ガヤガヤとした昼休みの教室。教室中の至る所にグループが存在し、例に漏れず
「わ〜、葉月ちゃん、すごいね! タコみたい‼︎ グニャングニャンだよ!」
葉月は右手で左手の指を押し込み、手首の関節を逆に曲げ左の手の甲を腕にくっつけてみせる。類稀なる柔軟性をドヤ顔で見せつけてくる葉月に結花凛は素直な羨望の眼差しを向けていた。
「へ〜、やっぱり凄いのね葉月って」
ハムとレタスのサンドイッチを、牛乳と一緒に喉の奥へと流し込んだ美烏は、一度メガネの位置を整えて感心したような口ぶりで、そうこぼした。
「お褒めに預かり光栄だね」
変に照れる素振りも見せずに、自分への評価を堂々とした
態度で受け入れる。
「そういえば、葉月って役者なのよね。そっちの活動は今、どうなってるのかしら?」
葉月といえば、この学校内でも、ちょっとした有名人として名が通っている。昔から子役として舞台に立ち、中学生の頃は、その天から授かった長身の体と大人びた容姿を利用して舞台の花形を勤めたという。
「ああ、そのことなら心配いらないよ。色々あって、中学卒業を気に活動は休止中だからね。もともと、高校では役者とは違う何かを始めようと思ってたんだ」
朗らかな雰囲気を感じさせる葉月は平然と、そう説明した。
「なるほどね。そこで結花凛と出会ったってワケ」
「ああ、ユカリの歌声を聞いたときに天啓を得たんだよ。彼女となら、まだ見ぬ境地へ辿り着けるだろう、ってね!」
舞い上がり1人声を張る葉月を見つめて、美烏は少し乾いた笑いをこぼす。
「それを言うなら結花凛は、何をやってたのかしら? アレだけ歌が上手いんだから、何かやってたんでしょ?」
そのままの調子で美烏は疑問を口にした。しかし、それを受けた結花凛は自分のことなのにも関わらず、少し他人のことのように、ポカンとした表情を浮かべている。
「ううん、別に何もしてないよ。歌うのは好きだけど、ただそれだけだし」
「ほんとに? だとしたらスゴイことよ。天才以外の何者でもないじゃない」
少し強めの圧を感じさせる声色だが、そのことを美烏は真摯に評価した。
「そんなぁ〜、天才だなんてホメすぎだよ〜」
ニタリとトロけた、ほろほろの表情で結花凛は頭の後ろに手を回す。
天才、という言葉を安易に使えるほど、裏庭で見せた結花凛の歌唱には何かが宿っていた。美烏と葉月は、それを思い出すような表情を見せていた。
あのときの、全てを置き去りにしそうなほど鋭い、集中した眼差しは普段見せている結花凛の雰囲気からは解離している。そこから発せられる重厚な音圧は彼女の華奢な体から出ているとは信じがたかった。
「でも、この前の私のライブのときは、ちょっとセーブしてたわよね?」
ライブハウスで行った美烏、もといミュウミュの単独ライブ。そのラストを飾る1曲に結花凛たちが乱入してきたときのことを美烏は指して言う。
そして、その苦言に対して真っ先に反応したのは本人ではなく夕輝であった。
「あー、美烏がユカの歌声に、あれはアイドルじゃない、って言ったことあったじゃん?」
「確かに言ったわね。それで声量を抑えたってこと?」
「う、うん。でもね、たぶん抑えることを意識しなくても、あのとき程の歌は歌えないんだよね……」
珍しく、しょぼんとした表情で言う結花凛の弱気な発言。そんな結花凛を見て、美烏は目を丸くする。
「なんで、なんだろうね……学校で歌ったときは自分が自分じゃないみたいな、なにか早い乗り物に乗って風を感じながら飛んでいくような、そんな何でもできそうな感じがしたんだけど……あのときの感覚が掴めないんだ」
「スランプってこと?」
「ううん、もともとどうしてあんなに歌えたのか自分でも分からないから、スランプってワケじゃないかも」
「なるほどね……でも大丈夫よ。できないなら練習すればいいの。それに、結花凛が自分の歌をおさえなくても立派なアイドルになれるように私が一緒に練習するわ! 頑張りましょう‼︎」
太陽のように暖かな雰囲気で美烏は、落ち込む結花凛に励ましの言葉を投げかける。そんな美烏の瞳を真摯に受け止めて、結花凛の表情はパァッ、と晴れ渡る。
「うん! ありがとう美烏ちゃん‼︎」
美烏の加入により結花凛たちのパフォーマンスには締まりが生まれ、アイドルグループとしてもまとまりが生まれ始めようとしていた。
良好な2人のやりとりを見て、葉月は静かに微笑んだ。
「2人ともスプリングフェスに向けて気持ちは準備万端だね!」
葉月のその発言を聞いて美烏は思い出すようにして視線を向ける。
「そうだ、そのことなんだけど――」
改まって、といった雰囲気で美烏は緊張の糸を張る。そんな美烏に触発されて3人は真剣な眼差しを美烏に集めた。
「私たちのグループ名ってなに? 決まってるのかしら?」
その問いかけに各々、目をパチパチさせて愕然とした表情で反応する。そういえば、何も考えていなかった。忘れていた、などの反応だろうか。
「あー、決まってなかったのね……」
「完全に失念していたね。ミウが正式に加入したら決めようって3人で話して、それっきりになっていたよ」
「そだね、早く決めないとじゃん? 誰かいい案とかある?」
輝く瞳を引っ提げて、誰よりも早く手を大きく振り上げたのは結花凛である。フッフッフ、と自身ありげに胸を張り、夕輝たちの視線を集めていた。
「シャイニング☆ガールズ、なんてどうかな!」
「ダサい、却下」
数コンマの間もくれず、美烏に一蹴された結花凛は、えぇ〜‼︎、と感嘆の叫びを声にする。すかさず夕輝はノートを取り出してスラスラと文字を書き、それを全員に見えるように胸の前で提示した。
「う〜ん、じゃあ
「怖いッ‼︎ 何その字面から出てくるファンシーな音とのギャップ! てか、なんで当て字⁉︎」
ダメか〜、と笑いながら夕輝はノートを取り下げる。
「立て続けに却下とはミウは厳しいね」
一連の流れを見て笑みを浮かべながら葉月はそう相槌した。そして、堂々とした態度で、夕輝の様式に則ってシャープペンシルでスラスラとノートに文字を書き始める。
「よし!
「発想が夕輝と一緒! まず、アイドルグループの名前じゃないじゃない‼︎」
「ハッハッハ、そう言うと思ったよ!」
「じゃあ、なんで出したのよ‼︎」
楽しそうに、張りのいい声で笑う葉月に鋭い言葉が突き刺さる。つられて夕輝もケラケラと笑い、まるで2人して美烏のことをからかっているようだった。
「そんなこと言うんだったら美烏が考えたらいいんじゃん?」
一息ついた夕輝は細長い指の側面で笑い涙を一撫で拭うと、冷静と笑いが混じった声色で、そう提案する。
「て、言っても入ったばかりの私じゃあ、ピンとくるものがないのよね。やっぱり、スクールアイドルって自分たちで作り上げていくものじゃない? だったらグループ名だって意味のあるものがいいと思うのよ」
「意味か。だとすると、簡単には決めれそうにないね。改めて持ち帰り、再度案を持ち寄るのがいいんじゃないかな?」
「だね、まあアタシにはあんまり期待しないでよ。考えはするけどさ、多分そういうのは苦手なんだと思うから」
ヘラヘラと頭の後ろを掻きながら夕輝は情けなくそう告げた。
「随分と弱気ね。まあ、いいけど」
「じゃあ、グループ名は後日決めることにしよう」
「ええ」
「じゃあ、放課後は予定通りMVの撮影をするんだね?」
長いまつ毛をパチリとさせて葉月は美烏の顔を覗くようにして見つめる。
「それと、自己紹介動画ね。スプリングフェスに向けて少しでも多くの人に私たちのことを知っておいてもらう必要があるわ」
「言われた通り自己紹介は考えてきたけどさ。アタシあんまり自身ないかも……」
苦い顔でそう言いながら、両手の人差し指を夕輝は擦り合わせていた。
「まあ、ものは試しさ。こっちにはプロがいるんだ。ミウの参考をもとに試行錯誤していけばいいよ」
そう言う葉月の笑顔に包まれて、夕輝も朗らかな表情を見せる――
※
「ダメ。カタゴトすぎ、もっとリラックスして」
校舎にかけられた大きな時計の針は17時を指している。芝生が敷き詰められ、大きな木やベンチが備え付けられたそこは、結花凛たちが勧誘を行っていた学園の裏庭である。
「も〜、そんなこと言われても、しょうがなくない⁉︎ カメラに向かって1人でペラペラ喋るとかバカみたいじゃん?」
「余計なこと考えなくていいのよ。誰も夕輝のことバカにしたりなんかしないから、勢いでやっちゃいなさい」
そう言うと美烏は再度、スマートフォンのカメラを夕輝へと向けた。かくいう夕輝は数秒間、慌てふためいた後、深呼吸をしてカメラの前に立つ。
そして、美烏が3本の指を立てて3カウントを刻み、スタートの合図を促すのだった。
「ど、どうも〜 若ノ目女学院スクールアイドル部所属の緋花夕輝で〜す――」
「カット、カット、カット!」
胸の辺りで両手を開き、少し間抜けなポーズでカメラに向かって、苦笑い気味に語りかけていた夕輝を遮る。続けて、美烏は勢いよくカメラを取り下げた。
「ど、どうも〜、はダメって言ってるじゃない! もう10テイク目なんだけど? 何回、同じミスを繰り返すのよ‼︎」
「そんなこと言われても、言っちゃうんだからしょうがないでしょ! もういいじゃん、ど、どうも〜 から始めさせてよ。アタシ、ど、どうも〜系スクールアイドルになるからさ」
「やかましい! バカなこと言ってないで訂正しなさい――」
大声でそんな言い合いをしていると、1人の人物が芝生に音を立てて近づいてきた。にこやかな笑顔で声を出して笑い、手をパチパチと叩いて結花凛の隣に立つ。
「ははは、面白いことをしているね。自己紹介動画かな? スクールアイドルって感じだ」
生徒会長の
その存在に真っ先に反応したのは、この中で最も接点のある結花凛だった。両手を上に上げ笑顔で喜びを表現した。
「わ〜! 若葉先輩‼︎」
「やあ、結花凛くん。元気そうで何よりだ」
突然現れた上級生に結花凛以外の3人も若葉へと視線を集める。
「いや〜、すまない。中断させてしまった」
「生徒会長……いったいどうなされたんですか?」
丁寧な言葉遣いで美烏が、そう問いかけるとクスリと笑い若葉はある1人に視線を向けた。
「生徒会室からキミたちの愉快な声が聞こえたから、ぜひ私も混ぜてもらおうと思ってね」
そんなことを言う若葉に一同、ポカンとした表情を見せる。そして、数秒の間を空けて――
「すまない、冗談だ」
少しいじけた態度で若葉はそう零した。美烏や葉月と同様に、さぞ自分が見られているなど微塵も感じていない夕輝は乾いた笑いを口にする。
「さて、本題なんだけどね。緋花夕輝くん、彼女を少し借りてもいいかな?」
「え⁉︎ アタシ?」
驚いた様子の夕輝に対して若葉は冷静に首を縦に振る。
「1年2組の
諏方草レナ、その名前を聞いて夕輝はハッ、とした。そして、真剣な顔つきで若葉の提案に了承して見せた。
「ごめん、動画は後で撮るから先にみんなの分済ましといて……」
「すまない。要件はなるべく早く終わらせるつもりだ」
そう言うと2人は校舎の中へと消えていった。
「諏訪草レナって確か……」
「ああ、ボクの記憶が正しければ、入学してからまだ一度も登校していないって噂の、いわゆる引きこもりの生徒だったはずだよ」
自分たちの楽曲を作っているビタミンPという人物が、その諏訪草レナだとは知らされていない美烏と葉月は怪訝な表情をみせる。
別のクラスの生徒にも噂が立つほど、悪い意味で有名な生徒。そんな生徒と夕輝にいったいどのようなつながりがあるのか、そういいたげな不穏な空気だ。
「考えたって仕方がないよ‼︎ 気になることはあとで夕輝ちゃんに聞けばいいんだし、今はできることをしようよ!」
そんな空気をぶち壊したのは溌剌に提案する結花凛の声であった。そんな、彼女を見ていると美烏も葉月も自然と笑顔を取り戻す。
「そうね。じゃあ、さっそく結花凛の自己紹介動画とっちゃうわよ?」
「うん! いつでもいいよ‼︎」
そう言って結花凛はカメラの前で堂々と立った。そして、校舎裏に彼女の元気いっぱいな声が響きわたるのだった。