日を跨いで、次の日の放課後。生徒会長の
そんななか、
「やっぱ、1人も集まんない……」
「なんでだろうね。楽しいと思うんだけどな〜、スクールアイドル」
手書きのイラストをコピーした簡易的なビラを両手に抱えて、結花凛と夕輝は暗い声色でそう嘆く。
「まあ、アタシら実績もないわけだし、なんならアタシら自体無計画で勧誘してるんだから、その辺は仕方ないんじゃん?」
「ん〜、じゃあ作戦会議?」
「ダネ。まずはアタシらの中で活動内容をまとめないと」
そんな話をしていると、少し距離の離れたところで異様な人だかりができていることに結花凛は気がついた。
それは、ある1人の人物を中心に構成されているようで、その中からは他学年同学年問わず黄色い声援が湧いているようだった。
「なんだろうアレ?」
「気になるなら、行ってみる?」
夕輝にそう問われ、結花凛は大きく首を縦に振る。
2人が人混みに近づくと、雪崩れ込みそうな程の人だかりの隙間から、その中心人物の姿が窺えた。
すらっと伸びた細身の足。パキッ、と張った姿勢のいい肩。自信に満ち溢れた凛とした表情は言葉にならない美しさを振りまいていた。
「あの人って確か……」
「うん、うちのクラスの
「見境ないな……ま、別にいいけど」
濁った赤色、もといクリムゾンカラーの髪色でベリーショートの髪の毛が魅せるのはガラス玉のように美しく、美男子のような顔つきである。
人混みをかき分けて彼女のもとへと近づいた2人は、目の前に立つ葉月と目を合わせた。
比較的標準よりも高身長な夕輝だが、葉月は更に背が高く、2人は自然と見上げる体勢になる。
「どうしたんだい? キミもボクと一緒に遊びたいのかな?」
結花凛の右頬に手を当てて、自分の顔を近づけてくる。
そんな中、夕輝は結花凛を葉月から引き剥がすように自分の方へとすぐさま引き寄せた。そして、鋭い眼光を作り、それを葉月へと遺憾なく向ける。
「違うから。話の一つも聞けないわけ?」
「おっと……ボクとしたことが失礼なことをしてしまったみたいだ。謝罪するよ。美しいお嬢さん方」
真摯に頭を下げた後、自分にも近づこうと距離を詰めてきたその人物を、煙たがるように夕輝は手で払う。
「怒らせてしまったみたいだね。で、話って何かな?」
「うん! 私たちとスクールアイドルを始めませんか?」
「スクールアイドル? ってのは確か学校でアイドル活動をするっていうアレのことだよね」
「そうだよ! スクールアイドルはキラッキラなんだよ‼︎」
「ボクがスクールアイドルか……面白いことを言うんだね」
どんな姿も絵になる、とはこのことをいうのだろう。計ってか、そうでないのか、失笑する彼女の一挙手一投足も華になる。
「このボクには子役時代から男型として舞台に立っていた、役者としてのプライドがある。確かに輝かしいこのボクを誘いたい気持ちは分からなくはないが、ボクが輝く世界はアイドルの世界ではないと思うんだ」
「そっか……でも、気が変わったら言ってね!いつでも大歓迎だから‼︎」
「ああ、分かったよ。ごめんね」
爽やかな別れの挨拶を交わしたのち、結花凛と夕輝は人混みから距離をとった。
「まあ、そうなるか」
英刈葉月の勧誘が失敗に終わることを予測していたであろう夕輝は、そう呟く。
「う〜ん、けっこう似合うと思うんだけどなあ〜」
「どうだろ。確かに煌びやかだけど、アイドルってよりは王子様って感じ? 系統が違う気がするけどね」
「イイじゃんカッコいいアイドル! それに、夕輝ちゃんもどちらかというとカッコいいよりのタイプだよ‼︎」
「そう? じゃあ、競合が入んなくてよかったって考えよ」
素っ気ない返事を口にしつつも、夕輝の表情筋は僅かに崩れていた。
「やっぱ、今日は出直そ。アタシも一回スクールアイドルについて調べたいし」
「そうだね。仕方ないか……」
結花凛が肩を落とし、この場から去ろうと一歩を踏み出したその時。2人のもとへ、近づいてくる3人の女子生徒が伺えた。
「ねえ、あなたたち?」
そう声をかけられて、結花凛と夕輝は改めてその人物たちに目を向ける。
「えっと、確か同じクラスの
吊り目が印象的な浅野を筆頭に、3人は結花凛たちに鋭い目つきを向けていた。そのことを感じ取ってか、夕輝は初めから臨戦態勢剥き出しである。
「あなたたち、スクールアイドル始めるんだって? 今、部員集めをしてるって話だけど」
夕輝の問いかけに、臆することなく浅野は返答する。
そんなバチバチの2人を他所に、スクールアイドルという単語を耳にした結花凛は目を輝かせていた。
「もしかして、一緒にスクールアイドルやりたいの⁉︎ 大歓迎だよ!」
1人舞い上がる結花凛を前に浅野は心底参ったといわんばかりの表情を見せた。
「バカにしないでくれる? 私たちはあなたたちがしてることが、迷惑だって言いにきたの‼︎」
「え……」
喉を鈍く揺らしたドスの効いた声が、正面から結花凛に襲いかかる。さすがの結花凛も面と向かって怒鳴り上げられると、にこやかな態度ではいられない。こわばった顔で、呆気にとられた様子である。
「生徒会に申請書出したでしょ? 掲示板に告知されて、学校中で噂になってる。新しく入ってきた一年生がスクールアイドル部を立ち上げようとしてる、って……」
「さっきだって、どんな奴が始めようとしてるのかって、上級生たちが私たちのクラスに押し寄せてきたんだよ?」
浅野の後ろから高野と野島も次々と言葉を連ねていく。
「歴史も伝統もない。ましてや、うちの学校が音楽に精通してる訳でもない。なのにスクールアイドルをいきなり始めようだなんてバカげてる! 年々、スクールアイドルのレベルが上がっていってる中で0からのスタートなんて、喰い潰されるに決まってる! 恥をかくに決まってる! それが学校中の総意よ」
浅野は思いの丈を全てぶつける勢いで、言葉を連ねて乱暴に吐き捨てた。
「あのさ。さっきから黙って聞いてたら好き勝手いってくれるじゃん? やるのはアタシたち、言われるのもアタシたちでしょ。外野にとやかく言われる筋合いなんてない!」
1歩前に出て、結花凛を背中に隠すかたちで夕輝は負けずと反撃する。
「あるよ! アンタたちが笑われると学校中が笑われることになるの‼︎ スクールアイドル始めたいって、デカい口叩くくらいならそれぐらい理解したら?」
夕輝と浅野、両者共に今にも取っ組み合いの喧嘩に発展しそうなほどヒートアップしてしまっている。もちろん、その言い合いの声は小さいものでもなく、周りにいた多くの生徒はその喧嘩を傍観していた。
それだけにとどまらず、校舎の窓から覗いたり、騒ぎを聞きつけて裏庭へやってきたりと生徒の数は増えるばかりである。
浅野たちが言っていたことも間違いではないようで、集まってきた生徒の中からは「噂のスクールアイドルが騒ぎを起こした」、や「恥ずかしいだけだから、もうやめて欲しい」、などと非難する声も聞こえていた。
「何それイミわかんない! ふざけないでよ‼︎ こっちの気も知らないで! 勝手なこと言って‼︎ やっと……やっとユカが、動き出そうとしてるってのに、アタシの邪魔しないでッ!」
ここにきて夕輝は声を大にして叫んだ。その声は、スクールアイドル部に注目を寄せていた、どの生徒の耳にもハッキリと聞こえていた。さながら、その姿は噂の一年生がヤジを飛ばされてヒステリックを起こした、やっぱり口だけで期待なんてできない、そうとらえられても仕方がないものだった。
場の収集はつかず、夕輝に至っては数秒後に目の前の浅野に飛びかかっていてもおかしくない程に睨みつけている。
もし――
本当に、この学校から、胸を張れるスクールアイドルが誕生したならば、それは誰にとっても喜ばしく誇らしい話である。
しかし、この瞬間、誰もが諦めていた。元から少ない、蜘蛛の糸を掴むような期待。この学校からスーパースターが現れる期待は打ち砕かれる。
やっぱり口だけなのか。口々に、そう言った発言が飛び交う惨状で、ただ1人だけ下を向かない人物がいた。前だけを見て冷静に、感情に囚われることなく、自分の役目を自然と理解しているようだった。
――大きく息を吸う。
無数の声が飛び交うなかで、不思議と、そのブレスの音は一際目立ち、音が無くても注目を集める。
熱くなる胸の内側、静かになる頭の中で、一切の迷いなくその声は発せられた。
脳にまで届きそうな鼓膜の振動は、その野太く芯の通った美しい声によるもの。ただ一言、言葉にもならない彼女のワイルドなシャウトが、文字通り場の空気を揺らし続けていた。
「ユカ?」
白いクセっ毛がメラメラと揺れる。腹の底を唸らせるような重低音を受けて、夕輝は思わず結花凛の方を振り向いた。
困惑したような、どこか噛み締めたような表情で夕輝は結花凛を見つめている。
そんな結花凛の姿は、明るくふわふわとした彼女の雰囲気と違っていて、そのキリリとした真剣な眼差しは飲み込まれそうになる程の迫力を宿していた。
「——~~♪」
空気が鈍く揺れる。音が張り詰めて全体に広がっていく。響く鼓膜はやがて、体に重くのしかかる。その響きは全身を脱力させ、ただ目の前の少女を釘付けにさせた。
あの歌声は彼女から放たれたものなのか、誰もが耳を疑った。華奢で小さな、いかにも小動物のような可愛らしい女の子から、芯の太い迫力のある歌唱が飛び出すなんて、と全て人が呆気にとられていた。そう、それはまるで魔法にでもかけられたかのように。
サビの数節を歌い終えた結花凛は余韻に浸るように、ゆっくりと目を閉じる。
そして場の空気は、さっきまでの悲惨な惨状とは打って変わって、風の音しか残らない静寂が支配していた。
それから数秒経って、やけに美しい1人の生徒が大きな拍手を結花凛へと向ける。その生徒は注目されることを一切いとわず、結花凛のもとへと近づいていく。その生徒の拍手が栓抜きの働きをしたかのように、周りで傍観していた生徒らはこぞって結花凛へ拍手を送る。
「ブラボー! 素晴らしいよ‼︎ キミの歌声、まさに天才の領域だね」
結花凛の正面までやってきた英刈葉月は、結花凛の右手を両手で包み込んだ。
「えへへ、ありがとう。でも、自分でもなんだかよく分かんないんだよね。目の前で夕輝ちゃんが喧嘩しちゃって、なんとかしなきゃ〜って考えてたら、胸の辺りがジワ〜って熱くなって、気がついたら歌ってた」
「ウン、天賦の才を持つ者は時として己の存在をも喰ってしまうほどのパフォーマンスを見せるという。まさに今のキミのようにね」
葉月は穏やかな表情で、撫でるように結花凛を見つめる。
「どうだろう、さっき断ったことに対して更なる謝罪を重ね、このボクをキミの仲間に入れてはくれないかい?」
「え⁉︎ 一緒にスクールアイドルやってくれるの?」
「ああ、気が変わったよ。キミを見てアイドルという存在に少し興味が沸いた。キミとなら、僕はもっと大きくなれると思うんだ」
「やったー‼︎ よろしくね葉月ちゃん!」
「うん、よろしく結花凛」
結花凛と葉月は固く握手を交わした。他のどの部活も狙いを定めていた英刈葉月がスクールアイドル部の一員となった。そのことは、やがて更なる話題を巻き起こすだろう。しかし、さっきまでと比べても、結花凛の歌声を聴いた今では、彼女らに堂々とヤジを飛ばす生徒はかなり数を減らしたはずだ。
周りを見渡しても、素直に結花凛へと拍手を送る生徒が多勢いる。
それを踏まえて、結花凛が浅野たち3人に笑顔を向ける。すると、3人はバツが悪そうに舌打ちを残して去って行った。
「ユカ、すごかった…………ありがとうね」
「夕輝ちゃん⁉︎ なんで泣いてるの?」
「なんでだろ。感動……したからかな?」
自分より背の高い夕輝を抱きしめて、結花凛は夕輝の頭を撫でる。その光景を葉月はそばで優しく見守っていた。
「春野結花凛......か」
生徒会室の窓から、事の顛末を密かに見守っていた
「あんなの……アイドルじゃない」
多くの生徒の中で、これまた事の行末を見つめていた
今ここに誕生したスーパースターの産声が、この先どう成長していくのか、それはまだ誰にも分からない。