ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第51話 協力的な遭遇②

 どんぶりの中には白濁した濃厚なスープが浸されており、豚特有の獣臭さが白い湯気となってたちこめる。チャーシュー、煮卵、紅生姜それぞれがその器の中を鮮やかに彩っていた。

 

「いや〜、練習あとにラーメン食べるなんて背徳感がスゴいっすねぇ〜」

「淳美、うるさい。こっちは真面目な話をしてるのよ。少し黙ってなさい」

 

 そう、りくに叱られて淳美はシュン、と肩を落とす。そこからズルズルではなくチュルチュルと淳美は食事のペースを分かりやすく乱していた。

 

「ごめんなさいね。……それで、いったい何があったのよ」

 

 何の因果か結花凛はりくに連れられて、カウンター席しかない狭めのラーメン屋で夕食を囲んでいる。しっかり食事を楽しんでいる淳美と、程よく箸をつけているりくに対して結花凛は箸すら手に取ってはいなかった。

 

 声をかけようにも何ともは歯切れが悪く、なかなか話そうとはしない結花凛を前にりくはため息をはく。

 

「ゆっくりでいいわよ。けど、ラーメンは麺がノビちゃうから早く食べることをオススメするわ」

 

 机に肘を置き、頬を杖をつきながらりくは、しっとりとした瞳で元気のない結花凛を見つめていた。

 

「……いただきます」

 

 結花凛がそう言って素直に箸を握ると、小さな一口でラーメンをすする。

 

「おいしい……」

 

 結花凛がそう呟くと次の瞬間、大粒の涙がその瞳から溢れ出し、ポタポタとカウンター席にこぼれ落ちた。

 

「……はぁ」

 

 制服のポケットからハンカチを取り出して、りくは結花凛の涙を優しく拭う。それから、結花凛が落ち着きラーメンを食べ終わるまで、りくは黙って見守っていた。

 

 ※

 

 少し経って、結花凛から事情を聞いたりくと淳美は自分のスマホで例のネット記事に目を通す。

 

「げげげっ……ガチで柊絵梨花の娘なんすか⁉︎」

「あの子、確かにただものではなさそうだったけど、本当にアナタたちはクセが強くて面白いわね」

 

 元気のない結花凛、驚きを隠せずにいる淳美に、遠慮なくりくはそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。どこか嬉々としていて生き生きした、りくの表情を淳美はイヤそうに見つめている。

 

「……私、情けない。もっと私がしっかりしていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」

「傲慢ね。そういうのは嫌いじゃないけど、この状態で自分を責めるのは得策だとは思わないわよ? チームの空中分解をどうするか、まずはそこでしょう」

「でもどうしたら……」

 

 そんなこと言われても、自分が1番そのことに悩んでいるんだと言いたげに結花凛は他者にすがるしか術を残していなかった。

 

「1番簡単な方法は葉月ちゃんを、切り捨てて美烏ちゃんたちの意見に賛同すること……間違いなくこれね」

「……っ⁉︎」

 

 酷くショックを受けている結花凛の顔を横目に、りくはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「けど、アナタはそれがイヤでイヤで仕方がない……そうでしょ?」

 

 結花凛がコクリ、と首を縦に振るとりくも合わせるように頷いた。そして人差し指を立てて、りくは結花凛の注目を集める。

 

「じゃあ、結花凛ちゃんが頑張るしかないんじゃないかしら? できない、できない、じゃなくてやればいいのよ。たとえば、1人で無理なら全く別の誰かに助けを求めてみたりしてね」

 

 数秒の沈黙の間、結花凛は固まって目を点にしていた。巡る思考が頭の中で弾けたその時、結花凛はりくが立てた人差し指を握りしめる。

 

「……私に、力を貸してください」

「ふふ、イイわよ?」

 

 そんなやりとりを後ろで黙って聞いていた淳美は目と口を大きく開けて、何か言いたげな表情をりくへと向ける。そんな淳美の圧に気づいたのか振り返ったりくは、目力で淳美を抑制し、自分の連絡先が記されたスマートフォンの画面を結花凛へと差し出した。

 

「明日、放課後に土宮に来なさい。私が面倒みてあげるわ」

「はい。……よろしくお願いします」

 

 自分のスマートフォンでりくの連絡先を読み取って、結花凛はそう礼をする。

 こうして結花凛はかつての敵だったイグニスコードの松原りくと悪魔の契約を交わすのだった。

 

 ※

 

 次の日、結花凛は美烏に少しの間、部活動を欠席する旨を伝えた。

 結花凛の存在を避けて自分たちだけで葉月の問題を解決しようと考えている3人に取っては、むしろ都合のいい状況と重なり、美烏は話が拗れる前に特別理由を聞くこともなく承諾する。

 そんな提案をした結花凛を心配する美烏とレナだったが、それは杞憂であり結花凛の瞳にはすでに新たな炎が宿っていた。

 

 放課後、結花凛は土宮女学院のスクールアイドル部、イグニスコードの部室の門を叩く。

 

「いらっしゃい。結花凛ちゃん」

「はい、おじゃまします」

 

 結花凛が土宮女学院スクールアイドル部の練習場に足を踏み入れると約20名程のスクールアイドルたちが一斉に注目を寄せた。

 一瞬気圧される結花凛だったがすぐに顔を引き締めて、室内へと入っていく。りくに案内されて、結花凛は用意されたパイプ椅子に腰をかけた。そして、正面には同じく、りくが腰を下ろす。

 

「相変わらず、スゴい熱気ですね」

 

 それぞれが2〜7名のグループを組んでステップを踏んだり、トレーニングに励んだり、そんな光景を視界に入れて結花凛は呟く。

 

「そうでしょう。ラブライブに参加できるのはイグニスコードの7名だけどはいえ、その期間中はどのスクールアイドルも注目されるゴールデンタイム。ファンを稼ぐチャンスよ。それに向けて気合が入ってるのね。全ては、来年の選考のために」

「選考……」

「そう、土宮は完全実力主義で成り立っている。一年生が入学して1ヶ月後、毎年恒例の人気投票を行なって上位7名を選出するの。だから、一年生にとっては、不利も不利。あんなでも、それを勝ち取った淳美はスゴい子なのよ」

 

 2年生や3年生に混ざってイグニスコードの1人に名を連ねる唯一の一年生。淳美を指しながら、りくはそう言った。

 

「あの子も、美烏ちゃんと同じ元子役タレント組……けど、やっぱりクルール×フルールは同年代の中じゃ地力が強いわ。今までこの近辺ではイグニスコードが一強だったのに……去年泉ヶ上聖女に桜と杏子が入って、勢力図が一変した」

 

 スプリングフェスだけ取ってみても、去年の優勝校はりくが言うその2人がいるRomanesque(ロマネスク)である。今まであった力関係を覆すほど、元クルール×フルールのメンバーの桜と杏子、この2人が強力なカードであることは間違いない。

 

「そこにアナタたちと来たものよ。美烏ちゃんもあの2人と同じだけの地力を持っている。今年はともかく来年、私が3年生の年、ラブライブ本戦に進むのはどのチームになるでしょうね」

 

 ロマネスクは杏子の負傷により本調子はまだ取り戻していない、結花凛たちエンシードも未だ眠れる獅子である。それを踏まえて、自分が高校を卒業する花形の年、来年こそが真の勝負の時だと、りくは語った。

 それはまるで、自分が生まれた年を恨むかのように、そして同時に嬉々として胸を高鳴らせているように、2つの感情を織り交ぜて窓の外の曇り空を見つめている。

 

 すると、そんな話を黙ってじっ、と聞いていた結花凛に気づき、りくは咳払いをして息を吸い直した。

 

「ごめんなさい。関係ない話をしてしまったわ」

「いえ、全然……」

 

 そう言われ、顔の前で手を振って和かに否定する結花凛。しかし、その瞳は深くすわっていて、溜め込んだ力が溢れんとするほどやる気に満ちているようだった。

 

「……本題に入りましょう。まず正直に言うと、今ネットニュースを騒がしている問題を解決するのは9割がた不可能だと考えるわ」

「……ッ!」

 

 柊絵梨花が発表した愛娘の柊葉月の存在。そして、お披露目舞台。ネットニュースは一夜を空けて朝のニュース番組に報道されるほど話題性を生み出している。今後、さらにそれは加速することまで見込めるだろう。

 

「じゃあ、どうしたら!」

「まあ、慌てないで」

 

 声を大にして冷静を乱す結花凛を、りくは右手で制止させた。

 

「舞台の件は、もう諦めなさい。アレは向こうの予定通り、必ず決行されるでしょう。そっちも色々と事情があるみたいだけど、ムリばかり言ってたら掬い取れるものも見逃してしまう」

「……」

「つまり、最終的に葉月ちゃんが戻って来れる場所を結花凛ちゃんは用意しておくの。その上でチーム全員の意志をアナタが1つに束ねて葉月ちゃんを引き抜き返す。そのための第1フェーズ」

 

 右手で1を作って、りくは真剣な顔つきで説明を続ける。そんなりくを、結花凛もまた真剣に見つめていた。

 

 「柊絵梨花にあって結花凛ちゃんに足りないもの……確かな実力と知名度。この2つを、今から速攻で取りに行く」

 

 りくの右手が空を掴んで勢いよく握り込まれる。

 一夜にして注目を浴びて遠くへ行ってしまった葉月が帰ってきても遜色のない場所。柊絵梨花を納得させるだけの実力と知名度。地道な作戦だが、それはいずれ必要なこと。

 りくの熱演に耳を傾けて、結花凛はコクリと首を振る。

 

「覚悟はいい? 私は甘くないわよ」

「はい!」

 

 結花凛の元気な返事が、練習場に響き渡った。ニヤリ、と笑うりく。かつて相入れなかった2人の手で、葉月奪還作戦が開始する。

 

 ※

 

 時を同じくして曇り空の下、夕輝、美烏、レナの3人は市内にある、中型ビルの前に立っていた。

 夕輝が先頭に立ちビルの中へ入り、案内された社長室の扉を叩く。中にいた秘書の女性に招かれて3人は葉月の父親と再会した。

 

『よく来てくれたね。この間は、失礼な対応をとってしまい、申し訳なかった。もう1人の子の身体は大丈夫かい?』

 

 社長机に置いてあるパソコンをカタカタと操作して、奈月が文字を打つと、隣のモニターにその内容が映し出される。日頃の業務から秘書や社員と円滑にコミュニケーションを取るために採用したシステムなのだろう。

 

「はい。ユカなら大丈夫です。今は、大事をとって休んでもらっています」

『そうか。それは良かった。さあ、立ち話もなんだ、座って話そう』

 

 そう伝えると、奈月は部屋の中に準備した4つのイスと机に向かって手で促した。そして、3人は結花凛の席を空けて2、1の構図で席に着く。

 

『まず、もう一度……今度はハヅキの分をボクから謝らせて欲しい。この間はすまなかった……』

 

 そう文字を打ち込み、奈月は立ち上がって頭を下げた。そんな誠意のある行動に3人は慌てて立ち上がり、それを抑える。

 

「いえ、ホントにアレが葉月の本心だなんて、誰も思ってませんから⁉︎ アタシたちは大丈夫です‼︎」

 

 夕輝がそう言うと、奈月は少し驚いたような顔を見せてから朗らかに微笑んだ。

 

『ありがとう。本当にハヅキはいい友達を持ったんだね』

 

 しみじみとした表情を見せた奈月はそれから、ゆっくりと席に座り、夕輝たちも再び席に座る。

 

『ハヅキの表面だけを見ず、心から接してくれるキミたちをボクは誇りに思うよ』

 

 少し照れくさそうに頬を染める3人を見て、奈月はもう一度柔らかな笑顔を見せた。

 

『ところで、キミたちはエリカを見て、どう思ったかな?』

「……え?」

『なに、忖度は必要ないさ。思ったままで構わないよ』

「……正直に言うと怖かったです。葉月を上から抑えつけてるように思いました」

 

 夕輝が恐る恐る答えると、奈月は机の上で手を組んで微笑んだ。そして、すぐにパソコンに文字を打ち込む。

 

『そうだね。その通りだよ。確かにエリカはハヅキに役者の道を強制した。視野が狭くなってるのも事実だろう。けどね、言い訳じゃないが彼女も彼女なりに娘を愛する信念があるんだ』

 

 夕輝たちが怪訝な表情を見せるが奈月は続けて文字を打ち込でいく。

 

『エリカと葉月はよく似ている。どちらも強くて、どちらも疎まれやすい。エリカは今でこそ一流の女優として日本を背負って立つ有名人だが、その実根っからの叩き上げでね。それはもうイバラの道を突き進んで今の地位にいるんだ。ボクはそれをずっとそばで見てきた』

 

 人に疎まれ、邪魔をされ、それでもなお止まらなかったからこそ勝ち取った地位だと、奈月は語る。

 

『ボクはそんな彼女の強さと気高さに惹かれた。けれど、それが悪い方向に変わってしまったのはハヅキが学校で顔に傷をつけられて返ってきた時だ。エリカは葉月が自分のように環境に苦しめられるようなことだけは絶対にあってはならないと毎日のように言っていた。子役として舞台に立つときも自分の娘だとは公表せず、1人の役者として保護をして、手厚い指導と徹底したスケジュール管理を施した。だが結局、そういった事件が外部で起きて、エリカの過保護は激化したよ』

 

 過去を振り返り、眉間にシワを寄せながら奈月は語り続けた。

 

 ※

 

 ハヅキはこれまでまともな学生生活を送らなかっただろう。ボクはそれを危うく感じながらも、役者としての才能をグングン伸ばしていく娘に可能性も感じていた。元はボクも役者の端くれ。同じ劇団の仲間には大根芝居、三流役者となじられていたが舞台に対して熱い気持ちを持っていた。

 娘が才能を伸ばし、ボクなんかよりも輝かしい役者になるたびに胸が躍ったものさ。

 

 けれど、葉月が中学3年生のときボクたち家族の周りに、様々な変化が起きた。まず、エリカがハリウッドに声をかけられ渡米した。ハヅキのことは気にかけていたが、大きくなることは彼女の夢だ。自身が更に有名になることは、重ねて未来の葉月の力になる、そう言って彼女はハヅキをボクに任せてアメリカに行った。

 

 そして、彼女の渡米が決まり今にも飛び立とうとしたタイミングでボクは声門癌の治療のため声帯を切った。彼女には知らせていたが、葉月がボクの癌を知ったのはその時だね。未来を見据えて日々を積み重ねるハヅキの邪魔になりたくない、そう思い隠していたが聞かされた時は相当ショックを受けたみたいだった。

 

 厳しく指導するエリカとボクの声がなくなって、何も言われなくなった葉月がその時初めてボクに自分の心を打ち明けてくれたんだ。

 

 高校では役者とは別のことがしたい、そう言われた時、ボクは今までハヅキを縛り付けていたことを自覚したよ。

 ボクは今までの自分を恥じ、葉月を若ノ芽女学院に送り出した。それからと言うもの、仕事が忙しくて中々、家では会えないボクに毎日のようにキミたちの話をチャットで話してくれるハヅキが愛おしくてね。そのとき本当にボクは正しいことをしたんだと思った。

 

 けれど、エリカはそうは思わなかったみたいだ。どこからかキミたちの活動を聞きつけて、葉月を役者の道に戻すためだけに帰国してきた。それからは見ての通りだ。

 

 エリカはハヅキに対して、キミたちを人質にとった。自分がその気になれば、高校生のアマチュアグループなど圧力をかけて潰すことは容易であると……そして、同時にボクにも同じことをした。今回の公演、構成される役者はボクの会社の若手たちだ。公演を行うにあたって、エリカはすでに多くのスポンサーを後ろにつけている。そんな今、無理やり全てを御破算にすると被害を受けるのはボクの会社の信用問題だ。

 損害がボクだけにとどまるなら構わないが、ボクは多くの社員の人生を背負っている。それを人質に取られたんだよ。

 

 今日、キミたちはボクの力を借りにきてくれたみたいだが、申し訳ない。ボクは力不足だ。今回の公演に関しては、もう揺るがない。何があろうとね。

 

 ※

 

 結花凛が土宮の門をくぐって1時間がたった。結花凛はりくに連れられて個別のレッスン室に招かれる。

 そこで行われたのは、りくが教える歌のテクニックの練習法。一通りりくが解説を終えると次の瞬間、結花凛は一瞬にしてそれらを習得した、体がすでにその技術を覚えていたかのように。

 

 現在打って変わってりくは、結花凛を連れて街の方へと出てきている。文句のつけどころもない結花凛を前にりくは外出する、と言い出したのだ。

 

「ここ、美烏ちゃんと音楽フェスにきた時の駅だ!」

「ああ、アレね。あなたも来てたの。私も行ったわよ。楽しかったわね」

「はい! りく先輩‼︎」

 

 この短期間ですでに打ち解けたのか、結花凛は真っ直ぐな瞳でりくに返す。そんな結花凛をりくは一歩引いた距離感で見つめていた。

 

「……あなたに先輩って言われるの、何だかむず痒いわ。どうしても敬称をつけたいならお姉様なんてどう?」

「はい! りくお姉様‼︎」

「……冗談よ。やりづらいわね」

 

 りくは額に手を置いてため息を吐く。

 

「別に敬称なんて必要ないわよ。アナタはウチの生徒なわけじゃないんだし」

「じゃあ、りくちゃん!」

「…………まあ、なんだっていいわ」

 

 若干呆れながらも特別言及はせずに、りくは自然と認める姿勢を見せた。目がチカチカしそうなほど明るい結花凛の笑顔を前に、りくは思わず目を狭めて直視している。

 

「というか、あなた切り替えて元気にいきなさい、とは言ったけど元気になりすぎよ」

「だって、りくちゃんのおかげで、すごくスッキリ歌えるようになったんだもん‼︎ 目からウロコって感じです!」

「そう……それはよかった。これからは土宮でさっきの反復練習を行ってからここに来る。当分はそのルーティーンの繰り返しよ」

 

 目を輝かせる結花凛を前に、りくは冷静に話の軌道を修正した。歌を通して、結花凛とりくは互いに打ち解け、互いの距離感を覚えたらしい。

 

「えっと、ここで何をするんでしったけ?」

「そういえば説明がまだだったわね。第一フェーズは二段階に分かれている。一段階目はほとんど完了した。やっぱり結花凛ちゃんには歌の素養がすでに備わっている。あとは私が持っているテクニックを完璧に自分のものにして、地力の底上げを図るわ。そして、第二段階。今からあなたはここで路上ライブを行うの」

 

 そう言うとりくはカバンから一枚の紙きれを取り出した。A4サイズのその紙には『許可書』、と書かれており、この近辺で1週間路上ライブをする許可が記されている。

 

「路上ライブ?」

「そう、そしてその動画を私が撮影して、SNSの裏垢で拡散する。バズれば晴れてあなたは知名度を手に入れられる」

 

 策戦の概要を話すりくを、結花凛はキョトン、とした顔で見つめていた。そんな結花凛を見て、りくは唇を尖らせる。

 

「あのね、確かに裏垢とか美烏ちゃんならやらない策戦かもしれないけどね。これも立派な戦略なのよ。SNSは一筋縄じゃ行かないの」

「あ、いやそうじゃなくて――SNSとか目に見えた数がエンシードに流れるのに、どうしてそこまで協力してくれるのかと思って……」

 

 結花凛が恐る恐る、そう聞くとりくは「そんなこと今更……」、と言いたげに表情を暗くする。

 

「この間の合同練習のときも散々言ってたけど、私はもともとアナタたちに興味があった。そのうえで、ゲリラのライブ配信に出てもらったし、美烏ちゃんの方がセンターにふさわしい、と助言した。多少やりすぎた点は認めるけど、それもこれも悪いことをしたとは思っていないわ」

 

 普段の強気な態度でりくは説明を続けた。あくまでも、一貫してりくは結花凛たちに対して、好意的であったと主張する。

 

「なにより、この間のフェスであなた個人には更に興味が増した。今回の策戦でそっちに利益が出ることは確かだけど、私もしっかり利益を得るように考えているから、その点は気にしなくていいわ」

「そっか……じゃあ、気にしないようにします」

「ええ、それがいいわよ」

 

 そう互いに納得して、りくは大きなボストンバックからマイクとマイクスタンドを取り出した。そして、スピーカーなどの機材を取り出してセッティングを始めた。

 

「さっき聞いた結花凛ちゃんの得意な曲、全部プレイヤーに入れといたから好きにセトリを決めてライブ始めちゃいましょうか」

「はい!」

 

 そう言って結花凛は深呼吸をした後、スタンドマイクの前に立つ。りくは距離を取り、人混みに紛れて他人を装い撮影のタイミングを伺った。

 結花凛の口がゆっくりと開いて、大きく空気を肺へと取り込む。そんな結花凛の表情は清々しくて、体には一切無駄な力は入っていない。

 

「若ノ芽女学院スクールアイドル部! En↑↑↑seed‼︎(エンシード)の春野結花凛です! 歌います‼︎ よろしくお願いします!」

 

 マイクを通して結花凛の大きな声は広がっていく。深々と頭を下げて元気いっぱいに結花凛の路上ライブ1日目は幕を開けた。

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