件のスプリングフェス当日。空は晴天一色で絶好のライブ日和であった。会場は、テーマパークほどの大規模な公園の広場である。名を大畑公園といい、その敷地にはスプリングフェスの詳細が書かれたビラが何枚も貼られている。
ライブの開演は17時。現在が12時頃なので約5時間後である。5時間後といっても運営スタッフは朝から大忙しであり、出演者のスクールアイドルたちもライブ前の準備で会場に足を運んでいた。
そんななか、ステージとはかけ離れた公園内の一ヶ所で、辺りをきょろきょろと見渡している少女が1人。小さな手にはスマートフォンが握られており、画面には地図アプリが開かれている。
「あれ? ここどこだろ……ユっちゃん? みんな?」
マップを見ても分からないのか、
休日の昼ゆえに公園内には人が溢れかえっていて、道ゆく人はそんなレナを目には入れるが、どうにもこうにも声をかけるまで至らない。
そんなレナのもとに1人の女の子が近づいて来る。ダボっとした黒のパーカーを着ており、フードをかぶっていて顔をハッキリと見ることができないが、レナとそう歳は変わらないだろう。肌のきめ細かさや唇の潤い、髪の毛のキューティクルは常人のそれとは違っていて、その少女はただならぬオーラを発していた。
「どうかしたの?」
明らかにあたふたとしていたレナを見て、不思議に思ったのだろうか。フードの少女は不審気な声色で、しかし臆することなくレナに問いかけてきた。
「あ、えっと……場所が分からなくて」
「迷子? 仕方ないわね。どこに行きたいの?」
あわあわと声を震わせながら、レナは少女に返事する。ふう、と息を吐くフードの少女はやれやれ、といった感じでレナのスマホに目を向けた。それに応じてレナも目的地が表示されたマップの画面を差し出して見せる。
「って、ここ……スプリングフェスのステージか。それならさっきまで居たし場所なら分かるから連れてってあげるけど? ってかなに? アンタ、スクールアイドルだったの?」
親切だが少し適当というか、よく言えば今時の女の子、悪く言えば少し性悪な雰囲気がフードの少女からは感じられる。
「は、はい。最近、始めて……」
「へ〜、じゃあ1年生か。私の1つ下なんだ」
「先輩だったんですね……あなたもスクールアイドルなんですか?」
レナに質問されて、フードの少女は不遜な瞳を返した。少し呆れたような、私のこと知らないの?、と言いたげな目である。
「まあね〜。ま、今日のスプリングフェスには出ないんだけど」
「そうなんだ。じゃあ、こんな時間に何しに、この付近まで来たんですか?」
フードの少女の顔に迫りながら連続して質問するレナ。そんなレナに少女は少し顔を引きずらせていた。
「アンタ、すっごいグイグイ来んね。距離感測れないタイプ? ま、いいけど」
つくづく呆れた、と言いたげな顔で少女はレナを見つめていた。しかし、レナはそんな少女の顔色を読み取ることなく、?を顔に浮かべて目をパチパチとさせている。図太いというか、鈍感というか、内面的な自信のなさに反して他者からの評価や反応に対して右往左往しないところはレナの美点でもあった。
「私はただの観客、今日はただ早く来すぎただけ。1つ目的があったとすれば、今日来てるっていう
「はあ……」
饒舌にそう語った少女だったが、ピンときていない様子で気の利いた返事の一つもしないレナを見て、ため息を吐く。
「ま、会うつもりはないんだけど。喧嘩別れしてそれっきりで気まずいし、アイツは私の顔なんて見たくないと思うしねー」
軽い口調で言ってはいるが、本人の表情はいたって真剣であった。しかし、依然ピンときていないレナは、そんな少女を黙って見つめている。
「分かった、分かった。はやく連れてけってんでしょ? 行くよ。着いてきて」
「あ、はい……!」
そう言って少女は歩き出し、その背中をレナはてくてくと小走りについて行った。隣まで追いついたレナが少女の顔を覗いて質問する。
「親切にありがとうございます。あの……お名前を聞いてもいいですか?」
「ホントに知らないのね。じゃあこの機会に教えてあげるから、スクールアイドルやるなら覚えておきなさい。私は泉ヶ上聖女学院のスクールアイドルグループ、
胸を張って堂々たる自己紹介をする桜。それを聞いたレナは、お〜、と声を漏らしていた。それから立て続けにレナは、にこっと可愛らしい笑顔を見せて、口を開く。
「じゃあ、さっくー先輩だ……!」
「……」
目をきらきらさせてレナは桜を見つめていた。対して、桜は真顔で目をパチパチさせている。
「……声かけなきゃよかったかな。ま、おもしろヘンテコキャラは嫌いじゃないんだけど」
ため息を吐いてから桜はやんわりと笑顔を見せた。そんな桜に笑顔を見せてレナは距離を縮める。距離感が狂っているが故の人懐っこさが、まるで子犬のようであった。
※
時刻は12時頃。野外に設置された大きなライブ会場。ステージ裏にはそこそこのスペースが確保された関係者用のテントが張られている。テントの下には長机やパイプ椅子が自由に散乱しており、どれでも好きに使っていいようになっていた。
ステージ前の観客スペースは、テープなどで簡易的な区切りを設けているだけの立ち見席が広がっている。そのためかなりの人数が入れるようになっていた。
ステージ裏の出演者スペースには各校のスクールアイドルたちが集まり始めている。朝から自分たちの学校で調整を行ってきた学校もいれば、今からリハーサルを行う学校もあるのだろう。
「ユカ〜!、美烏〜!、葉月〜!、どうしよ⁉︎ レナが迷子になっちゃってるみたい! やっぱり、一緒にくればよかったよ……レナ、1人で大丈夫!、なんて言ってたのに……」
出演者用のテントの下で緋花夕輝はチャットアプリが開かれたスマートフォンを片手に、同じグループメンバーの3人に助けを求めていた。
「え⁉︎ レナちゃんが迷子⁉︎ 大変だよ! 助けに行ってあげないと‼︎」
「今、どこにいるのかしら? 大畑公園にはついてるの?」
「うん、公園にはついてるって。でもレナ、そもそも自分がどこにいるか分かんないみたい」
制服に包まれる4人は持ち込んだ衣装やメイクの準備を止めて、顔を見合わせ話し合う。
「大変だ。もしかしたらどこかで1人膝を抱えて泣いてしまっているかもしれないじゃないか!」
「探しに行かなきゃだよ!」
「ご、ごめん2人共。焦らせたのアタシだけど、もう少し落ち着いた方がいいんじゃん?」
他校の生徒らと共同のテント内はザワザワと音で溢れていた。そんな中でも結花凛たちは大慌てで一際、存在感を放っている。
「どうした、何かトラブルか?」
結花凛たちの騒ぎようを聞きつけてか、その声は4人の和の外から飛んできた。しかし、聞き覚えのある声に結花凛はパァ、っと表情を光らせる。
「若葉先輩‼︎」
「やあ、結花凛くん。応援しに来たよ」
「ありがとうございます! でも、早くないですか?まだ、12時ですよ?」
やってきた若葉に頭を下げながら結花凛は疑問に思ったのか、そんなことを質問した。すると、若葉は優しく微笑み結花凛の瞳を包み込むように見つめ返す。
「ライブの前に差し入れでも持って行ってあげようと思ってね。なに、キミたちは我が校のカワイイ後輩ちゃんたちだ。遠慮なんてしなくていいし、生徒会長の私が世話を妬くのも当たり前のことだ」
そう言った若葉の両手には満帆のビニール袋が握られていた。中にはスポーツ飲料水や軽食用のチョコレートなどが入っている。それを若葉は近くのパイプ椅子の上へと置いた。
「みんなで食べておくれ」
「ありがとうございます‼︎」
「で? 何があったのかな」
落ち着いた表情で若葉が問いかけると、結花凛は忘れていた、と急に慌て出す。
「そうだ、レナちゃんが迷子になっちゃったんです!」
「本当か? それは大変だな。それで、その慌てようだと今から捜索しに行こうと話していたところかな?」
「はい! そうなんです‼︎」
「そうか。どれ、それじゃあ私も諏方草くんの捜索を手伝おうか」
「いいんですか⁉︎ ありがとうございます‼︎ 助かります‼︎」
そう言うとさっそく5人はテントの下から外へ出た。ある程度の場所まで行った後、散り散りに敷地内を捜索する流れらしい。
「そういえば、生徒会に提出したスプリングフェスの出場願いには公式の大会、という風に書かれていたが、どういった内容なんだ?」
5人でまとまって歩きながら若葉の質問に耳を傾ける。
「はい。スプリングフェスは限られた地区のスクールアイドルたちが集まって、パフォーマンスを競い合う大会です。インターネット配信も行っていて、ネットの投票と観客のQRコード投票によって優劣をつけるんです」
「なるほど。他の競技とは違って、人気投票の側面を持つため、日々の活動も直結してくるわけか。奥が深いねスクールアイドル」
若葉は興味深そうに笑を含みながら、右手を顎に添えていた。美烏の説明に続くように、今度は葉月が口を開く。
「一見、ボクたちは活動歴が浅いから不利なように思えるけど、実はそうでもないんだ。ミウの人気は言わずもがなだし、意外とレナの自己紹介動画が土壇場でノビていてね。もともと有名だったビタミンPという謎の作曲家の正体が、可愛らしい美少女だった、と一部界隈で大盛り上がりさ。ネット投票は期待できるんじゃないかな?」
「ふむ、やはり流石だね。私は昔から彼女の噂は聞いていたんだ。同じ派閥の音楽スクールに通っていて、諏方草くんは他のクラスにも名が通っていた天才だったんだよ」
誇らしそうにそう笑いながら若葉は懐かしむように語った。
「意図してか、そうでないのか我が校のスクールアイドルクラブには面白いメンバーが集まっているみたいだね」
美烏を、そして葉月へと舐め回すように目を向けて若葉は口にした。そして、その視線の行き着く先には結花凛の姿がある。
「うちの学校は進学面では成果を出しているが部活動は全然だからね。キミたちには期待しているよ」
「はい! 絶対に金賞をとって見せます‼︎」
「ハハハ、楽しみにしておくよ。確か、受賞できるのは10グループ中2人グループだけだったか? 金賞と銀賞があるんだだっけ」
「えーっと、はい。それと印象に残ったグループに与えられるスプリングリミテッド賞っていうのがありますね。MVP?みたいな感じです。でも、だいたい金賞のグループが一緒にかっさらってくみたいですけどね」
「目指すはNo.1だけだから関係ない話さ。ここ1番のパフォーマンスを見せて1番をとり、観客の誰しもに1番印象に残る存在になる。そうだろう?」
「そうね。違いないわ」
自信満々にそう言い合う美烏と葉月を見て、若葉は頼もしそうに笑っていた。
5人が話しながら歩いていると、正面から見覚えのある少女ら7人が歩いてくるのが目に入る。それは向こうも同じなようで、自然と2つのグループは接近していった。
「あ! お久しぶりっすね〜。若ノ芽女学院のみなさんじゃないっすか‼︎ 確かフェスの登録名にはen↑↑↑seedって書いてたっすよね?」
7人のうちの1人、薄い青の短髪ボーイッシュな女の子は元気溌剌にそう言った。結花凛たちに向ける表情には笑顔を見せつつも、目の奥ではしっかりと目の前の面々をとらえている、そういった圧を感じられる。
「こーら、淳美。そんなにはしゃがないの。品がないと思われるわよ?」
「りく先輩! ごめんなさいっす」
キリッとした吊り目が特徴的な紫色の髪をした松原りくは、その鋭い瞳を竹下淳美へと向けていた。口元は笑っているが、目は笑っていない。彼女の好戦的でイタズラ好きな性格が、今ではよく読み取れる表情だった。
「お久しぶりです。この前の合同練習ではお世話になりました」
エンシードを代表して、美烏は
「いいえ、こちらこそ刺激のある練習ができて凄く楽しかったわ。ぜひ、今後とも仲良くしていきましょう。それと――」
美烏の誠意のある挨拶に対して、りくも同じだけの誠意を取り繕って返した。そして、一度開かれた口は止まることなく、重くのしかかるような雰囲気で次の言葉を口にする。
「今日のあなたたちのパフォーマンス、楽しみにしているわよ。あの時のあなたの言葉が嘘じゃないことを証明してみせてね」
合同練習の最後、美烏はりくに向かって「私たちを舐めるな」、と啖呵を切った。エンシードとイグニスコード、対立した2つのグループの決着はまさに今日のスプリングフェスへと委ねられていたのだ。
「はい、望むところです。楽しみにしておいてください」
りくの不適な笑顔に、美烏は堂々と正面から笑い返した。睨み合うわけでもないが、まさに今2つのグループの間には火花が散っている。
「じゃあ、また後で会いましょう」
そう言ってりくたちは出演者テントの方へと歩いていった。その背中を振り返ることなく結花凛たちも歩き出す。
「なんだか熱い雰囲気だね。彼女ら確か、去年のスプリングフェスでは銀賞をとっている子たちだろう? 優勝候補なわけだ。勝算はあるのかな?」
まるで少年漫画を読んでいるみたいに、若葉はワクワクした様子で美烏にたずねた。そんな質問に美烏は少し考えてから、答えを出す。
「はい、もちろんです。
「そうか。じゃあ尚更、早く諏方草くんを探しに行かないとだね」
「はい」
美烏を見て若葉は優しく笑顔を見せた。約5時間後の本番に向けて、合流出来ていない仲間を探すため結花凛たちは歩みを進めるのだった。
※
結花凛たちがテントの下から離れて数十分後、入れ違いでステージに着いたレナは足早に出演者用のテントへと向かった。見渡すとそこには、きらきらとした雰囲気の女の子たちが沢山いて、それを見た途端にレナは、う、うぅぅ、と唸り声をあげて光を受けたヴァンパイアのような動きを見せる。
「なにやってんの? アンタ」
その一連の動きを見ていた桜がフードの中で顔を引きずらせている。
「美少女がいっぱい……光が強すぎて浄化されちゃう。まさにこれが、生きたまま殻を剥かれたエビのよう、って感じだよ……」
「イミ分かんないこと言ってないで早く仲間のところに行ってあげなさいよ。心配してんじゃないの?」
プルプルと震えて地面にうずくまるレナに向かって、桜は的確なツッコミを投げかける。そんな桜の方をレナは見上げて、潤んだ瞳をまっすぐに向けた。
「なに……?」
「さっくー先輩……ありがとうございました。さっくー先輩がいなかったら私、今頃ステージに着けなくて、あそこで道の肥やしになっちゃうところでした……」
「イヤなんないでしょ」
うるうるとした瞳を向けられて仕方なく、といったかたちで桜はレナの頭を撫でてやる。それからレナの腕を優しく掴んで立ち上がらせると、ぷにぷにとしたお餅のようなレナのほっぺたを両手で挟み込んだ。
「ほら、アンタもアイドルなんでしょ? だったらしゃんとしなさい。そんな顔でステージに上がるつもり?」
桜に問われて、レナは首を横に振り否定の意思をみせる。
「だったら笑顔、でしょ? 本番になったら私も観客席から見ててあげるから、頑張りなさい」
「うん、ありがとう、さっくー先輩!」
桜はレナの頬を開放して、ぶっきらぼうにさっさと行け、と手で払いのけるジェスチャーを見せる。
「じゃあ、またどこかで会おうね。さっくー先輩」
「まったく……この私を顎で使ってなおその態度って、アンタ大物になれるわよ」
「えへへ、そうかな……」
桜の言葉にレナは顔を赤くして、指先でちまちまと前髪を触り始める。
「……褒めたつもりはないんだけど?」
レナを見る桜の表情は依然、呆れ顔であった。しかし、この数十分の間に一定の絆が芽生えたのか、表情の中に僅かに笑みが混ざっている。
「ま、いいや。んじゃ私も、もう行くからね。目的ならもう果たしてたし、ライブが始まるまで適当にカフェにでも行ってこようかな」
そう言って桜はレナに背中を向けた。そしてこの場を後にしようと歩き始める。
「ありがとう!さっくー先輩‼︎」
後ろから聞こえてくるレナの声に桜は振り返ることなく、ハンドサインだけを残した。そしてずんずんとレナの元から離れていく。そんな1つ年上の桜を見るレナの瞳はまさに羨望の眼差し、と表現できるものだった。
※
そして、レナのもとから離れた桜が真っ直ぐに出演者用テントから遠ざかっていると、正面から1人の少女が出演者用テントに向かって歩いてきているのが見えた。その人物は片手にお菓子屋さんの紙袋を持っており、誰かに差し入れを持ってきた人物だと言うことが推察できる。
その人物は肌が雪のように白く、丸く大きな目ときめ細かやな髪の毛が常人のそれとは違うことを告げていた。
正面から歩いてくるその人物の正体に気づいた桜は、ハっ、とした表情を見せてから右手でフードの端っこを摘んで深く被り直す。
そして正面の少女と桜、2人がすれ違った後、
「さくらちゃんっ⁉︎」
背後から聞こえたその声に、思わず桜は肩を跳ね上げて歩みを止めてしまう。
「本当に、さくらちゃんなの?」
二投目のその声に対して桜は、振り返ることはなかったが瞳だけは、やや後ろにやった。そして、少し考える様子を見せてから目を閉じて、この場を去る決断をくだす。
「さくらちゃん……」
残された琴音のその声は、虚しくも春風に攫われて掠れ消えてしまう。
数年前、地下アイドルとして一躍人気を博したグループ、クルール×フルールのメンバーは喧嘩騒動で散り散りになった。美烏と琴音と桜、そこに杏子を加えた4人は未だに当時の問題を何も解決させないまま以降、顔を合わせることもなくなってしまったのだ。
その解決の架け橋になればと、とっさに声をかけた琴音だったが現場にはつらそうな顔を見せる琴音だけが残ってしまう結果となった。