河川敷の清掃活動から1週間がたつ。
初めこそ体力の限界を迎えていた
そして、日曜日を迎える。
「ひゃ〜、結構な人混みだねぇ〜!」
ほとんどの人が学業や仕事から解放され、羽を伸ばす休息の日。午前の10時にもかかわらず、街にはかなりの人が集まっていた。フィギュアやキーホルダー、アイドル系のCDなどが店頭に並ぶ店の前で、結花凛は周りを見渡してみる。
「アタシ、こういうとこ初めて来たかも。
肩が出たり、ジーパンが破れていたり、ロックな服装が夕輝のクールな容姿にマッチしている。腰についた装飾品のチェーンをジャラジャラとさせながら、私服に身を包む彼女は隣に立つ葉月に、問いかけた。
「この辺のライブハウスを劇の舞台として利用することもあるからね。今からボクたちが行くところも、昔ボクが西洋の貴公子として舞台に立った場所さ」
電化製品や本、アニメグッズや楽器、ライブハウスなど様々なエンターテイメントの文化が密集した街で、葉月は誇らしそうに口にした。
シンプルなシャツに黒色のジャケット、スラリと伸びる足はジーパンに包まれていて、男性のような服装を見事に葉月は着こなしている。
「すっごい! 見てみたいな‼︎ 葉月ちゃんの劇!」
爽やかな白のワンピースをヒラリとさせて、振り返る結花凛は目を輝かした。
「ボクも、ぜひ見てほしいな。ユカリの歌にも負けない、ボクの世界に酔いしれて欲しいよ」
一々、ポージングをキメて、そう胸を張る葉月。そんなやりとりをしているうちに、夕輝は1人で歩き始めた。
「ハイハイ、行くよー、2人とも!」
右手に持ったスマートフォンの地図アプリに目を落としながら、先を行く夕輝は遅れる2人に手招きをする。
「なんだい、ユウキ? ノリノリじゃないか。そんなに楽しみなのかい? スクールアイドルのライブ」
「ノリノリってか、アタシ、ギリギリになって焦るの嫌いなんだよね」
小走りで距離を詰めてきた2人は夕輝を挟み込むようにして並んで歩く。
「にしても、あのメガネちゃんが、私たちにアドバイスとわね〜」
「けど、的確なアドバイスだったとボクは思うよ。スクールアイドルを名乗るにしては、ボクたちはその存在を知らなすぎる」
「楽しみだね〜! スクールアイドルのライブ!」
夕輝は右手のスマートフォンを操作して画面を切り替える。それは今日、この街で行われるアイドルたちのライブイベントの概要が書かれたホームページであった。
「どうやら、今日のライブに参加するのはスクールアイドルだけじゃないらしいよ。中学生のアイドルだったり、芸能事務所に所属してるプロのアイドルだったり、幅広い感じ?」
「いわゆる、地下アイドルってやつだね。地上波ではなく主にライブハウスなどのライブ活動に重きをおいたアイドルのことさ」
「へ〜、アイドルにも色んなかたちがあるんだね!」
和気藹々とした雰囲気のまま、数分間歩いた3人は異様な空気感を放つ建物の前に立つ。黒や赤、茶色などで彩られた外観の建物。夕輝が見るマップが指す目的地は間違いなくここであった。
出入り慣れしている葉月を先頭に、3人はライブハウスの中へと入っていく。入口から直ぐに始まる階段に足をかけ、3階まで登ると狭い廊下が現れる。その奥の分厚い扉の向こうには、暗く映画館にも似た雰囲気のライブ会場が広がっていた。
「すっご〜い! こういうの、なんかワクワクするね‼︎」
「うわ! これはちょっと分かるかも。ワクワクする感じ」
はしゃぐ2人を微笑ましく眺める葉月は、大きく息を吸い鼻腔に空気を流し込む。
「懐かしいな、この空気感」
すでにライブハウス内にはかなりの数の観客が入っていて、結花凛たち3人は周りに気を遣いながらステージが見える位置まで移動した。
「前の方には行けなかったけど、けっこういい場所取れたんじゃん?」
「そうだね。ここならよく見れそうだ」
そう落ち着いた2人を見上げながら、結花凛は背伸びをしてステージの方へ目を凝らす。
「いいな〜、2人とも背、おっきいんだもん!」
両頬を膨らませ、幼児のように駄々をこねる結花凛。そんな結花凛を見下ろして、思わず葉月は吹き出した。
耳心地のいい声で笑い飛ばす葉月。長い指で、目からこぼれた涙を拭い、改めて結花凛に目を向けた。
「もし、ステージが見えなかったらボクが抱っこして、持ち上げてあげようかい?」
イタズラな口調で紳士的な優しさを見せる葉月だったが未だに笑いを堪えられずにいる。
「あと5分くらいで始まるかな?」
「そうだ! これ持ってきたんだった‼︎ 2人の分もあるよ」
そう言って結花凛がカバンから取り出したのは6本のペンライト。各々、2本づつになるよう手渡して、夕輝は物珍しそうに手の中で転がしてみる。
「ペンライトじゃん! ライブ会場でよく見るやつだ。まさか、アタシが手に取る日が来るとわね〜」
「気合い十分だね」
「うん! 今日は目一杯楽しむよ!」
ペンライトを天に掲げて結花凛は目を輝かせて声にした。
「ユカ……一応アタシたちスクールアイドルの研究に来たんだからね…………」
「まあ、いいじゃないか。ボクたちがしっかりしていたらいい話だしね」
ライブはまだ始まっていないにも関わらず、予行練習と言い張って結花凛はペンライトをブンブン振り回した。すると、運悪く結花凛の後ろを通った、マスクをつけた少女と衝突してしまう。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて振り向いた結花凛は、その女性に謝罪した。メガネとマスクで顔を隠してはいるが、その肌の潤いからして結花凛たちと、そう歳は変わらない少女。
「大丈夫ですよ。ライブ、楽しんでください」
マスクの少女はにこやかな声色でそう言うと、結花凛たちの近くで自分の場所を確立させた。
「いい人だったね。声もすっごく可愛いかった!」
「ユカリ、はしゃぐのはいいけど周りには気をつけないとね」
「はーい」
そんなやりとりをしていると、会場の明かりは一気に消えて一面が暗闇に包まれる。そして――
「みなさ〜ん! おはようございま〜す! 私立天音女学院スクールアイドル! 【
スポットライトに照らされてステージの上に現れたのは6人の少女。装飾品に彩られた煌びやかな衣装に身を包む、見るからにアイドルらしさ全開のグループ。
センターに立つ黒髪ボブの可愛らしい少女の掛け声で、観客たちのボルテージは徐々に高まっていく。
肌から感じられる空気の違い。周りの観客たちは各々にステージ上のスクールアイドルに向けて声援であったり、ペンライトによる応援を始めた。
「今日は私たち以外にも素敵なアイドルのみんながパフォーマンスをするので、楽しんでいってください! それでは聞いてください、私たちの歌! 【happy happy roulette‼︎】」
※
ライブはすでに佳境を迎えようとしていた。スクールアイドルグループ、
観客席の夕輝と葉月は各々にステージを観察し、頷きのアクションや考える表情を見せていた。そして、結花凛はただただ周りのテンションに同調するように、手の中のペンライトを振り回していた。
――残るグループは2つまで絞られる。
「みんな、久しぶり〜! げんきしてた〜? ミュウミュだよ〜!」
黒色をベースにピンク色のメッシュが散りばめられた派手な髪色。ツインテールで短いスカートをヒラつかせ、まさしくアイドルらしいアイドルが1人、ステージ上に登場した。
様々なアイドルグループが混合で行うライブイベントにおいて唯一、ソロで活動するフリーの地下アイドル。パンフレットの説明欄にはそういった内容が記されている。
「初めましての人もミュウミュのこと、好きになって帰ってね〜!」
ステージ上のそんな彼女を観客席から見つめながら、夕輝は不可思議な表情を見せた。それに気づいた葉月はゆっくりと夕輝に近づいて耳打ちする。
「ユウキも気がついたのかい?」
「葉月も違和感ある? ってことは、やっぱり……」
不審な動きを見せる2人を他所にステージの上では、ミュウミュのトークが順調に進行されている。
「みんながくれた高校進学のお祝いメッセージ、ちゃんと届いてるよ! でも、ごめんね。みんな期待してくれてたみたいだけど、うちの学校にはスクールアイドル部がないから、私は今までどと同様にソロアイドルとして活動していくね!」
快調な滑り出しで会場を盛り上げたミュウミュが、高まったテンションのままにミュージックスタートを宣言する。
すると、アップテンポでフレッシュな曲が流れ、ステージ上のミュウミュはキレのあるダンスを披露した。そして、発せられた歌声は正確でいて美しい響きを奏でている。ステージの上で笑う彼女の八重歯がキラリと輝いていた。
「ああ、ユウキの予想通りさ。メイクや桃色のエクステで容姿こそ少し変わってはいるが間違いないだろうね。他人の空似にしては特徴を捉えすぎている」
「じゃあ、あそこで踊ってるのって……」
「
神妙な顔つきで、夕輝と葉月はステージを見つめるのだった。
※
「ええ‼︎ 美烏ちゃんがアイドル⁉︎」
紅く煌めく夕陽が、結花凛の横顔を眩しく照らす。
全ての演目が終了し、哀愁だけが残ったライブ会場を後にして、結花凛たちはライブハウスの前で話し込んでいた。
「間違いないだろうね。ボクもユウキも8割方、確信しているよ」
「まさか、天下の風紀委員さまがアイドルだったとはねェ〜」
「ユウキ……別に風紀委員は、天下はとっていないんじゃないかな?」
驚きと嘲笑の意図が感じられる声色で言う夕輝を、葉月は優しくたしなめる。
「だが、これは好都合なんじゃないかい? こんなにも近くに即戦力が潜んでいたなんて。今、ボクたちが必要な人材にピッタリじゃないか!」
経験豊富な正統派のアイドル。喉から手が出るほど欲しい人材に葉月は胸の高まりを抑えられずにいた。
「それはダメだよ! だって、美烏ちゃんスクールアイドルにはなりたくないみたいだもん!」
昂る葉月と同じ熱量で結花凛は声を大にして言う。
そんな結花凛を2人は神妙な顔つきで見つめた。
「けど、今日のステージ見た感じだと、別にやりたくないようには思えなかったけど?」
夕輝が結花凛に問いかける。
確かに、ステージ上の美烏はアイドルとして活き活きしていて、スクールアイドルに対しても否定的な態度は見せてはいなかった。
「でも、なにか理由があるんだと思う。だって、美烏ちゃん言ってたから――」
訴えるように言葉を連ねる結花凛の後ろから、1人の少女が近づいてくる。そして、唐突に少女は口を開いた。
「あの! もしかして、あなたたちは若ノ芽女学院の人ですか?」
結花凛の言葉を遮って、少女は緊張しているのか、おどおどしく、そう言った。白いマスクで顔を隠し、丸いメガネをかけた少女。
突然現れた、その人物に3人の視線は収束する。
「間違ってたら、ごめんなさい……でも! スクールアイドルの話してたから……」
「キミは確か…………ライブ会場でユカリと衝突した……」
覗き込むように顔を近づけられ、慌てて少女はメガネとマスクを外す。すると、そこには可愛いらしい女の子の顔が存在していた。
丸くハッキリとした目に、小さな唇。きめ細かで雪のような肌からは日頃の努力が伺える。
あらわとなるその顔に結花凛たちは驚きの表情を見せた。
「おや、とても可愛らしいお嬢さんだ」
葉月の甘い声が、至近距離から撫でるように少女の耳へと入っていく。
「確かにボクたちは若ノ芽の生徒だよ。何か用があるのかい?」
「へ⁉︎ あ、ハイ! ちょ、ちょっとお願いごとがあって……」
顔を赤く染め、慌て息を荒くした少女は葉月から目を逸らして口にする。そんな状況をしらけた表情で見つめていた夕輝は静かに、葉月の首根っこを掴み少女から引き剥がすのであった。
「たびたび出る、そのナンパ師みたいなの、なんなの? やめときなって」
「アハハハ…………ついクセでね。求められているのかと思うとついやってしまうんだ」
「よく分かんないけど。ま、私たちはそんなの求めてないから。ヤンなくていいからね」
呆れた口調で言う夕輝だったが、葉月はなぜか嬉しそうに笑顔を見せる。
「ハハ、そうかい。分かったよ」
「なに笑ってんの? 怖いんだけど……」
「ハハハ、ごめん。気にしないでおくれ」
なお気味の悪そうな顔を向ける夕輝だったが、そんな2人を他所に結花凛は現れた少女と対面する。
「あの……もう一度確認してもいいですか? 皆さんは美烏ちゃんの友達で、若ノ芽女学院のスクールアイドルでいいんですよね?」
「そうだよ! どうして、そんなこと知ってるの⁉︎」
「あ! すみません。さっき、通りがかりに皆さんの話を聞いてしまって……」
左右の手を前で組み、モジモジとした様子を見せながら少女は言葉を紡いでいく。
「あの、自己紹介が遅れました。私は
琴音は覇気のない声で自分の存在を言葉にする。
琴音の発言に結花凛は目を輝かせ、そして大きく口を開いた。
「すっごい! アイドルだったの⁉︎」
その声に慌てて、琴音は結花凛の口を手で塞ぐ。
「ごめんなさい! あまり、大きな声では言わないで!」
「立ち話もなんだし場所、変えよっか」
その様子を見ていた夕輝は落ち着いた様子で、そう提案した。