ほんとうにここまで来てしまった。まさか、またステージの上に立つことになるなんて……つい数週間前では考えもしなかった。
でも、少し楽しい。緊張はするけどユカちゃんやミーちゃん、はーたんにユっちゃんの隣に立てるのが嬉しい。どれもこれもユっちゃんのおかげだ。
中学3年生を境に、塞ぎ込んでしまった私にユっちゃんは居場所を残してくれた。進学を諦め、インターネットでの活動一本で生きていこうとした私を高校進学に誘ってくれた。一緒に勉強もしてくれたし、中学校の先生との橋渡しにもなってくれた。合格後も、なかなか一歩を踏み出せないでいた私に音楽家としての居場所を作ってくれて……ありがとうね、ユっちゃん――そして、ごめんね……迷惑ばっかりかけちゃって。今度は私が力になるよ。もうくよくよしないって決めたよ。昔みたいに、力いっぱい音を響かせてやる。
※
青天一色だった空を紅色が徐々に飲み込んでいく。スプリングフェスは幕を上げ、メガネをかけたやけにハイテンションなお姉さんのMCで進行していく。オープニングセレモニーでは、出場する10グループのスクールアイドル全員がステージへ上がり順番に自己紹介を行った。
美烏を中心に自己紹介を進めたエンシードのメンバー。美烏はもちろん結花凛、葉月らも手慣れた様子を見せていた。夕輝に至っては未だ緊張した様子だが、もはやそれがキャラとして味となっている。そして、レナはというと「身を粉にして……いや鍛冶場の金槌になった覚悟で頑張ります‼︎」、などとかなり攻めた自己紹介の後、場を氷つかせるが当の本人はポカーンとした表情で気にしていないようである。
オープニングが終わり、エンシードの面々はステージ裏のテント下で待機していた。
「最後か〜、ここからが長そうじゃん?」
「ああ、その間、他校のパフォーマンスでも見学して勉強させてもらおうじゃないか」
瞳に闘志を宿しながらも、どこかソワソワしている夕輝と、堂々と胸を張る葉月が、そんな風に会話する。結花凛たちエンシードはもちろん待機する他のスクールアイドルたちも皆、裏からステージに視線を送っていた。
「わ〜! やっぱりすごいね‼︎ みんなピッタリ揃ってる!」
「洗練されてるというか、貫禄があるよね」
「どの学校も代々引き継いできた歴史があるからでしょうね。こうして見ても、学校ごとに特徴が出ているのがよく分かるわ」
ステージ裏の横から見える位置で3人はそう話している。マジメな顔で分析を口にする美烏であったが、わずかに口調が弾んでおり、内心テンションが上がってソワソワしていることが露呈していた。
「ふふ、ミーちゃんカワイイ。しっぽを振ってる子犬みたいになってる」
「ちょ、ちょっとレナ⁉︎ 別にそんなことないと思うんだけど?」
顔を赤く染めて、美烏は両手を前に突き出しブンブンと振る。若干、呆れ顔の夕輝と優しく見つめる葉月がそこへ合流し、5人は肩を並べてステージを観覧した。
順番は巡り、ステージの上に立ったのは
それから音楽が流れ始めて、グロリアスギフトのパフォーマンスは始まった。
「すご、リハーサルの時と全然変わんない。むしろ、イキイキしてるんじゃん?」
「ええ、やっぱり場慣れしてるっていうのが大きいわね。グロリアスギフトは大会の実績こそ少ないものの、その分イベントの参加だったり外部でライブをしたりと活動の幅は豊富で、メンバー全員が手堅く高い能力を持っているのが特徴ね」
「始めてミウがステージに立っているところを見た時も、彼女たちはライブをしていたね」
美烏の言う通り、ステージ上の美弧たちは目立ったミスもなく、各々が自分の持ち味を理解しているようで他のグループと比べても魅せ方が上手いように感じる。万人を楽しませるパフォーマンスは地力が高い分、投票の面でも新規票を獲得しやすいだろう。
「まさに究極のエンジョイ勢って感じ?」
「強敵ね」
その後もグロリアスギフトのパフォーマンスを食いつくように見て、曲は終わりを迎えた。多くの歓声を受けて美弧たちはステージを降りていく。
「お疲れさま」
「わ〜、ありがとうございます! いや〜、やりきったやりきった!」
息は絶え絶え、顔に大粒の汗を浮かべた美弧たちはステージの裏へと帰ってきた。
「ステージの上すごかったですよぉ。お客さんいっぱい入ってました。自然と力が入っちゃって、えへへ」
「ええ、ここ1番気合の入りようが伝わってくる、すごいパフォーマンスだったわ」
素直にそう認め、美烏は真剣な顔つきで言う。そんな美烏に、美弧は少し驚いた顔で見つめた後、優しく微笑み返した。
「ありがとうございます。ふふ、流石に今日はいつもみたいに大はしゃぎはしてくれないんですね」
そう言われて美烏は耳の先まで赤くする。
「さ、流石にこの後本番を控えているから……分別はつけないと」
「ですね。みなさんも頑張ってください」
「ええ、ありがとう」
そんな会話をしている美孤たちの真横を一塊になって歩き去っていった7人の少女たちは、そのままステージの上へと上がっていく。その姿は全員が全員、肩甲骨を寄せて胸を張り、ここは私たちの道だと言わんばかりに堂々としていた。
もう黒くなりつつある空の下で、暗転したステージという世界は次の瞬間、四方八方から赤いライトで照らされる。揺れ動くライトアップは曲に合わせてステージの上の
土宮女学院のスクールアイドルグループである
その力が今、ステージの上で振りかざされる――【
「うっ……すごい」
その迫力に気圧されるように声を漏らしたのは美弧である。ステージに残した自分たちの残影が一瞬にして飲み込まれた。顔を引きつらせる美孤は食い入るようにステージに目を向けつつも、左端の下唇を噛み締める。
周りを見ても、ついさっきまで会話をしていたエンシードとグロリアスギフトのメンバー達、それに他のスクールアイドルたちの視線も一瞬にしてステージの上へ釘付けにさせていた。
「さすが優勝候補筆頭と言ったところだね。汚い手を使うとか依然に別格だ」
「合同練習をした時よりも洗練されているわね。前見たときの課題が全て改善されているわ」
土宮女学院で合同練習を行った際、りくたちに意見を求められた美烏は何一つ遠慮することなく問題点を指摘した。無名のグループが、それも最下級生の一年生が生意気にも意見を口にしたのだから一定の反感は買ったかもしれないと、そう思っていたが、りくたちはそれを踏まえて完璧に仕上げてきたわけだ。
「向こうも本気ってわけね」
「けど、それはこっちも同じじゃん? ね、ユカ」
そんな夕輝の期待を込めた声色は結花凛へと向けられる。同時にメンバーの視線は結花凛へと収束された。
「うん。求められてる分を出し切れるかは分からないけど大丈夫! レナちゃんとも約束したからね‼︎ もしものときは私が支えになるって‼︎」
胸を軽くポン、と叩いて結花凛は勇ましく宣言する。結花凛が圧倒的な歌唱力を遺憾なく発揮するには、それ相応の集中力が必要らしい。何かに夢中になった時、追い詰められた時に余計な雑念が取り払われ、自然と力がみなぎるらしいのだ。
この短期間で結花凛は自分の歌と向き合い続けた。作曲者であり作詞者でもあるレナの力を借りて曲への理解をさらに深め、美烏からは分かりやすいテクニックの存在を聞いた。本領発揮とまではいかないが、これまでのようなスカは起こさないだろう。
「うん、ありがとうユカちゃん。頼もしいよ」
レナは頬を染めて、そう頷く。
「けどね、私も頑張るからね」
ヒリヒリと胸を締め付ける緊張感のせいか、強張った表情でレナはそう口にした。
「うん、レナなら大丈夫なんじゃん? 昔みたいに肩の力抜いてさ、楽しそうに歌ってよ」
フランクに肩を組みそう言って夕輝は笑顔でレナの顔を覗き込見ながら言う。
「ああ、キミたちは何も心配することなく自分の才能を振えばイイのさ。僭越ながらこの葉月、不要な不安を断ち切り露払いを買って出ようじゃないか!」
「ええ。もちろん私にも頼ってちょうだい。脇は私と葉月がガッシリと固めるわ」
結花凛、夕輝、レナの3人に言う葉月と美烏は、やる気十分のようであった。エンシードの二本柱とも呼べる2人なら、場馴れしている分ステージ場での融通が効くのだ。
そんなやりとりをしていると、ステージの上は佳境に迫っていた。メラメラと燃え盛るようにボルテージは限界値を超えている。ステージ上のりくたちと、それを見ている観客がまるでリンクしているかのように、同じ熱で一体となっているのだ。
そして、りくたちのパフォーマンスは最後まで目に見えたミスもなく完璧に締めくくられる。
多くの歓声に包まれながら、満足気な表情を浮かべたりくたちがステージの上から降りて来た。そしてグロリアスギフト同様に、順番待ちで待機しているエンシードの元まで歩いてくる。
「……お疲れさま」
美烏がそう言うと、りくは深呼吸をし上がった息をすぐに整えてニコっ、と笑みを返した。
「うん、ありがと。どう? すごかったでしょ」
「ええ。この短期間で粗という粗を軒並み潰してきてた。それだけじゃないわ。動きのキレも前より増してて、パフォーマンスに関しては何も言うことはないわね」
熱った顔の横を垂れる汗にも構わず、りくは浸り顔で美烏を見つめる。
りくの問いには美烏も返す言葉がなく、ありのままを受け入れるしかない。余裕の笑みを浮かべながら、りくは恍惚な表情を見せた。
「一度点火したら炎はどこまでだって大きくなる。それがイグニスコードでありプロフェッショナルな心構えよ」
ステージの上での高まりがまだ収まりきっていないのか、いつになく饒舌にりくはギラついた目で、そう口にする。
「皮肉にならないように今のうちに、お礼を言っておくわ。私たちに火をつけてくれてありがとう。おかげで何倍にも成長できた」
胸の辺りで両腕を組み、りくは上機嫌に笑って見せた。
もし、自分たちの勝ちが確定した後でお礼を言えば、それは皮肉になってしまう。だから今のうちに、という捻りの効いた皮肉。もう自分たちが勝つことを確信しているかのような言い草だ。
エンシード一同それに対していい顔はしないのは当然だが、一際それに難色を示していたのはレナであった。レナからしてみれば当事者でありながら、因縁が生まれたその場にはいない、というなんとも中途半端な立ち位置で、りくの話も夕輝や美烏から聞かされていただけだったため、りくたちとは今回が初めての対面となる。真っ向から敵意剥き出しのりくに、顔を歪ませてレナは少し驚いている。
それに気づいたりくは、視線をレナへと向けた。
「ふぅん、その子が例の新メンバーね。動画は見させてもらったけど、ネットで有名な現役の音楽家らしいじゃない。まあ本当に……無名だった学校がこうもクセのあるメンバーを集められたものね」
「う……」
そう話題の中心に持ち上げられるが、レナは怯えた様子でりくから目を逸らす。そんなレナを守るように、前に出て来たのは結花凛であった。その背中でレナを隠し、りくの前に立ち塞がる。
「へえ、合同練習のときは随分と大人しかったのに、センターの自覚でも芽生えたのかしら? 残念だけど、アナタがセンターのうちは何がどう転んだって勝つのは私たちよ?」
りくは結花凛の力を認めてはいなかった。まだまだ半人前な一面しか見ていないとはいえ、結花凛よりも美烏の方がいいパフォーマンスをするのだから、とセンターのあり方に固執している。
りくは見下ろしていた、目の前の結花凛を値踏みするように。それに対して、睨むでも、笑うでもなく結花凛は真顔で応じている。
「私は……正直、勝ち負けなんてどうだっていい」
「ユカリ?」
突然、元も子もないことを口にする結花凛に、エンシードの他のメンバーは驚きの声をあげた。しかし、結花凛は臆することなく言葉を続ける。
「でも、皆んなが期待してくれるなら私は精一杯、頑張りたい。センターに立って皆んなと一緒に笑うんだよ。そのためにも、私たちは負けないよ」
一本筋の通った力強い声で、結花凛はそう宣言した。合同練習の頃と比べて、結花凛の内から迷いは消えているようだった。自分の歌の本質と向き合いそれを引き出すために行った努力が自信に直結したのか、今の結花凛には神輿として担がれるだけの胆力が感じられる。
そんな結花凛を興味深そうに見つめながらも、どこか腑に落ちない表情をりくは返した。すると、横から竹下淳美が荒れた息のまま、りくと結花凛の会話に割って入ってくる。
「今の私たちのパフォーマンス見てなかったんすか? あんまり勘違いしない方がイイっすよ?」
全力のパフォーマンスを終えて、かなり消耗した様子だが挑発を語るその口は、まだまだ元気なようだった。
「この前だってなんとかなったのは美烏ちゃんのおかげっすよねぇ。元プロがいるからって他のメンバーはただの素人集団っす」
前の配信で美烏もといミュウミュに分からされた腹いせをするように淳美は語気の強い言葉を羅列する。
それを真正面に受けていた結花凛の表情はどんどんと曇っていくようだった。普段、穏やかな様相で何に対しても前向きな彼女が珍しく暗い顔を見せている。
「レナって子も有名人かなにか知らないっすけど、ダンスの方はからっきしじゃないっすか! なにを血迷ったかこのタイミングに加入して、足を引っ張らなきゃいいっすけど――」
「やめてッ‼︎」
空気を弾くような圧のある声で、結花凛は淳美の音葉を掻き消した。そんな彼女の瞳はとても鋭く、普段見せているフワフワとしたイメージとは逸脱していたが、キリッとした表情もやけに様になっている。
「それ以上、私の友達のこと悪く言ったら絶対に許さない」
「う、くっ……」
そう強く反発を喰らった淳美は言葉を詰まらせて何も言い返せなくなってしまった。それ見ていたりくが、一度ため息を吐くと淳美に向かって撤収の合図を出す。
「おイタがすぎるわよ淳美。ごめんなさいね。私は別にアナタたちの調子を乱そうとしたわけじゃないのよ。大人しく立ち去るわ」
そう言うと足早にりくたちはテント下の方へと撤収していった。りくの言う言葉の真意は分からないが、この後の戦いの場が真剣勝負の場であることは間違いない。それだけは変わらないのだ。
淳美や他のメンバーを引き連れて立ち去るりくがニタリと笑って最後に結花凛の方をチラリと確認する。
「眠れる獅子か否……今のままじゃ私から言わせるとハングリーさに欠けるわね」
そうボソリと呟いて、イグニスコードのメンバーは姿を消した。
「ごめんね皆んな……取り乱しちゃった」
「ううん、ユカは何も悪くないんじゃん? むしろアレくらい言ってくれてスカッとしたよ! もうちょいでアタシの手が出るところだったしさ」
夕輝は冗談にならないことを冗談口調で言ってのける。それを笑い飛ばすようにしながら葉月は結花凛の背中に手を添えた。
「そうさ、ユカリは何も間違ってはいないよ。全く頼もしいね。レナ風に言うと『阿修羅観音の御手に触れる』、と言ったところかな?」
「うん! ユカちゃん凄くカッコよかったよ。守ってくれてありがとう」
「皆んな……こちらこそありがとう!」
1つの嵐が過ぎ去って、雨風に負けず咲き続けた草花は新の美しさを携える。本番を手前に結花凛たちは自然と身を近づけて輪になった。
「ねえねえ、ちょっと早いけど美烏ちゃんが言ってたヤツ、今やっちゃおうよ‼︎」
そう言いながら結花凛は全員の顔に視線を送る。
「今やるの⁉︎」
「まあ、いいんじゃん? 気合い入るっしょ」
美烏と夕輝が、そう言って笑い合った。それから5人は今よりもずっと近くに、肩がぶつかるほどの距離に接近する。
そして結花凛が中央に手をかざしながら――
「1ッ!」
「2ッ!」
「3ッ!」
「4ッ!」
「5ッ!」
その流れは夕輝、美烏、葉月、レナへと繋がっていく。
「若ノ芽女学院スクールアイドル部
「「GO Stage ‼︎」」
中心で重なる5人の手はそれぞれが天へと掲げられた。声を揃え、想いを揃え、もう後は前に進むだけである。