後日、被害者の夕輝、結花凛、レナと加害者の御伽林奏、鶴日ダリア他2名の当人らが知らないところで親同士の話し合いが設けられた。
話し合いは数日に渡り、その間夕輝、結花凛、レナは自宅での待機をとった。
そして、話し合いの末、夕輝たちの無実と奏たちへの厳重指導を勝ち取った。話し合いが難航した要因に鶴日ダリアの母による過度な庇護意思と歪んだ愛情が深く関わった。また、奏以外の母親も我が子を守らんと熱い衝突を繰り返す。しかし、首謀者の奏の母親はそうではなかった。
話し合いの場になかなか姿を見せないと思えば、2日目にしてヨレヨレのシャツで現れて、随分とやつれた様相を見せる。そして、いざ話し合いに混ざれば、その内容もすんなりと受け入れた。それはまるで我が子にいっさい興味がないようすで、これもまた歪んだ家庭環境を想起させる。
学校では4月後半にもかかわらず異例のクラス替えが措置として設けられ、結花凛、夕輝、レナは一まとまりに、そして奏、ダリア、ほか2名も一まとまりにして別つのクラスに分けられる。
他の生徒らには今回の件は名目上伏せられてはいるが、それぞれの親から漏れたのか奏たちの悪行は噂となってジワジワと広がるかたちとなった。
※
親同士の話し合いも終え、当人同士も最後の話し合いに呼ばれ形上の謝罪をし、学校として大枠の幕は下ろされた。
その日の夕方、一度家に帰った夕輝は大きな荷物とランドセルを持って結花凛の家へと訪れる。そして、結花凛に迎えられて部屋へと招かれた。
部屋の中にはすでにレナがおり、レナもまた大きな荷物とランドセルを持参している。そして、結花凛の部屋の隅には3人分の布団が準備されていた。
「とりあえず、一件落着かな」
そう結花凛が冷静に口にする。
「……うん。ホントに大丈夫、だよね?」
どこかまだ終わったという現実味を感じていない夕輝がそんな風に言いながら爪を噛む。
すると、結花凛が夕輝の手を両手で包み込んだ。
「大丈夫。まだ何かあっても、夕輝ちゃんは1人じゃないよ」
結花凛がそう言うと、慌ててレナも立ち上がり2人の手に自分の手を重ね合わせる。
「私も! 私も……ユっちゃんの味方だよ。今度はもう怯えない。私も一緒に戦うから」
目をギュッとさせてレナはそう宣言した。
「2人とも……ありがと」
2人の手の温もりが夕輝の心を優しく温める。
それから夕輝は荷物を下ろして、3人で向かい合って腰を下ろした。
「アタシ……お泊まりとか初めてかも。2人はよくするの?」
「うん。ユカちゃんとはお互いの家でよくお泊まりするよね」
「だね。レナちゃんの部屋、楽器とかCDとかいっぱいあって面白いんだよ」
そう言って結花凛はレナに笑いかけレナもまた頷いて笑う。夕輝は緊張しているのか、どこかソワソワとした様子を見せていた。
「今度、ユっちゃんもおいでよ!」
「うん、あんがと。てか、ユっちゃんってなに?」
何となくスルーしていた夕輝だが不思議そうに、そうレナに尋ねる。初めて結花凛の部屋を訪れたあの日から、2回目の会合で突然、呼び名をつけられたことに、夕輝は驚いている様子だった。
「あだ名だよ。私、友だち作るの苦手で……ユカちゃんにどうしたらいいの?って相談したら、あだ名で呼んだら距離が詰められるんじゃない?って」
「あー、だからか……」
ジトっとした目で夕輝が結花凛を見つめると、結花凛は気にせず笑顔を返す。
「イイと思うけどな、あだ名作戦。夕輝ちゃんもやってみれば?」
「は? それって間接的にアタシが友達作るの苦手って言ってる?」
夕輝が頬を膨らませると、違うの?、と言いたげな表情で結花凛は眉を上げて首を傾げる。すると、不服そうに唇を尖らせつつも素直に夕輝は引き下がった。
「……じゃあ、ユカ」
「うん! 改めてよろしくね夕輝ちゃん」
照れ臭さが入り混じった表情で夕輝はユカ、とそう呼んだ。続けてレナが夕輝にキラキラとした子犬のような瞳を見せる。
「……レナ」
「えぇ、それだと、そのままだよユっちゃん!」
「だって、レナはレナでしょ。2文字いじったら字数増えんじゃん」
「あはは……そう言う問題じゃないんじゃないかな?」
「イイの。そもそもアタシ名前で呼ぶことも少ないし、安売りもしてないから」
その発言は夕輝にとって特別だということの裏返し。2人から目を逸らして夕輝は顔を真っ赤に染める。
そんな夕輝を前に結花凛も年相応な満面の笑みを浮かべ、そして夕輝に向かって飛びついた。
「もう、夕輝ちゃん大好き!」
「あっ! 私も!」
「ちょッ! 2人とも重いって‼︎」
夕輝を押し倒した結花凛の上に更にレナが飛びかかる。3人は体を重ね合わせて、笑い合った。
それから、3人の少女の楽しそうな笑い声が部屋の中には響いていた。
※
18時ごろ、結花凛の母親に呼ばれてリビングに来た3人は食卓につく。テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいて、その中には夕輝が好きなフライドポテトも準備されていた。
「スゴい。美味しそう!」
夕輝が無邪気にそうはしゃぐと、結花凛の母親はクスリと笑う。
「わぁ、アジフライだァ! 私、アジフライ1番好きなんだよね‼︎」
そう声を大にして言ったのは結花凛だった。普段、冷静で大人びた様子の結花凛がここ1番のテンションで子供らしい姿を見せている。それが面白かったのか夕輝はケラケラと笑っていた。
「アハハ! ユカ、渋いね」
「そう? 美味しいよアジフライ」
デザートにはみたらし団子も準備されており、机の上には3人の好きなものが好きなだけ用意されている。
そして、笑顔の3人は賑やかな夕食を楽しんだ。
※
後日、結花凛の家から3人はランドセルを背負い登校する。学校に着くと、今まで結花凛と仲良くしていた生徒らが結花凛たちの元へと寄ってきて、3人を出迎えた。
そんな状況にレナは恥ずかしそうに結花凛と夕輝の背に隠れ、夕輝はどこか腑に落ちない表情を見せている。結花凛はというと、「大変だったね」「あの時はごめんね」、などとかけてくる声に程のいい笑顔で対応していた。
完全には拭えていないが、夕輝への誤解も少し薄れているようで、夕輝に対して謝罪を口にする生徒もチラホラといる。そんな生徒に対して、眉を顰めながらも、結花凛の袖をギュッと握りしめ夕輝は謝罪を受け入れた。
こうして、緋花夕輝に関する事件は完全に幕を下ろし、事態は良い方向へと舵をきる。しかし、反して悪行が公になった御伽林奏は、ダリア含む他2名と違い学校に姿を現さなかったという。
※
放課後、結花凛は夕輝を連れて住宅街を歩いていた。そして、ある一軒家の前で立ち止まる。
「……ユカ、本当に行くの?」
表情を歪ませて、あまり乗り気じゃない様子の夕輝は若干手足も震えながらにそう言った。
「うん、これは私にしか何とか出来ないと思うから……夕輝ちゃんがイヤだと思うのは当然だし、レナちゃんを置いてきたように、私についてくる必要はないんだよ?」
「バカ言わないでよ。アタシが助けられたのは、ユカのそういうところのお陰だから……それは信頼してる。アタシもユカについてくよ」
夕輝がそう言うと結花凛はにっこり、と笑顔を見せて頷いてから、目の前の家のインターフォンを鳴らす。数秒して、家の中から姿を見せたのは今回の事件の首謀者、御伽林奏であった。
「……何しにきたの?」
頬に青いアザを作り、やつれた表情の奏が掠れた声で、そう言う。
「今日、学校に来てないって聞いたから……心配して様子を見に来たんだよ」
平然とした表情でそう言う結花凛に奏は心底分からない、といった表情を向けた。
「は? ウソだ。オマエは、ソイツの味方なんでしょ?」
ギロリと夕輝を睨みつけて奏は、そう吐き捨てる。半身を結花凛の背に隠し、夕輝も負けじと睨み返した。
「うん。けど、奏ちゃんが困ってるなら私は力になろうと思うよ? 学校に行こ?」
「……行かない。もう、あそこに私の居場所はないから」
暗い表情とロートーンで言う奏の方に結花凛は近づいていく。そして、両手で奏の肩を掴み、更に近づくようにして奏の瞳を覗き込んだ。
「そんなのダメだよ――」
結花凛は冷静に、冷酷に、冷めた言葉を振りかざす。
「夕輝ちゃんは逃げなかった。それなのに奏ちゃんは逃げるの? その顔の青痣、お母さんに殴られたんだよね。それで、学校に行かず家にいて、どうなるっていうの? このままだと自分がどうなっちゃうか、分かってる?」
「うるさいなッ‼︎ もう、私にはどうしよもないんだよ‼︎」
激昂した奏は体を大きく振り回して結花凛の手を払いのけた。そのまま、息も絶え絶えに奏は結花凛を睨みつける。
「居場所なら、そんなもの私がいくらでも作るよ。今は奏ちゃんのこと、みんなイヤな子だと思ってるかもしれないけど……誰かが一言……嘘だとしても、そうじゃないんだよ、仲良くできるんだよ、って声をかければ、きっと誰かの考えが変わって、そこから波は広がっていく。私は特別なことをするんじゃない。誰でも出来ること、けど誰もやらないこと、それを私がやるんだよ。もう一度言うよ。自分がやったことから逃げないで、これからの自分のために、学校に行こ?」
そう問題解決のプロセスを語り結花凛は奏に手を差し伸べた。しかし、奏はそれを払い除ける。
「うるさいッ!」
そう言って踵を返し家の方へと歩いていく奏。
「奏ちゃん! 私は裏切らないからね」
呼び止めるでもなく、遠くなる奏の背中に結花凛はそう声をかけた。
しかし、それで止まる奏でもない。最後に一目、結花凛の方を振り向いて奏は家の中へと入っていった。
「……ユカ」
「大丈夫だよ。一回で上手くいくなんてはなから思ってないからね」
「そういや、しつこっこいんだったね、ユカって」
依然笑顔な結花凛を前に夕輝もクスリ、と笑みを浮かべる。
「帰ろっか」
「うん」
そう言って微笑み合い、2人は肩を揃えて歩き始めた。
※
ガスコンロの栓を閉じて夕輝は出来上がった料理を4つのお皿に盛り付けていく。ほかほかの白米と、白い湯気がたったお味噌汁も準備して、夕輝は次々に食卓へと運び込んだ。
「みんな〜、ご飯できたよ〜」
声量は大きく、けれど元気はない。夕輝がそう呼びかけると、変わらない笑顔を見せた結花凛と、そんな結花凛に合わせつつもどこか気を遣っている夜都弓、そして結花凛と笑顔で話しつつも元気がなさそうなレナが、ゾロゾロとやってきた。
「わぁ、アジフライだァ! 私、アジフライ1番好きなんだよね‼︎」
食卓に並べられたお皿を見て、目を輝かせた結花凛が声を大にして言う。そして、それを聞いた夕輝とレナの2人はハっ、と目を見開いた。
「相変わらず渋いね」
「そうかな? 美味しいよ、アジフライ‼︎ とくに夕輝ちゃんのアジフライはお母さんのアジフライとおんなじくらい好き」
「あはは、あんがと。参考にしてるからかな?」
2人のそんなやり取りを見てレナはグッと奥歯を噛み締める。そして僅かに揺れるレナの瞳を、夕輝は弱々しい表情で盗み見た。
「デザートに買った、みたらし団子は冷蔵庫に冷やしてるよ。食後に食べようね。フライドポテトは……揚げるつもりは無かったんだけど、何でかな……気分でつい備蓄してたやつ揚げちゃった」
夕輝はそうレナに話しかけて、やんわりと強張った笑顔を見せる。
「……ユっちゃん」
「こんなに食べたら、また美烏にドヤされちゃうんじゃん?……でもまあ、たまには良いよね?」
どこか感傷的な夕輝に寄り添うようにレナは力強く頷いた。そんなレナに夕輝も瞳を揺らす。
「レナ……アタシだってさ。諦めはつかないんだよ。気持ちはレナと一緒だよ? けど、ごめん……アタシにはまだ、そっちに行く資格がないよ」
「……うん。分かったよ、ユっちゃん。違う未来を見ていても、私たち根っこのところは同じなんだよね?」
「うん」
そう言って2人は頷き合い。互いの相違を擦り合わせる。
そんな2人のやり取りを前に夜都弓は結花凛を気にかけるように恐る恐る顔を覗き込んだ。しかし、そこにあったのはいつもより冷静で少し大人びたような凛とした笑顔。自分にとって大切な2人の友人が和解したことを噛み締めるように、結花凛は優しく笑っている。
「もう! 2人とも仲良いいのはいいけど、早く食べないと冷めちゃうよ‼︎」
夕輝とレナが互いの友情を確かめているところに、結花凛は強引に飛び込んで行った。目の前の2人を抱き抱えるようにしてから、椅子に座らせ自分も席につく。
「よかったね、お姉ちゃん」
そんな3人の少女らのやり取りを微笑ましそうに見つめながら、ボソリと一人呟いた夜都弓も、それからイスを引いて腰を下ろした。
「もう、やっぱりユカには敵わないんじゃん?」
「うん、そうだね」
2人に視線を集められ結花凛は照れくさそうに頭を書いて見せる。
「あはは、褒めすぎだよ、2人とも〜」
「いや、別に褒めて……ないこともないか。ユカはスゴイ、えらい、強い、かわいい」
多少、やけになりつつも夕輝はぶつけるように普段口にしない内なる思いを吐き捨てた。
「おおぉ! 夕輝ちゃんがこんなに褒めてくれるなんて珍しい‼︎ レアだよ! レナちゃん‼︎」
「うん。『深海の真珠一粒』だね」
「だからレナ、それ分かんないって!」
食卓は4人の笑い声に包まれる。過去との折り合い。別々の未来を見る2人の幼馴染。あの日の3人から、形を変えた3人だが、その食卓にはあの日と変わらない笑顔が、確かにあった。