街でショッピングを楽しんだ日から丁度、1週間後。クルール×フルールのメンバーはついに、ファーストライブの当日を迎えていた。
若さと無垢さを生かしたナチュラルメイクに、ピンク色で統一された晴々しい衣装。フリルとスカートがまるで花びらのようになっていて、各々の個性と溶け合ってまさに
そんな衣装に包まれた4人はステージ裏で、ライブスタートまでの最後の10分間を刻んでいた。
暗く光の少ないステージ裏には、姿見や何かの舞台セット、大きなゴミ箱や長いカーテンが置いてあり物でごった返している。
「ど、どうしよう美烏ちゃん……私、緊張してきちゃったぁ」
そう言いながら、うるうるとした目を向けて小刻みに手を振るわせているのは琴音である。同時にそれを受け取った美烏の目もどこか弱さを孕んでいるようであった。しかし、美烏は一度目を瞑り深呼吸をする。
「大丈夫……きっと大丈夫よ。この日に向けて、何日も、何度も練習を続けてきたじゃない。だから大丈夫。大丈夫……」
琴音の目を見て、そう唱える美烏。だがそれは、見方を変えれば自分にそう言い聞かせているようにも捉えられた。揺れる瞳が彼女の緊張を物語っている。
「うん、大丈夫……だよね美烏ちゃん」
そう言い合いながらそっと身を寄せ合う2人の背後に、そろりそろりと忍び寄る影が1つ。そしてそれは、目一杯近づいたところでガバッ、っと2人を包み込む。
「琴音、美烏!」
「「キャッ⁉︎」」
意識外からの大声と衝撃により、後ろから桜に包み込まれた2人は驚きのあまり声を上げた。そんな2人を笑顔で見つめながら桜はそのままの体制で2人の頭を、髪が崩れないようにそっと撫でる。
「驚いたら胸のザワザワとか吹っ飛んじゃったでしょ? アンタたち緊張しすぎだから。どこまでいっても、今日できるライブは、今までやってきた練習以上でもなければ以下でもない。アレコレ考えて緊張したって、これ以上良くなることはないって話ね」
冷静に言葉を繋げていく桜の顔を、琴音はジッと見つめている。余裕があって、自信があって、強さがあって、自分とは対極の存在であると、そう思っている目であった。
「だから、肩の力抜いてやることやったらいいだけなの。ほら、分かったら最後に鏡の前で笑顔の練習でもしときなさい。そんな顔をステージの上で見せるつもり?」
そう言われて琴音は首を横に振り否定の意思を示す。それから、言われた通りに鏡の前まで行って自分の表情を確認し始めた。
――その間、美烏は静かにジッと口を閉ざして、桜の手だけを目視していた。
「うん、素直でよろしい。はい、美烏も行った、行った。私は喉乾いちゃったから、お水もらってくるね」
美烏にそう促して、桜はこの場から去っていく。遠くなる桜の背中を、未だ動かない美烏は見つめていた。
「……てた」
「え?」
何かを呟く美烏に琴音が耳を傾ける。
「震えてた。自分も緊張しているのに、私たちを勇気づけようとして……」
そう口にした美烏は胸のあたりをギュッと握りしめて、下唇を甘噛みした。琴音も美烏に言われて、その事実に気付かされる。
すると、2人のもとに今度は杏子が近づいてきた。
「緊張、和らいだ?」
能天気にそんなことを聞いてくる杏子に美烏と琴音は不思議そうな表情を向ける。それから美烏が杏子に向かって口を開いた。
「ほっといてもいいの? 私には、桜も緊張していたように思ったんだけど」
「ん? んー、多分大丈夫だと思うよ。桜なら大丈夫。それよりも、2人は大丈夫なの?」
美烏が桜の安否を気にしても、それよりもと更に上から被せるように自分たちを心配する杏子に美烏は少し冷たい瞳を見せる。
「桜も杏子も、自分たちのことよりも私たちの心配ばかりして……そんなに私たちは不甲斐ないかしら?」
「美烏ちゃん……」
辛そうな顔でそう口にする美烏に、杏子は珍しく表情を変えて驚いた様子を見せた。
「そっか、そんなふうに捉えられてたんだね。違うよ美烏。桜も私も、美烏と琴音の実力は認めてるよ。美烏は毎日、1人で自主練して誰よりも研究熱心だし、琴音は勘がいいよね。何が人の心を動かすのか理解してるみたい」
2人のことを高く評価していると、杏子は迷わず口にする。しかし、それでは美烏の気持ちは晴れないらしい。
「じゃあ、どうして……?」
そう問われる杏子は瞬きもせずに真っ直ぐ美烏の瞳を除く。
「桜が言ってた。私たちは美烏と琴音よりも1つ年上のお姉さんなんだから、どれだけ辛いことがあっても2人を守ってあげないといけない、って。私もそう思う。桜の言うことは正しいと思うから」
そんな真っ直ぐな言葉に美烏はハッとさせられた。その傍らでは琴音が瞳を潤ませていて、グスンと鼻水を啜る音を鳴らす。
「ごめんなさい。私が間違っていた。自分の弱さを守ろうとして、2人を引き合いに出してしまったわ」
「ううん、いいよ美烏。美烏は十分頑張ってる。だから、心配なときは私と桜に頼ってもいいんだよ」
そう言うと今度は杏子が美烏を抱きしめた。桜とは違ってそれは不器用な行動で、力加減が分からなかったのか少し衣装が崩れそうになる。おっと、と慌てて美烏から離れ、美烏と杏子は揃って笑った。
「うん、頼る。杏子にも桜にも琴音にも、辛いときは相談する。でも――」
そう続けて、美烏は杏子と琴音に近付くよう促した。それから何かを相談した様子で、杏子と琴音はそれに首を縦に振る。
それから1分ほど後、ステージ裏へと返ってきた桜はありえない光景を目の当たりにした。それはステージ裏から美烏、琴音、杏子の3人が姿を消していること。時間を確認しても、自分が遅れたわけではない。ステージの方も、早倒しで始まってしまっている、そんな雰囲気は一切しない。そのことを自覚する。
慌てて辺りを見渡すが、やはり誰もおらず、そこには姿見に写る自分の姿しか残っていなかった。
「わ、わぁ‼︎」
カーテン裏から飛び出してきた美烏が背後から桜に向かって、そう叫ぶ。桜は一瞬肩をビクつかせ、それから飛び出てきた美烏を正面に捉えた。
「な、なにやってんの?」
「えっと……桜も緊張してたみたいだから気が紛れるかと思って」
「にしては下手くそすぎ。わ、わぁ、はないでしょ」
桜にそう言われて美烏はシュン、とする。すると、美烏が出てきたカーテンの後ろからゾロゾロと杏子と琴音も姿を現した。
「でも、ありがと美烏。おかげで緊張が吹っ飛んだ」
そう言葉をかけられて美烏は嬉しそうに頬を染める。
姿を現した杏子が琴音と手を繋ぎ、桜を中心に持ってくるように包み込んだ。そこに美烏も参加して3人で桜を抱きしめる。
「ちょ、ちょっとなに⁉︎」
「美烏が言ったんだよ。桜が緊張してるから、桜の緊張も解してあげないと、って」
桜が美烏に視線を向けると、美烏は更に恥ずかしそうに紅色の頬を見せていた。
「アンタたち……ほんと…………」
「私、グループとか仲間とかあまりよく分からないけれど、きっとそれってこういうことなんだと思うの。桜が、私や琴音のことを心配してくれるように、私も桜が心配だし、それを拒絶されると悲しくなる。だから、こうして繋がっていたい」
「美烏……」
桜の瞳に、揺れる水面が現れる。グスン、と鼻を鳴らし、桜はそれが顔に落ちる前に指でそっと払いとった。
「繋がれがればいいでしょ。何があってもずっと……私たちはチームメイトなんだから」
「うん」
3人の輪の中から桜が解放させる。すると桜は3人の顔を一通り見て口を開いた。
「ステージに上がる前に皆んなでやっとく? 笑顔の練習」
桜の提案に3人はそれぞれ目を合わせ合い、それから頷く。鏡の前に4人は一列に並び桜に合わせて一斉に、にっこりと笑顔を作った。
少しの間を空けて、4人は緊張が解けたように声を出して笑い合う。そこには4人の少女の可愛らしい笑い声だけが残っており、ステージへの緊張や不安は全く感じられない。
やがて時間はやってきて、4人は改めて円陣を組んだ。
「いくよ、クルール×フルール!」
「「Go!Stage‼︎」」
掛け声を済ませてステージに向かう少女たちの背中は、目で見るそれよりも、一回りより大きく見えていた。
※
懐かしい記憶は本当に鮮やかな色をしていた。一致団結を果たした私たちクルール×フルールのファーストライブは無事に成功する。いつも先頭に立っていた桜を中心に、私たちのアイドル活動は始まったのだ。
なのに、その結末は……
いつから私たちの関係は歪んでしまったのだろうか。
数年が経ち少し人気に火が着き始め他頃、初めは些細な変化だった気がする。桜の様子がおかしいな、そう思ったときには、もう遅かったのかもしれない。仕事や日々のストレスへの愚痴。文句や悪態、それらが顕著に現れ始めたのだ。言わずもがな杏子も桜を肯定していて、私たちとあの2人の間には目に見えない溝が生まれ始めた。
私や琴音が何を言っても、我の強い彼女には響かなかった。私にもっと人と関わる術が備わっていれば、そう口にできるのも、もうすでに終わってしまったからなのだろう。だって、あの頃の私は臭いものには蓋をして、なるべく桜には触れないようにしていたから。らしくないとは思うけれど、それだけ桜との、クルフルとの関係を壊したくない、そう思う気持ちが強かったのだ。
久しぶりに琴音と出会い、今は心を許せる新しい仲間も出来た。今の私なら、桜や杏子と再開しても、きっとなんとかなるのではないか。そう思ってしまうのは、私の思い上がりなのだろうか。
※
「おーい、美烏〜、急にぼーっとしてどしたのー? 最近、根詰めすぎなんじゃん? スプリングフェスに向けて張り切る気持ちは分かるけどさ、体壊したら元も子もなくない?」
空を見つめてからジッと動かない美烏を、夕輝とレナは心配そうに見つめていた。
「え、ええ……ごめんなさい。そうね、夕輝の言う通りだわ」
ボケー、っとした顔を自分で両端から叩いて、美烏は己に渇を入れる。美烏の急な行動に、夕輝とレナはビクリと驚いた。
「うわ、なに? 今日はヤケに素直じゃん」
「別に……そういう日もあるのよ」
しっとりとした表情の美烏を見て、夕輝は更に顔を歪ませる。かと思ったら、美烏はふう、と息を吐いて優しく笑って見せ、懐かしむような表情を見せた。
「ねえ、1つ提案なんだけどスプリングフェス当日まで1週間前の日曜日、エンシードのみんなで遊びに行かない?」
そんな提案をした美烏を、夕輝は目を見開いて見つめている。
「まさか、あの美烏がそんな提案するなんてねぇ」
「いいじゃない。レナが加入してそう日は浅いんだし、きっとチームワークの向上に繋がると思うのよ」
お堅いイメージの美烏にしては随分と軽い考えだな、と夕輝は少し茶化してみせる。しかし、それを気にしない美烏は自分の提案が一切間違ってはいない、と信じているようだった。
「まあ、いいんじゃん? 明日、ユカと葉月にも聞いてみようよ。まあ、きっと2人とも賛成してくれるだろうけどさ」
ニカっ、と笑って夕輝は美烏に返事した。隣にいるレナも嬉しそうに笑顔を見せて頷いている。
「私も、みんなと一緒に遊びに行きたいな」
「ええ、きっと楽しいわ」
夜空の下、3人の少女の笑い声は青く美しく広がった。美烏の周りにあるその声は、かつてのものとは変わってしまっていたが、それでも彼女が見せる笑顔そのものは何ら変わらない普遍的なものであった。