ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第48話 こぼれ落ちた雫

 魔王討伐のために村を旅立ったフレディーは、各地で魔王の勢力と戦い、仲間と共に苦難を乗り越えながら旅をしていた。その道すがら『美しい歌劇団の噂』を耳にする。

 仲間たちと話し合い、フレディーはしばしの休息のため噂の歌劇団がいるという商業都市スズランエリーを訪れた。

 

「ようこそ勇者、御一行さま――」

 

 スズランエリーに訪れたフレディーたちは領主の貴族、フレッド家に招かれる。各地での魔王の手下との戦いで名を馳せていたフレディーは丁重に扱われ、手厚い支援と豪華な料理でもてなされた。そしてフレディーは、そこでフレッド家の長兄であるレニーと出会った。

 

「私の名はレニー=フレッド……よろしく、勇者さま」

 

 赤毛の短髪。貴族らしく肌は絹のように白く、ガタイのいい肩幅と鍛えられた肉体が服の上からも見てとれる。しかし、活気あるその青年の顔は、どこか曇っていた。

 

「ああ、改めてフレディーだ。訳あって家名はない。よろしく、レニー」

 

 互いの性格と、同じ歳の位ということもあり2人は固く握手を交わし、すぐに打ち解けあった。

 

 少したって、領主の館を後にし市場を散策していたフレディーたちは街の輩に絡まれていた少女と遭遇した。

 そこで、フレディーは輩を追い払い少女を助ける。すると、感謝した少女はエレーナと名乗り「お礼がしたい」、そう言って勇者一向を自分たちの劇団へと連れていった。

 

「みんな! 勇者さまがお越しになってくださったわ。街で絡まれてる私を助けてくださったの」

 

 そう紹介をされて、フレディーたち勇者一向は噂の歌劇団の一団へと招かれた。そこで、フレディーは異変を感じる。女性ばかりがいる劇団のなかに数人、男性の劇団員が見て取れる。その中に1人他よりも異質で、やけに子綺麗な雰囲気な男性を発見した。見窄らしいツギハギの衣服に身を包みながらも肌の白い高貴な青年をフレディーは見つけたのだ。

 

 フレディーが異変を感じ目を凝らすと、その人物がさっきまで話していたレニーであることに気づく。

 そして、観念したレニーは、自分は政治の道は歩みたくないこと、エレーナと歌劇団に強く憧れを抱いたことを白状した。

 事情を知ったフレディーはレニーの意思を認め、応援することにする。

 

 しかし――時を同じく、レニーのそんな思いを知らない弟のラフィークは兄を失脚させるため陰謀を画策しているのだった。

 

 ※

 

 葉月が姿を消してから3日が経った。結花凛たちは頻繁に連絡を送るがスマートフォンの画面には既読の文字すら映らない。担任の先生に相談もしたが、体調不良ではない、家庭の事情で休んでいる、詳しことは話せない、と口封じをされているのか、そう突き返された。

 そして4日目、スクールアイドル部の部室には今日も葉月を抜いた4人が集まっている。

 

「流石におかしくない? もう4日も音沙汰なしだよ?」

 

 少し荒れた表情で夕輝は吐き捨てるように言った。

 

「でも、先生は家庭の事情だって……」

 

 そんな夕輝を落ち着かせようとしたのか、それとも冷静に事実を口にしたのか美烏が割って入る。

 

「じゃあ、なんでアタシらのチャット無視するわけ? 電話にも出ないし……あの葉月にかぎって、そんな心無いことするわけないんじゃん?」

「それは…………そうね」

 

 

 夕輝の力説に押されて、美烏はそう首を縦に振った。感情を全面に出している夕輝だが、その隣で結花凛もまた感情を表に出している。

 

「葉月ちゃんの口から直接、大丈夫って聞かない限り何があったかわからないよ! 学校に来られないようなことなら家庭の事情でも、大問題なのかもしれないし」

「うん、ハーたん最近様子がおかしかったしね」

 

 先生から体調不良ではない、と聞かされたが彼女の性格上どうしても葉月が心配になるようだ。

 

「コレはアレでしょ。行くっきゃないでしょアイツの家」

 

 覚悟が決まった顔でそう言う夕輝を、他の3人は数秒見つめる。結花凛は夕輝の提案が嬉しかったのか目をパチリと開けて、レナもそれに続いて口をギュッと閉じて眼をすわらせる。そして、美烏もまたゆっくりと首を縦に振った。

 

「よし決まり。さっそく行くよ」

 

 夕輝はそう言うと、さっさと荷物をまとめて立ち上がり、そして、我先にと部室を飛び出していく。

 他の3人も夕輝を追うように部室を出た。

 

 ※

 

 その街のなかでは一際大きなお屋敷のような洋風の建物。庭も広く、洋風の門が夕輝たち4人を出迎える。

 外は雨が降っていて曇って暗い街並みは、彼女たちの不穏な心を表しているようだった。4人の傘に、パチパチと雨が反射する。

 

 到着した勢いで夕輝がチャイムを鳴らすと、葉月ではない丁寧な言葉遣いの女性が応対に出た。

 

「どちらさまでしょうか」

「あー、葉月の学校の友達なんですけど、最近葉月と連絡が取れなくて……様子を見にきました」

 

 真正面からやましいことなど一つもない、といった態度で夕輝はありのままを口にする。

 

「申し訳ございません。奥様から今の葉月様には誰にも合わせるな、と申し付けられておりますので、本日はお引き取り願えますでしょうか」

 

 丁寧ながらも突き放すような対応に、4人は一度目を見合わせた。そして、気持ちが先行したのか夕輝はインターフォンに顔を近づける。

 

「葉月の様子だけでも、教えてくれませんか? 連絡も取れなくて、私たち心配してきたんです」

「……葉月様は大変元気にされています。お体にさわりもございませんので、ご心配なく」

 

 そう言うと会話を断ち切るように、インターフォン越しの通信を断ち切る音が鳴った。

 

「……みんなどう思う? アタシはヤな感じがする。なんか、きな臭くない?」

「ええ、明らかに私たちを避けるような対応だったわ」

「でもどうしよう。コレじゃあ中には入れそうにないよ……?」

 

 門の前で3人がそんな会話をしていると、1人の人間が背後から忍び寄ってくる。そして、無言のまま結花凛の肩に手を置いて、エンシードの一同は声を漏らして驚いた。

 

「わっ! え⁉︎ だ、誰……」

 

 それはやけに顔の作りがいい30代前後の男性だった。黒い短髪で、鼻筋や目元、顎の形だったりはどこか葉月を思わせる要素が感じられる。

 男は肩に下げていたカバンからスケッチブックを取り出して、傘をさしたまま器用に黒のマッキーで何かを書き始めた。

 

『驚かせてしまって申し訳ない。キミたちはハヅキの友達かい?』

 

 スケッチブックに書かれた文字を4人はそれぞれ己の中で読み上げる。そんな表情は少し不思議なものを見るような目だった。

 

『紹介が遅れたね。ボクはハヅキの父親の英刈奈月。数年前、声門癌にかかり声帯を切除してね。こうして、文字で会話させてもらってるよ』

 

 癌、その言葉に誰よりも反応を示したのは夕輝である。自分の母親と似たその状況に顔を暗くして、それでも周りに悟られまいと平然を装っていた。

 

 今まで先陣を切っていた夕輝が口を閉ざしたことを横目に確認して、美烏が口を開く。

 

「はい。私たちは葉月さんの友人で、同じ部活動のメンバーです」

 

 美烏が警戒気味にそう答えると、奈月はにこりと優しい笑顔を見せた。そして、踊るようにペンを走らせてスケッチブックに文字を走らせる。

 

『そうかい。いつも葉月と仲良くしてくれてありがとう』

 

 それを読むと、結花凛たち4人も少しは心を開いたのか顔に笑顔が見え始めた。

 

「あの、私たち葉月ちゃんと連絡が取れなくて! 心配で会いにきたんですけど、お引き取りくださいって言われちゃって……」

『なるほど……分かった。ボクと一緒に入ろうか』

 

 そう言って奈月は家の鍵を取り出して見せる。そして、4人は二つ返事で首を縦に振り、奈月の後について行った。

 

 ※

 

 数ヶ月ぶりに葉月家に訪れた結花凛、夕輝、美烏とは反して、その室内の豪華っぷりにレナは口をポカンと開けて辺りを見渡している。

 

『すごいだろう? この家の内装は全部、妻のエリカがプロデュースしたんだ。妻はだいのインテリア好きでね。見ての通り、ボクは情けなくも彼女の尻に敷かれまくってるんだよ』

 

 そんなことが書かれたスケッチをレナに見せ、他の3人にも見せ奈月はムダに見てくれのいい顔で大袈裟に笑顔を見せた。

 それを見て結花凛はクスリ、と笑い、近くにいた美烏に耳打ちする。

 

「葉月ちゃんに、そっくりだね」

「ふふ、そうね」

 

 そんなやりとりをしながら長い廊下を少し歩いたところで、何やら慌ただしい音が聞こえてきた。その声の方向には電気のついた部屋がある。そこは、結花凛たち3人には見覚えのある英刈亭のレッスン室であった。

 

『あらかじめボクから今の葉月の現状を教えておくよ。葉月は今、帰国したエリカのもとで新しい舞台の稽古に勤しんでいる。エリカを座長にボクの会社の若手役者を中心に集め、葉月を世界に轟かせるその一歩を踏み出そうと考えているようだね』

 

 それを読んで、反応を示すまもなく結花凛たちはそこへと到着する。

 何人もの若い男女から数人の老いた役者まで、数多くの人間がそこにいて、それぞれが手には台本を握っていた。そして、その大勢を取り締まるのは圧倒的な存在感を放つ高圧的な女性。

 その顔を一度目に入れると他がボヤけてしまうほどの迫力がその女性、柊絵梨花からは放たれている。ヒリつくような緊張感が無関係な結花凛たちまでも硬直させていた。

 

 そして、絵梨花の隣で台本を握り、額に汗を浮かべるほど集中しているその肉親。英刈葉月もまた、ただならぬ力を秘めている。

 

「こうして並んでるところを見ると……改めて葉月の存在感を思い知らされるわね…………」

 

 眼を奪われ、美烏がただ茫然と溢したその一言に奈月は暖かくも悲しげな顔を見せる。

 

 しかし、美烏の言うことも間違いではなく、他の役者たちが絵梨花に喰われているなか葉月だけはその例から外れているのは素人目からも分かるのだ。そして、指導者と生徒、その力関係さえなければあるいは――そう思わせるだけのものを葉月は持っている。

 

「ッ⁉︎ 社長! お疲れ様です!」

 

 群れの役者の1人が奈月に気付きそう声を張った。すると、これまで熱く出来上がっていた空気に亀裂が入り、他の役者たちも口々に奈月へと挨拶をする。そんな光景を見て、絵梨花が明らかに不機嫌な顔を見せた。

 その隣では結花凛たちを視界に入れ、大きく目を開き息を飲み、動揺を隠せずにいた葉月の珍しい表情が見られる。

 

 絵梨花が大きく息を吸い、次の瞬間には雷が落ちるであろう一歩手前で葉月は右手で母に待ったをかけて「お母さま、少し休憩をいただいてもよろしいでしょうか」、と荒れた息でそう言った。

 出鼻をくじかれた絵梨花は首を縦に振り、ため息を吐いてこの場に現れた奈月の元へと近づいてくる。

 

「何をしに来たのかしら? 今は大事な稽古中よ。アナタが来たら稽古が中断されることくらい、容易に想像が付くでしょうに」

 

 自分の旦那にも全く遠慮するつもりがない様子の絵梨花は、真正面から奈月へと苦情を入れた。

 

『すまないね。ボクも忙しくて普段は中々家に帰れない身、キミが帰国した時くらい可愛い愛娘とキミと家族団欒を楽しみたいと考えたにすぎないよ』

「ふっ、くだらない。(わたくし)はそんなことの為にわざわざ帰国したつもりはありませんのよ?」

 

 和かに文脈を弾ませた奈月を絵梨花は無遠慮に一蹴する。そして、恨み辛みを募らせるように表情を恐くして、続けて口を開いた。

 

「大体、葉月のことはアナタに任せていたのに(わたくし)が目を離せば、勝手に高校なんかに通わせて……あの子は頭の出来もいいのだから家庭教師でも雇えば空いた時間で役者のお稽古に励めると、そう言っていたでしょう」

『ボクは、それよりも葉月にはもっと大事なことを学んで欲しかったんだ。いくらいい演技が出来たって、そこに心がなければ、それはただのお飾りだろう?』

 

 負けじとペンを走らせて奈月も対抗するが、あくまでもその和かな笑顔は絶やさない。そこには絵梨花との対立の中でも、またもう一つ奥の別の部分を見据えているかのような心眼を光らせていた。

 

「目が曇りましたわね。葉月が小学生の頃……醜い妬みが原因でクラスの凡人に顔に傷をつけられて帰ってきたことを忘れましたの? 綺麗に治ったからよかったものの、もうあんなことが起きるくらいなら、あんな野蛮なところにあの子を行かせる必要なんてありません」

『忘れてなんていないさ。確かにアレは大問題だったけど、人との関わりとはそういうものじゃないかい? アレ以来、良くも悪くも葉月は1つ学びを得たようだしね』

「話になりませんわね。歌うことと経営手腕だけが取り柄の三流役者が、その2つも失ってしまっては本当に目も当てられませんわ……やっぱり葉月のことはアナタには任せられない」

 「――お母さま、客人の前でもありますし、そのくらいにしておきましょう」

 

 そんな白熱した夫婦のやり取りに、再度待ったをかけたのはひとしきり休憩を終えた葉月だった。

 

「客人? (わたくし)は招いたつもりありませんわよ?」

『ボクが招いたんだよ。家の前であたふたとしていたのが見えたからね。葉月の部活仲間の子達だ』

 

 それを見た絵梨花は一段階また研ぎ澄まされた冷たい表情を作る。それには、さっきから場の空気に飲まれて黙っているしかなかったエンシードの面々もさらに萎縮した様子を見せる。

 

「ああ、葉月をたぶらかしてお遊びに付き合わせていた人達ですわね」

 

 物腰の強い言い方にピクリと動き口を開ける美烏だったが、絵梨花の眼光に動きを止め黙らされた。ふんっ、と鼻を鳴らして美烏たちを横目に絵梨花は見下ろしている。

 

「遊びなんかじゃない……私たちにとって、葉月ちゃんは大切な仲間だよ」

 

 美烏、レナ、そして夕輝でさえも黙るしか出来ないでいた空気を壊したのは、他の3人よりも一歩前に出た結花凛だった。

 そんな結花凛を見て葉月は目を丸くして青白い顔を見せる。そして、絵梨花の眼光は更に鋭く研ぎ澄まされた。

 

「お母さま……客人はワタシが対応します。少しこの場を外れても……よろしいでしょうか」

 

 絵梨花と結花凛の間に割り込むように前に出て、葉月はそう口にする。

 

「わかったわ。……葉月、きちんと話をつけていらっしゃい」

「…………はい、分かりました」

 

 そう言うと葉月は歩き出し、結花凛たちについてくるよう促した。そして、少し歩いて2階にあがると葉月は結花凛たち4人を自室へと招く。

 

 葉月の部屋は、一言で言えば堅苦しい部屋だった。茶色をベースにした可愛げのない内装に、棚には賞状やトロフィー、役者のための資料が並べられている。

 

「葉月ちゃんのお母さん、厳しい人なんだね。大丈夫? 学校にも来てないけど……」

 

 緩く垂れ下がった眉で優しく語りかけながら、葉月へと寄り添って近づく結花凛の肩を、葉月は軽く突き飛ばした。

 

「は?」

 

 そんな無骨な態度をとる葉月に夕輝は怪訝な声を漏らす。

 

「ボクはスクールアイドル部を降りる。退部届は……出せないかもしれない…………学校にも、もう行くことはないだろう。正式な手続きは、ボクが学校をやめたときに自動的に行われるだろうから安心してくれ」

 

 そう告げる葉月に、他の4人は言葉を失った。

 

「アンタ何言ってんの?」

「そうだよハーたん……あのお母さんに無理強いされてるの?」

 

 夕輝は怒っていた。対照的にレナは葉月に寄り添っている。けれども両者、葉月を思っていると言う点においては同じであった。

 

「フフフ、違うよレナ。そんなんじゃないさ」

 

 これまで元気な姿を見せていなかったと思えば、葉月はそう高らかに笑って声を張る。そして汗で湿った髪の毛を両手で逆立てると不敵な笑みを浮かべた。

 

「確かに母の帰国がボクに与えた影響は少なくはないさ。けれど、昔の自分を思い出しただけのことだ」

 

 昔の自分、そう言われてしまうと結花凛たちにその存在を知る術はない。

 

「だいたい覚えているかい? ユカリ、ユウキ……ボクが最初にスクールアイドル部に入った目的を」

 

 そう問いかけられて、結花凛と夕輝は目を見合わせた。

 

「たしか、私の歌を聴いてくれてて……それで興味を持ってくれたんだよね。私たちとなら、もっと成長できるかもって、葉月ちゃんそう言ってたよ?」

「ああ、その通りさ。けど、もうその必要はなくなった。母が帰国した今、一流の母から学ぶことが何よりの実りに繋がる。そうだろう?」

 

 結花凛を言いくるめるように葉月は快活に言葉を並べていく。

 

「ウソだね。アンタ言ってたじゃん。役者とは別の道を探してるって」

「……気が変わったんだよ。やっぱりボクが行く道は役者の道、正道だ! スクールアイドルなんかじゃない‼︎」

「……いい加減、ヘタな芝居はやめてホントのこと話しなよ」

 

 熱くなる葉月に、怒った顔の夕輝が冷静にそう返した。

 

「葉月ちゃん……私たちは葉月ちゃんの友達だよ? もし葉月ちゃんが1人ではどうしようもない状況にあるんなら皆んなで考えようよ」

 

 一貫して葉月の内側へと語り続ける結花凛は、ひどく悲しい顔を見せている。一度目を閉じて、潤んだ瞳を曝け出しながら結花凛は続けた。

 

「私の思いつきから、夕輝ちゃんと2人でスクールアイドルを始めようって言って、最初に葉月ちゃんが仲間に加わってくれた時、私うれしかったよ? 心強かったんだよ? あの時、葉月ちゃんが私には才能があるって言ってくれたから私は信じて、走って来れたんだよ? だから葉月ちゃんも不安を抱えてるなら私たちが一緒に――」

「うるさい!」

 

 結花凛の説得も虚しく、葉月は声を荒げて結花凛の言葉を遮った。そして、葉月は右手で頭を掻きむしり、その髪の毛は四方八方ボサボサになる。

 

「……バカバカしい。キミの才能だって? そんなもの、全くのウソじゃないか!」

 

 その時、葉月が拳銃に込めた言葉は、まさしくジョーカーカードある。夕輝とレナ、そして結花凛の頭に目掛けて銃口が向けららている。そのことに誰よりも早く、夕輝とレナは察知した。

 夕輝とレナともにフラッシュバックされるのは忌まわしき中学の記憶。病院の中で、その言葉を口にして全てが狂い始めたあの日のこと。

 瞳を揺らし、顔には汗が染み出してくる。筋肉は萎縮して、全身を小刻みに震わせる。

 

 そして結花凛もまた、何か異質な雰囲気を気取ったか、それとも言葉通りに受け取ったか、他の2人のように表情を歪ませている。

 

「キミが持っていた才能はもう、今はどこにも無いんだろ? だって今のキミは天才だった記憶を――」

「ッ!」

 

 その瞬間、夕輝は葉月に飛びかかり、その口を自身の右手手で塞いだ。葉月は夕輝の体重がのしかかり、その勢いで後ろへ倒れ込む。そして夕輝は、そんな葉月の上にまたがってマウントを取る形となった。

 

「アンタそれ以上、言ったらどうなるか分かってんの‼︎」

 

 額にじわりと汗を浮かべ、息は絶え絶えに瞳孔は開いて、切羽詰まった形相で夕輝は声を荒げる。

 

 塞がれた手を顎で払った葉月は背中を床につけたまま、夕輝の顔を見る暇もなく口を開いた。

 

「ハっ、喧嘩っ早いキミらしい、良い解決策じゃないか! いいさ、それで気が済むならいくらでもボクのことを――」

 

 そんな悪態をつく葉月を黙らせる、一粒の暖かな雫が上から頬に溢れて、伝い、そして流れる。もう一粒、もう一粒と、それは垂れてきて、その時ようやく葉月は夕輝の顔に目を向けた。

 

「葉月…………もう、戻れなくなっちゃうんだよ……?」

「っ……!」

 

 鼻をすすり、ひくっ、と肩を揺らし脇を締めて縮こまる夕輝が、そこにはいた。

 思わず葉月も絶句するが、立て続けにその後方では結花凛が苦しむ声が鳴る。

 

「う、うぅぅ……」

「ユカちゃん!」

「結花凛……!」

 

 症状は軽症、だが確実に結花凛は苦しんでいた。すぐにレナが駆け寄って結花凛を抱きあげる。ワンテンポ遅れて美烏も駆けつけるが、ただ見ることしかできない歯痒さを味わうしかなかった。

 

「……ユカ!」

 

 葉月の顔に流すだけ涙を流しきり、夕輝もまたその場を離れて結花凛のもとまでかけて行った。そして、解放された葉月はすぐに立つことはせず、大の字になって天井をぼー、っと眺めている。

 

 3人に囲まれながら頭を手で押さえる結花凛は、一度荒れた息を深呼吸で落ち着かせた。

 

「……大丈夫。それよりも葉月ちゃんを」

 

 葉月、その言葉を耳にして真っ先に胸を撫で下ろしたのは夕輝とレナの2人だった。最悪の再来一歩手前で、それがかろうじて免れ結花凛は平然な状態を保つ。

 そんな様子をむくり、と状態を起こし床に座った葉月は細い目で見ていた。

 

「もう帰ってくれ。これ以上……キミたちに話すことはない」

 

 そう言った葉月は立ち上がり、足早に自室を後にしようと歩き出す。

 

「……葉月ちゃん…………私、諦めないから‼︎」

 

 扉を開けて今にも部屋を出て行く葉月の背中に、最後の力を振り絞った結花凛の叫びが投げられた。そして、その後結花凛は事切れるように気を失ってしまう。

 

 閉じた扉の向こうから、結花凛の名前を叫ぶ3人の声が聞こえてきた。

 

 コツコツコツ、と長い廊下に靴の音を響かせる葉月の頬には夕輝がこぼした涙か否か、一筋の雫が伝い、こぼれ落ちる。

 

 

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