夕輝が若葉と密約を交わしてから1日が経ち、時刻は17時頃。全4階建ての校舎内、3階にある文化系の部室が集まる廊下の一室に、少し浮きながらも新しくスクールアイドル部の看板がかかげられた。
中はまだ完全には片付いてはおらず、部員である結花凛たち5名の手によって絶賛大掃除中だ。
「あはは! 部室キレイになるの楽しみだね‼︎ 何置こっかな〜」
「フフ、手が止まっているよユカリ。はやる気持ちも分からなくはないが早くしないと、また日が暮れてしまう」
「昨日はすごかったね。いらないものいっぱい溜まってて……大量のゴミを持って階段を上り下りしたせいで腰がいたいや」
そんな会話を交えながら結花凛、葉月、レナの3人は部室内の埃や散りゴミの清掃を行っていた。
ある程度、不要なものは昨日のうちにゴミステーションへと運び入れ、今日は殺風景となった部室内の掃き掃除や拭き掃除に勤しんでるらしい。
「まあ、金賞は逃しちゃったけど一応は表彰されたわけで、部室もらえるんなら結果オーライ?って感じじゃん?」
「夕輝、アナタね……そんな元も子もないこと言って――」
「ええ〜、『切り替えていきましょう!キリッ』って言ったのは美烏でしょ〜?」
「まあ、そうだけど……ってか、何よそれ私のマネ? 似てないわよ。キリッ、とか言ってないし」
「今、言った〜」
わちゃわちゃと戯れ合いながらも夕輝と美烏はキレイな雑巾を使い、窓ガラスを拭いている。目を細くして唇を尖らせながら不服そうな表情で美烏が窓ガラスを拭き始めると、それに対して夕輝が待ったをかけた。
「ちょっと待って、それだとキレイに拭けないから」
「どういうこと?」
「だから、そんな適当に拭くんじゃなくて、こうやって手の平で雑巾をとらえてさ。親指以外の4本指が全部当たるようにして拭くわけよ」
「……こう?」
「そうそう、先に淵をとってあげたらもっと丁寧に拭けるよ。まあ、長いこと掃除してなさそうだし、ここ一発キレイにしなきゃダメじゃん?」
そう言い夕輝は薄い黄色の溶剤が入った霧吹きで窓を濡らす。それから慣れた手つきで窓の淵をなぞるように拭くと、素早く中も漏れることなく拭き取ってしまう。そして、乾いた雑巾で二度拭きをすると、窓は見違えるように光り輝いた。
「お、おお〜。悔しいけど素直に凄いわね……」
そう言いながら美烏はパチパチと音が出ない程度に手を叩く。そんな美烏に夕輝はジトっとした目を返した。
「悔しいって何〜? アタシ頑張ってるんですけど?」
「ハハッ、そうだね。ユウキの家事スキルは天晴れだ」
「流石だね夕輝ちゃん‼︎」
素直に認めない美烏とは違い、葉月、結花凛、そしてレナの3人は夕輝に向かってる拍手を送る。そんな3人の歓声に夕輝は笑顔でレスポンスした。
「ありがと〜! どっかの堅物ちゃんと違って、ちゃんと褒めてくれて嬉しいな〜」
「もう! 悪かったわね。謝るわよ。凄い、凄すぎる。夕輝!スゴイ!偉い!」
「ミーちゃん、ヤケクソだね……」
和気藹々と、エンシードの5人は笑い合う。スプリングフェスでの苦い思い出はまだ遠くない過去の話ではあるが、それでも彼女たちなりに落とし込むことができたのだろう。
結花凛はあれ以降、若葉のことを思い出してはいないし、若葉の犯行も闇に葬られたまま。もちろんそのため美烏は桜が犯人だと疑ったままである。そして結花凛に関する夕輝の内に秘めたるモノは依然増える一方であった。
けれども、彼女たちは未来に向かって歩いている。
※
掃除が始まって約1時間半。夕輝の的確な指示のもと、不法投棄が絶えない廃墟のようだった部屋は2日目にしてキラキラのエフェクトが見えそうな程綺麗になった。
使えそうな物は流用して、部室には棚が2つと大きな机、人数分の椅子などが置かれている。その他にも壁から吊るされたスクリーンや、まだ使えそうなオモシログッツなども取り分けされていた。
掃除を終えた5人は机を囲むようにして席に着く。結花凛に夕輝、葉月にレナがそれぞれ横並びになり、美烏だけ1人の特等席である。
「……なんで私だけお誕生日席なのかしら」
「まあまあ、仕方ないんじゃん? そんなに広い部屋でもないんだしアタシら5人なんだから必然だよ」
「ミウは実質、部長みたいなところもあるからね。いいんじゃないかい? そこの席でも」
「まあ、葉月がそう言うなら」
すぐにまた見慣れた戯れ合いが始まりそうになるが、そこに葉月が乱入してことなきを得た。正式な決定はしていないが、もう時期来る1回目の部長会に備えて誰が部長を務めるか決めておく必要はある。といっても、チームの取り決めや活動方針を決めるのは既に美烏の仕事であり、本人も含めそこは言わずもがな、と思っているようだ。
「ねえ、ねえ! 部室に何置く? 私ね! スピーカーとか置きたいな‼︎ 好きな音楽流しながらみんなでお昼ご飯とか食べれたら幸せだよね!」
肩を弾ませながら、まるで尻尾をふる子犬のように、結花凛はそんなことを提案した。
「スピーカーか、それなら私の部屋に何個かあるから持ってくるよ」
「ホント⁉︎ いいの? レナちゃん!」
「うん、使ってないやつとかもあるしユカちゃんがこんなに喜んでくれるなら、うちのスピーカーも本望だと思うな。まさに、スピーカー、ヤッタゼ、バンザーイだよ」
そんな風に実際にバンザイをしながらレナは結花凛と笑い合う。そんなレナを見て葉月は驚愕、といった表情を見せていた。
「も、もしかして……今のもレナ語かい? うぬぬ、興味深い。まだまだボクの理解は遠く及んでいなかったようだ……」
そう言って噛み締めるように握り拳を固く締める。
「あはは……よかったねーレナ。レナの言葉を真剣に考察してくれる人が出来て……」
スマホのメモ帳アプリを開いて真剣に書き留める葉月を見つめながら、夕輝は呆れ気味にそう言った。
そんな会話を他所に、1人でソワソワと笑みを浮かべていた美烏は珍しくハイテンションで手を上げる。
「はいはい! だったら私、アイドルの資料をいっぱい持ってくるわ‼︎」
「資料かぁ、だったらアタシも女子プロの筋肉図鑑とか持ってこよっかなー」
「筋肉図鑑? なんだいそれは?」
「あ、葉月興味ある〜? いいよ。今度見せたげんね!」
そんな美烏に触れることなく話を逸らした夕輝に対して、美烏は鋭い瞳で突き刺した。
「ちょっと! 資料ってそういう話じゃないわよ」
「ええぇ……」
「なによ……私だって、たまにはスクールアイドルの話がしたいのよ。いいじゃない別に……」
露骨に嫌そうな顔をする夕輝。それに対して、いつものように反発してくると踏んでいたのだろうが美烏はしょんぼりと肩を落としてしまった。
「わわ! ごめんって‼︎ 好きなだけ話していいから許してよ」
「そう?」
なかば泣き脅されて夕輝は話の主導権を美烏へと譲る。
「……――したい」
「え?」
すると美烏は恥ずかしそうに頬を染めてボソリと呟いた。
「じゃあ私、屋上で練習したい……」
そんな提案をする美烏だったが、エンシードの他のメンバーはどうやらピンときてはいない様子だった。
「ねえねえ、美烏ちゃん! どういうこと?」
結花凛が興味深そうにそう聞くと、美烏はさらに恥ずかしそうにモジモジとしだす。
「あのね。数々のレジェンドスクールアイドルたちは、みんな屋上で練習してきた歴史があるのよ」
「あー、だからそれのマネをしたいってことか」
「マネじゃないわよ! リスペクト‼︎ リスペクトなんだから!」
夕輝に対して声を大にして訂正をした美烏からは、かなりのこだわりと熱量が伝わってきた。そんな美烏を前に結花凛、レナ共に微笑ましそうに笑っている。
「まあ、いいんじゃん? 許可が出ればだけど」
「私も! 夏は暑いだろうけど、風が気持ちよさそうだな〜」
「うん。そうだねユカちゃん!」
次々に賛成意見が飛び出してきて、表情を明るくする美烏だったが意外なことに、こういった場合真っ先に賛成しそうな葉月が顔色を渋くしていた。
「……葉月?」
美烏がそう問いかけると、葉月はガクガクと震えた顎を動かしながら、表情は凛と繕っている。
「そ、そうだね。屋上か……うん。屋上……」
モゴモゴと言いこまねいている葉月を見つめていた結花凛が、ハッとした表情を見せると次の瞬間、馬鹿正直に気づいたことを口にした。
「もしかして葉月ちゃん、高いところが怖いの⁉︎」
「……ああ、実はそうなんだ」
少し考えてから葉月は正直に白状する。そんな葉月を見て他のメンバーは意外そうに驚いていた。
「……ごめんよ。かっこ悪いところを見せてしまって」
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。配慮が足りてなかったわ。まさか、葉月が高所恐怖症だなんて」
「まあ、うちの学校4階建てだし、結構高いから仕方ないんじゃん?」
そう2人に励まされながら葉月は少し、しゅんと縮こまっている。そんな空気を変えようとか、結花凛が元気いっぱいに口を開いた。
「そうだ! 話は変わるんだけど、今度のお休みにみんなでお出かけしない? スプリングフェスも終わって一段落したんだしさ」
「それいいね、ユカちゃん! だったら私、映画見に行きたいなぁ。ちょうど今、見たいヤツがやってるんだよね」
「あ、それアレでしょ?
ワイワイ、と話に花を咲かせていると、そこに葉月も参加する。いつもと変わらない声色だが、少し勢いがない。
「そ、それはもしかして、ホラー映画かな?」
「もしかして葉月、ホラーもダメ?」
目を閉じて葉月は奥歯を噛み締める。
「……すまない」
そう呟く葉月を他のメンバーは新鮮そうに見つめていた。
「へぇ意外。葉月って意外と怖がりさんなんだ」
「そ、その言い方はあまり良くなくないかい?」
葉月の弱点を見つけるや否や、夕輝はイタズラにニヤっと笑う。それから探るような声色で葉月に質問した。
「じゃあさ、カミナリとかはどうなの?」
そんな夕輝の質問に葉月は両手を腰にやり胸を張って応える。しかし、その瞳は塞がれていた。
「もちろん大丈夫さ。アレは目と耳を塞いでおけば時期に鳴り止むからね!」
「イヤ、それダメなヤツじゃん……」
夕輝にツッコミを入れられて葉月は肩を落とす。それから左下に目を逸らしてギュッと瞼を細めた。
「……すまない。こんなんじゃ、かっこ悪いよね」
それから珍しく萎れた様子で葉月は頭を下げる。
「はーたん、そんなことないよ! 怖がりな、はーたんも可愛くて好きだよ」
「そうよ。誰だって苦手なことの1つや2つあるものじゃない。もちろん欠点もね」
「そうそう。美烏の頭が堅いところとか?」
「夕輝の頭が緩いところもでしょ」
落ち込む葉月に、エンシードのメンバーは各々が暖かい言葉をかけた。
「葉月ちゃんはかっこ悪くないよ! だって、そんな葉月ちゃんを丸っとまとめて大好きだもん‼︎」
「ッ⁉︎ みんな……ありがとう」
劇的に感動を露わにする葉月の一挙手一投足が、洗練されているが故にある種ネタでやっているのではないかと疑いたくなる。しかし、葉月は絵になる表情を作りながらも嬉しそうに笑っていた。
「でも意外かも。葉月って簡単に弱点とか晒さないと思ってたから」
お気楽な雰囲気で夕輝がそう口にすると、葉月もそれに対して考えさせられるように真面目な顔つきになる。
「……そうだね。普段ならそうだし、昔から完璧な存在であることを教えられ、ボクもそうあろうと努力してきたよ。だけど、ここでなら自分を曝け出してもイイんじゃないかな?、そう気が緩んでしまうんだ」
恥ずかしそうに、それでいて安らかな笑顔で葉月はしっとりと言葉にした。葉月にとってエンシードのメンバーは、普段は見せない自分を曝け出せる存在へと昇華しているらしい。
葉月の思いを聞いた他のメンバーたちが照れくさそうに笑い合う。
仲睦まじい彼女たちの笑い声が聞こえるなか、葉月のポケットに入っていたスマートフォンが静かに振動した。それを画面へのワンタッチで確認した葉月は人知れず一瞬、ビクリと怯えるような表情を見せる。それから両手で顔を隠すように下を向き一息呼吸を挟んだ。そして、すぐさま元の体制に戻った頃にはいつもの凛とした表情がそこにある。
「ねえねえ、葉月ちゃん! ホラー映画がダメならこっちのはどう?」
笑顔の結花凛がそう言って葉月に自分のスマートフォンの画面を提示した。対して葉月は、そんな結花凛の方を嬉しそうに見つめながら応対する。
そんななか再度、葉月のポケットの中でスマートフォンは静かに揺れた。しかし、葉月はそれに反応を示そうとはしなかった。