幼かった頃の私にとってスクールアイドルとは、白黒の世界に初めて落とされた絵の具のようなものだった。寂しい幼少期を過ごす私に、彼女たちが希望と憧れを教えてくれたのだ。
別に周りの子達が嫌いだったわけじゃない。でも、先生の言うことを聞かなかったり、何かを隠すために嘘をついたり、同年代の子達が平気な顔をしてするような事が私には理解できなかったし、それを注意する私の気持ちを周りの子は理解できなかった、ただそれだけなのだろう。
スクールアイドルに憧れて、歌とダンスを習い始め、ない才能を時間と取り組みでカバーした。
そして――11歳の年に私の努力は小さな芸能事務所のアイドルオーディションで花を開くこととなり、クルール×フルールが結成される。
――これは私がかつて所属していた地下アイドルグループにおいて、原初にして色鮮やかだった記憶の話である。
※
都会の街並みにひっそりと立つ小さなビル。そこは小さいなりにも芸能事務所の看板を掲げていた。近々、地下アイドルグループを結成させようと10歳から12歳の女の子を対象に、実力のある人材をオーディションで選定した。今日はそのオーディションから数日が経った直後で、その合格者の初顔合わせが予定されている。
そんなビルに1人の少女がやってきた。黒く綺麗な髪の毛は後ろで1本にまとまっており、目が悪いのかメガネをかけている。幼さが残る無垢な表情で、ニコッと笑ったその口元には白い八重歯が輝いていた。
そしてその少女、瓜谷美烏は廊下を歩き指定されていた部屋の扉を開く。
そこは殺風景な会議室だった。ホワイトボードと大きな机が1つ、そして椅子が4つ準備されているだけである。
しかし、一点だけ自然と目を奪われるポイントがあった。それは美烏の前にすでに1人、準備された椅子に腰をおろしている少女がいた、ということだ。
相当早くに着いていたのだろうか、その少女は大きくて丸い目でボーっと壁を見つめていた。その少女、
「あ、瓜谷美烏ちゃんだよね。やっぱり合格してたんだぁ」
「アナタは確か……
大きい瞳を煌めかせて、琴音は美烏を見るなり口にする。初顔合わせの日に自然とお互いが理解しあっている背景には、オーディションの際に2人はすでに出会っておりアイドルの話で意気投合した、という出来事があった。
「うん、琴音でいいよ。改めて、よろしくね美烏ちゃん」
「じゃあ、琴音。こちらこそ、よろしく」
美烏は少し緊張気味に返事をして、琴音の前に座る。そんな美烏を見つめる琴音の瞳はまさに、羨望の眼差しと言えるものだった。
美烏が到着してから数分後、美烏たちがいる会議室へ2人の女の子が同時に入ってくる。
1人は暗い紺色の長い髪をした2つ括りの女の子。そして、もう1人は淡い紅色の髪色をして、前髪が斜めに揃えられ肩まで伸びるストレートヘアが特徴的な女の子である。
2つ括りの女の子は部屋に入るなり、美烏と琴音の方に吊り上がった鋭い目を向けたが、逆にもう1人の女の子は興味がないのかジッと2つ括りの女の子の背中だけを見つめている。そんな2人が席につき、若い女のプロデューサーが入ってきて、場の空気は自然と自己紹介をする流れになった。
美烏と琴音よりも1つ年上という理由で、後から入ってきた2人が先に自己紹介をするらしい。2つ括りの女の子は椅子から立ち、凛とした立ち姿で口を開いた。
「私の名前は
自信に満ち溢れていて、自己主張が激しい。桜からは、そんな印象を抱く。そんな桜を見る美烏と琴音は少し心の距離が離れているような顔をしていた。逆に、もう1人の女の子は特別リアクションを見せることもなくジッと桜の顔を見つめている。
次に入れ替わりで、ストレートヘアの女の子が席を立つ。
「私は
そう言うと杏子は、スッと席に着く。なんともつかみどころのない自己紹介である。ポカンとした表情を見せる美烏と琴音を桜は一瞥し、仕方がないな、といったため息を吐いてから口を開いた。
「杏子と私は同じダンス教室に通っているの。類稀なる才能を持っていることは私が保証するわ。性格の方は……ちょっと変わってるかもね」
「昔から何かを決めるのが苦手。だから、いつも手を引いてくれる桜がいないとダメなの」
「意思の疎通とか、はじめは難しいと思うけど、悪い子じゃないから仲良くしてあげて」
桜は胸を張ってそう言うと、年相応に可愛らしい笑顔を見せる。
それからじゃあ次は、といった流れで自己紹介のターンは琴音へと譲られた。
「あ、あの……ごめんなさい、ちょっと緊張してて」
席を立ち、両手をお腹の辺りで組んでモジモジとさせている琴音の体は、小刻みに震えていた。声も弱々にその震えがよく現れている。
「みなさん、凄いなって……私はオーディションに受かったことも奇跡だと思ってて、自分に対してそんなに自信がないっていうか」
始める前から弱腰な発言をする琴音。それは桜とは全く対照的な意見だった。
そんな発言を言い残し、琴音は言葉を詰まらせてしまう。自分が何を口にしたのか、冷静になって気づいたのだろうか。集まる3人の視線に縛られるように硬直している。
「私は驚いてる」
その発言は桜から飛び出たものだった。それが助け舟になるの、そうでないのか、それはまだわからないが間違いなく全員の視線は琴音から桜へと移る。
「オーディションの段階でかなりの人が応募していて、その中から選ばれた4人だから、私はもっと我の強いバチバチした子が来ると思ってた」
表情を変えず桜は冷静に言葉を続けた。
「でも選ばれたのはアンタなんでしょ? だったら自信がなくたって、自分が認められたことを自覚するべきじゃないの? 落ちた候補者の山の上に私らは立ってんでしょ」
「う、うう……」
「私のグループメンバーは他の誰でもなくアンタなんだから、クヨクヨしてないでアンタのこと教えてよ」
語気こそ強いが、それは桜なりの励ましのようなものだったのだろう。その表情も敵意や軽蔑の色があるわけではなく、暖かい瞳で見守るような顔をしていた。
「はい、頑張ります」
桜の言葉を受けて琴音は一度、目を瞑り深呼吸をする。それから開かれた瞳は落ち着き座っていて、どうやら桜の喝は有効に働いたとみれた。
「私は有矢琴音と申します。昔から、ステージの上でキラキラしててすごく可愛いアイドルが大好きです。私もこんな風になりたいな、って思ってオーディションに臨みました。まだまだ、実力不足かもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
そう言うと琴音は深々と頭を下げた。
パチパチパチ、と誰よりも早くに桜が拍手を送る。それを横目で確認してから杏子が、一つ遅れて美烏が後に続いた。
「琴音、よろしくね」
「よろしく」
笑顔でそう返してくれた桜と、真顔ながらもジッと目を合わせて見つめてくる杏子を前に、琴音も自然と笑顔を咲かせる。
「はい! よろしくお願いします」
初めこそシコリのある表情を見せていたが、雲が晴れた青空のようにスッキリとした笑顔で琴音は席に着いた。
そして、順番は美烏へと回ってくる。
「私の名前は瓜谷美烏です。実は私も、人と交わることが少し苦手です。曲がったものを見るとすぐに正したくなるし、学校の同級生にはお前は空気が読めない、と何度も言われました」
琴音に続いて美烏の滑り出しもネガティブな雰囲気であった。それを語る表情も少し暗いものである。
「でも、そんな私でもスクールアイドルなら、なりたい自分になれるんです。私が憧れた彼女たちは、自由で、輝いていて、とても魅力的で、私もそうなりたいと毎日恋焦がれてます」
でも、と続ける美烏はニヤっと笑い楽しそうに言葉を弾ませた。
「いつか、立派なスクールアイドルになるために今、自分ができることを目いっぱい頑張りたい。そう思ってオーディションに臨みました。合格したからには、何事も全力で頑張ります。よろしくお願いします!」
琴音と同様に深々と頭を下げて美烏は礼をする。そんな美烏を琴音はキラキラとした瞳で見つめていた。桜も、満足げに笑みを浮かべており、杏子は普遍的にジッと美烏を見つめている。
「やっぱりカッコいい。よろしくね美烏ちゃん!」
「美烏、よろしくね」
「よろしく」
頭を上げた美烏の表情はとても満足そうであった。長らく1人ぼっちだった少女は、共通する繋がりで結ばれた仲間を得たのだ。
「ええ、よろしくみんな」
こうしてオーディションを勝ち取った4人は会合し、ここにクルール×フルール原初の歴史が刻まれた。