ファミレスでの食事を終えて結花凛、夕輝、美烏、レナの4人は店内から外に出る。空はすでに黒く染まっていて雲一つないおかげで黄金色の月がよく見えた。
葉月はというと。ほんの30分前に1通の着信が彼女のスマホへ届き、それに出た葉月はなにやら急用ができてしまったと言って焦った様子で先に帰っていた。
「じゃあ、この辺で解散しよっか」
「だね、また明日! 学校で会おうね〜‼︎」
「うん……」
夕輝がそう言って各々は散り散りに帰路へとつく。
遠くなる結花凛とレナの背中を確認して夕輝も家へ帰ろうと歩き出した。すると、そんな夕輝の行手を神妙な顔つきの美烏が足止めする。
「どしたの美烏、そんな顔して?」
不可解そうに美烏を見つめる夕輝。
「夕輝……アナタ嘘をついていたでしょ」
「は? 何言ってんの?」
唐突に難癖をつけてくる美烏に夕輝は鋭い瞳を返す。
「アナタ、誤魔化したり嘘をついたりする時ちょっと遠くを見るクセがあるわよね。よくよく考えれば、私のソロライブのときも同じ顔をしていたわ」
「……なんのこと?」
「嘘はついていない、そうだとしても何かを隠している。それは本当なんでしょう?」
美烏に問い詰められて夕輝は露骨にダルそうな顔を見せて頭の後ろをかいた。それから少しの沈黙を得て夕輝はため息を吐いた後に、何かを決意したのか瞳に芯を宿す。
「……分かった。美烏には話すよ。けど、聞いてから後悔しないでよね。実は――」
口を開いた夕輝は思いがけない言葉を口にした。それはまるで頭が真っ白になってしまいそうなほど衝撃的で、様々なことが根底から覆るような内容。それを聞いた美烏も目を丸くして、返す言葉を失っていた。
対する夕輝はというと、それを美烏に打ち明けたことで少し楽になった表情を浮かべている。いつのまにか、夕輝にとって美烏は口外できない内容も口外できる仲へと昇華していたらしい。
「絶対に口外しないでよ。アタシはアンタを信頼してるから話したの。その辺、美烏なら分別つけれるんじゃん?」
「え、ええ。でも……」
明らかに動揺を見せる美烏に、夕輝は更に鋭い口調で釘を刺す。
「なんなら、今言ったことは忘れてよ。アタシは美烏に疑われ続けるのがイヤだったから話したワケだし。まあ、アタシも誰かに共有できて気持ち楽にはなったけどさ……」
右腕を抱き寄せて少し縮こまりながら夕輝は続けた。
「事実がどうあれ、アタシたちは何も変わらないじゃん。でしょ? だから、明日学校で露骨に顔に出したりしないでよ」
「ええ、分かった。肝に銘じておくわ……」
複雑な表情で首を縦に振る美烏。その表情には、どうしたらいいのかなどの疑問や後悔の念などが含まれているのであろう。聞かなければよかった。そう感じていることも考えられる。
「じゃあ、また明日、学校で」
「また明日」
こうして2人も帰路に着いた。
思わぬ秘密を共有された美烏の表情はとても清々しいものではない。地獄への片道切符を一緒に握らされた、そんなところだろうか。その事実を上手く隠して学校生活を続ける。それに対する不安も孕んでいるようだった。
※
翌日、学校では目新しい光景が確認できた。結花凛と夕輝、いつも一緒に登校している2人に加えて背丈の低い可愛らしい少女が制服に身を包み登校している。
学校に来たレナはクラスメイトらから一躍注目を浴びた。入学をしてからまだ一度も顔を見せていなかったのだから当然である。
クラスが違う結花凛ら3人はレナを心配していたが、夕輝はあらかじめ
休み時間の間にスクールアイドル部への入部届けを生徒会室へ提出しに行ったが、その際若葉は生徒会室にはおらず、届けは副会長に提出することになる。
そして、1日の課程を終えて放課後、部活動の時間が始まった。
「ちょっと美烏!」
レナの方を向いてボーっと見つめて立ちふける美烏の背中を夕輝は平手で叩いて起こす。
「ッ⁉︎ え⁉︎ なに? ごめんなさい」
何か物思いに耽っていた様子の美烏は慌てて夕輝の顔を見た。するとそこには、昨日言ったこと忘れたの?、と美烏の思考を読み取っていた夕輝の鋭い瞳があった。
「ほら、練習始めんよ。今日からレナもいるわけだし、張り切って行かなきゃじゃん?」
「あの……よろしく、お願いします!」
ふんす、と有り余った勢いを鼻から出してレナは可愛らしい声で口にする。両脇を締め、胸の前でガッツポーズを作り、気合い十分であると理解できた。
「ああ、これから一緒に頑張ろう!」
「うん!うん! 5人でステージに立つの楽しみだね‼︎」
わいわい、ガヤガヤ、メンバーが1人増えただけでいつもの裏庭は明るくなる。今まであったキャンバスに新しい絵の具が加わった。
美烏は一度深呼吸をする。そして、パチン、と大きく手を叩いた。
「さあ、練習を始めましょう」
調子を取り戻し、持ち前のリーダーシップを発揮する。そんな美烏を見るレナの瞳にはメラメラと燃え盛る炎のようなものが宿っていた。
※
それぞれが学校指定の紺色ジャージに身を包み、校舎の外周をまとまって走り込みをする。
「ふ、ふへぇ、ユっちゃん! 私、もうダメかも……」
「美烏ー‼︎ レナがムリそうー‼︎」
最後尾を隣り合わせで走っていたレナと夕輝は、レナの足が止まったことにより一度集団から引き離された。
息を荒くして、膝に手をつきレナは大粒の汗を垂らしている。夕輝はというと、そんなレナの背中を優しくさすっていた。
「ご、ごめんね。ユっちゃん」
「何言ってんの? 最初はしんどくて当たり前じゃん? アタシだって初めて走り込みした時、肺が破裂するかと思ったし」
大きな声で夕輝に呼ばれ、少し先を行っていた美烏たち3人が引き返して来る。
「ごめんなさい。ペースが速すぎたかしら?」
「ううん……私が体力、みじんこなだけだから大丈夫だよミーちゃん」
「大丈夫かいレナ? 水を持ってこようか?」
「はーたんも、ありがとう」
ぐったりとするレナに対して美烏も葉月も優しく接していた。そんな光景を結花凛は一歩離れたところから眺めている。その様子はハラハラとしたもので、かけ寄りたいけどまた脅かしてしまってはいけない、そんな2つの感情の狭間で揺れ動いているようだった。
「どうする? レナ」
「続けるよ。ゆっくりになっちゃうけど、みんなには迷惑かけたくないから私は置いていって」
にこっと笑い、レナはそんなことを口にする。
「オーバーワークはダメよ。初めから無理な負荷をかけても体を壊すだけだわ。今日の走り込みはこの辺にして、裏庭に戻って技術強化の練習をしましょう」
聡明な美烏の判断に一同、首を縦に振った。夕輝がレナに肩を貸し、5人は校内へと戻っていく。トボトボと歩くレナの表情はとても哀しい色を表していた。
「あ、あの……!」
夕輝の肩に身を寄せながらレナは全員に聞こえるように声を張る。4人の視線を一気に受けて、一度ビクりと肩を動かしてからレナは続けた。
「みんな……スプリングフェスに向けて頑張ってるんだよね……」
「うん、そうだよ」
「私、このままじゃ足手まといになっちゃう……だから、今度のスプリングフェスには、みんなだけで出て欲しいの」
「「え……?」」
いきなりの提案に全員が疑問の声を上げる。
「こんな時期に仲間に入れてもらったのも、私の勝手だったしさ」
「でも、本番までにある程度仕上げれればさ、振り付けの工夫とかでどうとにもなるんじゃん? レナは歌の方に関したらレベル高いんだし」
レナの意見に対して強く反対意見を言えるのは夕輝だけだった。入学して今日まで一度も登校してこなかったということは、まだ知り得ない原因があるということ。そんな少女に無理強いなどしてはいけない、それをすることでプレッシャーを与えてしまうのではないか。そう考えると、言うことも言えないのである。
「ごめんね……ユっちゃん」
「レナ……」
泣き脅しにも似た表情を向けられて、とうとう夕輝も引き下がってしまう。そして5人は裏庭へ戻り5分間の休憩をとった。
※
「さて気を取り直して、今から私はレナに基礎のステップをレクチャーしていくわ」
結花凛、夕輝、葉月、レナの4人は芝生に腰を下ろし体育座りで、説明する美烏の顔を見上げている。
「他の3人は各自、自主練ってことで大丈夫かしら?」
「ああ、問題ないよ」
「うん!」
3人が承諾したことを確認してから美烏はさっそくレナと一緒に場所を移した。そして、残された3人は自然と顔を見合わせる。
「なんだか、この3人だけで練習するの懐かしい感じがするね!」
「ふふ、ボクも同じことを思っていたよ。今でこそエンシードのみんなと一緒にいることが当たり前になっているが、よくよく考えればボクとユカリたちとの出会いは運命的だったね」
「あー、部活勧誘会の時の……てか、今更だけどアタシら葉月がいなかったら今頃部として成立すらしてなかったんじゃん?」
3人揃って少し前の出来事を振り返る。時間にしてみればそこまで日数は経ってはいないが、それまでの軌跡が濃密であっただけに遠い日のように感じられた。
「ユカが思いつきでスクールアイドルやりたい!、って言ってさ。アタシら何から始めたらいいか全く分かんなかったじゃん? 葉月がいたからすぐダンスを覚えられるだけの体力が付いたわけだし、美烏や琴音との出会いも葉月があのライブハウスに連れてってくれたからで……」
「私たちにとって葉月ちゃんはなくてはならない人だったんだね!」
「ハッハッハ、なんだい急に。2人してボクを褒めちぎってくれるじゃないか」
茶化すわけでもなく葉月は素直に嬉しそうにしている。心なしか、いつもお手本のように整った表情が砕けており頬も赤くなっているようにさえ思う。
「それでいうと葉月も、最初からユカに対して好感度MAXだったじゃん?」
部活勧誘会の際、ユカリの歌を聞いてからの葉月は常に結花凛をリスペクトしていた。そのことを夕輝は振り返る。
「ああ、あの時のユカリの歌を聞いてビビッときたからね。アレは心に響く歌だった。ボクが大好きな、父の歌によく似ていたんだよ」
「それって確か、舞台役者をやってるていう」
「そうだね。ボクの父の歌は不思議でね。聞くと沸々と胸の中が熱くなってくるんだ」
語る葉月の表情はとても穏やかで、聞いている側をも和ませるほどであった。
「それでユカの歌を聞いて同じ状態になったってこと」
「そうだよ。ユカリに着いていけば、何かが見えて来るような気がしてね」
「じゃあ、葉月ちゃんの期待に応えられるように頑張らないと!」
両手をギュッと握りしめ結花凛は気合を入れている。それを微笑ましそうに眺めながら葉月は口を開いた。
「ありがとう。でも、ユカリはいつも人の為、人の為、と頑張りすぎているように思うよ。それはとても素敵なことだし誰にでもはできない尊敬すべきことだが、いつか自分の身を滅ぼしてしまうのではとボクは心配さ」
落ち着いた口調で葉月は、それに――っと続ける。
「初めこそは、このスクールアイドルという活動を競技的な側面でだけ捉えていたが正直なところ今ではキミたちと――いや、これを言うのはやめておこう。さすればボクはボクじゃなくなってしまう」
1人で楽しそうに笑いながら葉月は自己完結を終えた。そんな葉月を、またなんか言ってるよ、と言いたげな顔で夕輝は見つめている。
「今でもNO.1を目指していることに違いはないのだからね」
煌びやかな笑顔を見せる葉月を前に、結花凛と夕輝も笑っていた。始まりこそ結花凛と夕輝の2人であったが、始まりを語るのに葉月の存在は必要不可欠であることを再度理解する。
久しく3人で語り合い、元からあった絆はより強固なものへと昇格するのであった。