ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第42話 3人の幼馴染②

 キッチンと向かい合い、まな板の上に乗せられた大根を夕輝は銀杏切りに手際よく切る。それらを沸騰したお湯へ入れ他の具材と煮込みながら片手間には味噌が準備されていた。

 

 きしむ床の音がして気配をさとった夕輝が振り返ると、そこにはレナが立っている。

 

「どしたのレナ? もしかしてお腹すきすぎてつまみ食いしに来ちゃった? も〜、仕方ないなぁ。漬物なら出せるけど食べる?」

「ううん。そうじゃないんだ……」

「ん? じゃあなあに?」

 

 いつもの調子で軽口を叩く夕輝に対してレナは浮かない表情を見せていた。そして、夕輝に問い返され挙句レナは眉を寄せて顔をしかめる。それから言葉にしにくそうな様子を見せてから間をとって口を開いた。

 

「ユカちゃんがね。……自分は昔の記憶が曖昧なんだ、って私に言って来たんだ……」

「え……⁉︎ ユカが?」

「うん。ユカちゃんが私には話した方がいいような気がする、って……」

「……そうなんだね」

 

 夕輝としても思ってもいなかったことが起きたようで、さっきまでのようにヘラヘラとはしておけないようだ。真剣な顔つきで何かを考える様子を見せる。

 

「ユカが自分から言ったんだ……」

 

 夕輝は眉をひそめて目の下にギュッと力を入れた。

 

「……もしかしたら、ユカちゃんの中で少しずつ昔の記憶が戻ってきてるのかも」

 

 結花凛の記憶についてレナは過剰に反応を示す。

 

「ユっちゃん、やっぱり今度こそだよ。ユカちゃんが自分から近づこうとしてる、こんなチャンスある?」

 

 夕輝にかけ寄りエプロンに指をすがらせ、目をギラつかせながらレナは説得していた。そんなレナの口を夕輝は右手で塞ぐように抑止する。

 

「……ダメ。ダメだよレナ。忘れたの? そうやってユカを取り戻そうとしてレナはユカの中から消えちゃったんだよ?」

「忘れるわけないよ! 今回はね、あの時とは違う。スプリングフェスのステージで私の隣で歌うユカちゃんは間違いなく昔のユカちゃんだった……ユっちゃんも分かるでしょ? ユカちゃんは消えてなんかいない。すぐそばに居るんだよ!」

 

 激昂するレナを前に夕輝は目を細め徐に目線を下にやった。

 

「……分かるよ。アタシも感じてた。確かに高校生になってからユカは昔を取り戻しつつあるかもしれない。部活勧誘会のとき、アタシを庇って歌うユカの姿が、まるであの頃のままみたいで、思わず泣いちゃったからよく分かる」

「じゃあ!――」

「でもダメ!」

 

 レナが焦る気持ちを理解した上で夕輝はそれに待ったをかける。そんな夕輝の瞳には不満気なレナの顔が映っていた。

 

「ユカはそんなこと望んでない……アタシだって、今が昔のユカを取り戻すチャンスなんじゃないかって考えたよ。けど、ホントにユカのことを思ってるなら、ユカがイヤがることはしたくない」

 

 そう告げる夕輝の顔はくしゃっと丸めた塵紙のようである。生徒会長の若葉と契約を結んだ夕輝だったが、木蔭に相談し、悩み考え抜いた末に結花凛を尊重する選択をしたらしい、それが結果的に若葉を裏切る決断だとしても。

 

「ユカちゃんが望んでないって……なんでユっちゃんが、そんなこと分かるの!」

 

 そう言われて夕輝は一瞬、息を呑んだ。それを見て、レナはグッと奥歯を噛み締める。

 一瞬見せた夕輝の表情は図星を突かれたかのような緊迫した表情で、その裏に何かあるのではないかと疑ぐりたくなる顔だった。

 

「……そいえば私、知らない。あの日、なんでユカちゃんが記憶を失ったのか」

「それは! アソコの……物見台の階段から落ちて頭を打ったからだって言ったじゃん……」

 

 そう語る夕輝の声は震えていて目の前のレナを直視できず視線は左下に逃がしていた。

 

「本当にそれだけ? そんなことでピンポイントに記憶を失うの? 思い返せば、ずっと不思議だった。けど言えなかった。逃げた私にはそれを言う資格がなかったから」

 

 畳みかけるレナの意思は固いようである。夕輝の姿を正面で捉え、いつにも増して堂々としていた。

 

「私のことを忘れちゃったユカちゃんから逃げて、部屋に篭りきってた私にはそんな資格がないって……でも! 今、動けばユカちゃんが帰ってくるかもしれないんでしょ? 本当のことを言ってよ、ユっちゃん‼︎」

 

 火にかけられた鍋の中はグツグツと煮えている。

 大きな声を出したレナは若干、息が荒れていた。迫真のレナに攻め込まれ、夕輝は目を瞑り下唇を噛み締める。

 

「……ごめんレナ。本当のことも何も……あの日、ユカは転落事故の影響で記憶を失った。それが真実だよ」

「っ! ユっちゃん……」

 

 どうして言ってくれないの?、そんなレナの瞳が夕輝に訴えかけていた。しかし、夕輝も譲るつもりはないらしく依然、口を閉じて動かない。

 

 2人の沈黙で部屋には鍋が煮える音だけが流れている。その固まった空間を塗り替えたのは、その場に現れた3人目の声だった。

 

「ケンカしてるの……?」

 

 帰ってこないレナの様子が心配で見に来たのか、はたまた2人の言い合いがリビングにまで響いていたのか、心配そうな顔つきで結花凛は現れる。

 

「ユカ……!」

 

 当然、2人は息を呑んだ。絶対にさっきまでの会話を聞かれてはいけない相手が自ら現れたのだ。

 

「……ごめんユカ。声、向こうまで聞こえちゃってた?」

 

 夕輝は結花凛の様子を探るように顔を覗かせながら問いかける。すると、結花凛は半目になりながらしっとりと首を横に振った。

 

「…………ううん。私がレナちゃんに変なこと言っちゃったから、そのことを秘密にしてた夕輝ちゃんとケンカになっちゃったのかな、って」

 

 その言葉を聞いて夕輝は体から力が抜けたように生ぬるい息を吐く。

 

「そ、そっか」

「ごめんねユカちゃん。気を使わせちゃったね。でも、大丈夫だよ。私は怒ってないよ」

 

 その場に現れた結花凛にレナは優しい瞳を向けていた。

 

 しかし、ホッとした夕輝、妙に優し気なレナ、そんな2人を結花凛は冷静な眼差しで見つめている。

 

「……そっか。私のせいで2人がケンカしちゃったんじゃなくて良かったよ! 夜都弓ちゃん、待たせてるから先に戻っておくね?」

 

 無理やりにでも笑顔を作り、そう言って踵を返す結花凛の瞳は最後まで2人の方を追っていた。

 リビングに向かって小さくなっていくその背中を、夕輝とレナは黙って見つめている。そして、結花凛の姿が消えてからレナは一度深呼吸をして口を開いた。

 

「……ごめんユっちゃん。熱くなりすぎてた」

「ううん、こっちこそ……なんかゴメン」

 

 レナは結花凛の介入により落ち着きを取り戻す。

 

「なんだか中学の頃みたいだったよね。久しぶりに言い合いになっちゃった」

 

 しっとりとした声でそう話し出すレナから一度目を逸らし、夕輝はキッチンに手を伸ばした。そして。煮える鍋の火を消した夕輝はレナに背を向けながら、浮かない表情を見せている。

 

「あの頃はアタシら仲悪かったもんね。まあ、ほとんどアタシのせいなんだけど……」

 

 中学の頃、さまざまな要因が重なって素行が悪くなってしまっていた夕輝。周りの人を寄せ付けず多方面に攻撃的であった彼女に対して最後まで執拗に関わり続けたのは他でもない結花凛だけだった、という。当時そんな夕輝についていけず、自然とレナと夕輝の間には溝が生まれた。

 

「私ね、ユっちゃんには本当に感謝してるんだよ。ずっと疎遠になっちゃってたのに、いざってときユっちゃんは私を見放さなかった」

「……」

「だから、ユっちゃんのことは信じたい。今は話せなくても、いつか……話してくれるんだよね?」

 

 夕輝は神妙な顔つきで振り返り静かに、そして小さく首を縦に振った。レナに対して了承の意を示す夕輝だが、そのことを決して言葉には表さない。

 

「……分かった。ユカちゃんのことは、もう少しだけユっちゃんに任せることにする。けど、これだけは改めて言わせてね」

 

 寂しげに自分の肩を抱きつつもレナの瞳は真っ直ぐだった。

 

「私はまだ、昔のユカちゃんを諦めてないから」

 

 そう宣言するレナの瞳には確かに熱い炎が宿っており、もしもの際は誰であっても敵になる、そんな意志まで感じられる。

 

 そして、レナは夕輝の返事を待つことをせずに背を向けて結花凛のいるリビングの方へと帰っていった。

 

 残された夕輝は暗い表情のまま大きく息を吸い込んで、それを口から吐き出す。夕輝が1人残されたキッチンには、なんとも歯切れの悪い気まずい空気だけが流れていた。

 

 ※

 

 火を消した鍋に、お玉の上の味噌を溶かしていく。じんわりと広がっていく薄茶色を眺めながら、アタシの頭の中では、さっき聞いたレナの言葉がこだまする。

 

『私はまだ、昔のユカちゃんを諦めてないから』

 

 アタシだって、昔のユカを諦めたくない。

 

 昔のことは今でも鮮明に思い出せる。初めてユカと友達になった日、あの頃の3人で遊んだ美しい過去。簡単に諦められるわけないじゃん……でもアタシには、それを取り戻そうとする資格はないんだ。

 

 ――だって、ユカが記憶を失ったのはアタシのせいなんだから。

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