午前の練習を終え、
「かなりズタボロに言われちゃったわね……」
「ああ、りくって先輩の意見はともかく、パフォーマンスの細かい指摘はまさに図星だったね。まだまだ改善点は多いよ」
「ユカは大丈夫? 結構、キツイこと言われてたけど」
間を空けながら恐る恐る様子を伺っていた美烏と葉月に対して、夕輝はストレートに結花凛へ問いかけた。一緒、ギョッとした2人であったが、結花凛の様子は対していつもと変わらない。
「うん! 大丈夫だよ‼︎ 実際、私もセンターに拘りはないし、それに実力不足なのは自覚してるから!」
明るい声色に反して、クレバーな発言をする。実際、結花凛がセンターを飾っているのは夕輝と葉月の強い推薦があったからだ。夕輝は言わずもがな、一貫して葉月は結花凛を高く評価していた。
一見、目立ちたがり屋に見える葉月だが、実際はそんなことはない。チーム全体の調和による輝きを第一に考え、そのためなら演出の一材料に徹してもいい、という考えを持っている。
「いや、拘ってもらわないと困るよ。キミはまさしく1番星に相応しい人材だ。何も知らない彼女の意見に耳を貸す必要はない」
「そうそう、ユカが本気出したらそこらのボーカルなんて手も足も出ないんだから」
軽口に夕輝がそう口走ると、その背後からゾワっと影が覆い重なった。
「なになに? 面白そうな話し、しているね」
「あ、あはははは〜……」
笑って誤魔化そうとする夕輝をジトっと見下ろしながらも、りくはそれ以上の追求をすることはなく、そのまま夕輝の隣へと腰掛ける。そして、その脇にはひょこひょことついてきた
「一緒にお昼ご飯食べましょう!」
元気溌剌にそう提案した淳未の手にはハンカチに包まれた弁当箱がある。淳美は自ら美烏のそばへと近寄っていき、その隣に腰を落ち着かせ、顔を急接近させて話し始める。
「にしても、美烏ちゃんの指摘には驚かされたっす〜。あれ、私のことっすよね」
自覚する点があったのか淳未は疑いもなく、そう美烏に話しかけた。真正面からそう詰められた美烏は少し困った顔で視線を泳がせながら、息を漏らすように声を出す。
「ま、まあそうだけど……」
「ずっと上手くいかなくて困ってたんっす! なんかいい改善方とかないっすか?」
真摯にそう聞かれて美烏は、同じだけの熱意を持って顎に自分の手を置き考える素振りを見せた。そして、淳未に対して、真剣に意見を口にする。
動きの細かい部分にまで気を配り、練習外でも相談しあっている2人を夕輝は、コイツらモチベーション高いな〜、と言いたげな目で見つめていた。
そんな夕輝に視線をやりながら、りくは一度咳払いをして美烏以外の、結花凛と葉月にも声が届くよう話し始める。
「午後の練習なんだけど、ちょっと趣向を変えてLive配信をするのなんてどうかしら?」
「「Live配信⁉︎」」
声を揃えて反復したのは結花凛と夕輝であった。
「ねえ葉月ちゃん。葉月ちゃんは、Live配信ってしたことある?」
「いいや、無いね。どちらかというとボクは御話の世界の住人。舞台役者だったから、ボク自ら、自身を売り出そうなんてことはしてこなかった」
じゃあ美烏ちゃんは?、と視線を美烏へ向けるが、美烏は淳未に捕まっていて結花凛の視線に気づくことはなかった。そして、そんな結花凛の視線を奪うように、りくは言葉を挟んだ。
「したことなくても大丈夫よ。ちょっとお話しして、パフォーマンスを披露するだけだから。ゲリラ配信って形になっちゃうけど、いつもはそれでもソコソコの人数集まるよ」
心配するな、そう力強くりくは強く念押しする。
「楽しそう! だけど……」
今にも「やりたい!」、と言い出しそうな結花凛だったが何か考えるところがあるのか、寸前のところで足踏みしてしまう。
少し不安そうな表情を見せる結花凛。元気に立ち振る舞ってはいたが、やはり午前のアレが堪えているのか失敗を恐れてしまっている様子である。
「どしたのユカ? やりたいなら、やればいいんじゃん?」
「随分と前向きだね夕輝。自己紹介動画のときのことを考えるとボクはちょっぴりキミが心配なんだけど?」
「ま、まあウチには美烏がいることだし、アタシがグダグダでも、その辺は何とかしてくれるんじゃん?」
やれやれ、と言いたげな顔を見せる葉月だったが、その言い分には信頼性があるのか、止めようという動きは見せなかった。そして、2人して結花凛に決断をもとめるかのように視線を集める。
対して、そんな2人の厚い信頼にも似た視線に背中を押されて、結花凛は元気よく首を縦に振った。
「うん、やってみよう!」
「決まりだ。準備はこっちでしておくからね」
そう言って再び、和気藹々とした昼食が始まった。そして、全員が食べ終わろうとしたところで、いち早く食事を済ませた、りくと淳未は先に席を立ちいなくなる。
※
「え⁉︎ Live配信!」
それは淳未と熱い議論を交わしていた美烏の驚きの声だった。りく達が席を外し、程なくして事情を聞かされた美烏は目を丸くしている。
「あ、ホントに何も聞いてなかったんだ……」
「ええ、初耳よそんな話。勝手に許可なんか出して」
「ダメだった?」
不服そうにそう問いかける夕輝。
「ダメって訳じゃないけど」
「訳じゃないけど、なに?」
含みのあるその声色に、夕輝は怪訝な発言を返した。連日してマイナスな意見を口にする美烏に夕輝はどこか思うところがあるらしい。
「正直、気乗りはしないわね……」
「なんで? もしかしてアタシが失敗すると思ってんの?」
「それもあるけど、
「ん?」
美烏が言っている意味が理解できなかった夕輝は顔を顰めて喉を鳴らす。もし美烏のマイナス的な意見が自分の実力不足に由来するのなら、それは夕輝にとって複雑な感情を誘発させる。その心配をさせてしまう自分にも夕輝は思うところがあるのだろう。
少し険悪な雰囲気になっていることを感じ取ったのか、そこに結花凛が割って入った。
「美烏ちゃんはLive配信ってやったことあるの?」
「ええまあ、たまにだけれどね」
「じゃあ、大丈夫じゃん。危なくなったら美烏が助けてよ」
気持ちを切り替えた夕輝の軽い発言を受けて、美烏は真顔でため息を吐く。そして、食べ終わった自分の昼食を素早く片付けて立ち上がった。
「わかったわよ、仕方ないわね。ちょっと考え事もしたいし、お手洗いに行ってくるわ」
そう言うと、美烏は持ってきていた大きなリュックサックを背中にかついで練習場を後にした。
「ん? なんでリュック持っていったの?」
不思議そうに呟く夕輝と一緒に結花凛も同じく首を傾げ、不思議げな表情を残した。
※
背負った大きなリュックを揺らしながら、練習場を後にした美烏は御手洗へと向かっていた。下唇を甘噛みして、不安気でそして不満気な複雑な表情を美烏は見せている。
「やっぱり、どうせやるなら徹底的にじゃないっすか?」
「こらこら、あの美烏って子に痛い指摘突かれたからって、やきになっちゃダメよ。でも、彼女らが今後難敵になるかもしれないってのは事実かもしれないわね」
薄らと聞こえてくる、りくと淳美のそんな会話。運が良いのか、悪いのか、偶然にも美烏はそんな会話を聞いてしまう。
仕方なく廊下の角に身を潜めた美烏は、その存在を知られまいと息を殺した。
「そんなこと言ってりく先輩だって、考えること悪いじゃないっすか。Live配信をするにしたって、全くの無名グループが私たちの配信に出ても、リスナーが困惑するだけっすよ? 下手したら心無いコメントで画面が埋もれちゃうっす!」
「そんなことないわよ。ただで多くの人に名前を売るチャンスなのよ。あの子たちにとってはチャンスじゃない」
「とか言って、そのことを美烏ちゃんに指摘されないために私に分断させたんっすよね」
「ふふふ……だって、断られたらつまらないでしょ?」
少し含みのある笑みを浮かべるりく。その顔には少しばかりの愉悦感と狡猾さを感じさせる、エッセンスが加えられている。それを見て淳美は、湿ったため息を小さくもらした。
「ひゃ〜、やっぱり私は、りく先輩がこの世で1番怖いかもっす」
「ふふ、バカいいなさい」
「まあ、ライバルなんてできるだけ少ないに越したことはないっからね」
口慣れたテンポで言葉を交わす2人を横目に、キリキリと奥歯を噛み締める美烏。
「今はまだ自分たちの色を見つけていないみたいだけど、来年かそのまた来年……早ければ今年中にも、あの子たちは殻を破るでしょうね。光の原石であることは間違いないと思う」
「それは……過剰な評価ってヤツじゃないっすか?」
「どうかしらね。そもそも、動画を見て骨がありそうだから合同練習の誘いを出したわけだし。それに、あんまり甘くみてると足元すくわれちゃうかもしれないわよ」
「はぁ……だから若い芽は早いうちに摘んでおこうってことっすね!」
晴々しい笑顔でそう言う淳美に対して、りくは少し眉を上げて見つめた後、小さくため息を吐く。そして、その場を立ち去ろうと歩みを始めたながら、口を開いた。
「あの子たち、どうなるかしらね。午後の配信が楽しみだわ」
遠くなるりくを追いかけて淳美も、その場から姿を消した。そして、一連のシーンを見ていた美烏はとりわけ大きなため息を吐く。
「踏ん張りどころ……ってわけね」
そう言うと、自分の鼻頭の上をギュッと摘んで目を瞑った後、生理的に詰まった鼻をすする。そして、SNSのアプリが開かれたスマートフォンを強く握りしめるのだった。