昼休みを迎えて生徒会室へと向かった夕輝なき教室では、結花凛たちエンシードを囲むプチパーティーのような状況が巻き起こっていた。
スプリングフェスでのパフォーマンスを配信ないしは現地で見たという生徒や、賞を取ったという活躍を聞きつけた生徒らが結花凛たちの教室に集まってきている。
ぜひ、話が聞きたい。サインが欲しい。握手したい。実物を拝みたい。など、さまざまな目的のもと約2、30名ほどの生徒が訪れていた。
「わわ、すごいよ美烏ちゃん! ここにいるみんな私たちに会いに来てくれたの⁉︎」
「そうみたいね。土宮とした合同配信の時よりも凄い盛況だわ……」
「あのときはあくまでも土宮のスクールアイドルを追っていた生粋のスクールアイドルファンたちが僕らに気づいてくれた形だったからね」
スプリングフェスを終えて一息をつける暇もなく、結花凛たちは朝から押し迫る勢いの人たちにもみくちゃにされている。逆に言えば、あの締まりの悪いフェスの締めくくりを払拭するほどのインパクトは結花凛たちにとって良い方向に動いているともいえるかもしれない。この慌ただしさがイヤなことを忘れさせてくれる。
「ミウちゃ〜ん! サインちょうだい‼︎」
「私も!」
そんな声が群がる生徒らから聞こえてきて、美烏は一度表情を優しく緩ませると、よしっ!、と気合を入れて目をギラつかせる。フェスで起きた事件のせいで荒れ気味だった彼女だが、それを忘れさせてくれるのはファンの存在であった。
結花凛が記憶を失ったことにより若葉の過ちは闇へと葬り去られた。そのせいで依然、彼女は桜が犯人だと思い込んでいる。複雑な感情が胸の内で渦巻いているのだろうが、今の彼女は目の前のファンに答えようと全力で笑っていた。
そっとメガネを外して、それを制服のポケットにしまう。
「みんな、ありがとう! ここじゃ邪魔になるから外に行こ?」
そう言うと美烏はアイドルスマイルを引っ提げて、民衆の三分の一を引き連れ教室を後にした。ポニーテールの姿に眼鏡をかけていない状態いわゆるハーフミュウミュが拝めるのは同じ学校に通う特権だろう。
「凄いねミーちゃん。手慣れてるな〜」
「だね」
そんな美烏の一連の流れを見ていたレナはそう声を漏らす。
はたまたその脇では、この学校ならそう珍しい光景でもない葉月目当ての生徒らが目立っていた。彼女らが持つ、赤を基調としたタオルのデザインにはカタカナで『ハヅキ様』、と書かれており、同じデザインのうちわも持参していて力の入れようが見て取れた。
「ハヅキ様ファンクラブ? 葉月ちゃんファンクラブ持ってるの⁉︎」
「ああ、スクールアイドルを始める前から気づいたら出来上がっていてね。嬉しい半分、少し戸惑ってしまうよ」
そう言いながらも葉月は手慣れた対応で自分目当ての生徒らをまとめ上げる。そして美烏と同様に邪魔になるから、と教室を後にした。
「うわ〜、2人ともスゴイ! 人気ものだね‼︎」
「そうだねユカちゃん」
そんな2人をキラキラした目で送り出した結花凛は同じく残されたレナと会話を交わしている。
「レナちゃんはどう? スクールアイドルはじめて変わったこととかある?」
「うーん、今朝はクラスのみんながすごかったね、って言ってくれたよ。後はずっと前からファンでした、ってビタミンPの顔出しの件で何人か声をかけてもらったかな?」
かくいうレナもステージの上で見せた天使のような歌声が評価されたようであり、作曲家としてのファンも浮き彫りになってきているようだった。
「スゴイね! レナちゃん頑張ってたもんね」
「えへへ……そうかな?」
そんな風に話していると、教室に残っていたエンシード目当ての生徒の1人が色紙を持って結花凛とレナの前へと出てくる。そして両手で持ったその色紙を結花凛の方へと突き出した。
「ゆかりちゃんッ! サインください‼︎」
突然そう言われて結花凛は目を見開いて驚きを露わにする。それからどう対応していいのか分からないのか、慌てた様子で色紙を受け取った。
「私⁉︎ ど、どうしよ。私、サインとか持ってないよ」
眉をへの字にさせてしばらくの間、結花凛は空白の色紙とにらめっこする。それから同じく渡されたマーカーペンの太字の先でスラスラと色紙に文字を記した。
『しばし待たれよ 春野結花凛』
まるで習字のように真ん中にデカデカと書き、傍に名前を添えてある。達筆に書いたその色紙を結花凛は申し訳なさそうに渡すのだった。
「ごめんね。せっかく言ってくれたのに……私、サインまだなくて。次までには絶対に考えておくからね」
「……」
その色紙を受け取った生徒の顔をうかがうように結花凛は弱々しくそう謝罪する。しかし、渡された結花凛の心配も束の間、渡された本人は大層満足そうに笑みを浮かべていた。
「ありがとう! これレアものだよ〜 私、スプリングフェスの会場に見に行ってたんだぁ。ゆかりちゃんの歌、ホンっトにシビレちゃったよ‼︎」
「え? あ、ありがとう」
結花凛の理解も追いつかぬ間に残った周りの生徒らも結花凛とレナの周りに近寄ってくる。
「私も! 私も! ゆかりちゃんカッコよかったよ‼︎」
「アタシなんて初めて歌聞いて涙流しちゃったもんね!」
声のする方、声のする方へと結花凛の視線は忙しさに拍車をかけていた。スプリングフェスの現地にいた者、配信で視聴していた者。そのどちらにも結花凛の歌の良さは伝わっているようだ。
たくさんの人に評価され、もみくちゃになる結花凛をレナは嬉しそうに見つめていた。エンシードに興味を持たない他のクラスメイトもかなりの騒ぎに自ずと注目を寄せている。スクールアイドルというある種異質なクラスメイトの活躍に少しは興味が湧いてきているようだった。
しかし、そんな中にも浮かない表情を見せている者もいる。大きな輪を作り和気藹々とする結花凛やそれを微笑ましそうに見守るクラスメイトらからも逸脱し、1人机に頬杖をついて不機嫌そうな表情を浮かべている。その鋭い目つきの少女は入学当初、スクールアイドル部立ち上げに正面から反対の意見を唱えた
「……くだらない」
その声は出した本人も思いもよらぬほど教室に響く。思いの外、大きな声が出てしまい頬杖をついて外に視線を逃がしていた愛紗はハっ、と結花凛たちに目を向けた。
案の定、そこには怪訝な表情を向ける結花凛のファンたちの姿があり愛紗はバツが悪そうにすぐさま顔を逸らす。
「なに今の……考えられない」
「ゆかりちゃんが、どれだけ凄いかも知らないくせに」
「見たこともないのに批判ばっかりしてホントヤなんだけど……」
愛紗に対する風当たりは強かった。多くの生徒の前で啖呵を切ってスクールアイドル部設立に意を唱えたのもそう遠くない過去の話。当然まだ記憶に新しい出来事である。
結花凛たちが実力で頭角を表すにつれ、スクールアイドル部に反対意見を唱えていた派閥は肩身が狭くなることは抗えない事象であった。
「あ」
そう小さく声を漏らし寂しげな表情を浮かべた結花凛は誰の目にもとまらぬまま、間をあけず一歩を踏み出していた。そして、愛紗の前までやってきてトントン、と肩を突く。
振り向いた愛紗の瞳は、笑顔で手を差し伸べてくる結花凛の瞳と重なった。
「愛紗ちゃん、こっち来てみんなと話そ!」
そう提案する結花凛を見つめて、愛紗は心底信じられない、と言いたげに驚きながらも顔をしかませている。
「は? どういうつもり?」
馬鹿にしているのか?、そう言いたげな表情で愛紗は結花凛を睨みつけた。しかし、敵意を向けられたのにも関わらず結花凛はイヤそうな顔一つ見せず依然、笑顔を見せている。その瞳がのぞくのはきっと彼女の鋭い瞳ではなく、その奥に隠れた心の軟いところなのだろう。
「ユカちゃん……そういうところは変わってないんだね」
結花凛の視野の広い行動を見るレナの表情は複雑であった。それが楽観とした行動でないのであれば尚更レナには突き刺さる。過去を思い出すように、そして懐かしむように。もう届かないところにレナは手を伸ばしているように見えた。
「どういつもりもないよ! こっちで一緒に話せればきっと楽しいよ?」
愛紗は一度、結花凛から視線を外しその後ろへと向けた。そして視界に入った不快気な表情を向ける生徒らの姿を確認して目を閉じ、立ち上がる。
「ふざけないで……お断りよ」
そう言うと愛紗はズンズンと歩みを進め教室を後にした。
「あ……怒らせちゃったかな」
愛紗の背中を視線で追って結花凛はしゅん、と肩を落とす。そんな結花凛の元へファンの生徒らが集まってきて、各々が励ましの言葉をかけた。結花凛もそんな優しさを笑顔で受け止めるが、廊下の方へ注意を配ったりとどこかで愛紗のことを気にしているようすである。
エンシードの活躍は間違いなく、その周りの関係を変化させている、そんな片鱗を結花凛は感じ取るのであった。
※
生徒会室を後にした夕輝は浮かない表情をしたまま自分のクラスへの帰路を、もとい廊下を歩いていた。
「あ、ゆ………夕輝ちゃん!」
そんな弱々しい声が夕輝の歩みを止める。声の主は長い髪の毛が特徴的な少し芋っぽい女の子。その顔を見るや否や、夕輝の表情は一変して明るくなった。
「
「その……この前のフェスの感想を夕輝ちゃんに直接伝えたいと思いまして」
かつて夕輝に対して熱いファンレターを送った少女、
「え! スプリングフェス見にきてくれてたの⁉︎ だったら声かけてくれたらよかったのに〜」
「はい。邪魔しちゃダメだと思って声をかけるのは控えてました。それに……ライブの後も、そういった空気じゃなさそうでしたから」
「あー、ごめんね。気使わせちゃったね」
「いえいえ」
アハハ、と笑って誤魔化しつつも夕輝は木蔭の気持ちを嬉しそうに受け取っている。
「もう大丈夫だかんね。みんな切り替えて行こう、って話で解散したんだから」
「はい。よかったです」
夕輝の言葉を聞いて木蔭は胸に手を当て息を漏らした。そして、木陰も切り替えるように表情を輝かせて前のめりになる。
「それはそうと、夕輝ちゃん、またダンスが上手くなってました! キレが増しててホントにカッコよかったです‼︎」
メガネの奥の木陰の瞳はキラキラと宝石のように輝いていた。夕輝も照れくさそうに頭をかいて頬を赤く染める。
「あんがと。そうなんだよね〜。最近コツを掴んだっていうか? 振り付け覚えるの早くなってきたし、イイ感じなんじゃん?」
「はい! イイ感じです」
「えへへ、木蔭と約束したからね。私のファンを名乗っても恥ずかしくないスクールアイドルになるって。頑張らなきゃ」
「私にとっては十分過ぎるほど素敵なスクールアイドルですけど、それなら私も夕輝ちゃんの1番のファンを名乗れるように頑張って応援しなきゃいけませんね」
そう言って2人は顔を向け合って微笑み合った。それから他愛のない話を交えながら夕輝の歩みに木陰も同行する。
アイドルとファン、そして同じ学校に通う友達、2つの関係が美しく調和していた。気の知れたようでそうではない、けれどもお互いのことを友人以上に意識している、そんな関係だからできる話もある。
「ねえ、木蔭」
「はい? どうしたんですか?」
突如、神妙な声色で話す夕輝に、木蔭は首を傾げた。
「ホントにイミ分かんないこと聞くかも知れないんだけど、真剣に聞いてくれる?」
「……はい! もちろんです。なんでも聞いてください‼︎」
ただ事ではなさそうな入り方に一瞬戸惑うようすを見せるが木蔭は力強く返事をする。そんな木陰の方を見て夕輝はほろ苦い穏やかな笑顔で話し始めた。
「もしさ木蔭に大切な人がいて、でもその人とはもう会えないとするじゃん?」
「はい」
「でもそれは自分の思い込みで、自分がちょっと頑張ればその人が戻ってくるかもしんないの」
「……はい」
「その頑張る、ってところが大切な人にとってダメなことだとすると木蔭ならどうする?」
目を細めながら夕輝は声を振り絞り言葉を並べる。対する木蔭もその内容を噛み締めるように下唇を甘噛みしていた。
「私は……その人が大切ならその人のためになることをするべきだと思います」
木蔭のその言葉を聞いて夕輝は顔をしかめる。
「でも――心のどこかには絶対に弱い自分がいるはずです。そんな自分が表に出てきてしまったとき、私は自分以外を第一に考えられないかもしれません」
「……そっか。ごめんね、いきなり変な話しちゃってさ」
ヘラヘラとした態度で誤魔化しながら夕輝は空気を変えようとか、ぐぅっとノビをした。
足を止めて、そんな夕輝の背中を見つめながら木陰は胸元でギュッと両手を組み交わす。
「夕輝ちゃん!」
そんな声に呼び止められ夕輝は肩を跳ね上げて振り返った。
「……なにかあったんですか?」
それは木蔭から搾られた勇気の結晶である。明らかに様子のおかしい夕輝の内側へと一歩を踏み出すのだった。
そんな木蔭を黙って見つめていた夕輝は嬉しそうに爽やかな笑顔を見せる。それから木蔭の隣へと移動して、そっと身を寄せた。
「ちょっとね」
目を閉じてしっとりと応える。
「私、相談に乗ります。差し出がましいかもしれませんが、夕輝ちゃんが困ってるなら私が力になります!」
「ありがと木蔭。でも大丈夫。まだアタシ、1人で頑張ろうと思うんだ。それが私の責任だから」
「夕輝ちゃん……」
力強く何かを決意したようすの夕輝を見つめて、木蔭は弱々しく名前を呼んだ。そんな木蔭に夕輝はウインクを返す。
「けど、本当にどうしようもなくなったら木蔭に相談するね」
「はい!」
夕輝の周りはそう単純ではなくなっている。夕輝は結花凛の秘密を内に隠して、生徒会長の若葉とも密約を交わした。美烏にもその秘密を打ち明けて結花凛にかかっていたベールは剥がれつつある。
結花凛と夕輝、そしてレナ。3人の関係に対して夕輝は保守的になること以外の行動を余儀なくされているのだ。しかし、今の彼女の表情からは自信ともとれる決意の表れが感じられる。
変わりゆく夕輝の立場は決して悪いことだけではない。あらゆる繋がりが彼女の成長を育んでいるのだった。