22話 未知なる種②
昼休み。ザワザワと人で賑わう廊下を夕輝は口をへの字にして凹んだ表情のまま早歩きで、どんどん進んでいく。
いつもは教室に机を並べて4人で弁当を食べている夕輝だが、今日は朝に弁当を準備できなかったらしく、その旨を美烏と葉月に伝え、売店へと向かっていた。
「あー、疲れてたとはいえパパと
合同練習の後、帰宅した夕輝はすぐさま死んだように眠りについた。毎朝、早くに起きて家族の弁当を作っている夕輝は、今日それができなかったことを酷く反省しているようである。
「
夕輝がブツブツと呟きながら歩いていると、曲がり角から飛び出てきた白い髪の少女とぶつかりそうになり、慌てて体をそらした。
「おわっ! ご、ごめん‼︎ ってユカ⁉︎」
「あ、夕輝ちゃん! おはよう‼︎」
それは学生鞄を手に持った結花凛である。いつものように元気いっぱいの雰囲気で結花凛は夕輝に挨拶をした。
「おはようって……もうお昼だよユカ。体は大丈夫なの?」
「うん! お薬飲んだし、見ての通りバッチリだよ‼︎」
「そう、じゃあよかったよ。お昼もう食べた? アタシ今から買いに行くとこなんだけど」
「まだだよ! 私も行くよ‼︎」
そう言って2人は肩を並べて歩き始める。
「そうだ。なんかスっごいことになってんだよ? みんな昨日の配信見てくれてたみたいで、アタシたちちょっとした人気者? みたいな」
朝の出来事を思い出すように言う夕輝の言葉には音符マークが付いているようで、教室では毅然と冷静を保っていた夕輝だが、今では少し足並みが跳ねるほどに嬉しかったと見て取れた。
「あ、私もさっき下駄箱で知らない先輩に声かけられたよ! 応援してくれるのって嬉しいよね‼︎」
「だね。昨日も思ったけど、応援してくれる人がいるのと、いないのとじゃ大違いじゃん? もう昨日みたいなアウェイな空間はごめんってカンジ」
なかば
「でも、昨日の応援コメントってほとんど美烏のファンなんだよね〜」
「そうだね。美烏ちゃん人気者だから‼︎」
面白くなさそうに顔をしかめる夕輝に反して、結花凛はそれを楽しそうに見つめている。
「あ、でもね。なんか最近、背後から視線を感じるっていうか? 見られてるなあ〜って気がするんだよね」
「そうなの?」
「うん、それでね。聞いてよ!」
許せない!、と言いたげに少し怒気の混じったジト目を向けて夕輝は言葉を続けた。
「もしかして、アタシの熱烈なファンなのかも?って美烏に言ったら『自意識過剰よ』、ってなじられたんだけど」
「あははは! それ美烏ちゃんの真似? 相変わらず仲良しさんだね。美烏ちゃんも別にバカにしてたわけじゃないんじゃない?」
そんな返しをする結花凛に、否定の意をとなえるように顔の前で左手をブンブン振り回し夕輝は辟易とした表情を見せる。
「イイや、アレは本気の目だった。1万円の馬券握りしめてるパパと同じくらいマジの目だったもん」
「あ、あははは……」
なんとも反応しづらい例えに乾いた笑いを漏らしつつ、結花凛は人差し指でこめかみの辺りをかいていた。
「美烏はもっとアタシを評価してもいいと思うんだけど?」
「そうかな? 私は美烏ちゃんって、夕輝ちゃんのこと大好きっだと思うけどな」
濁りのない笑顔でそう言われて夕輝の顔は一瞬にして紅く沸騰した。そんな夕輝は場の空気を紛らわせるためか、ぶっきらぼうに大声を出す。
「あ〜あ、アタシも美烏みたいに熱烈なファンできないかな〜」
夕輝が藪から棒にそう言うと、廊下をコツコツコツと軽く翔る音が聞こえてくる。
「――あ、あの‼︎」
売店に向かって歩みを進める結花凛と夕輝の背後から、おどおどしくも大きな声で呼び止める女の子の声が聞こえてきた。
そんな声に引き留められ不思議そうに振り向いた結花凛と夕輝の視界には、聞こえた声の想像通りな大人しそうな女子生徒の姿が映っている。目にかかりそうな黒く長い前髪をかき分けながら、その女の子は上下左右に視線を泳がせていた。
「へ? なに、アタシら?」
「は、はい。あの……その……」
対面したにもかかわらず、なんとも歯切れの悪い少女に、夕輝は頭をかきながら苦笑いで対応している。そして、数秒経っても、モジモジとしたままなかなか本題に入らない少女を、ただジっと見つめていた。
「あ! アンタ確か、アタシらの練習を覗き見してた‼︎」
思い出した!、と大声を上げる夕輝に驚いて少女は肩から飛び跳ねる。
「あ、いや……違くて」
「違うって何? 見てたじゃん。中庭で木の後ろから」
「いや、だから……その――コ、コレ!」
問い詰められ、縮こまり、その果てにどうやら少女は意を決したようだった。ポケットの中からなにかを取り出して、それを夕輝に勢いよく突き出して見せる。
「な、なに⁉︎」
「あの……応援してます」
それはハートのシールで留められた可愛らしい便箋であった。プルプルと両腕を振るわせながら、まるで一昔前の告白現場のように顔を赤らめて夕輝に手紙を手渡している。
「え? アタシに⁉︎ 美烏や葉月に渡しといてとかじゃなくて?」
「はい……」
しおらしく少女が答えると、夕輝はゆっくりとその手紙を受け取った。そしてマジマジとその手紙を舐め回すように確認して、夕輝の頬は脳の理解と共に徐々に緩くなっていく。そして、張り詰めていた栓が弾け飛ぶように、夕輝の顔はパァ!っと笑顔の一色で埋め尽くされた。
「ありがと‼︎ スんっごい︎嬉しい! こんなのもらったの初めてだし、一生大切にする‼︎」
そう言いながら夕輝は飛びつくようにして少女の手を両の手で包み込んだ。その目はとても輝いていて、普段気怠げで冷めた雰囲気の夕輝が珍しく幼く見えるようだった。
「アタシのファンってことでいいんだよね? ね? そうだよね? たは〜、見る目あんじゃん! 名前は?」
「……1年4組の
「よろしく! 木蔭。ねえねえ、さっそくだけど連絡先交換しよ。そうだ! 今度、うち遊びにくる? 貧乏でなんにもない家だけど歓迎するよ‼︎ 妹にも紹介させてよ」
「ちょっと夕輝ちゃん⁉︎ そんなにグイグイいくと木蔭ちゃんが困っちゃうよ!」
冷静を失ってしまったかのように木陰に迫る夕輝のそれは過剰な勢いである。その熱を冷まそうと結花凛は夕輝の制服の袖を軽く数回引っ張った。
「あ、ごめん……つい舞い上がっちゃって」
「い、いえこちらこそ気の利いた返しができなくて、すみません……」
しゅんとした夕輝につられるように木蔭も深々と頭を下げて謝罪する。そんな寒暖差の激しい2人を見て、結花凛はえぇ〜、っと困惑の声を漏らした。
「ほら、アタシってさ目つきも粗暴も悪かったから、昔から怖がられたり、煙たがられたりすることはよくあっても、誰かに面と向かって好きって言われたことないかったんだよね。だから、嬉しかったんだよ……木蔭が好きって言ってくれて」
「夕輝ちゃん……」
「こんなアタシでも、チヤホヤされたかったんだな〜って今思い出した」
何かを思い出すように夕輝は心の奥底から言葉を絞り出す。そんな夕輝のまっすぐな瞳を、横から輝く羨望の眼差しで見つめて木蔭は小さく息を吸った。
「私は! 一目惚れでした……昔からスクールアイドルが好きで、うちの学校で新しくスクールアイドルを始める人がいるって噂を聞いて、それで中庭の練習を見に行ったんです」
勇気を振り絞るように、自分の思いが一言たりともかすれることのないように、木蔭は大きな声で思いを連ねる。
「そしたら私の視界に緋花さんが飛び込んで来て衝撃を受けました。しなやかでキレのあるダンス。キレイで長い指先に美しく舞う長い髪。本当に一目惚れだったんです」
木蔭は頬を赤て恥ずかしそうに思いの丈を伝えているが、それを受ける夕輝はその倍以上に顔を赤くして聞いていた。
「ありがとね。でも、あのメンバーのなかからアタシを選ぶなんて木蔭ってかなりのモノ好きってかんじじゃん?」
淡く笑いながら夕輝は柔く戯けた口調でそう言う。
「そんなこと!――」
自分の憧れを、その憧れに否定された。そう思ったであろう木蔭は声を張るが、続きの言葉を夕輝は手のひらで遮った。
「あのメンバーの中じゃ、誰が見てもアタシはまだまだで、人前に出るのも恥ずかしいし、すぐ緊張しちゃうけど、アタシ頑張るから! 好きって言ってくれる木蔭がモノ好きじゃなくなるように、私がファン1号だ!って胸を張れるように一杯頑張る! だから、これからも応援しといてよね」
それは木蔭に気持ちを伝える、というよりかは自己への宣言、誓いのようなものに聞こえる。
グッと握りしめた拳を前に突き出して、夕輝は赤くなった頬のままニカっと快活のいい笑顔を見せた。
「はい!」
そんな夕輝の言葉を素直に聞き受け取って、木蔭も安らいだおおらかな笑顔を返している。
そして夕輝は、大人しくそんなやりとりを見守っていた結花凛の側に近づいて、そっと極めて小さな声で何かを耳打ちしているようである。
「ねえユカ、アタシをスクールアイドルに誘ってくれて、ありがとね」
いつもクールな雰囲気とは一風変わって、朗らかで女性らしい優しい声で結花凛の耳へと告げられる。
「うん!」
何か言葉を返すわけでもなく、結花凛は笑顔で頷いた。そんな結花凛を夕輝も笑顔で見つめている。言葉を交さずとも2人の間には確かに感じられる絆が育まれていた。
「では、私はこの辺で。これからも影ながら応援しているんで、頑張ってください!」
「うん! ありがとね」
丁寧にお辞儀を残して、木蔭はその場から去っていく。廊下の先に小さくなっていく、その背中を結花凛と夕輝は最後まで見送っていた。そんな2人の背後に、入れ替わるように現れたその影は油断していた2人に声をかける。
「やあ、大盛況だな」
「「うあッ⁉︎」」
ビクリと肩を跳ね上げて2人が後ろを振り向くと、そこにはこの学園の生徒会長である
「驚かせてしまったか? 悪かった」
「いえいえ、今日はどうなされたんですか?」
普段からキリッとした表情をしているのは学園内での立場故であろうか。そんな若葉であったが、夕輝に質問されてふわりと笑い、優しい口調で言葉を返した。
「どうやら学園内でキミたちを支持する声が増えてきたみたいだから生徒会長として、それとキミたちを応援している1人として、声をかけねばと思ってね」
そんな言葉に結花凛は表情をパァっと明るくさせて、溌剌な笑顔をみせる。
「若葉先輩! ありがとうございます‼︎」
「うん」
子供のようにはしゃぐ1年生の頭を若葉は優しく撫でて笑っている。そして、それを黙って見ていた夕輝の方へも視線を向けた。
「緋花くんも専属のファンができたようで、調子いいようだ」
「あ、はい! いいかんじです」
うんうん、と頷いて若葉は一息をつける。
「キミたちは見ていてとても面白い。キミたちなら、何かやらかしてくれるんじゃないか、そんな期待の目を向けてしまう」
「そ、それって褒めてるんですか……?」
「ハハハ、褒めてるよ。キミたちは、まだ始まったばかりのタネのような存在だ。どんな植物もタネの状態じゃ、大輪の花を咲かせるか、そうでないかはわからない。ましてや、なんの花が咲くのかもわからないかもしれない」
真剣に話し始めた若葉に、結花凛と夕輝も真剣に耳を傾ける。
「でも、だからこそ。人々は注目し、応援したくなるんじゃないか? そう、未知なる種は人々の興味と期待を惹きつける。そんな関係が、実はとても美しのかもしれないね」
そう締めくくり、また若葉は優しく笑った。それを聞いていた結花凛は褒められたことが素直に嬉しいようで再度、若葉の懐に飛び込んでいく。
そして、5月の春風がスゥっ、と吹き込み頭の中を真っさらにしてくれたように、若葉の話を聞いた夕輝の表情は晴々としていた。
「未知なる種……それだ!」
呟く夕輝を若葉は再度視界にとらえて言葉をかける。
「そうだ緋花くん。
「同門の出? 会長、レナと知り合いなんですか⁉︎」
「花園音楽教室で、クラスは違うが見かけたことはあるからな。それに彼女は有名人だったから」
「花園音楽教室……あ〜、あの毎回でっかい音楽ホール貸し切ってコンクールやってる。アタシも見に行ったことありますよ。歌のコンクールだったかな?」
ポカンとする結花凛を置いて共通の話題に花を咲かせていた2人だったが、夕輝の発言を聞いて若葉はわずかに表情をかえる。なんとも興味深そうに夕輝の顔を値踏みするその視線は、さながらマッドサイエンティストのようであった。
「ほう、じゃあもしかして例の天才を――」
若葉が物事の
「おや、私としたことが長話が過ぎたか……」
そう言うと若葉は早々に帰る素振りを見せた。そして、去り際に「授業に遅れるなよ」、ともうすでにどうしようもないアドバイスを残す。
若葉に詰め寄られ、アレはなんだったのか、そういった表情の夕輝だったが次の瞬間。ハッと衝撃を受けた様子を見せた。
「どうしたの? 夕輝ちゃん」
心配そうに声をかける結花凛に対して返事をしたのは夕輝の聞き慣れた声、ではなくグゥ〜、と唸りをあげるお腹の音である。
「お昼買いそびれた〜ッ‼︎」
校内にはチャイムの音と同時に夕輝のそんな叫びが広がったのだった。
※
それは放課後を迎えて数十分がたったころのこと。暖かな夕刻前の日差しのもと、サラサラとなびく深緑の草葉と春風が季節を感じさせるなか。中庭に備え付けられた屋根と机付きのベンチに集まって、1つのスマホの画面に結花凛たち4人は注目していた。
「本当にこれでいいのね」
スマホの画面に映し出されるエントリーシートの記入欄へ一度視線を落としてから、極めて真剣な口ぶりで美烏は他の3人に確認をとる。
「うん! 私はいいと思うよ‼︎」
「まあ、アタシも当然」
「ああ、観測できない未知ゆえの美しさ……ミステリアスで、ユニークだし大いに満足だよ」
各々が決意を瞳に宿らせて頷きなが美烏への返事を済ませた。それから、やや目を細めた夕輝が今度は美烏に問い返す。
「そういう美烏はどうなの?」
「私は……」
夕輝に問われ、一泊空けてからゆっくり吸い込んだ息に言葉を乗せて、美烏はその気持ちを表明した。
「王道を辿るなら他にも選択肢はあったと思う。けど、今の私たちにはピッタリだと思った。今、応援してくれている人。これから応援してくれる人。この先もずっと好きでいてくれて応援してくれた人。どんなファンにも、常に期待され続ける、歩みを止めないそんなスクールアイドルに私はなりたい」
「イイなら、イイってハッキリ言えばいいんじゃん?」
長々と講釈を垂れる美烏を、にんまりとした目で見つめながら夕輝は小馬鹿にした声色でそう言った。
「わ、私は思ったことを口にしただけじゃない!」
「アハハ! 美烏ちゃんクソまじめだもんね‼︎」
「でも、それがミウのイイところだよ」
結花凛と葉月にも暖かな瞳を向けられて、美烏は顔を赤くして軽く下を向く。それから深呼吸をして改めてスマートフォンに手を掛けた。
「タネだからこそ、どんな花が咲くかわからない。そんなタネだからこそ、人々を期待させ惹きつけ魅了する。いい名前じゃない」
そう言って、ずっと空欄にしていたスプリングフェスのグループ名欄に美烏は文字を記していく。1文字1文字をフリックの音が伝えて、一堂の視線はそこに収束されていた。そして、文字を打ち終わった美烏は再度スマートフォンを机の上に置き、最終決定を意味する保存ボタンに指をかける。
「押すわよ」
その確認に全員が頷きを見せたことを把握してから美烏は人差し指でボタンを押した。画面中央でクルクルと回る円は読み込み時間を表しており、やがて画面は切り替わる。
『
「人々を魅了する種。種ゆえの魅了……グループ名前が決まるとより身が引き締まるね」
優美な笑顔で鼻から息を大量に吸い込んで葉月は満足そうに胸を膨らませる。
「SNSの方でもしっかり周知させとかないといけないわね」
「そこんとこは広告担当の美烏におまかせ!ってことで大丈夫そう?」
「広告担当に任命された覚えはないけど、他に適任もいなさそうだし仕方ないわね」
「ありがとうね美烏ちゃん‼︎」
さっそくスマホを両手に持って作業を始める美烏を3人は頼もしそうに見守っていた。そしてあらかた作業を終えたのち美烏が、この会議を締めくくるべく口を開いた。
「よし、グループ名も決まって、SNSで発信もしたわ。ってこで、今からさっそくスプリングフェスに向けて練習するわよ!」
「「おお〜‼︎」」
学校を背負って立つスクールアイドルとして、ファンの大切さとありがたみを知った結花凛たちは、そのファンを永遠に魅了させる存在でありたいと考え、その想いを『
程なくすることもなく、美烏が発信したSNS場やクラスのグループチャットには、エンシードを祝福する声や応援する声がすぐさま集まっていたのだった。