ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第40話 ターニングポイント【過去:feat.レナ】

 病院の入院用個室。1人用の個室のベットの上にはフワフワとした白い天然パーマの少女が眠っている。その側には少女の両親と思われる人物が2人、イスに座って少女に揺れる瞳を送っていた。

 

 そして、もう1人。その側には青髪でロングヘアの少女が意気消沈といった様子でイスに座って俯いている。少し荒んだ表情のなかにまだ幼さが残っており、現状に狼狽えるその様子からも未熟さが感じられた。

 

 ナースや医師が慌ただしく廊下を往復する環境で、その部屋からは音が消えている。ただ静寂のなか3人は少女が目を覚ますのを待っていた。

 

 場面は移り変わって、その個室を出た廊下には、けたたましく床を蹴る靴の音が鳴り響いていた。

 

「病院では走らないでください! ッ⁉︎ ちょっと!」

 

 ナースにそう注意されても、その少女は聞く耳を持たなかった。血相をかいて走るその表情には、鬼気迫るものがある。その少女もまた、幼く心に余裕がないように見えた。

 そして、いっそう早まる足は切らした息も感じさせぬままに少女を目的地まで導いた。

 

 静まり返った個室の扉が、勢いよく横へ開かれる。

 

「っ―― ゲホッ、ゲホッ」

 

 入室して開口一番に声をかけようと少女は口を開けるが、酷く荒れた心音と息づかいが、それを邪魔して少女は膝に手をつき咳ごんだ。

 

 青髪の少女が振り返り、その姿を目に入れるなり絶句する。そして、また息の荒れた、その少女も青髪の少女を視界に入れて顔を引き攣らせた。

 

 荒れた息が元に戻って来た頃に少女がベットの上を確認して、現状を理解する。そして、ひとまず落ち着きを取り戻して、用意してくれたイスに腰を下ろした。

 

「来てくれて、ありがとう。レナちゃん、目を覚ましたら結花凛も喜んでくれるはずだわ」

「はい」

 

 結花凛の母に歓迎されて中学生のレナは無理をしながらもあどけなく返事をする。そして、隣に座る夕輝へと視線を送った。

 

「ユっ…………来てたんだ」

 

 そう名前を呼びかけて、レナは思いとどまり素っ気なく言葉を続ける。

 

「うん……久しぶり」

 

 バツが悪そうに夕輝はレナに返事をした。

 それから2人は会話を交わすことなく再び個室は静寂に包まれる。

 

 ※

 

 数十分後、結花凛がピクリと体を動かす。

 真っ先にレナがイスをガタンと揺らしながら立ち上がった。夕輝も声にならない声を鳴らして結花凛の方を凝視した。

 両親、友人、多くの視線に見守られながら結花凛はゆっくりと目を開く。

 

「あれ? 夕輝ちゃん、レナちゃん、どうして2人がいるの? ……よかった。仲直りできたんだね」

 

 結花凛はパチパチと重いまぶたを動かしながらボー、っとした瞳で夕輝とレナに視線を送った。そして、大人びた声色と、抑揚のある落ち着いた雰囲気で2人に話しかけるのだった。

 

 そんな結花凛の言葉に、レナと夕輝は息を呑む。転落事故にあい、頭を強打して意識不明で緊急搬送された、そんな状態から目を覚ました直後に出た言葉が自分たちを思った言葉だなんて、と。そして、結花凛の思いとは相反して、2人の関係は決していい状態とは言えなかったのだ。

 

「結花凛!」

 

 結花凛の両親が意識を取り戻した我が子を抱きしめる。それから親子は何度も言葉を交わし合った。そして――

 

 ひとしきり順番を譲ったレナと夕輝は続いてベットに横たわる結花凛へと近づいた。

 

「ユカちゃん! 大丈夫? 痛いところはない?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと頭が痛むけど、大丈夫。腫れもすぐ治るよ」

 

 落ち着きのないレナを結花凛は落ち着いた雰囲気で、そう言ってなだめる。かなりの重体なため決して大丈夫ではないのだろうが、それを感じさせないほどの笑顔と余裕を結花凛は見せていた。

 

「……ユカ」

 

 夕輝は立ち上がり、震える手足と、震える瞳で結花凛に向き合う。

 振り絞るように、弱々しい声で夕輝はそう一言だけ口にした。結花凛の返事を待つ夕輝は何かに怯えているかのようにオドオドしく、吹けば飛んでしまう程度の存在感しか残っていない。そんな夕輝は目の端に涙を浮かべて、表情をぐしゃぐしゃにしていた。

 

「うん、夕輝ちゃん」

 

 そう名前を呼び返す結花凛の表情はどこか満たされているようである。待ち望んでいたものが手に入った子供のような笑顔で夕輝を受け入れている。

 そんな結花凛を見て夕輝の涙腺は崩壊した。大粒の涙をポロポロと流してイスに座りうずくまる。

 

 そのやり取りには"2人の間でしか理解がし難い何か"、そんなものが確かに存在していた。

 

 2人のやり取りを奇妙なものを見るような目で見ていたレナはハっ、としてターンを奪い返す。

 

「ユカちゃん、早く元気になってね。私も毎日、お見舞いに来るからね」

「うん、ありがとう。レナちゃん」

「そんな、当たり前だよ。友達だもん」

 

 友達、その言葉に反応して夕輝はゆっくりと顔を上げた。グスン、と鼻を鳴らして仲睦まじく話す2人を見つめている。

 

「よくなったら、また2人で音楽を作ろ! 私が作った曲をユカちゃんが歌うの‼︎ 私たち2人なら最強でしょ?」

 

 その言葉を聞いて反応を示したのは、やはり夕輝であった。胸を蝕まれるように目線を下にして露骨に落ち込む様子がうかがえる。

 

 そしてまた、そんな夕輝を救ったのは結花凛である。しかし、その枕言葉には結果的に、という余計な一言がついた。

 

「歌う? 私が? どうして?」

 

「「え?」」

 

 心底、不思議そうに結花凛はレナに問い返す。瞬間、個室の窓からは秋空の乾いた空気が流れ込み、若干の肌寒さがその場にいる人らの首筋を襲った。

 

 結花凛の返事を聞いた他の面々は逆に、結花凛が何を言ってるか分からないようで、まるで餌を喰おうとする魚ように口を開けて唖然としている。

 

「どうしてって……え? ……ユカちゃん、だって……歌うの好きでしょ?」

「ううん。……よく分かんない」

 

 結花凛も訳が分からない様子で、この場の誰も嘘をついていない、という化かしあいが始まった。

 

「結花凛……あなたっ! まさか覚えていないの?」

 

 そう戸惑いの声を漏らす母の方を見て、結花凛も戸惑いながらゆっくりと首を縦に振る。それを見ていた他の面々は一斉に目を見開き、現状を理解した。

 

「うそ……うそだよね? ダメだよ」

「へ? レナちゃん?」

 

 目の前の事実に1番取り乱していたのはレナである。ベットのシーツを両手でグシャグシャに握りしめ、レナは身を乗り出して結花凛へと詰めていた。

 

「ユカちゃんの歌が消えていいワケがない。思い出してユカちゃん! ユカちゃんは誰よりも歌が上手なんだよ⁉︎ スクールで他の誰も寄せ付けないくらい圧倒的で、1番なんだよ⁉︎ 高校を卒業したら2人で海外に留学しよう!、って約束したの忘れちゃったの⁉︎」

「……っ⁉︎」

 

 ただ目の前の結花凛に向かって一直線に、周りなど視界に入っていないかのようにレナは声を張り上げる。その瞳と声は揺れていて、シーツを握る両手には血管が浮かび上がっていた。

 

 鬼気迫る勢いで必死な姿を見せるレナに、結花凛は分かりやすく怯えている。顔には一面、びっしょりと汗をかき動揺と恐れ、そして何かから逃げるようにベットの端へと縮こまる。

 

「……めて」

「え?」

「やめてッ!」

 

 帰ってくるとは思わなかったであろう結花凛の怒号にレナは一歩退いて肩を振るわせた。きっとこれまで結花凛に怒鳴られたことなど一度もなく、初めての経験だったのだろう。張り詰めたレナの表情からは相当ショックだった、ということが痛いほど読み取れた。

 

 そして、けたたましい怒号を放った結花凛はというと、膝を抱えてガクガクと震えながら苦渋の表情を浮かべている。

 

「痛い……痛い、イタイよ」

 

 次第に頭を抱えだし結花凛はブツブツと、そう唱え始めた。

 

「いたい、いたい……いたい、いたいッ! いたいッ! いたいッ! いたいッ!――」

 

 張りのいい芯が通った声は過激さに拍車をかけていく。そして、結花凛の体は言葉を重ねるにつれ段々、グッタリと崩れ始めた。そして、ベットに横になった結花凛は膝を抱えて縮こまったまま苦しみ、悶える。

 

 第一に両親が駆け寄って結花凛に声をかけた。そして――

 

「ユカちゃん……大丈――」

「出て行けッ‼︎」

「ッ……!」

 

 レナが駆け寄ろうとした瞬間、結花凛は崩れた態勢のまま目を見開いてドッ!、とレナに言葉をぶつけた。

 

 次の瞬間、打ちひしがれ、ただ呆然と立ち尽くすレナの姿が夕輝の視界には映つる。

 それまで何も行動に移すことなく、ただ居た堪れない姿の結花凛と、それを独占せんとするレナの姿を一歩退いたところで黙って見ていた夕輝は勢いよくバッ、と立ち上がった。

 

 そして、力強くレナの手首を握りしめ夕輝はそれを引っ張っる。そのまま扉に向かって夕輝は走り出し、レナを連れて個室から逃げ出した。

 

 このままではレナが壊れてしまう。夕輝は直感でそう思ったのかもしれない。緊迫した状況と、積み重なった自責の念。それらが絡まって咄嗟に夕輝は体を動かしたのだろう。

 

 夕輝の突然の行動に驚きの表情を見せるレナだったが、それ以上に結花凛から拒絶されたことがショックだったのか黙って夕輝に身を任せていた。

 

 2人は、その勢いのまま注意される声も掻き消して廊下を走り抜ける。そして、病院を飛び出して敷地内にある緑が連なる散歩道へと避難した。

 

 荒くなった2人の息は、周りの喧騒もとい騒ぐ子供の声や男女の会話する声と溶け合って日常に霧散する。

 

 レナよりも一足早く平常な息を取り戻した夕輝が近くのベンチを発見し、レナの手を引いたまま2人はベンチに腰を下ろす。

 

 後を追うようにレナも平常な息を取り戻し、隣に座る夕輝をジッと見つめた。夕輝もその視線に正面から応え、数十秒2人は何も話さぬまま視線を逃がしながら見つめ合う。それは、どちらから声を出すか互いに探り合っているようであった。

 

「……ありがとう」

「ううん……」

 

 レナがそう口火を切り、短く言葉を交わしてから2人は再度気まずい空気に目を逸らす。

 

「レ…………大丈夫……?」

 

 今度は夕輝がレナの方をチラチラと目を向けながら、気を使うようにそう言った。

 レナは、そんな夕輝の言葉に下を向きながら首を横に振って反応した。

 

「そっか……そう、だよね……」

 

 そんな空気に同調するように夕輝も暗くうつむく。

 

「ユカちゃん、どうしちゃったの?」

「…………アタシも分かんない。ただ、物見台の階段から転落して頭を打った、って」

「物見台? それってアソコのこと? 昔、私たちがよく一緒に遊んでた公園のところの」

 

 お互い、目を合わせることもなく、そう言葉を交わしていく。

 

「……そうだよ」

「そうなんだ……不吉だね」

 

 レナは意味ありげに、そんなことを呟いた。夕輝もその言葉に反応を示して目を細くする。

 

「いつからとは言わないけど、3人で集まることもなくなって……次第に誰もあの公園には近づかなくなったと思ってたよ。なのに……よりにもよってあそこでユカちゃんが事故にあうなんて」

 

 「いつからか」、その言葉に夕輝は一瞬ムスっ、とした表情を浮かべた。しかし、目を閉じてすぐにそれを平常へと戻しグッと奥歯を噛み締めた。

 

 レナの言う『いつから』、とは他でもない夕輝の素行が悪くなったタイミングをさしているのだと、夕輝も重々理解しているのだろう。それでいて、自分の内面と、実際に起きた事象あらゆるものと折り合いをつけて夕輝はグッ、と堪えることしかできないでいた。

 

「ほんとだね」

 

 全てを受け止め認めるかのように、夕輝が揺れる声で短くそう返すと、ゆっくりとレナは顔を上げ、下を向く夕輝の横顔へと視線を向ける。

 そんなレナの表情は、どこか不満気で、どこか怯えていて、どこか寂し気な、様々な感情が混ざり合ったものであり、レナの中で明らかに何かが変わった瞬間でもあった。

 

「……ユっちゃん――」

 

 レナがそう夕輝の名を呼んで、ハっ、とした夕輝もようやく視線を下からレナの方へと向ける。するとそこには、目の端に涙を溜めたレナが夕輝を見つめていた。

 

「ずっと言えなかったけど……私、寂しかったんだよ? なんの説明もなしに急にユっちゃんが『今日からアタシと関わらないで』って、ユカちゃんと私にそれだけ言ってさ」

「…………」

「私は……ユカちゃんみたいに強くないから、遠くに行こうとするユっちゃんにはついて行けないし。それなのにユカちゃんはユっちゃんを追いかけ続けて……あっという間に3人バラバラになっちゃってさ……」

 

 夕輝もそんなレナの顔を見つめながらグシャグシャになった紙切れのように酷い表情を見せている。

 

「……ごめん。ごめんレナ……アタシ、ダメだったよね。周りに迷惑ばっかりかけてさ。自分がこの世で1番不幸だと思って、自分勝手に振る舞って、周りのことをないがしろにしちゃってた……ほんとに……ごめん」

 

 ぽろぽろ、と涙を流しながらレナに対して、夕輝は赤裸々に思いを吐き出した。それを聞いたレナもグスンと鼻を啜り、喉を鳴らしてから口を開く。

 

「ユっちゃん……私も…………ごめん。私、ユっちゃんとはもう、仲直りできないんだ、って……昔みたいには戻れないんだ、って勝手に決めつけてた。変わっちゃったユっちゃんと距離も置いちゃってたし、ユっちゃんのこと上っ面でしか見れてなかった……」

 

 レナも言葉に感情を乗せて、過去を振り返るように言葉を連ねた。

 

「けど、ユっちゃん……さっき手を引いてくれたよね? ユっちゃん変わってなかった……昔の優しいユっちゃんのままだったよぉ…………ありがとう……ごめんね、ユっちゃん」

 

 互いが互いに謝罪の言葉を口にする。そして、歯止めが効かなくなった感情のまま、ひとしきり涙を流し続けた。

 それは今まで、長い時間抱えていたわだかまりを洗い流すようだった。

 

「……私たち、仲直りできたんだよね?」

「うん。レナがアタシを許してくれるなら」

 

 夕輝がそう言うと二つ返事でレナは頷く。そして、涙の跡でぐちゃぐちゃになった2人の女の子は酷い顔を見せ合って、互いに笑いあった。

 

 そして、夕輝はギュッとレナの右手を握りしめる。そして、真剣な眼差しでレナに言葉をかけるのだった。

 

「もうちょっとしたら、ユカのところに戻ろう。そして、今度こそ仲直りしたんだよ、って胸を張って言うの。そしたらきっとユカも笑ってくれるんじゃん?」

「うん……ちょっと怖いけど、頑張るよ。今度こそ、3人揃うんだもんね。『三人よればモチモチの力』、だよ!」

 

 張り詰めた緊張状態からの解放が2人の口調をほぐして和ませる。

 ちょっと斜め上をついたレナの発言に、夕輝は顔を引きつらせるが、決してそこに嫌悪感や不快感などは混ざってはいなかった。

 

「あははは……久しぶりに聞いたよ、そのイミ分かんない言葉シリーズ」

「ユっちゃん? モチモチは最強なんだよ?」

「あー、そういやレナ昔っから餅とか団子とかモチモチしたやつ好きだったもんねぇ〜 て、そういう言葉なわけ?  勝手にアタシとユカもモチモチ属に含めないでよ!」

 

 今まで疎遠になっていた大きな溝を埋めていくように、2人は言葉を投げかけ合う。

 騒がしい昼間の散歩コースに2人の女の子の楽し気な会話が溶け合った。

 

 ※

 

 I時間程度が経って、夕輝とレナは病院の中へと戻ってきていた。そして、結花凛がいる個室のドアに手をかけ恐る恐る、夕輝が開ける。

 

 個室には何故か結花凛1人がベットで横になっているだけで、その両親の姿は見当たらなかった。そんな光景に眉を寄せながらも、それ以上、気にすることでもなかったのか2人は結花凛の近くまで歩いていった。

 

「ユ、ユカ……大丈夫?」

 

 そう声をかける夕輝の背中には縮こまったレナが隠れている。

 夕輝の声に反応して、ベットで横になっていた結花凛はムクりと起き上がった。その表情は晴々としていて、イヤなことなんて全て忘れてしまったかのように、パチリと目を開いている。

 

「あ! 夕輝ちゃん、戻ってきた‼︎」

「う、うん? 戻って来たよ。随分と元気そうだねユカ……頭痛の方は大丈夫そうじゃん?」

 

 つい数十分前と比べて、やけにハキハキと話す結花凛を前に夕輝は困惑の表情を浮かべていた。しかし、それは自分も似たようなもので、レナとの蟠りが解消され昔のように振る舞えている自分がいる手前、結花凛にもそこまで言及はしない。

 

「そうだ……ユカにも言っとかなきゃだよね。改めて、ごめんユカ……ユカにもいっぱい心配かけて、アタシのせいで、こんな……でももう大丈夫だから。ほら、レナとも仲直りしたんだよ」

 

 夕輝はそう言うと、背中に隠れていたレナに対して前に出てくるよう促した。そして、体を捩らせながらソワソワとした様子のレナは結花凛の前に立つ。

 

「あの……ユカちゃん、さっきは取り乱しちゃって、ごめんなさい!」

 

 そう言ってレナは勢いよく頭を下げた。そんなレナの姿を結花凛は目をパチパチとさせながら見つめている。

 

「ほ、ほら……アタシが言えた立場じゃないけどレナも謝ってるしさ…………ね?」

 

 結花凛がどうもピンと来ていない様子なのを気にしてか、慎重に結花凛の様子を伺いながら夕輝はレナの背中に右手を添え、そう言った。

 

「うん……? ねえ、夕輝ちゃん」

「ん? どうしたのユカ?」

 

 一度は頷いて見せたものの、結花凛は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら夕輝に問い返す。

 

「さっきから何の話をしてるのかな? その子は誰? 夕輝ちゃんのお友達?」

「は? 何言ってんの、誰ってそんなのレ――……ッ!」

 

 「レナに決まってんじゃん」、そう言いかけて夕輝は自分の口を右手で塞ぎ止まった。夕輝の脳裏に浮かんだのはつい先ほどの出来事だろう。記憶が曖昧な結花凛に対して、レナは無理強いをして激しく拒絶された。その光景は未だ鮮明に目に焼き付いているはずだ。

 

「まさかユカ……アンタ、ウソでしょ?」

 

 信じられない、そう言った声色で夕輝は嘆くように呟く。

 

 自分が一流の歌声を持つ存在であるということだけにとどまらず、レナの存在も結花凛の中から消えていた。

 

 呆然と立ち尽くす夕輝はハっ、とあることに気がつく。自分なんかよりも、結花凛に忘れられた当事者の方が、かなりの衝撃を受けてしまっているということに。

 

「レナッ‼︎」

 

 夕輝がレナの姿を目視した時には、もう遅かった。レナの息は平常のそれとは逸脱していて、左手で胸のあたりをギュッと抑え小刻みに震えている。

 

「っ……!」

 

 やがてレナの呼吸は天井知らずで上がっていき、そして――終わりの時を呆気なく迎え、糸が切れるように気絶した。

 

「レナッ!」

 

 そんなレナに夕輝は慌てて駆け寄った。そして、結花凛は困惑し体を震わせながらも、静かにナースコールを押す。

 

 少しの時間が経って、レナは看護師に運ばれて処置室へと連れて行かれた。

 

 ※

 

 結局、レナの容体は重度のストレスからくる失神のようなもの、ということで収まりがついた。夕輝もホッと胸を撫で下ろし、生ぬるい息を吐く。

 

 しかし、結花凛はそう容易な状況ではないらしい。後に戻ってきた両親が受けた説明によると解離性健忘、いわゆる記憶喪失というもので、これもまた強いストレスが引き起こすという。

 

 結花凛は自分がイヤだと思うこと、消し去りたい記憶を無意識に脳の隅へと押しやってしまうようになったらしい。心の状態が引き起こす、治療が厄介な病だ。

 

 それから日を改めて、夕輝は結花凛が入院している病室に毎日通い詰めた。そのさい夕輝はレナにも声をかけたが、レナは失神して以降、結花凛と顔を合わせることを恐れてしまうようになり、夕輝の誘いを断り続けた。

 

 夕輝が結花凛のために毎日頑張っている中、自分は何もできていないことが彼女の心を更に奥へと追いやって、レナはやがて部屋から出なくなってしまう。

 

 そして、夕輝は結花凛の病室に通うなかで、1つのことに気がついた。それは、自分の記憶は結花凛のなかから消えていない、ということ。夕輝とて、レナのように忘れられてしまうのではないか、そう身構えていたが杞憂だったようで、そのことから結花凛の記憶が失われるトリガーは、消えた記憶を思い出させようとする行為だと仮定した。

 

 この一件以降、夕輝は誓うようになる、自分が結花凛の支えになるのだ、と。そして、自分の力が及ぶ限り、結花凛の望みは全て叶えようと。

 

 それから一年の年月が経ち――春野結花凛、緋花夕輝、そして滑り込むかたちで諏方草レナの3人は私立若ノ芽女学院へと入学を決め、そして――「私、スクールアイドルやりたい‼︎」、そんな一言を結花凛は口にする。

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