結花凛や夕輝の通う学校から20分ほど歩いた所に、街が見渡せるほどの展望台が設備された公園がある。時刻はまだ14時数10分といったところで、結花凛と夕輝はその公園にいた。
「あはは〜、逃げた逃げた」
息も絶え絶えに、そうヘラヘラと笑う結花凛に対して、夕輝も同様に息を切らしながら人格を疑うような目で見ている。
「ちょ、アンタ、ホント意味わかんない! なんでこうなったの⁉︎ てか、人の話聞いてた? なんでアタシと同じ道辿ろうとしてんの!」
夕輝を教室へ連れ戻した結花凛は間髪入れずに
「大丈夫だよ、夕輝ちゃん。みんな話せば分かってくれるって。私、信用だけはされてる自信があるよ」
「じゃあ、なんで逃げたの⁉︎」
結花凛の態度に対して夕輝は真っ当な返しをする。すると結花凛は顔を赤くして照れくさそうに頭を掻いた。
「えぇ、だって先生に怒られるのイヤだし。私たちは悪くないと思ってるけど、アソコにいたら一回は怒られるでしょ?」
「は?」
いったい何を今更……、そう言いたげな目を夕輝は向けているが、結花凛はいたって真剣そうである。
「だって私、普段先生に怒られることないし。でも、たまに怒られたら、すごい胸がキュッとなるんだよ。あれ、イヤなんだよね」
「なにそれ……度胸あるんだか、ないんだか分かんないじゃん?」
そう言う結花凛は目をギュッ、とさせていて、そんな様子は大人びた結花凛にしては年相応な表情だった。
そんな結花凛を前に、夕輝はため息を吐く。そして、その場で貧乏ゆすりを始め、どこか落ち着かない様子で辺りをチラチラ見渡していた。
「……落ち着かない?」
「え? 別に?…………いや、正直落ち着かないかも。だってアイツらしつこいというか、ぜったい次はアンタも標的にされるんじゃん?」
目を横に逸らし夕輝は口をモゴモゴさせながら言う。
「私は大丈夫だよ、夕輝ちゃん」
結花凛は自分が心配されたことが嬉しかったのか、ふんわりと笑ってから優しい口調で話し始めた。
「アタシも最初は、そう思ってたし」
「私、奏ちゃんよりも友達多いし、奏ちゃんも私に対しては夕輝ちゃんのときみたいに上手くは行かないと思うよ?」
自分の手が届く範囲で勝ち戦だけを仕掛けている奏には負けない、と結花凛は豪語する。その発言を聞いて夕輝は頬を膨らまし、分かりやすくむくれていた。
「はいはい、どうせアタシはアンタと違って友達いないですよ〜。アタシには誰にでもニコニコとか絶対ムリだし、ヤル意味も分かんないんじゃん?」
「う〜ん、意味かぁ……みんなが楽しい方が楽しいから?」
結花凛は真剣に答えるが、夕輝はやはり理解できない、といった顔をしている。
「やっぱアタシには分かんない。みんなが楽しくてもアタシは別に楽しいとは思わないし」
「それは私も一緒だよ。私も一度だって楽しいなんて思った事ないから。本当に楽しいと思えるようになるのは、きっと色んなことから解放されたときだろうね」
「え? さっきと言ってること逆じゃん」
いつもの調子で淡々と、そんなことを口にした結花凛に夕輝は真っ当な返しをした。すると結花凛は続けて、抑揚も少なく、う〜ん、と考えるように口を開く。
「みんなが楽しいと私も楽しい、そう思える人に私はなりたいんだよ。憧れみたいな感じかな。身近にね、そんな人がいるんだ」
「ふ〜ん、やっぱアタシには分かんないや」
「だろうね。でも。私の気持ちなんて、夕輝ちゃんじゃなくても分かんないだろうから安心して? 長いこと一緒にいるレナちゃんでも分からないからね」
自分の腹の中を打ち明けた夕輝に対する礼儀のつもりなのか、結花凛の語るそれは自身の核に触れるような内容だった。
「レナって確かいつもアンタにベッタリな、あの大人しい子だよね。特別なんじゃないの?」
無関心そうな顔をしておいて夕輝はレナの存在を記憶していたらしい。日頃の結花凛とレナの関係を夕輝は見ていたのだろう。
「うん、親友だと思ってるよ、5歳の頃から同じ音楽スクールに通ってたし。クラスは別だけどね。私は歌唱クラスでレナちゃんはピアノクラスだから」
「そっか、それでも分かんないんだ。じゃ、アタシには分かりっこないね。ま、なれるといいんじゃん? 楽しいと思えるように」
夕輝は同情や嫌悪感を抱くでもなく平然と、そう言い放つ。そんな夕輝に結花凛は少し驚いて、それから砕けた表情でにんまりと笑った。
「うん、ありがとう。やっぱり夕輝ちゃんは優しいんだね」
いっさい濁りのない笑顔でそう言われ、夕輝はカーっと顔を赤くする。
「は? ば、バカなんじゃん? いいって、そういうの」
照れる夕輝を結花凛はニヤニヤと眺めていた。対して夕輝はジトっとした目で、そんな結花凛に視線を返す。
「で? アタシらこれからどうするわけ?」
まだ熱さと緩みが取りきれていない頬を両手で揉みしだきながら、夕輝がそんな風に切り返した。
「うーん。考えは、ないことはないよ?」
「ホントに?」
「本当だよ。疑わないでよ」
心外だなぁ、と結花凛が声色を変えて反応する。
「もうちょっとしたら学校も終わる時間だろうし、それまではココで時間を潰そうね」
「今じゃダメなことなんだ」
「うん、ちょっと行きたいところがあるんだ」
「っそ」
結花凛の提案を簡単に受け入れて夕輝は近くのブランコに腰を下ろした。すると結花凛はクスっと笑って後を追い、夕輝の隣に腰を下ろす。
それから結花凛が「ここ昔からよく来るお気に入りの公園なんだぁ」、と会話を広げて2人は同じ時間を過ごし、少しずつ打ち解けていくのであった。
※
結花凛と夕輝が公園に到着してから30分とちょっとが過ぎた。2人は既に公園から歩みを進めて住宅街の方へと向かっている。
そして、ある一軒の家の前へと到着した。その家はそこそこに大きな門構えで、黄色の外壁に赤い煉瓦の屋根でとてもメルヘンチックなデザインをしている。一目で裕福な家庭だと分かる外装だった。
そんな家のインターフォンを結花凛は鳴らす。
「おーい、レナちゃーん」
そう呼びかけて数秒後、結花凛の呼びかけに応えて肩を落としたレナが家の扉を開けて外へと出てきた。レナは浮かない表情で近づいてくる。
「ユカちゃん……と…………」
結花凛たちの前に立つレナは夕輝の方へと視線を向けて黙り込む。当然、夕輝はそんなレナに対して、いい顔をしてはいなかった。
「夕輝ちゃんだよ」
「うん、それは分かってるけど……」
言い淀むレナに夕輝は鋭い目を向ける。すると、肩をビクっとさせてレナは一歩退いた。そんな光景を見て結花凛はため息を吐いている。
「ま、いいよ。どうせアタシは悪者なんでしょ?」
不貞腐れるように夕輝が悪態をつくと、レナは俄然オロオロとし始めた。
「もう、夕輝ちゃん。だからそういう態度を辞めないと、いつまでたってもおんなじだよ?」
「うっさいなぁ、アンタには関係ないでしょ?」
「あるよ、さっきこの話したばっかりだよ? どうしたら怖がられないかな、って聞いてきたの夕輝ちゃんでしょ?」
「うっ……確かに、聞いたけど……」
すっかり砕けた様子で会話をする2人を前にレナは唖然としている。そして、夕輝も結花凛に諭されてしおらしくレナの前に出た。一度、結花凛の方へ視線を送り、頷き返してもらってから夕輝は口を開く。
「さっきは、睨んでゴメン。アタシのこと怖いと思ってるかも知んないけど……アンタに酷いことはしないから、それは信じてほしい」
レナの目をまっすぐに見て、夕輝は弱々しくそう言葉にした。
レナはそう言われて、何か返事をしたそうで、しかし言えない、そんな落ち着かない様子を見せている。
「レナちゃん、夕輝ちゃんはね、悪い子じゃないんだよ。夕輝ちゃんは優しい子だよ?――」
結花凛がフォローに入って、なんとかレナの誤解を解こうと言葉を尽くしていると、突然レナは決心をつけたように口を開いた。
「知ってた! 私、この人があの子を殴ってないって知ってた。……知ってたのに、話せなかった……ゴメンね」
そう言ってレナはポロポロと涙を溢し、膝を抱えてしゃがみ込む。夕輝はそんなレナを前に驚いて、どうしたらいいのか分からない様子で慌てはじめた。そして、結花凛もまた驚いた表情を見せている。しかし、それは夕輝と同じ類のものではなく、自分から言えるんだ、と言いたげな表情にも読み取れた。
「ちょ、え⁉︎ どういうこと? てか、どういう状況? 黙ってないでアンタなんとかしてよ」
そう夕輝に助けを求められる結花凛はハっ、とレナに駆け寄った。そして背中を摩り、落ち着かせてから立ち上がらせる。
少し時間を置いて、落ち着きを取り戻したレナに結花凛は状況説明を求めた。
※
「なっ⁉︎ じゃあ、アンタ全部知ってたわけ⁉︎」
レナが昼休みに、奏たちの会話を盗み聞きして捕まった話を聞いて、夕輝は声を大にして驚いた。レナは全てを見ていたこと、その後自分が捕まって脅されていたことを打ち明ける。
「ご、ごめんね、あの場で言えなくて」
しゅん、とするレナを夕輝は見つめ、それから生ぬるいため息を吐く。
「もういいよ、謝んなくて」
「え?」
「アイツらに脅されてたんでしょ? だったら話さなくて正解。アイツら執念深いからぜったいアンタも標的になってた」
夕輝にそう言われて、レナはゆっくり首を縦に振った。すると、張っていた肩の力がスッと抜けてレナは大きく息を吐く。
「よし、これでもしもの為の証言も確保できたね」
一通り話が終わった頃合いで結花凛がそう締め括った。そんな結花凛に夕輝は眉を顰めて視線を送る。
「もしかして考えってこれ?」
「そうだよ。夕輝ちゃんが叱られてるとき、ずっとレナちゃんの様子がおかしかったから、気になってたんだよ。やっぱり、何か知ってたんだね」
そう言う結花凛に夕輝は信じられない、といった表情を向ける。
「アンタさ、コイツを巻き込んでいいわけ? 御伽林に何かされてもアタシは仕方ないし、アンタも……まあ何とかするだろうけど、コイツは話が違うじゃん! アイツら絶対、全てが終わった後、次はコイツを標的にするよ。そうなったら見えないところでコイツがやられるんじゃん? そしたらアタシも、アンタでさえ、絶対に守れるとは言いきれないじゃん!」
熱く夕輝がそう語り、内容が内容なだけにレナが肩を縮ませる。しかし、そう詰められても結花凛は表情一つ変えなかった。
「大丈夫だよ夕輝ちゃん。その時は全部、私が上手くやるから。それにレナちゃんはあくまで保健だよ。そんなことより、ほら次に行こ」
「は? て、ちょ!――」
結花凛はそう言って話を無理やり中断させ、夕輝とレナの手を引いて歩き出す。夕輝とレナは当然、驚きながら結花凛にされるがまま、引きずられるようにして歩くのだった。
※
夕輝とレナが半ば強引に結花凛に連れてこられたのは、レナの家から歩いて10分程度の距離が離れた別の家。こちらもそこそこに豪邸で、レナの家と同じくらいの裕福さを感じられる立派な一軒家である。
そんな家の門を堂々と開けて、結花凛は扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。そして、開いた扉の先に2人を案内する。
「ただいま」
そう言って家に入ると、すぐに結花凛の母親が玄関までやってきて結花凛を出迎える。
「お帰りなさい、って、ゆかり? さっき学校から電話があったわよ、友達の顔を引っ叩いてそのまま学校を飛び出して逃げたって……大問題になってるじゃない。お母さんも今から探しに行こうと、準備してたところよ?」
「ごめんなさい。でも、理由を話すからちょっと待ってて」
そう言うと母親を置いて結花凛は先に夕輝とレナを自室に案内した。そんな我が子に呆れながら、強い信頼を置いているのか母親はため息さえ吐けど口出しはしなかった。
すごくシンプルで無駄のない部屋。ベットに机に本棚に音楽プレイヤーが置かれてあり、本棚や机の棚にはビッシリ
と音楽系の本や資料が並べられている。
「アンタさ、ママにいっつもあんな感じなの? よく怒られないね」
「うん、だって私、普段から絶対に悪いことしないもん」
自信満々にそう胸を張る結花凛に夕輝は呆れた表情を向けていた。逆にレナは、そんな結花凛に慣れているのかニコニコと笑顔で見つめている。
「夕輝ちゃんのお母さんは怖いの?」
「まあ、普段は優しいよ。けど、怒ったら鬼みたいに怖い」
何かを思い出すように苦い顔をしながら夕輝は身を震わせる。
「だから、お母さんには相談しないの?」
結花凛にそう聞かれると、夕輝は真顔になってゆっくりと首を横に振った。
「違うよ。1回目のときにね……御伽林を叩いちゃったとき、先生に呼び出されてママすごい悲しそうな顔してたんだ。アタシもちゃんと事情を説明しようとしたんだけど、妹のこととかでママ疲れてそうだったから、もういいかなって……だからママには心配かけたくないなって……」
「夕輝ちゃん……」
下を向いてそう語る夕輝に結花凛は悲しい瞳を向ける。レナもまた夕輝の話を真に受け止めて胸の前で手をギュとした。
そんなところに結花凛の母親が扉を開けて入ってくる。手にはお盆をもっており、結花凛たち3人の前にオレンジジュースが入ったコップを3つ並べた。
「あなたが、緋花夕輝ちゃんね。学校の先生から電話で聞いたわ」
そう声をかけられて夕輝は怯えた表情を見せる。きっと怒られるのだろう、そう思ったが故だろう。しかし、結花凛の母親はそっと夕輝の頭を撫でた。
「大丈夫。大変だったわね」
「え?」
「うちの子が連れてきたんでしょ? だったら、きっと何か事情があったんだわ」
我が子に全幅の信頼を寄せているのか結花凛の母親は2人のことを全く疑ってはいなかった。
「学校には無事、帰ってきました、少し話をしますって言っえおいたわよ。あと、夕輝ちゃんのお家にもお電話したわ。落ち着いたらお母さんに迎えに来てもらうよう、もう一度連絡するから、それまで好きなだけうちにいてね」
「そうそう、いつまでもウチにいてもいていいんだよ?」
「こら、ゆかり。調子にのらないの」
そんな暖かい親子の温もりに包まれて、夕輝はニンマリと笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
夕輝がそう言うと、結花凛親子はニコッと笑った。そんな2人は同じように笑っていて親子のつながりを感じさせるものだった。
※
その後、結花凛は自分の母親に事情を説明して、今回の事件について母親の理解を得た。そして、結花凛の母親は夕輝の母親と話をする、と言って電話をかけに部屋を出る。
それから、結花凛たちはひとまずの安寧と自由を得た。少しの沈黙があって結花凛が何かをして遊ぼう、と提案する。
「いいのかな、あんなことがあった後にこんな呑気にしてて……」
夕輝が心配そうにそう言う。レナも同調するようにコクリと首を縦に振るが、結花凛は気にしてはいないようだった。
「もしもの時は私も何かしようと思うけど、こういう問題はまず親に任せるのが1番だよ。とりあえず私たちにできることはないんだし、イヤな気分でいるよりも少しでも楽しい方がいいでしょ?」
「うーん……そういうものなの?」
「そうだよ夕輝ちゃん」
そう言って夕輝を丸め込むと結花凛は押し入れの扉を開いて、そこからキーボードを取り出してくる。そして、それをレナの目の前へと置いた。
「はい、レナちゃん。自己紹介の意味も込めて一曲、夕輝ちゃんに聴かせてあげなよ」
「え⁉︎ えっと、うん。分かった」
戸惑った様子であたふた、としたレナだったが、えへへ、と笑い了承する。そして、スッと指先を鍵盤に近づけると、その顔つきはキリっと研ぎ澄まされた顔つきへと変貌した。
レナの滑らかな指がキーボードの鍵盤に触れ、譜面をなぞる。美しい音の並びが連なって、部屋の中はしっとりとした雰囲気に包まれた。
「すっご、別人みたい」
「でしょ、レナちゃんは音楽の天才なんだよ」
メロディーに意識を奪われて、そんな話をしているうちにレナは最後の一節まで演奏しきる。そして、ほのかに頰を染めたレナが可愛らしい笑顔を2人に向けた。
「もう、やめてよユカちゃん。私が天才だったら、ユカちゃんは奇才だよ? 親ゾウさんの足跡の上に子ゾウさんの足跡だよ」
「…………は?」
夕輝は一瞬考えて、それから怪訝な声をもらす。そんな状況に結花凛は苦笑を浮かべていた。
「えっと……レナちゃんってたまに不思議な言葉を使うんだよね。今のは大きな足跡の中に小さな足跡があるイメージから、自分を謙遜してる言葉だよ」
「えぇ……分かるんだ」
結花凛に解説をされるが、逆に夕輝にはそれを理解できる結花凛の方が奇妙に見えたようである。
「ま、いいや。すごかったんじゃん? ピアノ。見直した。けど、ごめんアタシ、クラシックとか詳しくないから何て曲かわかんないや」
「あ、コレは私が今、即興で弾いた曲だから曲名とかないよ?」
そんなことを平然と言うレナを前に夕輝は驚きつつも奇異の目を向けた。そして、結花凛に視線へと向けると、結花凛は屈託のない顔で頷いて返す。
「え! すっご! ホントにスゴイじゃん‼︎ 天才じゃん‼︎」
それから跳ねるような声で夕輝は目を輝かせた。
「おお、今日一のテンションが出たね」
年相応の反応を見せた夕輝を結花凛はどこか嬉しそうにみている。それにはレナもニンマリと頬の緩みを隠しきれずにいた。
「これで、謙遜してるとかおかしいって」
「でもね、ユカちゃんはもっとすごいんだよ?」
「ええー、私はいいよ」
レナに持ち上げられて結花凛は顔の前を両手で塞いで、その期待を照れくさそうに跳ね返す。
「へ〜、確かアンタは歌を歌うんだよね?」
「うん。まあ、そうだけど、別に大したことはないよ」
結花凛がそう言うと、レナがバッ、と立ち上がった。そして、机の方へと歩いていき、その上へと手を伸ばす。
「見てよ、これ。コレとコレも!」
レナは結花凛の机の上から賞状や盾を手に取って夕輝に見せつけた。そのどれもが金色で、他のトロフィーなども全て金色をしている。
「ほんとだ……全部金賞!」
「スゴいでしょ! ユカちゃんはスクールたっての期待の星なんだよ」
レナの言葉に夕輝は素直に感心していた。
「ホントに大げさだよレナちゃん……私の他にも上手な子はいっぱいいるよ?」
固い笑顔を見せて結花凛は頭をかきながら言う。しかし、彼女の発言とは裏腹に机の上の勲章は全て金色をしていた。
謙遜を重ねる結花凛を前にレナは不服そうな表情を浮かべる。そして、何かを思い出すように目を見開き、今度は部屋の押し入れを物色し始めた。
「そんなに言うなら、コレ見てもらおうよ! コレを見たらユカちゃんの凄さが伝わるから!」
レナが取り出してきたのは白の表面にマジックで『結花凛 6才 第43回 花園音楽コンクール 歌唱部門』と書かれたDVD。乗り気ではないものの止めるそぶりも見せない結花凛を余所に、レナは手早くそれをプレイヤーで再生する。
そして、薄い液晶画面に点灯前のステージの映像が映し出された。ステージ中心を正面から映し、マイク一本にそれ以外何もないシンプルなステージ。レナはテレビのリモコンを器用に操り、早送りをしたのちにピタリとその位置で再生を始める。
すると、照らされたスポットライトの中心に白いドレスに身を包んだ結花凛が現れた。普段から大人びた顔つきが更に澄まされていて、画面の向こうで迷いのない表情のまま息を吸う。そして――
「スゴ、オトナみたい……」
それが、結花凛の歌を聴いた夕輝が述べた第一声だった。
画面の向こうの結花凛はその小さな体でハリのいい美しい歌声を奏でている。まだ、声帯が未成熟なこともあり、成長期前特有の高さは感じられるものの、ブレやカスミはいっさいなく、一本芯の通った美しい声は、そこらの大人と遜色はない。
満足気に恍惚な表情を浮かべるレナの隣で結花凛は静かに夕輝の顔を見つめていた。
「カッコいい……けど、なんか寂しそう」
画面の向こう側にかじりつく勢いのレナを余所に、何気なく夕輝がボソリとそう呟く。微かなその声を優しく掬い上げるように聞き取った結花凛は密かに頬を緩めていた。
※
結花凛のビデオを見た後、3人は何気ない会話に花を咲かせた。初めこそ、夕輝に対してぎごちない態度を見せていたレナだったが、今ではそんなことを感じさせない程度に打ち解けている。
夕日が沈み時刻が17時を回ろうとした頃、春野家のインターフォンが音を鳴らした。
それから数秒が経ち、結花凛の部屋に1人の女性が招かれる。
「夕輝!」
「ママ……」
涙の後が残った萎れた表情のその女性は、登場とともに夕輝を抱きしめた。青い髪が美しく、鋭い輪郭と突き刺さるような瞳は夕輝にそっくりである。
「ごめんね夕輝……ママ気づかなくて」
結花凛の母親から事情を聞いたであろう夕輝の母、緋花朝陽は瞳に大粒の涙を浮かべている。
「ううん。アタシもごめんなさい。ママにずっと黙ってて……」
夕輝もそんな母親に共鳴するかのように瞳を震わせた。そんな夕輝の顔と朝陽は正面から向き合う。
「去年、
「うん、ごめんね夕輝」
そう言って親子は再度、抱きしめあった。
その後、朝陽は結花凛の母親に再三、頭を下げて感謝の気持ちを言葉に乗せる。玄関に立つ親子は、春野家の2人とレナに優しい笑顔で見送られた。
「夕輝ちゃん、後のことはお母さんたちに任せて、安心してちょうだいね。また今度、お夕飯食べにいらっしゃい」
「はい」
結花凛の母親に優しく包み込むような声色でそう言われ、夕輝は涙の跡がのこった顔で嬉しさと紅色の頬を緩ませて頷いた。
「本当にお世話になりました」
緋花親子は最後にもう一度、頭を下げる。そして、春野家の扉を開き外への一歩を踏み出した。すると、夕輝がクルリと振り返り、結花凛の方へ視線を向ける。
「……またね」
「――ッ! うん! またね、夕輝ちゃん」
屈託のない子供心で、キラキラとした笑顔を見せ結花凛はそう返し、夕輝もまた、嬉しそうにほんのりと笑顔を見せていた。
暗闇に包まれた夕輝の濃い1日は、2人の笑顔で幕を下ろす。