レナちゃんがグループに入って一緒にスプリングフェスに出たあたりから、よく同じ夢を見ることがある。小さな女の子が3人で遊んでいる夢。それは物見台のある公園だったり、森の中だったり、誰かの部屋だったり、見覚えのあるその場所場所はマチマチだったけど、いつも同じ3人なんだ。
心なしか夕輝ちゃんやレナちゃんと同じ雰囲気をその子たちから感じる時がある。どこか懐かしいような、胸の奥が締め付けられるような、そんな切なさがジワジワと溢れてくる。
実際にその2人と話しているときも似た雰囲気を感じるし、そんな時に限って、悲しい顔を見せる夕輝ちゃんや、顔をしかめるレナちゃんのことも気になっている。
けれど、そんな類似する2人と違って、1人だけ誰だか分からない少女がいる。キリッとした表情で、どこか達観しているような大人っぽい女の子。いつも夢の最後で、その子は私に手を差し伸べてくる。けれど私はその手を取ることができない。とったら最後、何か大事なものが失われてしまうような気がして、とても怖くなるのだ。
そして今日も私は夢の最後で少女の手から目を逸らす。
※
演劇部との劇の稽古を終え、そして自分たちのパフォーマンスの練習も終え、結花凛たちエンシードのメンバーは帰路へとついた。駅までの道のりを5人で歩き、電車に乗ってそれぞれが最寄りの駅で降りていく。
自分の母の話をし、結花凛の秘密を知らされた、そんな2つの出来事がその日のうちに重なった葉月だったが、表に見せる感情はいつも通りの彼女のままで、毅然と美しい顔を引っ提げて結花凛達に別れの挨拶をした。
レナも夕輝と軽い衝突こそしたものの、後半の練習が始まってからは、そのことは一度も持ち出さず、まるでなかったことのように振る舞っている。
葉月の次に美烏が電車を降りて、次に同じ最寄り駅の3人。結花凛、夕輝、レナも同様に電車を降りた。
「いや〜、今日も疲れたね〜」
ぐうぅ、とノビをして結花凛がそんな風なことを口にする。その脇ではレナがニコニコと笑みを浮かべて、結花凛の横顔を見つめていた。
「ユカちゃん、また歌が上手くなってたね。これなら次のライブまでには本調子で歌えるようになるかもしれないね」
「ほんと⁉︎ やった〜‼︎」
そんな風に和気藹々と会話を重ねる2人を見守るように夕輝は一歩遅れて歩いている。すると、夕輝のスマートフォンが振動し、一通のメッセージが送られてきた。
それを見て考える素振りを見せてから、夕輝はなにかを思い付いたようにニヤリ、と口角を上げる。その前方では引き続き結花凛とレナが和気藹々と談笑をしていた。
「レナちゃんもかなり体力ついてきたよね? 毎日の走り込みに、夜の美烏ちゃん特別ダンススクールが効いてる証拠だね!」
「そうかな……だったらいいな。えへへ」
照れくさそうにレナが笑い、結花凛もそれに強く頷いて見せる。そんな2人の背後から夕輝がそれぞれの肩に手を置き、突然飛び出して距離を詰めた。
「ねえ、2人ともこの後、暇? 今日、パパが職場に泊まり込むらしくてさ。夕食、
父親とのチャット画面が映ったままのスマートフォンをポケットにしまい夕輝は笑顔でそんな提案をする。
「ええ! いいの⁉︎ 行きたい行きたい‼︎ 夜都弓ちゃんにも久しぶりに会いたいな〜」
結花凛は胸をときめかせるように両手をあげて喜びを声にした。そしてレナはというと、嬉しそうにはにかみはしたが、瞳をゆらゆらとさせ夕輝と結花凛の間で視線を泳がせている。
「よ、ヨっちゃんがいいなら……私も行きたいな」
その姿はまるで夕輝に何かを訴えているようあった。モジモジとバツが悪そうに、落ち着かないのか体の軸をブレさせる。そんなレナに近づいて、夕輝は極めて慎重に耳打ちをした。
「大丈夫だよレナ。退院してからユカ何度も
そう言うと夕輝はニカっと笑顔を見せてレナに対して頷いて見せる。乾いた風が夕日の熱を攫っていき、3人の少女の髪を揺らした。
「そっか……そうだよね。夜都弓ちゃんも成長してるんだよね」
「そう、そう。中学2年生だけどしっかりしてるし、もう立派なお姉さんだよ」
耳打ちを止めて2人はそんな風に言葉を交わす。そんな2人を結花凛は大きく体を揺らして見つめていた。
「ねぇねぇ〜、何のお話しているの?」
人懐っこい子供のような口調でそう言ってくる結花凛に対して2人は息を揃えて結花凛の方へと視線を向けた。そして、夕輝は少し戯けた雰囲気で右手の人差し指を立て、それを口の前へともっていく。
「ヒミツだよユカ」
「ごめんね、ユカちゃん」
レナも少し砕けた表情で申し訳なさそうに手を合わせる。
「えぇ〜⁉︎ 隠し事はよくないよぉ〜!」
駄々をこねるような結花凛の声色に夕輝とレナはクスクスと笑った。そして、夕輝は目をつぶって歩き出し、結花凛やレナの一歩先を行く。
「ほら、買い出しに行くよ。ついてこないと置いてっちゃうかんね!」
「あ! 待ってよ夕輝ちゃ〜ん‼︎」
慌てて結花凛が追いかけてレナもその後につく。そうして3人は足並みを揃えるのだった。
※
寂れた住宅街の古めかしい6階建てのマンション。その2階に夕輝の家はあった。買い出しを済ませた結花凛たちは膨らんだ買い物袋を2つ持ち、鉄の音が響くボロい階段を登る。
家の前に着き、夕輝を先頭にメッキの剥がれた重い扉を開けると、玄関の先に廊下が広がっている。
「ただいま〜」
「あ、お姉ちゃん‼︎ おかえりなさ〜い!」
夕輝が玄関を越えると、ちょうど廊下に出ていた妹の夜都弓が笑顔で振り返る。そして、夕輝の後ろにいる2人の女の子を視界に入れるなり、夜都弓は瞳を輝かせて近づいて来た。
「って⁉︎ 後ろにいるのユカリねえ?、それと……もしかしてレナねえ⁉︎」
「夜都弓ちゃん! 久しぶりだね‼︎ おじゃまするよ!」
2人のお姉さんを前にテンションを上げる夜都弓。結花凛はそんな夜都弓に同調するようにハイテンションで挨拶をし、丁寧に靴を揃えてから家の中へと入った。それから夜都弓と両手を組み合って久しぶりの再会を共に喜び合う。
そして、ひとしきり喜びを分かち合った後、夜都弓はレナへと向き合った。
「レナねえ、久しぶり。私、また会えて嬉しい」
「ヨっちゃん……私も、また会えて嬉しいよ」
夜都弓はレナに優しい瞳を向けていた。ずっとレナが塞ぎ込んでいたことを夜都弓も知っていたのだろう。レナもじんわりと揺れる瞳で優しい声を響かせた。
「ほらほらレナも奥まで入って。ちゃちゃっとご飯作っちゃうから。その間、2人のことよろしくね夜都弓」
「はーい! ささ、ユカリねえ、レナねえこっちこっち!」
そう言って夜都弓以外の3人は手洗いを済ませたのちリビングの方へと歩みを進める。そして夕輝はエプロンを身につけてキッチンの方へと姿を消した。
リビングにある少しくたびれた灰色のソファーに結花凛、夜都弓、レナの順に横並びに座る。2つ年下にあたる友達の妹をまるで自分の妹のように結花凛とレナは接していた。
「レナちゃんも、夜都弓ちゃんと仲良しだったんだね!」
「う、うん。昔、ユっちゃんとヨっちゃんと3人で……一緒によく遊んでたんだ」
「ね、レナねえとはよく一緒にお絵描きとかしたよね! レナねえ器用だからよく教えてもらってたな〜」
昔を懐かしむようにそう語る夜都弓はソファーからぶら下がった足をバタバタとさせて無邪気に笑う。
「そうだ! 2人とも今、スクールアイドルやってるんだよね‼︎ すごいよね! お姉ちゃんがアイドルとか今だに信じられないよ」
2人のお姉さんに羨望の眼差しを向けながら、夜都弓は夕輝のことを話題に上げた。それに対してレナは優しい表情のまま返事を返す。
「そうかな? ユっちゃん、小さい頃はけっこうエンターテイナー気質だったと思うけどな」
「うーん、やっぱり一緒に暮らしてる身からすると中学の頃の荒れてたお姉ちゃんが印象的であんまり印象ないかな〜」
「うん……確かにあの時のユっちゃんはちょっと怖かったよね」
思い出すように頭をポリポリとかいてレナは呟いた。
「でもユっちゃんね、もっと小さい頃は音楽スクールに通う私を追うように、アタシも何かやりたい!って言ってダンススクールに通おうとしてたんだよ」
「え! そうだったの?」
レナの言葉に結花凛は驚きの気持ちを声に出す。それを受けてレナは一瞬ハッ、とした表情を見せた。そして、複雑そうに顔を顰めながら乾いた笑みを浮かべる。
レナが知っていて結花凛は知らない夕輝の過去。結花凛の中から消えてしまった3人の思い出。その話題を引き出したのはレナの失意によるものであり、完全な失態である。
「……そうだよ」
「あー、アタシもそれ覚えてるかも。昔、お姉ちゃん言ってたね」
「へ〜」
そう結花凛が納得したように頷いていると、その目線の先には、目を細めて口をつぐんでいるレナの姿が映る。
「……小さい頃の夕輝ちゃんか〜。その頃からダンスしてたら今頃すごいことになってただろうね」
「う、うん。そうだね……」
思ったことを感じたままに結花凛はらそう言ったのだろう。しかし、レナは息も忘れたように固まってしまった。
簡素な返事こそしたが、それからレナは何も言わない。キッチンから聞こえてくる包丁の音だけが部屋の中に響いた。
そのうち結花凛が両膝に腕を置いて手を組み合わせる。そして、それをモジモジとまぐわせながら、しみじみと話し出した。
「レナちゃん、もしかしてちょっと変だなって思ってる?」
「え?」
レナの表情を探るようにのぞきながら結花凛は、そう問いかけた。そして、突然のことにレナは目を見開く。
「私も夕輝ちゃんと幼馴染なのに昔のこと知らないから……レナちゃんが疑問に思ったのかなって」
「……そんなこと」
過去の話をするさいにレナは過剰に反応していた。しかし、それは結花凛も同じだったのだろう。表では気丈に振る舞いながら腹の中では自分の記憶喪失、という異例の状況と照らし合わせて、いかに不自然ではないか他者の反応を凝視している。詳しいことは分からずとも、曖昧にボヤのかかった自分の過去のことを、結花凛は軽い記憶障害だと医者からは聞かされていた。
過去に因縁を抱える2人だからこそ今、互いにそれがぶつかり合ったのだろう。
間を空けて結花凛はまぐわせていた手をガッシリと組み合わせる。
「……あのねレナちゃん。今から少しおかしな話をするけど驚かずに聞いてね。……実は私、中学生以前の記憶が曖昧なんだ」
「「え?」」
そんなカミングアウトに、そんな事情を既に理解している2人は虚を突かれる。その内容にではなく、それを結花凛が口にしたことにだ。
「夕輝ちゃんには秘密にしとくように言われてるんだけどレナちゃんには言っておいた方がいいかなって」
「……どうして?」
苦虫を噛み潰したように声を振り絞りレナは聞き返した。
「レナちゃんに不審がられるのはイヤだから。それと……なんでだろうね。レナちゃんと話してると、このことを隠していることが、すごくダメな気がするんだ……」
「あ――」
申し訳なさそうに顔を歪ませて笑う結花凛。そんな結花凛の言葉にレナは返す言葉を失った。
それから、一度喉を鳴らしてレナは声を絞り上げる。
「う、ううん……話してくれて、ありがとう」
そういうとレナは不意に立ち上がった。そして、その場を逃げるかのように「御手洗、借りるね」、と言い残してその場から消える。
「あー、ユカリねえ? 大丈夫?」
「うん。やっぱり困らせちゃったかな? いきなり友達からあんなこと言われたら重いよね……」
珍しく落ち込んだ様子を結花凛は外に出していた。何かに耐えるようにギュッ、と手を握りしめている。
そんな結花凛を夜都弓は見つめて瞳を揺らす。それから夜都弓は結花凛の手を包むように握りしめた。
「ううん。きっとレナねえも打ち明けてくれてよかったと思ってるよ」
「夜都弓ちゃん……」
「確かにいきなりで驚いちゃったかもしれないけど、ユカリねえの気持ちは受け止めてくれるはずだよ」
「うん。ありがとう、夜都弓ちゃん」
そう言って結花凛は朗らかに笑い、そっと肩の力を抜いた。そして、夜都弓の手の中で固くなっていた小さな拳はゆっくりと優しく解かれた。