合同練習の誘いを受けてから数日が経った土曜日。紺色の学生用ジャージに包まれた
門の向こうに見えるのはオフィスビルのような土宮女学院の校舎である。全4つの建物が敷地内に立っており、そのどれもがガラス張りで、まるで都会の街中そのものであった。
「流石、お嬢様校。ザ、ふつうの若ノ芽がちっぽけに見えるスケールじゃん?」
「ボクは若ノ芽の平凡な校舎も好きだけどね。モノの輝きとは、モノそれぞれで違うのさ。何事も本質を見つめないとダメだよ、
「すご〜い! 葉月ちゃん、仙人みたい‼︎」
「はっはっは、褒めすぎだよ結花凛!」
「今のって、褒めてんのかな……」
そんな会話を他所に、
「なに? まだ心配してんの? 大丈夫だって」
「それもあるけど……単純に会うのが恥ずかしいのよ!」
「あ〜、オタの方だったか……」
土宮女学院へ向かうために乗った電車の中で夕輝はずっと、ソワソワと落ち着かない様子の美烏に瞳を向けていた。前日譚となる一件、美烏が合同練習へ不安を抱いているのは知っていたし、何かと夕輝は気を遣っていたのだろう。そんな気遣いも虚しく、夕輝は辟易と言いたげな湿ったため息を吐いた。
普段の練習と同様に、黒い髪の毛を後ろで一本に括りメガネをかけた姿の美烏。染めた頬で、ギュッと目を閉じて緊張に震えるそんな姿を夕輝はジトっとした目で見つめる。
「もしかして、その大きなリュックの中身さ、色紙とかじゃないよね? サインください!、とか言わないでよ恥ずかしいから」
「失礼ね。このリュックは、そんなんじゃないわよ! 色紙なら別に用意してあるわ‼︎」
そう言うと美烏は下に置いていた手提げカバンを持ち上げて、その中身を主張する。
「いや、結局持ってきてんじゃん! じゃあ、そのデカいリュックはなんなの⁉︎」
「コレは……もしものための秘密兵器よ」
体をよじり背中のリュックを隠すような素振りを見せ、美烏は場繋ぎ程度にメガネの位置を整えた。
「はあ、まあ何だっていいや」
飽きたのか急に投げやりになった夕輝に少し軽蔑の視線を向けてから、美烏は自分のスマホを手提げカバンから取り出して確認する。
「予定だと、そろそろ門に迎の人が来てくれるはずなんだけど――」
「あ! 若ノ芽女学院の人っすか⁉︎」
門の向こうから現れたのは、水色のショートヘアが特徴的な小柄な少女であった。パチリとした目が少し少年をも思わせる活発な瑞々しさを表現している。
「初めまして! 私は土宮女学院スクールアイドル部、
スポーティーな声色で元気よく挨拶をする淳未は、そのままの勢いで大きくお辞儀する。
「うわ、すっごい明るい……アイドルって感じする!」
思わずそう漏らした夕輝は、初対面で失礼なことを言ってしまったと思ったのか、慌てて両手で口を塞いだ。
そんな一連の様子を受けても淳未は笑顔を絶やすことなく、嬉しそうに夕輝へと視線を送る。
「えへへ、ありがとうございます!」
「ヤバい、浄化されそう……」
「皆さん1年生なんっすよね! 自己紹介動画で見ましたよ‼︎ 私も1年生なので仲良くしてください!」
さっそく距離が縮まったのか、門の前でワイワイと騒いでいる。そんな中に、淳未の後を追って現れたのは、鋭いツリ目をした紫髪の少女であった。
「こら、アツミ! そんなところで騒いでないで早く案内しなさい」
クネクネと捻れた癖毛のポニーテールをヒラリとさせて、淳未に厳しい一言を浴びせる。
「あ、りく先輩! すみませんでした」
素直にそう謝る淳未の頭をポンポンとして、りくと呼ばれるその少女は結花凛たちの前に立った。
「初めまして。同じく
淳未を叱ったときの雰囲気とは一変して、温和な柔らかい声色で、りくは片目を瞑って誤った。そんな、りくを前に美烏はブツブツと小さな声で何かを呟いている。
「な、生りっくだ……」
「み、美烏?」
夕輝の懸念が現実になったようで、美烏はそそくさと目の前のりくと距離を詰めると、手提げカバンから色紙とペンを取り出した。
「あ、あの……初めまして! 私、若ノ芽女学院の
あちゃー、と声には出さないものの夕輝は両目を手で塞いで天を仰いでいる。当時者のりくはというと、いきなりのことに困惑しつつも、流石と言わせるスピードで持ち直し、笑って美烏に差し出された色紙とペンを受け取った。
「あはは、イイよ。まさか、いきなりサインを求められるとは思ってなかったけど」
そして、慣れた手つきでサインを書き上げるとクールに片手で美烏へと渡す。
「配信、いつも見てます。第14回目のアノ――」
ペラペラと早口で捲し立てる美烏は、やれあのシーンのアソコがよかった、やれあの振り付けのアソコが好きだ、など聞いてもいないことを話し続ける。
「美烏ちゃん、楽しそうだね」
「ほんと。アタシ、美烏には数日前の自分の発言を聞いて欲しいんだけど。あんだけ心配しといて自分が1番楽しんでんじゃん……」
「あはは……まあ仏頂面でいるよりはイイじゃないか」
優しい発言をした葉月だったが、そんな葉月の方を向いて夕輝はゆっくりと首を横に振った。
「ダメ、アタシ恥ずかしくて見てらんない。お願い葉月、なんとかして」
「ふう、仕方ないね」
夕輝にそう言われて、頭の後ろをかきながら葉月は美烏へと近づいていく。そして、背後までたどり着いた葉月は後ろから両手を回すようにして美烏をホールドし、引き剥がしながら後退した。
「ほらミウ、先輩も困っているだろう? その辺にしておいたらどうだい」
あ〜、と残念そうな声を漏らして引き剥がされていく美烏。そんな様子を見て、りくは少し顔を引きつらせながら笑っている。
「改めて、今回の合同練習中は私と淳美が皆んなの側にいるから、よろしくね」
「さあ、皆さん学内を案内しますんでついてきてください!」
2人にそう言われて結花凛たちは荷物を持って、土宮女学院の学内へと入って行った。
※
一通り必要な説明を受けて最後に、淳未に案内されてやって来た部屋は一般の教室2つ分程の大きさがあった。
「ここが私たちの練習場っす!」
床は一面ピカピカに光る木目のフローリングで、4面ある壁のうち1つは鏡で埋め尽くされている。
練習場にはスクールアイドル部に所属していると思われる生徒が20数人程、ストレッチや準備体操をして体をほぐしていた。
「大っきい部屋〜‼︎ ここで練習してるんだ!」
「いい環境だね。ボクの家の練習場よりも設備が整っている」
大きな棚2つに収納されているのはアイドルや歌手、タレントなどの資料である。雑誌からBlu-ray、CDまで研究材料としては申し分ない。それに、とりわけ視界に入る大きなスクリーンとプロジェクタ。スピーカーも良質なものを設備しているようだった。
「てか、部員多いね。
不思議そうに呟く夕輝を一瞬、鋭い視線で見つめてから淳未はにこやかに口を開いた。
「ええ、昔から
「一応、全員にチャンスが回ってくるように入れ替わり制度を設けているけど、大体は3年生の引退と共に1年生が入ってくるから、そんな制度はあってないようなものだけどね」
「子供時代、元プロとして活躍してた私は特別枠で入れ替わり制度を使ったっすけどね〜」
母性にも似た朗らかな瞳でりくは淳未を見下ろしている。
りくにそう名指しされ、淳未は両指の人差し指を口元でハの字にさせ笑顔のポーズをつくった。
「でも、せっかくこんなにいっぱい人がいるんだから、みんなで歌えれば、もっと楽しいと思うんだけどな!」
悪びれることもなく大きな声で言う楽観とした結花凛の発言に、淳未とりくは面をくらった表情を見せる。そして、まるでその発言を戯言のようにしか聞いてない素振りでヘラヘラと笑みを残した。
「まあ、ウチはストイックっすからね〜。そこんところは実際の芸能界と一緒っす。楽しむことよりも、みんな結果を残すことに必死なんすよ」
淳未のそんな一言に美烏は乾いた苦笑いをこぼす。そして、自虐めいたノリでボソリと呟いた。
「あんまり思い出したくない話ね……」
淳未が語る芸能界の話には、幼い頃からその界隈に携わる身として思い当たる節があるのだろう。そんな微妙な表情を見せる美烏を見て夕輝も同情するように優しく笑っていた。
「生存競争と出世競争で自分たちを煽って、それでもって強くなる。それが私たちのやり方よ」
さっそく、やり方から考え方まで違う存在を目の当たりにして結花凛たちは唖然と硬直する。
結果を追い求め、自分たちに試練を与える存在。そう聞いて、改めて教室を見てみると、練習前の部員たちの表情には緊張感からか険しささえ、見て取れた。
「さあ、そろそろ練習を始めましょうか」
りくがそう声をかけると準備運動をしていた生徒たちは揃ってりくに注目する。そして、可視化するかのような熱量と覚悟の目で、りくからの次の指示を待機していた。