夕輝、レナ、美烏の3人が葉月の父親、英刈奈月に助けを求めたその日。3人は大した成果を得ることはなく、奈月の会社を後にせざるおえなかった。
奈月から言われた内容は、もう発表された公演は覆せないこと。そして、厚かましい話ではあるが、と前置きをして絵梨花の隙を見て葉月に会いにきてほしい、とのこと。
葉月にとって結花凛たちエンシードのメンバーは数少ない友人である。その関係を、奈月はどうにか守りたいと語った。
葉月の父親という一抹の期待を失った夕輝たちは振り出しへ戻されて、もう一度作戦会議を始めるため夕輝の自室に集まっている。
青を基調とした内装に白色の家具がマッチしていて清潔感のある部屋には、夕輝の趣味と思われる熱苦しいプロレスの写真集やヤンキー漫画なども見てとれた。
「なんというか……夕輝らしい部屋ね」
夕輝が押し入れから出してきたクッションの上に座り、美烏はそう呟く。そんな美烏を夕輝は勉強机の回転イスに腰を下ろしてムスッ、とした目で見下ろした。
「いま、そんなこと言ってる場合じゃなくない?」
「ごめんなさい……」
別に美烏とてこの空気の中、夕輝のことを茶化そうとしたわけではないはずである。しかし、そんなことや目の前の美烏の些細な表情の変化さえも見えないほどに、今の夕輝はピリついていた。
「……どうにかしないといけないのに」
夕輝は極めて小さな声で、そう呟き奥歯を噛み締める。そんな夕輝を見て不安に瞳を揺らしていたのはレナだった。
「ユっちゃん……」
言葉をかけようにも、何を言っていいのか分からないのか、レナの声はそれ以降静寂の空気にかき消される。
「分かるよ……葉月のお父さんが言ってることは分かるけど……」
葉月に手を伸ばしても届かない、そんな確定された現実に夕輝は拳を震わせていた。
「ユカちゃんがいてくれたら…………」
ボソリ、と呟いたそんな言葉に夕輝は鋭い目を光らせて過敏に反応を示した。そんな夕輝に、発言の主であるレナも少し顔を引き攣らせる。
先日の結花凛が倒れた件はレナにとっても決して小さな出来事ではない。夕輝と同じく、もしくはそれ以上に彼女の内心は揺れていることだろう。そんな思いがレナの口を滑らせる。
「レナ……ユカはいないんだよ。1人で何でも解決しちゃうユカはもういないの! 今のユカは純粋なただの女の子。昔みたいに何にでも上手く機転が効く訳じゃない! そんなことアンタも分かってんでしょ‼︎」
「でも――!」
「でもじゃないっ! アタシはアンタより長く今のユカといるの! 今のユカからずっと逃げてたクセに、今更出てきて理想ばっかり語んないでよッ‼︎」
言い終わり、息が荒れた夕輝にレナは驚きながら怯えた顔を見せていた。美烏に至っても、険しく暗い表情を見せている。
そんな2人の顔を見て、大きく息を吸い夕輝はヘタリ、と肩を落とした。
「……ごめん。熱くなりすぎた」
2人から目を逸らし、夕輝はそんな風なことを口にする。それに対して数秒の間、2人は返事ができないでいた。
しばらくの静寂が部屋の中に流れ込む。
「……これじゃあ、まともに話し合いもできないわ。今日は一度解散して、全員頭を冷やしましょう」
美烏がそう切り出して、ゆっくりと立ち上がった。そしてレナも、夕輝の様子を伺いながらも続いて立ち上がる。
2人が部屋を去っていく間、夕輝は歯を食いしばりながら下を見つめているしかいなかった。
※
翌日、結花凛は今日も土宮女学院のスクールアイドル部にやってきていた。いつも通り、りくの指導のもと別室の防音室にて発声練習が始まろうとしている。
そんなとき、結花凛の指導を始めようとするりくのもとに、黒い短髪に青のメッシュが入った少しボーイッシュな女の子がやってきた。
「りくは今日も結花凛ちゃんに付きっきり?」
「ええ。昨日と同様そっちのことはよろしくお願いしますね、椿先輩」
「はいはい。そうやって入れ込むのもいいけど、こっちも疎かにしないでよね」
「分かってますよ……」
目を細めて低い声で答えるりくを椿は呆れながらも暖かい目で見つめている。
2人がそんなやりとりをしている間に、結花凛の方には白とピンクが織り混ざった一際派手な少女が忍び寄っていた。
「はーい、結花凛ちゃん! 今日の結花凛ちゃん元気ちゃんかなぁ? キャンディ食べる?」
コロンはそう言いながら、長いネイルに隠れた生身の指で器用に袋からキャンディを取り出して結花凛へと手渡す。結花凛が嬉しそうに表情を明るくすると、今度はコロンの後ろから雅やかな気品のある少女、羽村桔梗が近づいてきた。
「結花凛ちゃん気いつけや? その飴ちゃん毒入ってんで?」
「え⁉︎」
桔梗にそう脅されて、結花凛は目を丸くして肩を跳ね上げさせる。そんな様子を見ていたコロンがジトリ、とした目で桔梗を見ると、桔梗も負けじと見下すように細い目を向ける。
「は? 桔梗パイセン、チョー失礼なんですけどぉ。コロンちゃんのキャンディに毒なんて入ってないですよぉ」
「あんた蹴落とすとか、出し抜くとか好きやろ? 毒くらい入れるんとちゃうの?」
「入れませーん。ハチミツ入りの喉にチョーいいやつで〜す」
口の中で飴玉を転がしつつ、目の前で繰り広げられる2人の痴話喧嘩に結花凛が呆気に取られていると、いきなり結花凛の背後から2つの手が這い寄ってきてそのまま頬を揉みしだく。
「わぁっ⁉︎」
当然、結花凛は驚きの声をあげるが頬を触っている当の本人、戸守葛は全く気にしない様子で堂々としていた。振り返り正面通しで対面するが、葛は再度両手を伸ばして結花凛の頬に手を触れる。
「モチモチだな、後輩」
アシンメトリーな前髪と三白眼が特徴的な少し強面な少女、戸守葛が小動物を愛でるように結花凛を可愛がった。葛がニタリ顔で大変悦に浸っていると、今度はまん丸なお目目をパチパチさせてクレアが勢いよく近づいてくる。
「モチモチ! ワタシ知ってマス‼︎ みたらしダンゴ、3色ダンゴ、ヨモギモチ‼︎ 全部、ニホンの伝統スイーツデース!」
「クレア先輩! 違うっす、今のはそういう感じじゃないっす。違わないけど違うんすよそれ‼︎」
暴走するクレアを制御しようと淳美も後を追ってくる。
続々と結花凛のもとに集まってくるイグニスコードのメンバー達。それぞれが結花凛を取り囲み、各々で結花凛を可愛がっていた。
結花凛は結花凛で、新たな環境で歓迎されている状況に表情を明るくして、素直に楽しそうにしている。
「ちょっと、ウルさいわよアナタたち! ほら、散った散った」
手で払いながら騒ぎ出したメンバーたちに迫っていき、りくは一喝した。「「わぁー」」、と迫り来るりくを前に椿を除いた他のメンバー達は逃れようと走り出す。
そんなメンバーをりくは追いかけて、一時的に結花凛のもとには椿だけが残っていた。
「あの子たちが、あんなにはしゃいでるなんて珍しい……キミの影響かな? 結花凛ちゃん」
「私?」
きょとん、とする結花凛を見て優美な笑みを浮かべながら椿は一歩、結花凛へと近づく。
「普段の土宮は、結花凛ちゃんも知っての通りちょーっと殺伐としたところがあるからね。結花凛ちゃんのゆるーいオーラが良い風に作用したんじゃないかな、って」
「そんな、私は何も……それどころか頼ってばっかりで」
「結花凛ちゃん……随分と落ち込んでる様子だね」
やる気を出し新たな炎を宿した結花凛だが、葉月の一件で無力を突きつけられたことによる、自信の損失という問題はまだ改善されていない。そのことが引っ掛かっているのか、どこか自分を低く見積もる返事を結花凛はしている。
そんな結花凛の状態を椿は見抜いてみせた。力強い瞳で見つめ、それでいて優しい表情で椿は口を開く。
「気負うな若人。初めてウチに練習に来たまだ何者でもない結花凛ちゃんならまだしも、スプリングフェスを経て少なくともウチのメンバーはキミに一目を置いた。だから皆んな心を開くし、キミに力を貸すんだ。歌も人格も、どれもキミの力だ」
椿の言葉を自分の心に染み込ませていくように、結花凛は話を聞きながら頷く姿勢を見せた。スクールアイドルとして今まで歩んできた道。いつの間にか結花凛は周りから大きく祭り上げられていたが、それは一歩一歩確実に踏みしめてきた結果だと思い出す。
「私の力……」
結花凛がそう呟くと、椿は力強く頷いてみせた。
「ああそうとも。キミの力を私たちは認めたんだ。ふふ、特にりくはあの日以来、結花凛ちゃんに御執心なんだよ?」
「りくちゃんが?」
結花凛がそうとい返すと椿は耳を疑ったかのように目を丸くする。すると、まずいことを言ってしまったか、と結花凛は焦りを顔に出した。
「りくちゃん……もしかしてあの子がそう呼べって?」
「あ、いや……先輩はむず痒いって言われて、だからいつも通りの呼び方で」
それを聞いて椿は思わず緊張の解けた緩い表情を見せる。それは、どごか温かみを感じるような、優しい顔だった。
「へえ、りくって下の子にはそんな風になることもあるんだねぇ。淳美ちゃんはさ、どちらかというと私たちのことを背中から刺してくるタイプの後輩だから、手放しに可愛がれる後輩は土宮では珍しいよ」
快活のいい笑顔を見せて話す椿に、結花凛は少し困りながらも合わせて笑っていた。
淳美は、2つ上の先輩からかなり尖った評価を受けているようだが、それも想像がつかない話でも無く結花凛も苦笑を浮かべるしかない。
「そっか、あの子もスクールアイドルになる前は、誰にも理解されない孤独な歌姫――いやりくの場合はどちらかというと孤独なヒーローか。まあ、そんな感じだったから、フェスで独走する結花凛ちゃんを見て親近感が湧いたんだろうね」
「だから、私に力を貸してくれるんですか?」
「うん。あの子もかつてそうだったように、落ち込んでる結花凛ちゃんを見て誰か理解者が引き上げてあげないとと、そう思ったんだろう」
左上を見つめて、どこか懐かしむように椿は含みのある言葉を連ねる。
「今の結花凛ちゃんは第三者も認める立派なスクールアイドルだよ。自分でもそれを認めてあげたらどうかな? じゃないとキミを助けようとしてくれる人、それにキミを信じて付いてきてくれる人、両方を裏切ることになる」
椿の話を聞いて、結花凛は何かを思い出すように表情を変えていた。それは今、自分に力を貸してくれているりくの顔や、自分をセンターと呼び一緒に活動してくれる4人の顔か。そんな人たちに、弱気な自分を見せていたことを改めて考えさせられる。
「その点、りくは良い手本になるよ。だって彼女、入学した時から自分が1番だ、って先輩である私たちにすら一切譲ろうとはしなかったからね。まあ、それも確かな実力があって、ああ見えて仲間思いなところもあるから、この子を支えたら間違いない、って思わされた時点で私の負けなんだけどね」
手の焼く後輩をそれでも信頼していると、少し嬉しそうに椿は語った。りくを取り囲む環境は、結花凛がはじめに考えていた殺伐として、仲間意識の欠片もない集団ではないことが少しずつ明らかになる。鎬を削り高め合うなかで、それでも生まれる強い絆、それを感じたのか結花凛の表情にはどこか暖かみを感じる、そんな笑顔が生まれた。
「椿先輩、長話はその辺で」
「おっと、りく鬼ごっこはもういいの?」
「ええ、全員この部屋から摘み出しました。あとは椿先輩だけです」
普段の凛とした顔でそんなことを言うりくを前に、椿はクスリと笑って結花凛の方に笑いかける。結花凛もつられてクスリと笑い、りくは少しだけ不服そうな顔を浮かべた。
「そっか、じゃあ邪魔者は帰ろうかな。またね、結花凛ちゃん。――あ、そうだ。次からは私のことも、ちゃん付けで呼んでよ。他と子にもフランクに呼んであげると、きっと喜ぶよ」
「はい!」
そう言いながら結花凛に手を振って、椿は防音室から去っていく。
残されたりくが大きなため息を吐いて結花凛の正面にあるパイプ椅子に腰を下ろした。
「それじゃ2日目、やっていきましょうか。今日の路上ライブからはスクコネで配信も行って行くわ」
「はい! あ、でもエンシードのアカウントは美烏ちゃんしか……」
りくの出した行動の指針に結花凛は大きく手を挙げて首を頷かせる。しかし、申し訳なさそうに配信用のアカウントにログインできない旨をりくに伝えた。
「大丈夫よ。配信はイグニスコードのアカウントで行うわ」
「え⁉︎ それって大丈夫なんですか?」
「グレーね。間違いなくファンは困惑する。まあでも、数日は困惑させたまま泳がせて、そのうち私も路上ライブに参加して最終的にコラボってことにするわ。下地のあるアカウントで結花凛ちゃんを宣伝しつつ、新たな客層はイグニスコードのアカウントを踏まざるおえないwin-winの構造よ」
「なるほど」
そう冷静に解説するりくに結花凛は感心するように何度も頷く。
「じゃ、今日も張り切って行きましょうか」
「はい!」
こうして、結花凛とりくの葉月奪還作戦2日目が幕をあけた。
※
時は1日経ち、結花凛が3日目の路上ライブを始めた1、2時間後。灰色に曇った空の色が本来紅く染まる時間。
全く別の場所にある高校のレッスン場に、ピンク色のスマートフォンを両手で横持ちにして結花凛の配信を見つめる少女が1人。レッスン場の片隅に体育座りで目をパチパチ、とさせた。
その人物の淡い紅色の髪の毛は肩の辺りまでスラリと伸びていて、斜めに掛かった前髪の奥には、ハイライトを感じさせない無気力そうな瞳が見え隠れしている。
「はなー。この子、花奈がこの前言ってた子だよね? 美烏と同じ高校の」
その少女が気怠げな声でそう言うと、レッスン場に響いていた2人の靴の擦れる音はピタリと止んだ。ダンスのレッスンを中断して、包容力を感じさせる優しいお姉さんのような少女は、声の方に近づいて行く。
「もうアンちゃん? 私とサクちゃんは今、練習中だよ……?」
そう言いながら、泉ヶ上聖女学院スクールアイドル部の上級生である
「いや、そう言いながら構うんかい。全く……しょうがないわね2人とも」
思わずキレキレなツッコミを入れて、はぁ、とため息を吐いたのはツインテールを揺らしながら鋭い吊り目を更に細めるスレンダーな少女。
杏子と花奈のもとへ、呆れ気味に桜も合流する。
花奈が杏子のスマートフォンを覗き込むと、そこにはイグニスコードのアカウントでソロ配信をする結花凛の姿が映っていた。アカウントの力か、結花凛の歌唱力の賜物か、配信を始めて数日しか経っていないが、前回行った土宮と若ノ芽のゲリラ配信に比べて、軽く上回る視聴数を叩き出している。
「あ、ユカちゃん! そうだよ。昔仲良しだったユカちゃんだよ。でも、どうしてりくちゃんのところのアカウントで配信してるんだろ?」
結花凛を見て喜んでみたり、アカウントを見て不思議がってみたり、花奈はコロコロと表情を変える。
そんな花奈を横目に桜はつまらなそうな顔を見せていた。
「どうせあの女豹がまた、くだらない策略でも仕組んでんでしょ?」
そう吐き捨てる桜に、花奈は目を見開いてポカンと大きな口を開ける。
「ちょっとサクちゃん⁉︎ りくちゃんは、そんなに悪い子じゃないよ?」
「どうだか……」
両手を上に向け軽く持ち上げて、桜は花奈の発言を馬鹿にするような態度をとった。
「でも、花奈この間、りくとお茶しにいったんだよね。そのとき、この子のこといっぱい聞かれたんでしょ?」
「……確かに。それは、そうだけど」
下から真っ直ぐに見上げてくる杏子に図星を突かれて、花奈は言い淀む。
「ハァっ! かぁいそ。昔、お姉ちゃんって慕ってた人に売られたんだ、この子」
「もう! サクちゃん。そんなイジワル言わないでよぉ」
口ではそう反撃しつつも花奈は目を萎めて画面の向こうの結花凛を見つめた。そんな花奈を杏子は依然、変わることのない真顔で見つめている。
「サクちゃんだって……美烏ちゃんが、凄いね、カッコいいね、昔はどんなだったの?、って聞かれたら嬉しくて話しちゃうでしょ?」
「…………話さないわよ。なんでアタシがそんなこと」
「美烏……久しぶりに会いたいなぁ」
桜は少し言葉を詰まらせて、それから花奈を睨みつけるように言った。それに被せるようにして、杏子は呑気に呟く。その発言には当然のように桜はムスリ、とした表情を浮かべる。
「桜、1人でスプリングフェスに行ったんでしょ? 琴音にも会ったって……ズルい。私も美烏のステージ見たかった」
「しょうがないでしょ。アンタがいたら絶対にバレるし。上手く身を隠すとか杏子にはできっこない」
「バレちゃダメなの?」
「ダメに決まってるわよ!」
ガヤガヤとそんなやりとりをする2人を花奈は複雑な表情で見つめている。2人の事情を知っているのか、そうでないのか、桜の複雑な心情を僅かに感じているそぶりが花奈にはあった。
「サクちゃん……ミウちゃんとは仲直りできないの?」
「は?」
花奈が割り込んだ、その一言に桜は過敏に反応する。
「私は詳しいことは分かんないけど、そんなに気にしてるなら仲直りしたらいいと思って」
「……そんな単純なことじゃないのよ。私たちの確執は」
そう返すだけ返して口を閉ざした桜に花奈はムっ、とした顔を向けた。そして、杏子にも意見を求めようと顔を向けるが――
「桜が言うなら、そうなんだと思う。だって、桜は私の光だから」
被せるようにそう返されて、花奈は思わずため息を吐く。
「……またそれ? アンちゃん」
「ん」
短く返事をして杏子は興味がなくなった、と言わんばかりに視線をスマートフォンへと戻し、配信に集中した。
再度、部室には花奈のため息が広がり霧散する。
「人のことばっかりで、花奈こそ結花凛って子、助けてあげなくていいわけ? りくに任せたら、どうなるか分かんないんじゃない? それこそ会いに行ってあげたら?」
「それは……できないよ」
「え?」
酷く暗い顔で、口元にはシワを寄せ花奈はブツクサと返した。否定されると思っていなかったのか、桜は普段と雰囲気が違う花奈に少しだけ動揺を見せる。
「ユカちゃんのことは応援してる。私が力になれるなら、力になってあげたいとも思ってる。けど、私はユカちゃんには会えない。ユカちゃんに顔向けできないの。昔、私はあの子を裏切って、あの子の前から逃げたから」
「……なんだ、花奈も同じじゃん。なのに、人には一丁前なこといってんの?」
正論まじりの悪態で返す桜にムっ、とさせてから花奈はため息を吐いて張り詰めた力を解放した。
それから心配そうに、結花凛が映る杏子のスマートフォンを見つめる。
「そうだよ。……私も結花凛ちゃんがスクールアイドルになった以上、いつかはこの問題を乗り越えないといけない。サクちゃんもそうでしょ? 早ければ今年のラブライブ地区予選で再会するんだから」
花奈が冷静にそう返すと、今度は桜が目に見えて不機嫌を態度に出した。顔をしかめて花奈の方を睨みつけ、そっぽを向く。
「うっさい。……そんなこと、とっくにもう考えたわよ」
哀愁の漂う背中を見せて、掠れ気味に桜はそう口にした。
花奈は一度ため息を吐く。
「お互い、意気地なしなんだね」
花奈がそう言って、桜の返事もなく、杏子のスマートフォンから流れる結花凛の歌声だけが部屋の中には流れた。黙り込む桜と花奈を、杏子は気力の無い瞳で黙って交互に見つめ、何を言うでもなく再び視線をスマホへと落とす。
りくの提案で配信を始めた結花凛は、思わぬところで各人の起爆剤になろうとしていた。