昼休憩も残り5分ほどで終わりを迎えようとしていた。その頃、練習場にて昼の準備を始めていた土宮の生徒たちを他所に、激しく焦りを見せていたのは夕輝だった。
「ちょっと、どうすんの⁉︎」
どうしようもなくなり、とにかく叫びを口にする。そんな様子の夕輝とその近くにいる、何かを心配している様子の結花凛。そして、比較的冷静に振る舞う葉月も額に汗を浮かべ若干の焦りを見せていた。
「美烏ちゃん、どこ行っちゃったのかな? お手洗いに行くって言ってから全然帰って来ないけど……」
「責任感の強いミウに限って遅刻は考えにくいけど……もしかしたら、なにか予期せぬ出来事でもあったのかもしれないね」
「いやいやいや! どうすんのよ。配信に関しては完全に美烏頼りだったじゃん? アタシ急にキンチョーしてきたんだけど〜」
ブルブルと震えながら、腑抜けた腰で葉月の肩にすがる夕輝。そんな夕輝の背中をさすりながら葉月は大きく深呼吸をして冷静を保とうとしている。
「もしものときは腹を括るしかない。いつも通りで大丈夫さ。たくさんの人にボク達のことを知ってもらおう」
「うん、そうだね‼︎ 確かに緊張するけど、楽しみ!」
そんな会話をしているうちに時間は過ぎていき、午後の練習が開始される。そして、りくの指示のもと配信の環境が整えられてカメラとパソコンが設置された。練習場に備え付けられた大きなスクリーンに配信の画面が映し出されるように準備される。
「これでコメントも見やすいっすね〜」
緊張した様子の結花凛たちのそばで淳美はそんなことを口にした。結花凛たちと
「そういえば美烏ちゃんはどこ行っちゃったんすか?」
「それが美烏ちゃん、お手洗いに行くって言ってからそれっきりで……」
このトラブルを運営サイドの淳美に相談して、なんとかしてもらおうとすがった結花凛。しかし、その瞬間、淳美の表情は一瞬、スッと冷たく無機質になった。
「まあ、でも配信の時間はもう決まってて、さっき告知も済ませちゃったし、それはそっちで何とかしてくださいっす」
「え?」
そう言うと、そそくさと笑顔で歩き出し配信前の段取り確認をするりくたちのもとへと向かって行った。
残された結花凛の気の抜けた声は周りの雑音に流されて消えていく。まるで遠くに置いてけぼりにされた幼子のように唖然とした様子で、口をポカンと開けている。
「どうだい結花凛、時間は引き延ばしてくれそうかい?」
「そ、それが淳美ちゃん、ちょっと様子がおかしくなっちゃったっていうか……」
アワアワと己の不安感を前面に押し出す結花凛。そんな結花凛を葉月は細めた目で見つめ、下唇を甘く噛んだ。
「様子がおかしい?」
「そう、なんか急に冷たい雰囲気になったような気がするの」
「どういうことだろうね。少し嫌な予感がするよ……」
葉月が濁った表情でそう言うと、練習場に乾いたハンドクラップの音が鳴り響く。そして視線は音の方角であるりくへと収束された。
「じゃあ、配信始めるよ」
一息つく暇もなく、ステージにはりくたち7人の姿が伺える。りくの3カウントを経てカメラの前に立っていた
「改めて、私たち
「そして今日は! 特別ゲストも来てくれてるっすよ〜」
『りくー‼︎』『あっちゃ〜ん‼︎』、などとイキのいいコメントが流れる中、特別ゲストという言葉にリスナーは激しく惹きつけられる。
そして、りくの手招きを受けてフレームの中へと入って行った結花凛たちは少しぎこちない笑顔で
「こんにちは! ボク達は若ノ芽女学院スクールアイドル部だよ‼︎ よろしくね」
それは子綺麗に、見よう見まねでりくたちの挨拶を参考にした葉月の役作りであった。顔の隣で右手を広げて、いつもよりポップな表情と声色を見せる葉月。
しかし、正面に見えるスクリーンに映し出されたコメントは結花凛たちを、頭から歓迎している様子ではなかった。『誰ー?』、『知らな〜い』、『若ノ芽女学院?』、などのコメント。中には葉月の容姿を『カッコイイ!』、『好きになっちゃうかも〜』、などと肯定する声も見られたがそれもまだ探り探りの状況に変わりはない。
「ああ、みんなが知らないのも無理はないさ。何せボク達は最近、開設した新たなスクールアイドルグループだからね!」
『そうなんだ〜』
「近々、行われるスプリングフェスにも参加するんだよ。今日はその兼ね合いもあって土宮女学院のみなさんと合同練習をさせてもらっているんだ!」
葉月がフレッシュな笑顔で
「皆んな1年生なのにすごくカッコイイパフォーマンスを見せてくれて、期待のスクールアイドルって感じなんだよ」
カメラに向かって完璧な笑顔を作りながら、りくはそう主導権を握り返す。
「今日はきっとスゴイ出会いがあるはずっすから楽しみにするっすよ〜」
両手の人差し指で交互につつく手振りをしながら、イタズラな口調と声色でカメラに向かってリスナーを煽る淳美。それにクスリと笑みを残してりくが続く。
「じゃあ、ここからは若ノ芽の皆んなの自己紹介だ。前半はターンを譲っちゃうから自己紹介をした後に自分たちのタイミングで曲を披露しちゃおう」
りくの急な舵取りに、順調に場を回していた葉月は目をギョッとさせた。続けて夕輝、結花凛も即座に視線を飛ばして過敏な反応を見せる。
「いや、でも」
せめて後からにしてほしい、そんな意図も含まれるかのような小さな声で、りくに助けを求めるがその声は届かなかったようで、
美烏がいないのにパフォーマンスもクソもない。まだまだ、始めたてで決まった動きをするのも精一杯な3人が1人欠けた状態のフォーメーションや振り付けを即興で組み立てるなど不可能に等しい。そんな状況に葉月は乾いた喉を鳴らした。
「じゃ、じゃあ結花凛から自己紹介を始めようか!」
「う、うん! 若ノ芽女学院1年の春野結花凛です‼︎ みんなよろしくね〜」
だとしても、始まってしまったのだからもう止まることはできない。不格好なりにも、どうにかしてやりきらなくてはならない状況に3人は緊迫した重たい空気をヒシヒシと肌で受けていた。
夕輝はもちろん普段能天気な結花凛でさえも声を詰まらせ、表情からも緊張の色が見て取れる。
「あーあ、やっちゃった。りく先輩、酷いっすね〜」
「だって、アレだけ大口たたいてたのに遅刻ってありえないでしょ? どこで何してるか知らないけど、せっかくのチャンスを棒に振るなんて……聡明な子だと思ってたのに」
ステージとカメラから離れた場所で、りくと淳美は小さな声で会話をする。
「チャンスって……合同練習に誘うって言い出したときから潰そうとしてたんじゃないんすか?」
ずっと言葉を濁していた淳美がとうとうストレートにその言葉を口にした。それを受けても、りくは依然と澄ました顔を見せている。
「何を言うの? 私はただ面白そうな子たちを見つけたから興味があって誘ったにすぎないわよ。それに関しては一貫してあの子たちにチャンスを与えてたつもりだったんだけどね」
一流の練習に一流のパフォーマンス、一流の意見を肌で感じられる。それは結花凛たちにとって100%利益に繋がっている、そうりくは主張した。
「その過程で自分たちの実力不足ゆえに潰れるなら、それは向こうの責任でしょ? そもそも本物ならどんな逆境も跳ね返すだけの力があるはずだもの。それがないってことは遅かれ早かれよ」
「ものは言いようっすね。どこからどこまでが本心か分かんないっす……」
アハハ、と愛想笑を交えつつその発言を茶化す淳美だったが、りくの表情は依然として真剣なものだった。
「ど、どうも〜。緋花夕輝でーす、運動が得意でーす、バ、バク転とかできまーす、よろしくお願いしまーす……」
ステージの上で行う夕輝の、なんともカチカチでダメダメな自己紹介に苦笑を浮かべつつ淳美はコメント欄と同接にも目を向ける。
『笑笑笑笑』『頑張って〜』『www』『緊張してて草』、コメントは完全に結花凛達をアウェイに見る層が目立っている。
「あー、ダメそうっすね」
「……」
そう見切りをつけた淳美の隣で、りくはジッとスクリーンを睨みつけるように見つめていた。そんなりくの顔を淳美は不思議そうに覗き込む。
「どうしたんすか?」
「おかしいの……」
「ん?」
「同接よ。いつもやるゲリラ配信と比べて、明らかに見てくれてる人の数が多い……」
「え?」
りくのその発言を聞いて、淳美はすぐさまスクリーンへと視線を戻した。そして、ハッとした表情を見せる。
「確かに……! どういうことっすか?」
「わからない。いつもなら来ても2000人程度なのに今日はそれに上乗せで1500人弱……3000人以上も集まってる。直前に告知したとはいえゲリラ配信でこの上振れは不可解ね」
顎に手を置き不思議そうに考える素振りを見せる、りくと淳美。そんな2人をよそに、今でもフレームのなかにはグダグダと場を繋げている結花凛たち3人の姿が確認できる。
葉月を軸に互いが互いを支え合い、なんとか言葉のラリーを繋げてはいるが、いつまで経っても曲の披露へと移らない。そんな状況に配信を見ている人たちは、退屈そうなヤジのコメントを流していた。
「じ、実はボク達のグループにはもう1人仲間がいるんだけれど、体調が優れないのかな? まだ休憩から帰って来てないんだよ」
葉月は苦しげに場を繋げる努力を続ける。
「美烏ちゃんって言うんだけど、スクールアイドルが大好きで、歌もダンスもスっごく上手くて、コレぞアイドル!って感じの子なんだよ‼︎」
緊張したようすを見せつつも、かろうじていつもの元気よさを結花凛は貫き通す。そんな結花凛の発言を聞いていた淳美は、不可解な現象のことを忘れて小さく笑いをこぼすのだった。
「ふふ、コレぞアイドル、らしいっすよ?」
そう毒を吐く淳美に反応することもなく、依然りくは難しい顔を見せている。そして、おもむろにスマートフォンを取り出してSNSのアプリを起動させると、数秒後途端にハッとした表情を見せた。
それと程なくして壇上では限界に近い状況の結花凛たちが確認できる。『まだ〜?』、『
コメントをしている人たちはその人数の訳4割程度であると推察でき、3500人全員がそういった意見を持っているとは限らない。実際コメントの中には『美烏』、という存在に興味をもち惹かれている声もあるのだが、意見というのはどうして不評の方が印象強くなってしまうのは界隈の常であった。
「あー、そろそろダメっぽいっすね」
そう淳美が完全に見切りをつけたのと同時に、りくはハッとした顔つきから徐々に口角を上げてニタリと笑って目を瞑る。
「そういうこと、ふふっ……やられたわ」
しっとりと、りくがそうこぼした次の瞬間――練習場の扉が開かれた。室内にいた一堂が一斉に注目し、一部は不思議そうな顔をして、1人はニタリ顔のままジッと睨みつける。そして、壇上にいた結花凛たちは目を見開いてから、ジワジワと解れる表情筋とともに肩の力を抜くようにリラックスした様子を見せた。
「誰っすか?」
淳美がそう声を漏らすのも仕方がないこと。そこに立っていたのは、美しく光る黒い髪の毛にピンク色のアクセントが散りばめられた可愛らしい少女だった。髪の毛を2つにくくり、悪目立ちすることなく全体を引きき立たせるメイクは自然と彼女に視線を集めさせる魅力をはなっている。
りくを除く土宮の生徒達から不審な目を向けられるなか、少女は堂々と歩きステージの上へと登っていった。
「みんな〜、お待たせ! さっき紹介にあずかりシっ! 若ノ芽女学園スクールアイドル部所属のミュウミュこと、瓜谷美烏だよ‼︎」
両手を使いカメラに向かって全力で手を振る美烏。その笑顔ははちきれんばかりで、それを見る壇上の結花凛たちは自然と笑顔をこぼしていた。
そして、配信を見ている人はというと、『キター‼︎』、『待ってた!』、『ミュウミュ〜!』、などと一変して美烏たちを応援する声が目立ちだしている。
「ど、どうなってるんっすか⁉︎」
その状況に慌てふためく淳美は訳が分からないと、りくに説明を求めた。
「同接の中に潜んでたのよ。あの子のファンがね」
「へ?」
それだけでは理解できない淳美に、りくは手の中のスマートフォンの画面を提示する。
そこにうつるのは1人のSNSのアカウント。フォロワー数は3万人を超えており、一目で一定の影響力を持っていることが理解できた。そして、今から20分ほど前の直近に
「突如現れた、ちょっと有望そうな新グループかと思ってたら、とんだスーパールーキーが潜んでたなんてね」
「ってコレ! クルフルって、
「下調べ不足……だったわね」
悔しげな声色に反して表情はどこか嬉しそうな顔をりくは見せていた。新たな事実を目の当たりにしてアワアワと慌てる淳美を尻目に、りくの視線は真っ直ぐとステージの上へと向けられる。
「遅れて、ごめんね。ちょ〜っと、どうしたら良い配信に出来るか、1人作戦会議? してたらうっかりしちゃって!」
カメラに向かってフラットに謝りながら、どこか憎めない声色を見せる美烏。続いて斜め後ろに体を逸らし、グループのメンバー全員に「ごめんね」、と謝罪の言葉をならべる。その最中、カメラに映らない死角を利用して結花凛たちに、
それを見ていた3人のうち、一早くそのサインの意図に勘付いたのは葉月である。他の2人がポカンとした表情を見せているうちに背後から夕輝の背中を軽く引っ張った。
「OK、大丈夫だよ! ミウのその気持ちはちゃんと伝わってるから、ボクたちも全力で応えて見せるさ」
そう言いながら自然と己の立っていた場所から移動する。その最中、夕輝は後ろに引っ張って結花凛は反対側へ行くように促した。
「うんうん大丈夫、大丈夫! ね、ユカ?」
「うん! いいパフォーマンスにしようね‼︎」
そのフォーメーションに変更したことにより、結花凛と夕輝もサインの意図を理解したようでセンターに立つ美烏はクスリと笑う。
「じゃあ、長らくお待たせしました! パフォーマンスを披露させてもらいます。曲はPure Shy my Heart !」
美烏の宣言から数秒の間を空けて、音響担当の土宮の生徒が音楽を鳴らした。そして美烏を中心に、より洗練されたパフォーマンスを4人は披露するのだった。
「逆境を、跳ね返した」
それを見ていたりくは1人、ボソリとそう呟いた。