土曜日の昼。梅雨のシーズンを迎えようとしていた5月の末、外は少し時期を先取りした大雨が降っており雨の日特有の湿った空気がツー、と鼻腔をくすぐる。
結花凛たちエンシードの部室とはまた一風変わった雰囲気のその部室には、一般的な学校に設備されているようなごく普通の棚に長机が2つ、棚の中にはスクールアイドルについて述べられたいくつかの資料と前年度のスプリングフェス金賞のトロフィーが飾られている。また、壁にはいくつかの賞状も額縁にかけられており伝統のある部室なのだと一目でわかった。
その部屋に黒いフードを被った少女が1人、窓際に立ち外の様子を確認する。ザー、と鳴る雨の音に水滴が付いてボヤけた窓を見て、少女はため息を吐いきカーテンを閉めた。
そして、長机の前の椅子に腰を下ろすと、目の前のパソコンを操作する。
開かれたのはスクールアイドルコネクト、という多くのスクールアイドルが利用する配信アプリ。少女が開いたのは数週間前に開催されたスプリングフェスの公式アカウントであった。
※
スプリングフェスが音響トラブルにより通例の閉会式を行えなかったため、異例の生配信特番が組まれていた。ゲストは金賞を取ったイグニスコードのメンバーと、同じく銀賞を取ったグロリアスギフトのメンバー、そして、MVP賞であるスプリングリミテッド賞を受賞した結花凛たちエンシードのメンバーである。
計18名ものスクールアイドルが一挙に集まりスプリングフェスを振り返りインタビューを受ける、という内容の特番だ。すでに当日の振り返りのコーナーはダイジェスト映像と共に終えており、結花凛たちエンシードからは主に美烏と葉月が他のスクールアイドルに混ざり上手くコメントを回していた。
そして、配信は一度広告が差し込まれ、休憩タイムが設けられる。その間にスタジオにはMCのメガネをかけたお姉さんとインタビューを受ける1グループだけが残された。
インタビューの大トリは金賞を受賞したイグニスコードが務めるため、必然的にMVP賞のエンシードが先鋒を務めることとなる。数分間の休憩を終えて、MCのお姉さんがマイクを握る。
「それじゃあ、ここからは栄誉ある賞を受賞した3校のグループに1グループづつインタビューしていくよぉ!」
広告が開けて、司会席にメガネをかけたお姉さんと、演者席にエンシードの5人が座る構図が映し出された。
「それでは、まずは今回スプリングリミテッド賞を受賞したエンシードの皆んな! 改めて1人ずつ自己紹介をお願いねぇ‼︎」
「はい! エンシードのセンターをやってます! 春野結花凛です‼︎ 楽しいことが大好きです! よろしくお願いします‼︎」
MCに自己紹介を振られ結花凛が元気いっぱいに先陣をきる。カメラの前でキャラなどを作ることはなく非常にまっすぐで、自己紹介動画を撮影したときよりもどこか場慣れしたその姿はステージに立った経験が彼女を成長させたのだろう。
「ど、どうも〜 エンシードのクール系担当、緋花夕輝で〜す。よ、よろしくね〜」
正面からカメラに映されて夕輝はヘラヘラと手を振って言う。彼女の言う通り、そのビジュアルやステージの上のパフォーマンスは間違いなくクール系だ。しかし今、それを語る彼女はその面影を失っておりクールとは程遠い。パフォーマンス力がグングン伸びている一方、カメラや人前でのトークはまだ緊張する様子だった。
「えっと、エンシードの作詞、作曲担当の諏方草レナです。エナジードリンクを飲みながら、いつも作曲頑張ってます。あ、エナジードリンクといえばオロナミンCを牛乳で割るとミルクシェーキみたいで美味しいよね? でもでも、作るときはオロナミンCを先にコップに注いで炭酸をシュワシュワさせとかないと、牛乳と反応して変な固形物が浮いてくるから気をつけてね? 順番は大事だよ。みんなも作って飲んでみてね」
長尺を使って、キョトンとした顔のレナは平然と自己紹介を終わらせる。
夕輝に被せるかたちで〇〇担当、と言ったのならば少しニュアンスがズレているし、長々と話した割にはレナのことは全く語られていない。それでも、その破天荒さとズレた天然さがレナの人物像を言わずもがな語っていた。
「やあ、ボクの名前は英刈葉月。エンシードのビジュアル担当さ――」
カメラ目線にそう言ってキメ顔を作ると数秒の間、葉月はカメラの向こう側を見つめるように表情を煌めかせグっ、とタメの時間を設けた。
「今、これを見ているそこのキミ……エンシードを発掘したのは自分だ! そう自慢したいなら今のうちだよ? 時期に、大輪の花を咲かせて見せようじゃないか」
良くも悪くもレナが脱線させた道筋を軌道修正させながら、自分のスタイルをレナに寄り添わせることで、その異質さを葉月は緩和させる。そして、最後に控える大本命へと滑らかにバトンを繋げるために、スライドさせるようなハンドサインを見せて、したり顔でカメラを隣へ誘導した。
「はーい! お待たせしました‼︎ エンシードの広報とか事務とか仕切りとか、もう色々やっちゃってます! 瓜谷美烏です。よろしくお願いしま〜す‼︎ 愉快な仲間に囲まれて、楽しくスクールアイドルやれてます。そんな私たちを――」
「「応援してくださいね!」」
髪の毛にピンクのエクステを散りばめてメガネを外したミュウミュの姿で、美烏はフレッシュにメンバー全員の色を総括させる。そして、予め決めていたのか最後の一言を全員で声を揃え、グループとしての自己紹介を綺麗に締め括った。
そんな一通りのやり取りをパソコンの画面越しに見ていた、黒いフードの少女はクスリと小さな笑い声を漏らす。
「ふっ、アイツ……まだこのキャラやってんだ」
それから全体図に映し出された1人の少女の顔をジッと見つめていた。
「はぁ〜い、エンシードの皆んな〜 個性的な自己紹介ありがとねぇ。じゃあ、1人ずつちょっとお話を聞いて行っちゃおうかな?」
そして、画面の向こうの配信ではMCのお姉さんによって順調にインタビューが進行されている。
「それじゃあ、まずは気になるこの子から! チームのしっかり者ポジっぽい美烏ちゃん!」
「はい!」
「私、実は知ってるんだよねぇ。みんなは知ってるかなぁ? この美烏ちゃん、実はちょっとした有名人なんだよ……中学生の頃、ソロでアイドル活動してたでしょ⁉︎ ソロの割には積極的にイベントとか参加してるから私、見たことあるんだよぉ〜 それに『次に来るスクールアイドル5選!』、てネット記事に取り上げられたりしてたよね」
地下アイドルとして事務所に所属してプロのアイドルグループを組んでいた美烏はグループが解散した後、馴染みのライブハウスを拠点に各イベントに自分を売り込み転々とソロアイドル活動に勤しんでいた。そういった地道な積み重ねと、堅実なセルフプロデュースがこうして今、花咲いて形となっている。
「はい、そうなんです! 知ってくださっていて嬉しいです‼︎」
「うん、でも意外だったよね。私てっきり、そのままソロアイドルで行くのかと思ってたよ。高校生に上がったあとも、ソロでやってたでしょ?」
「あ、そんなに詳しく知ってくださってるんですね。はい、実は私、初めはスクールアイドルになるつもりはなかったんです……」
「え? そうなの⁉︎ じゃあどうしてスクールアイドルに? なんで、なんで?」
見栄えのいいアイドルスマイルを維持しながら、美烏は感傷的な声色でトークを紡ぐ。
「私にはグループは向いていないんじゃないかって……ずっとそう思っていたんです。でも、発起人の結花凛を筆頭に、みんなが私の心を支えてくれたから、もう一度頑張ってみようって、そう勇気が湧いてきたんです!」
「そっかぁ。じゃあ今は、そりのあう仲間に出会えたってわけだね」
結花凛たちとの馴れ初めを柔らかな笑顔で語り、美烏は綺麗にエピソードトークにピリオドを打った――
「.......っチ」
そんな姿を爪を噛み不服気な瞳で画面越しに見つめながら、少女は舌打ちを鳴らす。すると誰かがやってきて、その影が机に映り込む。
「こらこら、大切な爪を噛んじゃダメだよ? プロなんでしょ? だったら、その癖なおそ?」
パソコンの画面をかじるように見つめていた少女の意識外から、その声は放たれた。突然のことに少女は肩をビクリ、と揺らす。
少女、もとい本藤桜は声の方に振り返り怪訝な瞳を見せた。
「なんだ、
「ちょっとサクちゃん⁉︎ 何度も言ってるけど私、先輩だよ⁉︎」
そう言ってワタワタと桜の肩を揺らすのは
ふわふわとした見た目の印象だが決してふくよかというわけではなく、最上級生を語るだけあって花奈の見た目は誰もが認めるお姉さんであった。美しいと可愛いが綺麗に調和しており、甘えたくなるような柔らかな目元をしている。
物腰の柔らかい表情となんでも包み込んでくれそうな空気感が、彼女の人柄を物語っていた。
「そだね、何度も言わなくても分かってるけど?」
「ぜんぜん分かってないよ! サクちゃんも、アンちゃんも私のこと先輩と思ってないでしょ‼︎」
花奈がそう言うと、桜は一度大きなため息を吐いて辟易、といった顔を見せてからパソコンへと向き直した。
「もうっ!」
そう頬を膨らませ、分かりやすくムクレた様子を花奈は見せる。それから、反応しなくなった桜を寂し気な瞳で見つめてから、ため息を吐いて後ろからパソコンを覗いた。
「これ、スプリングフェスの…………やっぱりサクちゃん、出たかったの?」
自分に見向きもせずに、配信を見ている桜を思いやるように花奈は口にする。
「違う。杏子がいないのに出たってしょうがないって、そう話し合ったでしょ?」
「じゃあどうして……」
目の前の桜がいったい何に執着しているのか、何に情熱を燃やしているのか、悩ましい表情を見せながら花奈は再度、パソコンの画面に目をやった。
「……この子たちが気になるの?」
「…………まーね」
短くそう返事した桜の寂し気な横顔を見て、花奈はしばし口を閉した。それから桜に合わせるようにして黙って配信に目を向ける。すると――
「あ、この子!」
思わず、といった様子で花奈は言葉を漏らした。
「なに? 知ってるヤツでもいたの?」
「う、う〜ん?……この子――」
そう言って花奈は画面に映る1人の少女に指を指す。
「この子もしかして、春野結花凛ちゃん?」
「そうだけど? この前、現地で見て特に印象に残ってたから覚えてるわよ。ダンスはともかく、歌に関しては異彩を放ってた」
「やっぱり! ユカちゃん、スクールアイドルになったんだね」
口元で両手を合わせて花奈は小さく跳ねた。そして、画面越しに結花凛を見るその顔はまるで、母親や姉が向けるような大切な人を思いやる顔だった。
「知り合い?」
「うん、う〜んと小さい時ときの話だけど同じ歌の教室に通ってて、妹みたいで可愛い子だったの! 教室を辞めてから、もう何年も会ってなかったから、ちょっと心配だったんだぁ」
そう言って思い出に浸る花奈の顔を少し見て、桜は顔を逸らす。
「そっか」
それから、画面の一点を見つめて桜は人知れず瞳を揺らした。
ため息を吐いた桜は、パソコンの画面をタップしてアプリを落とす。それから席を立ち上がった。
「もういいの?」
「うん、もういい」
そう淡白に返事をして桜は部室に置かれていたスクイズボトルを取りBCA、と袋に書かれた粉をその中へと入れ始める。
「トレーニング? いつになく燃えてるね。私に黙って1人で行った、この前のライブ。そんなに熱かったの? さっきの子たちに触発された?」
「そんなんじゃない。ケガでまだ復帰できない杏子の分も私が頑張らないとと思ってるだけ。それに、アイツらのライブは酷かったよ」
粉を入れたボトルに水を注ぎ、蓋をしてシェイクしながら桜はそう答えた。
「酷かった?」
「アイツらのステージ、SNSにはこう書かれてんの『不慮の事故でも健気に頑張る姿に感激! 胸を打たれました!』、『天才! 歌姫降臨‼︎』って、バカかって話よ」
シェイクしたボトルを机の上へ乱雑に置き、桜は不服そうな顔のまま乱暴に言葉を連ね続ける。
「花奈の昔馴染みが、歌が上手いのは認めるけどパフォーマンス全体を細かく見れば殆どのヤツが素人。素人の集まり」
「そうなの? でも賞を受賞したんでしょ?」
「そういうことなの。丁寧に紐解けば素人のパフォーマンスなのに、それに気付かせないようアイツが一丁前に形にしてんのよ。振り付け、構成、見せ方、それぞれの長所が光るように考えられてるから一見、完成したステージに見えてんの。昔からそういうのをチマチマチマチマ考えるヤツなのよアイツは」
「ん? サクちゃん、貶してるように見えて褒めてる?」
「褒めてない! アイドルが誰にも気づかれないようなところで輝いてどうすんのよって話。アイツ自分が上手くグループを回せてるって勘違いしてんじゃないの?」
ぶつくさと乱暴に言葉を吐き捨てながら、桜は部室に置かれていた、自分のものと思われるスポーツウェアとタオルを一式手に取った。
「それで自分が埋もれたら元も子もないって、優先順位が間違ってんのよ」
「だから酷いって?」
そう問いながら花奈はさっきまで桜が座っていた席に腰を下ろす。そしてノートパソコンを開いて、耳心地のいいリズミカルなタイピング音をカタカタと鳴らして、1つの動画へとたどり着く。
「自分の役目はこうだと決めつけてるアイツも、それが当たり前だと思って甘えてる周りのヤツらもホント腹立つ。そのうち今みたいにカバーや引き立て役をすることが当たり前になって、どんどん魅力が失われてくんだわ……」
そう言って桜は扉の取っ手に手をかけた。
「行ってきます」
そう言い残して桜は部室を後にする。
「いってらっしゃい」
去り行く桜の背中に花奈はそう声をかけた。そして、平然とパソコンに向き直し、開いた動画を再生する。
再生されたのはついさっきまで桜が話していたスプリングフェスでのエンシードのパフォーマンス。配信にのっていたものがアーカイブとして、そのまま動画になっている。
「……」
歌い出し、まだ本調子を出していない結花凛の姿を見て花奈は眉を顰めた。
そして、曲が進むにつれ結花凛のボルテージはどんどん高まり、その歌に力が増していく。やがて、例の音響トラブルが起こり、音のない世界で結花凛が空気を震わせた。彼女の奏でたその歌は、配信越しでは聴き取りずらく現地に比べれば見劣りする。しかし、堂々たるその立ち姿は間違いなく際立った存在感と迫力を示していた。
「……?」
配信のアーカイブでエンシードのパフォーマンスを一通り見終えた花奈は不服そうに顔を顰めている。そして、パソコンをそっと閉じると、その表情がスッと暗転し生暖かい息を吐いた。
「こんなの……ユカちゃんじゃないよ」
そうボソリと呟いて、花奈は遠くを見るような細い目と、への字口のまま、部室に置いていたスポーツウェアを手にとって、