ? 夕輝の幼馴染ってことは結花凛とも仲がいいの?」
ふと疑問に思ったのか美烏は、そんな質問を投げかける。
「ううん、私も最近、夕輝ちゃんから紹介してもらったんだ!」
「どういうこと? 私、勝手に夕輝と結花凛は幼馴染なんだと思ってたんだけど、違うのかしら?」
どういうことだ?、と頭の中が混乱している様子の美烏。そんな美烏を少し寂しげな表情で傍観しつつも、息を吸い込んで夕輝は訂正を入れた。
「いや、アタシとユカは幼馴染だよ」
「ってことは、夕輝が別々に友達を作って、別々に遊んでたってこと? なに、その複雑な関係? 浮気性の通い妻じゃないんだから…………ワケわかんない」
「いや、ワケわかんないのは、美烏のツッコミの方でしょ……」
美烏の表情に浮き出るクエスチョンマークは更に深みを増してゆく。それを受けて夕輝は顔を少し引きつらせ、抗いながら笑ってみせた。
「まあいいじゃん、その話は。この子が、いい楽曲を提供してくれてるんだしさ」
「ふ〜ん、まあそうね。後で送っといてよ。私も聴いてみたいわ」
「おっけ〜、送っとくよ」
そう言うと、夕輝はさっそくスマートフォンを操作して、例の音楽ファイルを美烏へと送信する。
「そうだミウ。今度のスプリングフェスに向けてダンスの振り付けを頼みたいんだが、任せてもいいかな?」
進歩するスクールアイドル部の状況に、浸るような顔をして葉月は美烏に問いかけた。
「ええ、任せといて。皆んなのレベルに合わせて最高の振り付けを考えるわ!」
全員の視線を一身に受け、その期待に見合った熱意を美烏は表明してみせる。頷く面々は1つの目標に向かって、明らかに気持ちを1つにしていた。
「なんだか、チームになってきた!って感じだよね‼︎」
「チーム……」
その言葉に美烏は一度、難しい表情を見せる。しかし――
「そうね。皆んなでラブライブ優勝目指して突き進みましょう!」
美烏は迷うことはなかった。美烏の周りには、もう誰も不可能だ、なんて言う人はいない。バカげた夢を語る3人に向かって、まっすぐと視線を返し、胸を張ってそう告げる。
「「おおー‼︎」」
揃った声は4人の思いを1つにし、店内に響き、雑音に馴染んで消えていった。