わたあめ型の大きな雲を薄っすらと紅く染める夕日は、窓越しにその一室を眩しく照らしていた。
それを遮ろうと更衣室の窓にカーテンを掛けたのは制服のボタンをまだ上半分しか留めていない状態の結花凛である。ふぅ、と一息をついて眩くなった目をつむってリセットをはかった。その表情はどこか疲れた雰囲気で、普段天真爛漫な結花凛だが萎れた目線と艶やかな唇が大人らしさを醸し出していた。
満を持してグループ名を決めた結花凛たちはその日の練習を終えて、それぞれが帰路につくまえに校内にある更衣室で着替えを行なっている。更衣室にはロッカーやシャワー室、鏡のついたドレッサーのようなものまで完備しており、かなり設備は整っていた。夕輝が周りから遅れてシャワー室で汗を流したり、美烏がドレッサーで軽くメイクを直したりをしている。
「いや、まさか本当にユウキに熱烈なファンがいたなんてね。初めてその話を聞いたときはボクもミウと同様に、またユウキの軽口が始まったのかと思っていたよ」
「あはは……夕輝ちゃん普段から適当なこといっぱい言ってるもんね」
「ああ。ボクも慣れないうちは完全に信じきってしまっていたね。でもよくよく考えたら流石に『ファミレスで、紙袋を頭に被った人が急に入ってきたらどうする?』、だとか『アタシ、マジックできるよ! みてて、ホイ!2つになったァ〜』、とか言ってただ割り箸を割っただけのときとか、適当ばっかりだね」
ファミレスに紙袋を被った人間?、いったいどう話を広げてくれるんだ、この割り箸でどんなマジックを見せてくれるのだろう、と一度は目を輝かせたものの、その期待を何度も裏切られたであろう葉月の姿が想像できる。
「葉月ちゃん、純粋さんだもんね」
「だって、ずっとなにかを疑って生きているよりも、全てを信じていた方が、キレイな世界が見えるだろう?」
「おお〜! 相変わらずイイこと言うね葉月ちゃん‼︎」
優美に言い捨てる葉月の顔を結花凛はキラキラとした瞳で見上げていた。疲れた様子を見せていた結花凛だったが、それを他の人に見せるつもりはないらしい。
「なんか人がいないところで好き勝手言ってるんじゃん?」
ザー、っとお湯の噴き出す音が聞こえるシャワー室のカーテンの隙間から、ジトっとした目で顔だけを覗かせた夕輝が問いただすように言う。濡れた長い髪の毛から水が滴り、濡れるその顔は彼女の粗暴でありつつも美しい顔つきを引き立たせていた。
「夕輝が普段から、ちゃらんぽらんなのが悪いんでしょ?」
「ちゃらんぽらんじゃないです〜 美烏の頭の方がお花畑です〜」
鏡越しに目を合わせて口をはさんだ美烏。夕輝と美烏の聞き慣れたじゃれ合いを、結花凛と葉月はやんわりと笑って見守っている。
シャワーの蛇口を絞めて、棚に置いていたタオルで髪と体の水気を拭った夕輝は着替えが置いてあるロッカーの方へと堂々と歩いていく。すらりと伸びた長い脚が夕輝のスタイルの良さを物語っていた。鏡に映ったそんな夕輝の姿を目で追いながら美烏はため息を吐く。
「だらしないわね。スクールアイドルの自覚あるのかしら……」
そう呟くが、その声は夕輝には届いていなかったようで、黙々と夕輝は着替えを済ませていった。そして、粗方着替えを済ませたが制服のボタンなどはまだ閉じていないダラシのない姿で夕輝は美烏の隣へと腰掛ける。そして、ドライヤーを使って髪の毛を乾かし始めた。
「ねえ、みんな。スプリングフェスの前で悪いんだけど……明日の放課後、練習終わった後とか空いてない?」
髪の毛を乾かす夕輝は一度その手を止めて、全体にそう聞く。
「明日? どうしたの? 私は空いてるけど」
なんの前ぶれもなかったゆえに全員が首を傾げていたが、疑問に思いつつも結花凛は真っ先に応えて見せる。
「それがさ、先週レナの話したの覚えてる?」
「ああ、もちろんさ。ボクたちの曲を作ってくれているビタミンPこと、
「確か、今月中に登校して来なかったら退学になるっていう……」
「そう、先週は合同練習で大きくは動けなかったから、そろそろなんとかしないとって……」
暗い表情でそう言葉を並べる夕輝を美烏と葉月は真っ直ぐな目で見つめていた。学校側からの催促で、その猶予はまさに1週間まで迫っている。そのことを度々、通話で伝えていた夕輝だったが、ついに大きく動く決断を下したようだ。
「会ったことはないがレナくんにはお世話になっているからね。ボクができることなら、なんでも力を貸すともさ」
「私も、空いているわよ」
「2人とも……ありがとう!」
快く事の承諾を2人に夕輝は表情を明るくする。
「で、私たちは何をしたらいいの?」
「何をってことでもないんだけど、明日レナとご飯食べに行く約束してるから、みんなにも来てほしいんだよね。レナが学校に行く前に美烏たちと馴染めれば、少しは登校しやすいかなって……」
「なるほど。その口ぶりだと、諏方草さんの不登校の原因は対人関係のトラブルなのかしら?」
真剣な顔つきで、かなりディープな内容をズバリと美烏は質問した。受ける夕輝は困った様子でこめかみをポリポリかいて、う〜んと声を唸らせる。
「対人関係……まあ、平たく言えばそうなんじゃん? 原因についてはアタシの口からはあんまり言いたくないかも」
明後日の方向に目をやりながら、そう夕輝は質問の答えを濁して伝えた。原因も知らない美烏たちに無条件で助けてくれ、そう身勝手な頼み事をしている自覚があるのか、いつもより夕輝の口調は歯切れの悪いものである。
「まあ、あまり吹聴するべきではない内容なのは確かでしょうね。わかった。単純に私も会ってみたいし、感謝の言葉も言いたいわ」
頷く美烏を筆頭に結花凛と葉月も首を縦に振り、夕輝の誘いを受ける姿勢を見せた。
「ありがと、みんな!」
話はまとまり、4人は早々に帰宅の準備を進めていく。そして、校門で別れて各々が家への帰路に着くのであった。
※
次の日――
夕方17時頃のファミレスは平日といえど、そこそこの客足を見せていた。それでこそ学校帰りの高校生や大学生、なかには家族連れの姿もちらほらと見れる。
かくいう結花凛たちも、その1席を陣取ってドリンクバーを
「そろそろ来ると思うんだけど……大丈夫かなレナ?」
「私たちが来ることは伝えてるのよね?」
「もちろん! 急に顔合わせしてレナをビックリさせちゃったら大変じゃん?」
「もしかしたら『やっぱり行きたくない』、ってなっちゃってたりして? それだと大変だよ! 助けてあげなくちゃ‼︎」
そんな会話をしていると、ファミレスの自動ドアが音を立てて来訪者の存在を店内へと知らしめた。当然、結花凛たちはそこへと目を向ける。
「え……なにアレ?」
思わず声を漏らしたのは美烏であった。稀有なものを見た、といいたげで少々引き気味なそんな声。
それもそのはず、結花凛たちが見たその人物は頭が紙袋で覆われていたのだ。楽器屋の紙袋を頭に被ったその人物は、一瞬にして店内の視線を一身に集める。
背は低く、華奢な体が服の下でもよくわかる細身の身体。ラフな服装だが、女の子らしさが感じられるデザインが散りばめられており、その全てが相まって頭の紙袋がより異彩を放って感じられる。
郵便ポストのようにパカパカと開け閉めができる目元を両手で操作して、その少女はファミレスの店内を見渡していた。そして、何かに気づいたような素振りのあと、不審そうな様子で見てくる店員を無視してズンズンと入店していくのだった。
「ゆ、ユウキ……」
プルプルと身を震わせている葉月が4人の中で1番衝撃を受けた表情を見せていた。目を見開いて、軽く口も開いてしまっている。
「すまない! ボクはキミを疑ってしまっていたッ‼︎」
「え? ナニが?」
「キミを疑ってしまったボクをどうか断罪してはくれないかッ⁉︎」
「ごめん、なに言ってるか分かんない……」
激しく興奮する葉月を夕輝はタンパクにあしらった。あしらわれた葉月はというと、真剣にショックを受けている様子で煌めく瞳を震わせている。
そして、例の紙袋少女は店内を歩き結花凛たちの席へとたどり着いた。
「あ……やっぱり」
そう呟くのはもちろん顔を引き攣らせた美烏であった。
「レ、レナだよね? なにそのかっこ」
夕輝も想定外だったようで、困惑した様子で目の前の奇形へと質問する。
「あの……恥ずかしかった、から」
目となる穴に蓋を閉め完全に顔を隠したレナは弱々しい声で、そう言った。
「あ、カワイイ声だね‼︎」
結花凛が元気いっぱいに、そう言った理由もわかる話で、その声は線こそ細いものの不思議と癒されるそんな可愛らしさを内包した声である。
「――ひゃっ」
大きな結花凛の声に驚いたようで、両腕で胸の辺りに縮こまるような過剰とも見れる怯え方をレナは見せていた。そんな、様子をさらに驚いた表情で見つめる夕輝以外の3人。
「ま、まあ落ち着いて。こっち座りなよレナ」
「う、うん。ありがと、ユッちゃん」
結花凛、美烏、葉月、と並ぶ1列に対面してレナは夕輝の隣へと腰を落ち着かせる。そして、ふぅ、と深い息を吐いたが紙袋を取る素振りは見せないでいた。
「じゃ、じゃあ自己紹介でもしましょうか」
場の状況に混乱しまいと思ったのか、いきなり美烏が場の主導権を握り始める。いきなりのことにビクっと肩を動かしつつもレナはコクリと首を縦に振った。
「あの……私、
意外にも我先にとレナは口を開いて言葉を並べる。それに驚きつつも4人は一生懸命に話すレナの方をジッと見守っている。やや紙袋で反響した弱々しい声は彼女の緊張を物語っていた。
「楽器はピアノが得意です。上手く弾くことはできませんが、管楽器、弦楽器、打楽器の知識もあります。好きな食べ物はエナジードリンクとソフトクリームで、嫌いな食べ物は野菜と……というかみんなが嫌いそうなものはだいたい嫌いです。両親は母が作曲家をしていて、父は記者をしています。
「ちょい、ちょい、ちょい‼︎ 長い!」
ペラペラと言葉を止めようとしないレナを無理やり遮って夕輝は一度落ち着きを取り戻させる。それを見ていた他の3人はと言うと、各々が思っていたのと違う、というふうに顔をひくつかせていた。
「ご、ごめんねユッちゃん」
「いや、謝られるようなことじゃないんだけど……とりあえず紙袋取ったら?」
「え! とるの⁉︎」
「うん」
苦笑気味に提案する夕輝にレナは驚きの声をあげる。それからモジモジとしたようすで数十秒ごねて、ようやく両手を紙袋へともっていった。
全員の視線は一気にそこに集まる。ゆっくりと剥がされるそのベールの向こう側。レナが頭に被っていた紙袋を脱いで、腰の隣へと持っていくと、そこから出てきたのは顔を真っ赤にさせ、いかにも恥ずかしそうな雰囲気を見せている可愛らしい少女の顔であった。
黒い髪のボブヘアで、目元には涙袋がありハイライトな瞳を強調させている。口、鼻、輪郭ともに作り物のように小さくて、恥ずかしそうに染めた頬がさらに可愛らしさを引き出していた。
「カワイイ‼︎ すっごくかわいいお顔だね!」
1番に反応を示したのは、やはり結花凛であった。前のめりに少し立ち上がり真正面からレナに接近していく。そんな結花凛の顔を避けるように後退して、レナは過剰すぎるくらいに怯えた様子を見せた。
「ひぃっ!」
それを見た夕輝はすかさず右手を出して遮り、間に入るかたちで結花凛を席へと座らせる。
「ご、ごめんユカ……レナはグイグイ来られるの苦手だから、もうちょっと大人しくしてほしいかも」
「ご、ごめんね」
夕輝に止められて、しゅんとする結花凛。子供のように無邪気で、はやる心を抑えられないそんな様子を見ていたレナの表情はすごく悲しげなものであった。
「でも、本当にお人形さんのような顔立ちだね」
「ええ、お肌も白くてキレイだし、どこに出しても恥ずかしくないビジュアルよ。紙袋を被ってるなんて、もったいないわ」
「そ、そうかな。えへへ」
二へっと笑うレナにつられて一同は自然と頬を緩ませる。
「でも、やっぱり恥ずかしいな。みんな私よりも、お姉さんに見えるし、あんまり自身は持てないや」
しかし、レナはすぐに下を向いて浮かない表情を見せた。自己肯定感が低いのか、自分を下に見ている節を感じられる。
「そうだね。誰だって隣の芝生は青く見えるものさ。人と比べて、自分にないものばかりを数えなくてもいいじゃないかい? それに、キミには素晴らしい作曲の才能がある。そのことはここにいる皆んなが認めているよ」
「ええ、アナタが私たちのために曲を書いてくれたこと、私はずっと顔を見てお礼を言いたかったのよ。改めて、素敵な曲を提供してくれて、ありがとう」
葉月と美烏の暖かな言葉を素直に受け止めて、レナは嬉しそうにはにかんだ。
間接的な関わりはあったが、初めて会う人たちにレナはかなり緊張していたことだろう。しかし、今は少しそうではないようだ。脱いだ後も、ずっと手に持っていた紙袋を、清らかな顔でレナはそっと腰の隣に手放すのだった。