週初めに改めて、大々的に募られたボランティアの参加者は、結局これ以上増えなかった。それから4日がたち土曜日。快晴のお日様が照らす河川敷には3学年、全クラスから集まった約50名ほどの生徒が本日の説明を受けていた。
「はァ~、めんどくさ。連日の練習で体バッキバキなのになんでアタシ、こんなことやってんの?」
学校指定の紺色のジャージに身を包む
そんな夕輝の肩に手を置いて、同情的な優しい瞳を向けたのは、同じくジャージに身を包む
「練習と言っても、ボクが普段行っている舞台役者用のものだけどね。主に体力と発声の基礎を作るものさ」
「いや、何年も学校の体育くらいしか運動してこなかったアタシにとっては走り込みとか地獄だからね? そのへん分かってる?」
「ハハハ! ユウキなら問題ないよ! すぐに慣れるはずさ」
「なに笑ってんの!? もしかして葉月って人の気持ちとか分かんないタイプ⁉︎」
そんなやり取りが行われている脇で結花凛は1人、行動に移していた。
風紀委員の説明を受けたのち、自分たちの学年が受け持つ範囲をいち早く理解する。
「夕輝ちゃ〜ん、葉月ちゃ〜ん、私たちはあっちだよ~!」
3人分のごみ袋とトングを手にもって、数10メートル先を指さしている。
「さすが、ユカリは元気だね。なにかスポーツでもやってたのかな?」
「アレはただのバグ。ユカは体力の限界をテンションとワクワクだけで補ってんじゃん?」
「へ~、それは興味深い。ますます彼女について興味がわいてきたよ」
そうして3人は自分たちの持ち場へと移動していった。
※
「もうムリ~! ちょっとアタシ休憩……」
そういった夕輝は河川敷の斜面に横たわり、清掃活動を放棄する。
「夕輝ちゃ〜ん! まだ1時間もたってないよ!!」
「ごめん、ホント限界きてるから! ちょっとだけ、ちょっと休めば、大……丈夫……だから…………」
草の上に横たわる夕輝は、そうして徐々に静かになり、やがて眼を閉じるのだった。
「仕方ないね。ユカリ、ユウキはボクが見ておくから、キミは存分に清掃してくるといいよ!」
「うん! わかった‼︎ 夕輝ちゃんをよろしくね〜!」
そう言うと結花凛は次なるゴミを探して川沿いに歩みを進めた。
目についた手頃なゴミ。主にペットボトルだったり空き缶だったりを回収しながら結花凛は元いた場所からかなり離れた場所までやってきた。
口笛でメロディーを奏でながら、周りにゴミが落ちていないか軽快に視界を巡回させていると、遠くに
結花凛はそのままのテンションで肩を弾ませ、美烏がいる方へと近づいていった。
「――アナタたち、そんなことしてて恥ずかしくないの?」
それは数人の生徒らがゴミの清掃を放棄し、スマートフォンを触っている姿を見て、美烏が叱咤する声であった。
「アンタ、ダレ? キモいんだけど……シラけるわ〜。アッチ行こ」
1人の生徒が周りの生徒に、そう声をかけてゾロゾロとその場を去っていく。そして、1人取り残された美烏はため息をこぼしながら周りのゴミを回収し始めた。
「カッコいいね! 美烏ちゃん‼︎」
「うわっ‼︎ びっくりした!」
突然背後から声をかけられた美烏は激しく肩を跳ね上げる。
「ご、ごめんね。驚かせちゃったね」
「ううん。どうしたのトラブルでもあった?」
なぜ話しかけてきたのか、ピンとこない美烏は結花凛に問いかけた。
「違うよ。この辺を歩いてたら美烏ちゃんを見つけたから声かけよ〜、って思ったら、美烏ちゃんのカッコいいとこ目撃しちゃった!」
「カッコいい? なにが……」
「さっきみたいにズバって注意できるなんて、カッコいいよ!」
結花凛は目をキラキラと輝かせて両手でガッツポーズを作って美烏を褒め称える。
「あー、アレ。なにもカッコいいことなんてないわよ。私、ああいうバカなことしてるとこ見ると、すっごく冷めるのよね。つい文句の一つでも言ってやりたくなるだけよ」
片方の手で、もう片方の腕を抱き抱えるようにして美烏は結花凛から逃げるように視線を外した。
しかし、そんなことを気にすることもなく結花凛は更に美烏との距離を縮めていく。
「でも、なんでわざわざゴミ拾いに来て、あんなことしてたんだろうね」
「履歴書に書くために参加したんでしょうね。ホラ、うちって一応は進学校でしょ。指定校推薦狙ってんのよ。春野さんは、そういうこと考えなかったの?」
少し藪から棒な口調で、美烏は対象の人物たちを思い出すように言い捨てた。
「う〜ん、私は考えなかったかな。ボランティアとか参加したことなかったから楽しみだったよ‼︎」
結花凛がそう言うと、美烏は結花凛が持つゴミ袋に目を向ける。そして、自然と笑みを浮かべて結花凛に語りかけた。
「ホントだ。ずいぶんと大量に拾ったのね」
「うん、色々考えながらやると楽しいよ! このペットボトルを捨てた人は最後の一口を残してるから潔癖症なのかな〜、とか。この雑誌を捨てた人は独身なんだろうな〜、とか!」
唐突に語り始めた結花凛の発言に、美烏は呆気に取られながらも、やがて大声で笑ってみせた。
「なにそれ、面白いわね。楽しそう、私もやってみようかしら」
「じゃあ、一緒にゴミ拾いしよ! その方がきっと楽しいよ‼︎」
それから結花凛の提案に流されるかたちで、2人は1時間ほどゴミ拾いに努めた。
ある程度のゴミを拾い終えたタイミングで、美烏は大きく息を吸い、そして吐く。
「春野さん、そろそろ休憩にしない?」
「うん! そうだね。私もちょっと疲れちゃったよ」
パンパンにゴミが詰められた袋の口を縛り、2人は河川敷に備え付けられたベンチに腰をかける。
一息をついた結花凛は、ドッと疲れが押し寄せてきたのか背もたれに身を任せ、ぐったりと体を休ませた。
「大丈夫?」
「う、うん。最近、走り込みとか慣れないこと頑張ってるから疲れちゃったのかな……あはは」
「それって……スクールアイドルの…………」
ついさっきまで楽しそうだった雰囲気とは一変して美烏は表情を曇らせる。そんな美烏の変化に気がついたのか、結花凛は美烏の顔を覗くように見つめた。
「どうしたの?」
「え? ああ、ううん。なんでもない……」
それから少しの沈黙を挟んで、口を開いたのは美烏の方だった。
「春野さんは、どうしてスクールアイドルを始めようと思ったの?」
「え⁉︎ え〜っとね。高校に入学してね、何か新しいことを初めてみたかったんだよね」
突然の問いに驚きつつも、結花さんは空を眺めながら思い出すように語り始める。
「
「それが、スクールアイドルとの出会い?」
「そうだよ! 雪の降る夜空の下でね、ステージも光ってて衣装も可愛くて、でも何より5人の女の子たちのパフォーマンスが最高にカッコよかったの!」
言葉の羅列こそまとまりのいいものではなかったが、結花凛の熱意は間違いなく伝わってくる。疲れた体のことを忘れ、大きな身振り手振りで説明する姿はまるで、幼稚園児のような無邪気さであった。
「それってもしかして、Liella‼︎さんのSterling Prologueじゃない? 去年のラブライブ東京大会に披露したアレよね!」
「う、うん! 多分それだよ」
「そっか〜! やっぱり凄いのよねLiella‼︎さんは、素人目でもわかっちゃうのよね〜。何が凄いって、伝統も歴史もない新設校ってのが――」
美烏の導火線に火をつけてしまった、そんなことを言いたげな表情で結花凛は珍しく圧倒され、聞き手へと回っていた。そして、ひとしきり話し終えたところで美烏は大きく息継ぎをする。
「凄い熱量だね! スクールアイドル好きなんだ‼︎」
その一言で我にかえった美烏は額に汗を浮かべて、自分の失態に気がついたようすを見せた。
「ち、違うの! 別に好きってわけじゃなくて……」
「嘘だよ! あんなに楽しそうに喋ってたのに好きじゃないはずないよ‼︎」
もっともすぎる結花凛の発言に美烏は逃げ場を失ってしまう。そして、観念したかのように下唇を噛み締めて、ため息を1つこぼした。
「そうよ。スクールアイドルは好き」
その発言を聞いて、結花凛は目を輝かせる。そして――
「じゃあ、私たちと一緒にやろうよ! スクールアイドル‼︎」
ここぞと言わんばかりに勧誘をした。
しかし、美烏の表情は優れない。
「やっぱり、言うと思ったわ。スクールアイドルは好きよ。でもダメ。私はスクールアイドルにはなれない」
真剣な眼差しで結花凛を見つめ、そしてキッパリと否定する。
「どうして? そんなの、やってみないと分かんないよ」
「分かるのよ。私は昔からそうだった。人に合わせるのが苦手。人と同じことをするのが苦手。いつだって私は皆んなの足並みを乱す存在だった…………そんな私じゃ、スクールアイドルにはなれない。なったとしても、グループを掻き乱すだけよ」
一際暗いトーンで、少し怒りの感情も感じられる声。
「そんなこと…………美烏ちゃんはマジメな頑張り屋さんだと、私は思うよ。きっとスクールアイドルだって――」
美烏の言葉を否定して、慰めのような言葉を並べる結花凛だったが、その声は美烏によってかき消される。
「私がマジメ? 違うわね。私は不器用だって自分が1番理解しているから、人と同じことをしても前には進めないって理解しているから、だから仕方なくやってるだけよ」
奥歯を噛み締めながら、美烏は言葉を並べていく。
「風紀委員だってやりたくもないのに、頼まれれば断り方が分かんないから仕方なくやってるの。ボランティアだってそう、サボってる生徒に注意しちゃうのだって、皆んなが上手く受け流すことが私には出来ない、ただそれだけよ」
真剣に思いを言葉にしてぶつける美烏だったが、それを聞いていた肝心の結花凛は思わず笑いをこぼしてしまう。そんな結花凛を睨みつけ、美烏は歯を食いしばる。
「何がおかしいのよ!」
そう声を大にして言うが、結花凛は笑いを止められないでいた。
「だって美烏ちゃん、やっぱりバカマジメなんだもん!」
「え?」
「普通はそんなこと考えないよ。きちんと自分を理解して、悩まなくていいことにまで悩んで、マジメすぎだよ」
改めてそう言われ、美烏は少し顔を赤くする。しかし、すぐさま調子を取り戻し結花凛へ反発するのだった。
「なに、バカにしてる?」
「ふふ、そうかも。でも、私はそんな美烏ちゃんが素敵だと思うよ」
そう告げる結花凛の表情は、歪んだ感情など一切感じさせない真っ白なものだった。その笑顔に充てられて、美烏は更に顔を赤くさせる。
「上手く断れない美烏ちゃんが、スクールアイドルを断るってことは、何か他にも理由があるんだよね。じゃあ、私はもう誘わないよ。友達が嫌がることはしたくないからね」
「友達?」
「うん! 私たちもう友達でしょ‼︎」
迷いのない結花凛の笑顔を目の当たりにして、美烏は今日、何度目かのため息をこぼす。
それから、毒気が抜けてしまったといわんばかりに表情筋を緩め、笑う。
「私もアナタみたいに気楽に生きれたら幸せなのかもしれないわね」
「褒めてくれてるの?」
「ううん、バカにしてるのかも」
そう言い合って、2人は目を合わせて更に笑い合う。すっかり砕けた2人の間には確かな絆のようなものが、産まれようとしている。
「さっきのアナタ、あの時みたいだった。学園の裏庭で、大勢を前に歌を歌って、多くの人を惹きつけた、あの時みたい」
「美烏ちゃんも聞いてくれてたの⁉︎」
「ええ、でもアレはアイドルじゃない。確かに凄い歌声だったけど、スクールアイドルとして泰晴するつもりなら、もっとアイドルを勉強した方がいいと思う。バカマジメな私からのアドバイスよ」
それは皮肉でもなく、文句でもない。そう彼女の瞳は語っているようであった。それを感じ取ってか、結花凛もそれ相応の態度で頷いた。
「じゃあ、私は新しいゴミ袋をもらってくるわね。そっちも、そろそろ仲間のところに戻ったらどうかしら? もしかしたら心配してるかもしれないわ」
「うん! そうする。じゃあね、美烏ちゃん! もし、スクールアイドルになったら、私のことも応援してね!」
「ええ、そのときが来たらね、結花凛……」
美烏は照れくさそうに顔を赤らめて、そう呼ぶと、逃げるようにこの場を去っていった。
――この後、少し遅れて夕輝と葉月の元へと帰る結花凛であったが、終始草の上で眠っていた夕輝に小言を言う美烏の姿を確認して、結花凛はもう少し1人でゴミ拾いをしようと、川沿いに消えていったという。