美烏のカウントと手拍子に合わせて、結花凛たち3人はステップを揃える。
「1、2、3、4!――
「うん!」
場所は、お馴染みである学園の裏庭。校舎のどの階からも見えるその場所で、若ノ芽学園のスクールアイドルたちはダンスの練習に励んでいた。
「じゃあ、休憩にしましょう」
練習に一区切りをつけて、美烏はそう口にする。
「アー! 正直、校舎の方からジロジロ見られながら踊るの超ハズかしいんだけど?」
タオルで汗を拭いながら、ジトっとした目で夕輝は校内の生徒に視線を返す。
「仕方ないわよ。部として認められたのはいいけど実績はないし、グラウンドや体育館が使えない分、裏庭を特例で使わせてもらってるんだから」
「ボクの家で練習しても構わないが、あくまでもボクたちは高校生だからね。学内を拠点に部活をするのが健全だろう?」
「それに多くの生徒にボクたちの活動を見てもらえれば、それだけ早くボクたちが認められる存在に近づけるってものだよ。何せ、ボクたちを認めていない生徒はまだ大勢いるだろうからね」
そう言って校舎を一瞥する葉月の口ぶりから思い出すのは部活勧誘会の時のこと。新たにスクールアイドル部を立ち上げようと動く結花凛と夕輝に対して、若ノ芽の生徒らは肯定的ではなかった。
無駄なことだ、学校が笑いものにされる。そういった意見が多数散見し、その確執は未だに取れた保証はない。
「確かに……思い出しただけでもムカついてきたかも。みんなで寄ってたかってアタシとユカを否定してたもんね。今に見るもの見せてやろうじゃん、って感じ?」
右の拳を左の手の平で受け止めながら言う夕輝の目には闘志が宿っており、当時相当悔しい思いをしたことが痛いほど伝わってくる。
それから、夕輝が改めて周りを見渡してみると、やはり結花凛たちは注目を浴びているようで、校舎の中や一階の渡り廊下にてジッと視線を向けてきている生徒が見て取れた。
そんな中、1人の少女が他の生徒とは比べものにならないほど近い位置、裏庭にある木の後ろで隠れるようにして見つめている姿を夕輝は発見する。長い黒髪で、少しイモい雰囲気を漂わせる女の子。帯の色から夕輝たちと同じ1年生であることは見て取れる。
「何? アタシらになんか用でもあんの?」
かなり高圧的なトーンで、突然そう声をかけられたその少女は肩から飛び跳ねて怯えた様子を見せた。木の後ろから出てきた少女は何かを隠すように両手を後ろにして固まってしまう。
「あ、あの……その……」
「何? 聞こえないんだけど?」
夕輝がそう返すと、少女は目尻に涙を浮かべて怯えた声を漏らした。そして――
「ご、ごめんなさい……‼︎」
パニックを起こした少女は勢いよく頭を下げて、校舎の方へと逃げていってしまった。
「あ、ちょっと!」
「こらこら、怖がらせちゃダメじゃないか……」
逃げる少女に手を伸ばす夕輝と、その状況を呆れた顔で冷静に捉える葉月。それを少し離れた位置で見る美烏は大きなため息を吐いていた。
「まったく……物騒ね。スクールアイドルの自覚あるのかしら」
ボソリとそんなことを呟きながら、木陰に用意しておいたスクイズボトルを取りに行く。すると、同じく木陰で膝を抱えて座り込み、横持ちのスマートフォンに目を落とす結花凛の姿に気がついた。
「結花凛? なに見てるの?」
ボトルの腹を握りしめて、勢いよく吹き出した水を口の中に受け止める。水分を補給しながら、不思議そうに美烏は結花凛に声をかけた。
「あ、美烏ちゃん! えへへ、この前撮った私たちのMVだよ」
美烏が結花凛の隣に腰を下ろして、スマートフォンを覗いてみると確かに動画再生アプリが起動していた。そして、そこに映るのは他でもない結花凛たち4人である。
この裏庭を背景に踊る自分たちの姿を結花凛は目を輝かせて見つめていたのだ。
「なかなか上手くまとまってるわよね。元プロの目から見ても、このグループの半分以上が未経験者だなんて簡単には信じないわよ」
冷静にそう伝える美烏のそれは間違いなく賛辞である。そう言われて微笑みながらも結花凛はジッと動画を見続けていた。
「えへへ、なんでだろ。この動画を見てるとね、すっごく嬉しいの。どこか懐かしい、幸せな気持ちになるんだぁ」
そんな曖昧な言葉に美烏は不思議そうに首を傾げてみせるが、ふわふわと楽しそうな結花凛を見てすぐに笑顔に戻る。
「再生数も悪くないし、コメントもそこそこ届いてるわね。私たちを知ってもらうっていう狙いとしては成功じゃないかしら?」
「うん! 嬉しいねコメント‼︎ 美烏ちゃんのファンからだったり、葉月ちゃんがカッコイイ‼︎、とかね! あと、楽曲も評判いいみたいだし」
「ええ、その点は、さすが現役の作曲家ってとこかしら。的確に流行を捉えているし、不思議と私たちの雰囲気ともマッチしているわ」
クルール×フルールのようなアップテンポで明るいザ・アイドルソングというわけではなく、結花凛の歌声を生かすようなロック調の曲。夕輝のキレのあるダンスと、葉月のイケメンフェイスが、曲調によってさらに輝いて見える。
「そういえば、美烏ちゃんは今回のMVではミュウミュに変身しなかったんだよね」
「変身って……」
クルフル時代、そしてソロアイドル時代、美烏はミュウミュと名を変えて、別人のような容姿への変身していた。黒いポニーテールは、ピンク色の
しかし、今回のMVはそうではなかった。黒い髪のポニーテールとメガネを引っ提げて、普段の美烏のまま撮影したのだ。
「まあね。ミュウミュのことは好きだし、別に深い理由はないんだけど。せっかく新しいこと始めるんだから、違うキャラでもいいのかな、って考えたのよ」
「うん! カメレオンみたいでいいと思う‼︎」
「それって褒められてるのかしら……」
「アハハ、褒めてるに決まってるよぉ〜!」
そんなやりとりをしながら、結花凛は終わった動画をスライドして巻き戻し、初めから再生した。
「何度聞いてもイイ曲だよね! 不思議と耳に馴染むっていうか‼︎」
「ええ、私も振り付け考えるの、すごく楽しかったわ」
「作ってくれた人には感謝しかないよ!」
弾ける笑顔で夕結花凛は、そう口にする。
「ビタミンP、夕輝の幼馴染の
「うん。夕輝ちゃんが言うには、不登校になっちゃってて今月中に登校してこなかったら退学になっちゃうんだったよね……」
数日前、夕輝が生徒会長の若葉から呼び出された後、美烏たち3人はその内容を夕輝から聞いていたようだ。
「そう言われると、もう他人事の気がしないのよね。会ったことはないけれど彼女には色々と手助けしてもらっているもの……」
「だよね。夕輝ちゃんが声をかけてるみたいだけど、私たちも何かできないかな?」
一変して深刻な表情を見せ、2人は真剣に見つめ合った。
「そもそもどうして諏方草さんは学校に来ないのかしら? 入学して一度も来ていないなんて少し不可解よ」
「だね。原因が分かれば私たちにできることも見えてくると思うんだけど……」
「その点は追々、夕輝を問い詰めるしかなさそうね――」
まじめな雰囲気でそう頭を捻らせる2人。集中するそんな2人を現実へと引き返したのは突如として鳴り響いた美烏のスマートフォンの通知音であった。画面の上側にはSNSの通知が表示されている。
「私たちのアカウントにダイレクトメッセージ? 初めてね、こんなこと」
結花凛も身を乗り出して興味津々に美烏のスマートフォンに目を落とす。そして、美烏はゆっくりとそのダイレクトメッセージを確認するため指で画面をタップした。
「土宮女学院……スクールアイドル部⁉︎」
「え、なになに? どうしたの⁉︎」
ダイレクトメッセージの宛先人を確認して美烏は驚きの声を上げる。そして、緩んだ表情で再度、画面へと目を向けた。そして、結花凛に急かされながらも美烏は文字を指で追うようにして目下の文章に目を通していく。
美烏の指が文章の末尾を過ぎてから数秒後、その表情はスッ、と真剣な顔つきへと変貌した。
「今度のスプリングフェスに出場する土宮女学院のスクールアイドル部から
「合同練習⁉︎」
大きな声で驚きを露わにした結花凛の声を聞きつけて、夕輝と葉月はハッ、と視線を向けてきた。そして、美烏の側へと近づいて、再度詳しい説明を求める。
「どうしたんだい?」
「私たちに合同練習のお誘いが来たのよ。差出人は土宮女学院のスクールアイドルグループ【
「それって結構有名なグループな感じ?」
夕輝の素朴な疑問に対して美烏は視線を返し、そして頷いた。
「昔ラブライブ本戦にも出場したことのある歴史あるグループよ。色んなイベントにも参加したりしてるし、定期的に行っているLive配信は人気で、かなりの人を集めているわね」
「ほへ〜、流石! 詳しいねぇ」
どこまで理解したのか、夕輝はポカンとした表情でそう答える。そして、すかさず反応したのは興味深そうに右手を顎に置い葉月であった。
「ちなみに向こうはどういった理由でボクたちにメッセージを送ってきたんだい?」
葉月の問いかけを聞いて、美烏は冷たい瞳で再度送られてきたメッセージに目を通す。そして、そのまま真面目なトーンで、まとまった頭の中の内容を口にした。
「同じくスプリングフェスに参加する高校ってことで、私たちのMVを見て興味をもってくれたみたい。ぜひ一度、我が校で合同練習をして親睦を深めましょう、だって」
「へ〜、結構友好的じゃん。だったら美烏はもっと喜びそうなものだけどね。嬉しくないの?」
大のスクールアイドル好きである美烏ならば、そんなに有名な学校からの合同練習の誘いにはもっと喜ぶのではないか、不思議そうに夕輝はそう伝える。
対して、美烏は真剣な表情のまま夕輝の瞳を見つめて口を開いた。
「ええ、嬉しいわよ。でも、ちょっと考えちゃうのよね……」
「なにを?」
「安易に誘いを受けて、まだ出発したばかりの私たちが喰われてしまうんじゃないかって……」
歴史あるグループと、出来立てほやほやのグループでは経験に差が生まれるのは当たり前である。練習内容1つとっても、きっと土宮学園のスクールアイドル部の方が濃い内容で行っているだろうし、自分たちより高次元の存在を身近に感じて、マイナスの影響が生まれるのではないか、そんな聡明な思考であった。
「なるほど、確かにない話ではないね。今は上り調子のボクたちだが、大きな壁を味わうことになりかねない。まあ、逆に言えば先を見越して、ここらでライバルの実力を知るチャンスとも言えるけどね」
「確かにそうとも考えられるけど、まずはスプリングフェスの成功、それを1番に考えるべきだと思うわ。できればここで調子は崩さない方がいいと思うの」
その発言には納得している様子で、これ以上葉月は意見を押し通そうとはしなかった。しかし、頭を悩ませる2人をよそに1人、結花凛はニコニコと胸を弾ませている様子だった。
「ねぇ! 合同練習ってすっごく楽しそう‼︎ 本物のスクールアイドルと一緒に練習できるんでしょ!」
純粋無垢にそう発言する結花凛。悪く言えば何も考えていないとも言えるが、その純粋な意見に美烏と葉月は呆気に取られてしまう。
「あはは、確かにこんな体験、中々できないんじゃん? それに断ったらなんか感じ悪くない? ってか、本物って……アタシたち別に偽物じゃないからね」
的外れだった結花凛の発言を擁護するように、夕輝は楽観的に笑って見せた。それにつられて、張り詰めていた息を吐き出すように葉月も笑いをこぼす。
「まったく、結花凛には敵わないね。彼女を見ていると、なぜだか不思議となんでも出来てしまいそうな気になるよ」
しかし、美烏の表情はまだ浮かないままであった。盛り上がる3人から心が少し離れていくように再度、ジッと送られてきたメッセージに目を落とす。
そして、眉間にシワをよせ考えるように唸り声を鳴らした。
いったい美烏は何を考えているのか、それは直面している懸念か、はたまた他者に合わせられない自分の性格の悪癖か、それとも過去の過ちか。熟考するようすを長々と見せて美烏は正面を向く。
鼻から大きく息を吸い、ため息として全て吐き出した美烏は目の前の3人に目を向けて、口を開け再度大きく息を吸った。
「分かったわ。受けましょう、このお誘い」
「ホント⁉︎ やった〜!」
胸の高鳴りを隠せずにいる結花凛は身体を弾ませて喜びを表現する。それに呼応するように、ワイワイと盛り上がる夕輝と葉月。そこに美烏は再度、大きな声で訂正を加える。
「でも、2つだけ私のお願いを聞いてちょうだい!」
そう告げる美烏の顔は凛としていて真剣そのものだった。
「自分たちがスクールアイドルであるということを忘れないこと。そして――何があっても臨機応変に対応すること。当日はこの2つを常に頭の中に入れておいて欲しいの……」
それを聞かされて結花凛と夕輝は、ポカンとした顔を見せる。反して葉月は真摯にその言葉を受け止めた素振りで美烏の隣へと近づいた。
「ボクにはミウが心配する気持ちも理解できるよ」
そう言って美烏の肩に自分の腕を回して抱き寄せると、葉月は美烏の顔に横から自分の顔を近づけて囁いた。
「何かあればボクも全力で対処するつもりさ。ボクはね、結花凛のあの輝く笑顔を守りたいんだ。アレは何万の人の前であっても霞まない正真正銘の輝きだからね……。結花凛の願いはなるべく叶えてあげたいんだよ。それで、その輝きが増すのなら、なおのことね」
葉月に続けて夕輝も美烏の側へと近づいていく。そして、浮かない顔の美烏の手を取ってみせた。
「大丈夫だって、アタシもユカもそんなに簡単に折れたりしないって。考え過ぎじゃん?」
「そう、かしら……」
「そうそう、美烏だって本当はその有名なスクールアイドルに会いたいんでしょ? だったら、せっかくなんだし楽しんじゃえばいいじゃん」
そう強く夕輝に推される美烏は一度、目を閉じてからもう一度ため息を吐く。そして、首を縦に振り了承の意を示した美烏は夕輝に手を引かれて、盛り上がる3人の輪へと入っていく。
そんな美烏は少し、しこりのある淡い笑顔を見せていた。