いつもの裏庭にて、結花凛、夕輝、葉月の3人の自主練は続いていた。
「やっぱり私の課題は全力の歌をいつでも歌えるようになることだよね……」
夕輝と葉月に向かって結花凛は相談しているようだった。
「って言ってもどうすんの? ユカも思うように全力を出せないんでしょ?」
「うん、でもコレかなって時はあるんだよ」
「って言うと?」
「私が何とかしなくちゃ〜、って時。頭が真っ白になって、余計なこととか考えないから気持ちよく歌えてる気がするんだ」
部活勧誘会のときを振り返っても、大衆の前で喧嘩をしてしまった夕輝を助けるような形で結花凛は歌で注目を集めていた。そう考えると、あながち結花凛の分析も間違ってはいないように思える。
「ふむ、それだとやはり天性の才ということになるのかな? 無意識にそれが出るというのなら、逆にテクニックを覚えて意識的に同じだけの技量を見せられるようにする、というのはどうだろうか?」
「でも、それって一朝一夕じゃ厳しくない?」
「成長への道に近道なんてないよ夕輝。どんなに才能があろうと前に進まないと凡夫のままさ」
「まあ、それもそっか……」
本人を差し置いて話はどんどん進んでいく。
「じゃあ、まずどうすればいいわけ?」
「そうだね。発声に関してはボクが気をつけている点をレクチャーするだけですみそうだが、他の技術に関してはミウに頼んだ方がいいだろうね。でも、どれも効果が出るのには時間がかかりそうだ」
「スプリングフェスまでにって考えたらやっぱり厳しい感じか……」
夕輝と会話を続けながら葉月は意識を結花凛にも向けていた。スプリングフェスには間に合わない、夕輝のそういった発言を聞いて結花凛は悲しい顔を見せている。
「そんなこともないさ。すぐにでも効果が出るかもしれない方法が1つあるよ」
「ホントに⁉︎」
人差し指を立てて片目を瞑り、夕輝の意見を否定した葉月に対して、1番に反応を示したのは結花凛であった。
「ああ、歌詞の方へ意識を向けてみるんだ。歌手についてはボクも専門じゃないから詳しくはないが、歌の意味や歌詞の思いを表現している、そんなふうなことは聞いたことあるんじゃないかな?」
「あー、なんか聞いたことあるかも」
「役者だってそうさ、演じる人物には思いがあって、考えもある。その人物との対話を重ねることでより演技に磨きがかかる。だから、ユカリはまず歌の歌詞について考えてみればいいんじゃないかな?」
提案する葉月の顔を結花凛は真剣な眼差しで見つめている。
「とくにユカリは感覚派らしいしね。きっと効果が出ると、ボクは思うな」
「ありがとう‼︎ 葉月ちゃん! 私、レナちゃんに歌詞について聞いてくるよ‼︎」
そう言って結花凛はレナとミウがいる方へと走っていってしまう。
「まったく、ユカリは見ていて飽きないね」
「あはは……すごい勢いだったけど大丈夫かなレナ」
残された2人はそんな結花凛の小さくなる背中を見つめてポカン、とした様子を見せていた。
※
結花凛たちが自主練をしていたスペースから少し離れた場所で美烏はダンスの基本をレナに教えていた。体がまだ出来上がっていないレナに合わせて、ゆっくりなペースでかつ丁寧に指導を行っている。
そんなところに勢いよく走って結花凛が登場する。
「ゆ、結花凛? どうしたのよ、そんなに慌てて」
「あのね! 葉月ちゃんがね‼︎ ――」
息も切れ切れに、しかし止まることなく結花凛は美烏に状況の説明をした。
「なるほどね。いいんじゃないかしら? こっちもダンスの基礎について練習内容等の概要は説明し終えたから」
「うん、私も協力するよ……」
若干、結花凛と目を合わせようとしないレナは小さな声で承諾する。そんなレナの姿を見ていた美烏は複雑そうな表情を見せていた。それから、気を遣うように口を開く。
「じゃあ、私は夕輝たちの方へ行こうかしら。かなり成長してきたとはいえ、2人ともまだまだ伸びしろはあるし、私も新しい気づきをもらえるから」
そう言ってこの場を去る動きを見せる美烏は最後までレナの表情を目で追っていた。
美烏が夕輝たちの方へ行ってから、結花凛とレナは裏庭の芝生に腰をおろす。
「えっと……歌詞について、だよね」
「うん、教えて」
レナが驚いてしまわないように結花凛はしっとりとした口調でゆっくりと話していた。
「……私の作る曲には、1つの共通点があるの」
レナは絞り出すように言葉を紡ぐ。これを誰かに言ってしまうのか?、そんな葛藤があるのだろうか。
「それはテーマが全て罪の意識からできていることだよ」
「え?」
小柄やな女の子の口から語られる衝撃的な内容に結花凛は思わず聞き返す。そんなこと百も承知と思っていたのか、レナは哀しそうな表情のまま言葉を続けた。
「許してほしいだとか、後悔の念だとか、そんな汚い思いを原動力に想像を膨らませて、私は音楽を作ってるの」
「でも、レナちゃんが作る音楽はすっごく素敵だよ?」
「曲を作る感性と技術だけは昔から持ってたから……見てくれだけはよくなるんだよ」
少し不貞腐れるようにレナは言い捨てる。
「だから、希望を持ってとか、みんなで頑張ろうとか、そういうことを意識しても曲のイメージとは違うかもしれないね」
「どうして……レナちゃんは、そんな風に曲を書いているの?」
気を遣いながら、結花凛はレナの核心について質問した。互いに目を逸らしながら、ぎこちない雰囲気が漂っている。
結花凛の質問にレナは言葉を詰まらせていた。それから少し悩む様子を見せてから口を開いた。
「昔、私には、とっても大好きな親友がいたの。ユっちゃんとは別に、昔からずっと仲がよくて私はその子のことを1番の親友だと思ってた……」
過去を振り返るようにレナは思い出し、思い出し言葉を紡いでいく。
「でも、向こうはそうじゃなかったの。私を置き去りにして、他の友達のことばっかりで……くだらない嫉妬だよね。今では私も、そう思えるよ」
自虐的に笑うレナを前に、結花凛の表情筋はとても笑えるような緩み方をしていなかった。そんな結花凛の顔を見て、レナは目を逸らし斜め下を見つめて話を続ける。
「段々その子と顔を合わせるのが気まずくなって……疎遠になっちゃって……気がついた頃には、もう会えなくなっちゃってた」
「え?」
「私が知らないところで、その子も心が病んじゃってたみたい……今でもずっと後悔してる。くだらない嫉妬なんか捨てて私もそばにいられたらよかったって……逃げずに向き合ってたらって……」
もう会えない存在、それがどういった意味を示すのか、想像がつかない結花凛ではなかった。この空気をどうしたらいいのか、分からずに沈黙を貫くしかない。
「そうしたら違った未来があったかも……それが私の罪。だから入学が決まってからも、私だけが光の下を歩いていいのかなって学校にいけなかった」
「だから……」
結花凛の中で全てが繋がった。
「参考になったかな? ならないよね……あはは…………」
レナの乾いた笑いが結花凛の鼓膜にこだまする。
「でもね、今は頑張ろうと思ってるんだよ。ユっちゃんが励ましてくれなかったら学校に行こうとは思わなかったし、みんなが私の曲を必要としてくれなかったら、また頑張ろうとも思わなかったけど、もう一度やり直せるなら今がその時だと思う! もう逃げたくないの‼︎」
両手を握りしめてレナは自分が抱いた決意を言葉にした。一連のレナの姿をずっと見ていた結花凛の目には同じか、それ以上の熱量を持った闘志が宿っている。
「レナちゃん! やっぱりスプリングフェス、一緒に出ようよ‼︎」
「え⁉︎ でも……」
「うまくできないから一緒にステージには立たないなんて、そんなのチームメイトじゃないよ!」
「ゆかりちゃん……」
今まで遠慮していた結花凛の本心が、栓を抜いたかのように湧き出してくる。レナの瞳をジッと捉えて離さない。
「ステージの上で、もし何が起きても私に任せて‼︎ レナちゃんの話を聞いて、今なら私、何でもできそうな気がするから‼︎」
「っ⁉︎」
結花凛はレナの両手を取って、勢いよく立ち上がった。
「やろう、レナちゃん! 一緒に‼︎」
「……う、うん!」
レナが全てを打ち明けて歩み寄り、それでもなお真の仲間として受け入れてくれる結花凛。その証明ともとれる提案にレナは首を縦に振る。
「ユカリ! よくぞ言ってくれた、それでこそキミさァ‼︎」
意識外の方向からガサゴソガサ、と音が鳴り、茂みの裏から葉月が勢いよく飛び出してきた。後を追って、夕輝と美烏も姿を見せる。そして、3人は2人の元へ近づいていき、葉月は勢いに任せて結花凛とレナを抱擁する。
葉月の頭に乗っていた茂みの葉っぱが、ひらりと落ちる。
「5人で出よう。レナ、キミはボクたちの曲を書いてくれた時からずっと仲間だ。ボクだって、今度こそ完璧にフォローしてみせる。配信のときのように不甲斐ない姿は見せないさ」
「はーたん……」
結花凛とレナを包むように抱きしめる葉月の背中に、今度は美烏が片腕を重ねた。
「私も大賛成よ。そもそも無理強いしたくなかっただけで、振り付けの工夫なんていくらでも出来るんだから。私が何歳の頃からスクールアイドルするときの振り付けを考えてきたと思ってるの?」
「いや、聞いてないし。ま、でも頼りにはなるんじゃん?」
少し小馬鹿にするように笑いながら、美烏に続いて夕輝もその身を和の中へと溶け込ませていく。
「レナ、アタシもレナと一緒がいいよ。何があっても、アタシが背中を支えるからって、約束したじゃん?」
「ミーちゃん……ユっちゃん……」
結花凛たちは身を寄せ合って中心のレナを抱きしめた。すると次第にレナの瞳から大粒の雫がこぼれ落ちる。ポロポロとそれは続き、どんどん鼻腔も詰まっていった。
「ありがとう……ホントに、いいのかな? 私ばっかり、幸せになって……」
「大丈夫だよレナちゃん! この世の中に、不幸になった方がいい人も、幸せになっちゃダメな人もいないよ‼︎ それでもつらいなら、私のために幸せになってよ! 私はレナちゃんがつらそうにしてるのは見たくないからさ‼︎」
「うん」
話は丸く収まって5人は適切な距離に戻る。それでも依然レナは涙を流していた。
「ありがとう、みんな……涙が止まらないよ。これが、『
突然落とされた爆弾に4人は顔をポカンとさせる。少し考えて、やはり分からない。そんな風に夕輝は笑った。
「レナ、台無しだよ…………」
夕輝がそうオチをつけて他の3人も笑出す。
「レナ、さっきのはどういう意味なんだい? 教えておくれよ」
「レナちゃん! 今度、一緒に買い物行こうよ‼︎」
「そうだ! 私、アナタと音楽の話がしたかったのよ。あのスクールアイドルの曲が――」
和んだおかげで空気の張りは一気にとけて、レナだけがなぜ皆んなが笑っているのかが分からずにポカンとしていた。自分が漏らした不思議な発言を大衆にも理解されていると、心の底から信じてやまない鈍感なところも、レナの美点と言えるだろう。
「ねえ、ゆかりちゃん……実はね」
「ん、どうしたの?」
他のメンバーにも見守られながら、レナはグッと握り拳を作って声を振り絞った。それを前に結花凛も真剣に耳を傾けている。
「さっき話した親友って、すごく結花凛ちゃんに似てるの。グイグイ来るところとか、元気なところとか、それと――頼りになるところとか!」
レナは笑って結花凛に伝えた、結花凛を昔の親友に重ね、バツが悪い思いをしていたと。
「だからはじめは怖くて、お喋りできなかった……でも、もう大丈夫だから、その……ごめんね」
「うん。そんなこと、別に謝らなくても大丈夫なのに」
けれど、過去は過去、結花凛は結花凛なのだと自分を抑えることをレナは覚える。それから結花凛とレナは、互いに目を見て笑い合った。
「そうだ! じゃあさ、じゃあさ‼︎ 私にもあだ名、ちょうだい!」
「え⁉︎」
「私だけ、名前のままじゃ寂しいよ〜」
体をくねくねさせて結花凛はレナに頼み込む。そんな結花凛を前にレナは頭を悩ませているようだった。それから、ハッと思い出すような顔を見せて、優しい笑顔でレナは口を開く。
「じゃあ、私も
「っ⁉︎ うん! 夕輝ちゃんと一緒だね‼︎」
そうして再度、2人は声を出して笑い合う。
新たなチームメイトを加えた結花凛たちエンシードは同時に新たな絆を手に入れた。こうして、ずっと彼女らの裏で作曲家として支えていた
スプリングフェスを前に、チームには確かなまとまりが生まれていた。