21話 未知なる種①
チュン、チュン、チュン、とスズメの歌声が耳心地いい爽やかな朝。学校の校門を越えて
そんな夕輝が校舎の扉へと足を踏み入れる最中、何やら不審な動きを見せる。まるで、なにかを察知したかのような反応を見せて執拗に背後に探りを入れている。視界に入る全ての場所を鷹のような鋭い眼光で睨みつける夕輝。そして、夕輝は何もないと判断したのかそのまま校舎の中へと入っていった。
靴を履き替えた夕輝が自分の教室の扉の前へと立ったそのとき、教室の中からは何やらザワザワと普段よりも盛り上がっている雰囲気がつたわってきた。そんな状況に夕輝は不思議げに顔を歪ませる。
「おはよー」
違和感を感じつつも、普段と変わらない眠たげな雰囲気で夕輝がそう言い教室に入ると、教室にいたクラスメイト6名程の視線は一斉に夕輝へと収束した。
「え⁉︎ なになに?」
そんな慌てた夕輝にお構いなしで、そのクラスメイトらは夕輝の元へと集まってくる。
「おはよう!
「めっちゃがんばってたね! ダンスもキレキレだった‼︎」
突然のできごとに眠気などあっという間に消え去ってしまった。開口一番そんな風に褒めちぎられて夕輝は一瞬にして顔を沸騰させる。それから慌てた様子のまま、すでに教室に来ていた美烏を探しだし、助けを求める叫びを発した。
「美烏〜、何コレどうなってんの〜⁉︎」
そんな声を受けてため息を吐きながら美烏は夕輝のもとへと近づいていく。そして、夕輝の隣に来た美烏をクラスメイトらは同じく囲うように陣形を変えた。
「みんな昨日の配信見ててくれたみたい。ありがたいことだけど、私はミュウミュがバレて朝からかなり消耗しているわ……」
月曜の朝から、すでにやつれた雰囲気の美烏を見ているとクラスメイトらに、もみくちゃにされた後だということは容易に想像がつくだろう。
「そうそう、なんで今まで黙ってたの?」
「別に隠してたわけじゃないんだけど、自分からいうことでもないし……」
更に詰められて美烏は笑顔を作りながらそう取り繕った。
「あはは……よかったんじゃん? 友達いっぱいできて」
「うるさいわね!」
入学当初と比べ少しは改善されていたが、まだクラスメイトと距離を感じていた美烏を夕輝はこれみよがしに茶化してみる。対して、美烏は恥ずかしそうに頬を緩ませながら張りのある声で反発した。
「そういえば、いつもはもう来てるけど
「葉月なら、他クラス他学年の生徒が教室に出来るだけ来ないようにって中庭の方に出て対応しているわ」
「なにそれヤバ! 何事? なんで私たちいきなり人気者なわけ?」
そんな驚きの声をあげる夕輝にクラスの生徒らは笑顔で対応する。
「ほら、部活勧誘会のときに色々あったでしょ? だから動画を投稿したときとか、皆んな応援したくてもなんか応援できる雰囲気じゃなかったっていうか……」
「でも! 昨日、
「へ、へ〜そうなんだ。ふ〜ん」
クラスメイトに囲まれながらそんな、そっけない返事をしつつもどこか嬉しそうで、それであって恥ずかしそうに夕輝は目をパチパチさせていた。
「それでいうなら
「あー、なんかユカ体調悪いとかで病院で薬もらってから来るみたい」
夕輝がそう言うと美烏は大きく目を開き驚いた顔を見せる。
「大丈夫なの? 昨日の疲れが出たのかしら……」
「今朝お見舞いがてらに、お家よって確認してきたけど大丈夫そうだったよ? いつもと雰囲気も変わんないし」
「そう? 昨日、帰りの電車で少し元気なさそうだったから心配ね」
「まあ、流石のユカも本気で体調悪かったら学校休むでしょ。本人がいけるって判断したんなら大丈夫じゃん?」
「……そうね、結花凛も子供じゃないんだし大丈夫よね」
そんな会話をしていると、クラスメイトの1人が何かに悩んだような表情で美烏の制服の裾を軽く2回ほど引っ張った。
「ねえ、ねえ
「う、それは……」
「えっと……今、考え中的な? 1回案を出し合ったんだけど決まんなくて持ち帰り案件になったんだよね」
そういえばまだ決まっていない、そう固まる美烏に変わって夕輝は事の一連を説明する。
「先週は合同練習とか色々ごたついてて結局、決められなかったわね」
「スプリングフェス当日までには決めないとじゃん?」
「ええ、改めてグループチャットで案を出しておくよう周知させておきましょうか」
そう言うと美烏はスマートフォンを取り出して、グループ名を考えておくように、という旨の文を書いて送信した。夕輝が確認することで、そのチャットはすぐに1の既読がつけられる。そして2、3と既読の数は増えていった。
「あ、結花凛も見てる」
「うん、大丈夫そだね」
そんな素朴な会話をして2人は目を見合って笑い合う。
そんな風に賑わっていると、夕輝の次に誰かが教室の扉を開けた。その人物は、教室の入り口を数名で封鎖している状況を前に顔をしかめて、明らかな嫌悪感を抱いているようである。
「……どいてくれる?」
夕輝たちを見るなり、イヤな顔をして鋭い目を向けているのは背の小さな目つきの悪い少女。入学当初、部活勧誘のさいに結花凛と夕輝にぶつかっていった3人の頭目、
「あ、ごめん」
そう言って夕輝は道を開けるが、浅野はフンッと鼻を鳴らして自分の席へと歩いていった。
あの部活勧誘会のときから一貫して浅野は夕輝たちをよく思っていないようである。しかし、邪魔をしたり文句を言ったりということはなく。ただただ自分はお前たちを認めていない、そんな意思の鋭い目を時たま結花凛たちに向けていた。
「感じワル」
唇を尖らせ夕輝はボソリと文句をこぼす。
スクールアイドル部を応援する人が増えたとはいえ、未だに否定する層が根強くいることを再確認させられた夕輝であった。
「あ、そろそろホームルームの時間だよ。私たちは応援してるから、頑張ってね!」
そう言ってクラスメイトらは自分の席へと戻っていき、夕輝と美烏も同じく行動に移す。そして数分後に葉月が教室に帰ってきて、軽く夕輝と美烏にハンドサインで挨拶をした。
学校の中には朝のチャイムが鳴り響く。
※
視界がボヤけている。まるで世界が一面、霧で包まれているかのように薄らと白みがかった景色だ。幻想の世界? はたまた無意識の領域か、1つだけいえることは現実とは解離している、ということだろう。
ここは……公園だろうか。見覚えがあるようで、ないような。ブランコと滑り台、ジャングルジムなどがあるこじんまりとした公園だ。
――なんで、こんなところにいるんだっけ? 確か、朝起きて体調が悪かったから、いつもの病院で栄養剤をもらおうととしてて……夕輝ちゃんを見送ったあと私もすぐに家を出たはずなんだけど。
そんな疑問を朦朧とした頭でやんわり考えていると、曇りがかった霧の中から3人の女の子が現れる。
小学生くらいか、それにも満たない小さな女の子たち。1人は紺色にも似た青く長い髪の毛に幼いながらにもキリッとした目が特徴的で、もう1人は黒髪ボブのクリクリとした目の元気いっぱいな女の子。そして、3人目の女の子は白く光る癖毛をフワフワとさせながら、顔つきはどこか凛々しくて優美さを感じさせる笑顔を見せていた。その凛々しさはカリスマとでも言うのだろうか、なぜか視線を惹きつけられる。自分とは似ても似つかない何かを放っている。
――誰? どこかで見たことがあるような気はするけど、それがどこでなのか思い出せない……
悩む私を置き去りにして、目の前の女の子たちは仲むつまじく遊び始める。遊具で遊んだり、追いかけあったり、そしてそのうち1人の女の子が楽しくなってか、歌を歌い始めた。
黒い髪の女の子。その歌声はよく響き、耳の奥や胸の中を震わせる。可愛らしさがよく目立ち、例えるなら
それを聞く残りの2人もなにやら少女を称賛してきるようだった。
それが不思議と懐かしく感じて、なぜそう思うのか考えれば考えるほど胸の奥がズキズキと痛む。
――あれ……?
私がその違和感に気づいたのは、それが地面に滴り落ちた時であった。一筋の涙が私の顔から、ほろりと地面へ落ちる。
――なんで泣いてるんだろ……? おかしいな
両手で目を擦り、鼻水を啜っていると3人の女の子が近づいて来た。
「〜〜ちゃん?」
呼ばれている。だけど、声が聞こえない。
心配そうに寄ってきた青と黒の2人の女の子たちは、パクパクと口を動かして何かを言っているんだろうが、何も聞こえない。
そして、白い髪の女の子が淡く口角を上げて私に手を差し伸べてきた。
『――行こう。ねえ、手をとってよ』
その声は不思議とハッキリ聞こえていた。
この手を取ればどうなるのだろう。何もわからないこの空間を理解することができるのだろうか。それとも、ザワザワと苦しいこの胸の痛みの
そんな期待感に煽られながらも、なぜかその手を取ることを拒んでしまう。生き物が自然と防衛本能を宿しているように、私の中の何かが、その手を取ることを恐れている。
そんな問答をしていると、徐々に世界の霧はその姿を隠すように消え始めていた。白い少女は差し出す手を引っ込めて、少し寂しげにため息を吐く。
そして霧と一緒に、目の前の女の子たちもどこかへ帰って行くようだった。3人の背中を見つめていると、寂しい気持ちで胸が埋め尽くされる。
消えゆく前に、白い少女はこちらを振り向いてニヤリと笑ってから、姿を消した――
「春野さ〜ん! 春野結花凛さ〜ん!」
目を開けると、そこは見慣れた病院の待合室だった。呼ばれた名前に慌てて反応し、私は勢いよく席を立ち上がる。そして、案内に沿って診察室へと足を踏み入れる。
――そういえば、何か悲しい夢を見ていた気がするけど、なんだったっけ?
そんなことを考えていると目の下が少し汚れていることに気がつく。寝ている間に泣いていたのだろうか、目の下に垂れる涙の後を擦り取り、私は診察室へと入っていった。