番外編 だってタピりたいんだもん! ①
これはまだ、美烏が正式に加入する前の話――
都会の街並みはいつ見ても人で溢れかえっている。
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
そう言って小走りに結花凛の元までやってきたのは瓜谷美烏である。黒いポニーテールで、眼鏡をかけた普段の姿。服装は決して派手すぎない黄色や薄茶色で構成されていた。
「ううん、大丈夫だよ! 美烏ちゃんとお出掛けするのが楽しみすぎて、私が早く着いちゃっただけだから‼︎」
ニパァっ、と後光が差すような笑顔でそんなことを言われ、美烏は気恥ずかしそうに顔を緩める。
「結花凛ってたまにそういう人たらしなところあるわよね……」
「え?どういうこと?」
「別に、なんでもないわよ」
前髪を、かき分けながら美烏は目線を結花凛からそらした。そんな仕草を見せる美烏を結花凛は不思議そうに見つめている。
「すごい人の数ね」
「だね。この近くで何かのイベントやってるみたいだよ? 出店とかいっぱい来てるらしいんだ!」
「そうなのね。でも、今日の予定はもう決まってるんでしょ?」
「うん! さっそく行こうよ‼︎」
「ええ」
そして、2人は都会の人の波へと入っていった。
こうして2人が一緒に出かけることになったきっかけは、ほんの数日前の出来事に由来する。日にちとしては、美烏と夕輝が個人レッスンを始めた丁度その週に遡る。
※
教室の休み時間。賑わうクラスメイトらを横目に、美烏は自分の机で次の授業の準備をおこなっていた。
「ねえねえ、美烏ちゃん!」
背後からいきなり声をかけられた美烏は、誰かに声をかけられるなど微塵も考えていなかったのか異常な様子で驚いている。
「ご、ごめんね。驚かせちゃったね」
「いいえ、大丈夫よ」
眼鏡の位置を整えて肩をそらして胸を張る美烏。改めて、声をかけてきた結花凛と相対する準備を終わらせた。
「で、どうしたの? 入部届に名前なら、この前書いたわよね」
「ううん、今回はそういうのじゃなくてね。美烏ちゃんと、今度のお休みにお出かけしたいなって思って!」
「え? 私と⁉︎」
思いがけない提案に美烏は腑抜けた声を漏らす。
「うん! そうだよ‼︎」
「でも、何で急に……」
「美烏ちゃん、ライブ前で張り詰めてる雰囲気だ、って夕輝ちゃん言ってたから……気分転換にならないかな?って」
「なるほど」
「そ、それとね……」
「ん?」
少し照れくさそうにモジモジとしてみせる結花凛に美烏は疑問の声を鳴らした。
「実は私まだタピったことないんだ‼︎ だから、タピりに行きたいんだよ!」
「え?……」
何をいうかと思えば、よく分からない告白をされて美烏は熱量の寒暖差に風邪をひきそうな顔を見せる。
「それで、私?」
「うん、夕輝ちゃんは作曲頼めそうな子の家に行く〜、って。葉月ちゃんも、今度の休みは美容院の予定入れちゃってるらしくて空いてないらしいんだ……」
しょぼんとした結花凛の顔を見ていると、なぜだかリスやハムスターなどの愛玩動物を連想させられる。
「結花凛ならクラスにも他に友達いっぱい、いるんだからわざわざ私なんて誘わなくても他のグループと行けばいいでしょ?」
「ううん、私は美烏ちゃんと行きたいって思ったから美烏ちゃんを誘ってるんだよ! 他に、とかそういうのじゃないの」
マジマジと正面からそんな光にあてられて、美烏の頬は緩み、そして紅く染まった。
「この人たらしい……」
ボソリと呟く美烏の声が聞き取れなかったのか、結花凛はさらに距離を詰め美烏の顔に自分の顔を近づける。
「何か言った?」
「な、何も言ってないわよ‼︎ わ、分かったから。今度の日曜日でいい?」
「うん! ありがとう美烏ちゃん‼︎」
気持ちのいいくらい真っ直ぐなお礼を受けて、美烏はなんでこんなに感謝されているのだろうか、と言いたげな困惑する表情を見せた。
「でも、タピるってちょっと時期ハズレというか、もうそこまで流行ってないわよね?」
「そうなんだよ! みんながタピタピ騒いでるとき私、完全に流行りに乗り遅れちゃってね。飲んだことないから、気になってるんだ〜」
「そう、意外ね。結花凛なら友達も多いでしょうに……」
「あはは……当日の集合時間とかは後でチャットで決めよ。楽しみにしてるね〜」
「ええ」
自然と流行への感度と友達の多さがイコールで繋がれていることには触れることなく結花凛は、そう締めくくり授業が始まると自分の席へと戻っていった。
そんな結花凛の去り行く背中を見つめる美烏の瞳はどこか穏やかなもので、やんわりと微笑むその表情のことを、きっと本人は気づいていない。
気を取り直して、と授業の準備を再開する彼女の頬は依然、緩んだままであった。
※
「ってなわけで、例のお店に到着したわけだけど……」
「うん……」
美烏の案内で都心部を抜けて、オシャレな店が立ち並ぶ脇道の方へと出てきた2人。駅のある中心部と比べると流石に見劣りはするが、人の出入りは盛んである。
そんな2人は結花凛たっての願いに従って、その道の一角を担うピンク色の店の前へとやってきていた。しかし――
「閉まってるわね、シャッター」
「うわおー、って感じだね……」
休業の張り紙が貼ってあるわけでもなく、ピンク色をした店のシャッターが閉まっている。
どうしたものか、と頭をかく美烏の隣で結花凛はプルプルと震えていた。
「どうしよう! タピれなくなっちゃったよ〜」
心の底から残念である、そんな強い感情が彼女の声には込められていた。
「狼狽えないの。この辺なら探せばいくらでもお店はあるでしょう。次に行きましょ」
冷静にスマホの地図アプリを使って次の候補を絞っていた美烏はそう言って結花凛を先導する。
「うん!」
そんな美烏の背中を追いながら、結花凛は元気よく返事をした。
そして、数分が経ち街を歩いた末に2人は次の目的地へと辿り着く。
「う、うそだ……」
「ここも閉まってるわね……」
またもやシャッターの閉まった店の前で立ち尽くす2人。結花凛が感嘆の声をあげるなか、それを横目に美烏はさっそく行動に移していた。
「さ、悲しんでても仕方がないわ。少し歩くけど、次に行きましょう」
「うん」
そう言って、まだ気持ちの切り替えができていない結花凛を美烏は先導する。
――数分後
「あ〜ん、また閉まってるー‼︎」
「次よ」
――数十分後
「なんで〜」
「つ、次に行くわよ」
――1時間後
「……あ」
「どこも開いていないわね……」
5件目にしてとうとう美烏も辟易とした表情を見せる。そして依然、結花凛は凹んだ顔色で俯いていた。
「やっぱり、もうそこまで流行っていないのね。店という店が閉店してる。きっと、どこも経営が立ち行かなくなったのよ」
キッパリとそう言いきる美烏を、潤んだ瞳で結花凛は見つめている。そんな視線に気付いたのか美烏は失言してしまったことを理解したようすで慌てて口を手で押さえた。
「そんなの困るよ〜 私まだタピったことないのに! 友達と一緒にタピオカドリンク飲みたかったのに‼︎」
「って言っても、もう目ぼしい所には行き尽くしたし……後は電車で別の街に行くしかだけど、そこが開いてるとも限らないわよ?」
「ううぅ……」
うなだれる結花凛を困った表情で見つめる美烏。どうしようもない状況に2人は行き止まりを感じていた。
そんな2人の空気を変えたのは1つの音であった。空に鳴る鈍いグウゥ〜、とした音。それは昼時を知らせる結花凛の腹の音である。
「とりあえず、お昼ご飯にしましょうか」
「うん、えへへ……どこのお店に行こっか?」
「そうね……結花凛は何が食べたい?」
「う〜ん……そうだ! そういえば駅の近くでイベントやってたよね? 出店もいっぱい出てるかもだから行ってみようよ‼︎」
頭を捻り、思い出すようにして結花凛はそんなことを口にした。駅で行われているイベントといえば、結花凛と美烏が待ち合わせをしていた場所で見た人混みの原因そのものである。出店が来ていることも大々的にポスターで告知されており、さまざまな食べ物でお腹を満たすことが大いに期待できた。
「そうね。行きましょうか」
こうして2人は来た道を戻り、駅の方へと歩みを進めるのだった。
※
駅の近くまで戻ってきた結花凛と美烏は例のイベント会場の方へと近づいてきていた。遠くから聞こえてくるマイク越しの女の人の声。遠目で分かりづらくはあるが、何やらステージのようなものまで設けられている。
そして、どんどん近づくにつれソースや醤油の芳ばしい香りが2人の鼻腔へと流れ込んでくる。気づけば道なりにはチラホラと屋台が見え始め、道ゆく人たちの楽しそうな笑顔がよくわかる。
「わあ〜、スッゴイ盛り上がりだね美烏ちゃん‼︎ これだけ人が多いと迷子になっちゃいそうだよ」
場の雰囲気も相まってか、結花凛のテンションは通常のそれに復活していた。両手を胸の前で握りしめて脇をギュッとさせ、子供のような瞳を輝かせている。
「ええ、ほんとに。何のイベントなのかしら」
そう言って美烏はスマートフォンを取り出した。慣れた手つきで指を動かして目的の情報を検索ページへ打ち込むと、その画面には例のイベントのことと思われる公式のホームページが表示される。
「街の音楽祭? ステージも複数設置されててジャンルとわず音楽を披露するらしいわ。結構、大規模なイベントみたいね」
そのページに記された内容は、複数のステージをクラシック、ロック、サブカル等のジャンルで分けて1日かけて音楽を披露する、というものであった。結花凛たちが向かっているのはそのうちの1つで主に最近の曲、いわゆるJポップを扱うステージらしい。ステージとステージの間隔はかなり離れていて、駅一つを経由するほどの規模であった。
「へ〜、そうなんだ! あ、でも元々この辺って音楽とは縁があるらしいね。夕輝ちゃんが言ってたよ。なんだか、大きな音楽スクールがあったり、そこから多くのアーティストが生まれたとかで!」
「ふ〜ん、そうなの。知らなかったわ。地区で言うと私の家は少しだけはずれてるものね」
「そうだよね。自主練するために毎日、走って地区一つ越えてくるって夕輝ちゃんが言ってた」
「地区一つ越えるって……そんな大したことじゃないわよ。私の家は地区境にあるし、距離も5キロあるかないか程度よ」
「いやいや、それでもだよ⁉︎」
歩きながら結花凛は、驚きと否定の入り混じった声色を見せる。
「でも、そうでもしないと家の近くじゃ家バレにつながるし、小学校のクラスメイトとかが茶化しに来ちゃうから」
「そっか……美烏ちゃんも大変なんだね」
妙に、結花凛が落ち着いた雰囲気を見せると違和感を感じたのか美烏はその発言を聞いてクスりと笑った。
「そんなことないわよ。もう慣れたし、最近はうるさいのも増えて賑やかだしね」
「ふふ、すごいな〜美烏ちゃんは。何かに真剣に打ち込めるって、すごく素敵だよね!」
「もう、そうやってすぐまた……そんなに簡単に褒めたって何も出ないわよ……?」
そんなことを言いつつも、結花凛の純粋無垢なその瞳が心の底からの真実を語っていることを美烏は理解しているのであろう。彼女の赤くなった耳の先と頬の色が、それを物語っていた。
にこにこ、と心の底から楽しそうな結花凛と、満更でもなさそうにはにかむ美烏は沢山の屋台を楽しむ人混みの中へと溶け込んでいった。