弟のラフィークに攫われたエレーナを救出することと引き換えに、自身の秘密を見破られ罰としてレニーは監禁された。そんなレニーを巡って、歌劇団では2つの意見で割れていた。
劇団員の1人であるミウが率いる、レニーを助けようという革新派閥と、同じくユウキが率いる、領主様には歯向かえない、という保守派閥の2つの意見が衝突している。
「やめてください!」
その仲裁に入ったのはエレーナだった。エレーナは劇団の中でレニーとは特別仲が良かった。レニーが彼女に憧れていた、という背景もあるが、彼女もまた他の人とは少し違う知的で聡明なレニーに惹かれていたのだ。
だとしたら当然、エレーナもレニーを助けようと考えているはずなのにも関わらず、あくまでも中立に争いを止めようとしている。
「やめろって言ったって、どうしようもない状況なのが分かんない? 領主様に歯向かえばアタシらこの街には居られなくなるんじゃん?」
保守派の頭目であるユウキが至極真っ当な意見で、仲裁に入ったエレーナを攻撃した。
「だからと言って仲間を裏切ることなんて出来ない! それはアナタだって同じ気持ちなはずでしょう?」
革新派の頭目であるミウもまた、感情に訴えるようにエレーナとユウキを説得する。
睨み合う両者に挟まれて、エレーナは悲しげに目を瞑っていた。
「2人とも、いつもは仲がいいのにどうして争い合うの? 私たちは敵同士じゃない。仲間なんだよ。それにあの人だって……」
涙を流すエレーナ。幸せだった歌劇団が、1つの事件と巨大な障害だけで混沌とした、悲しい集団へと様変わりする。
幸せからの絶望。脚本は谷を迎えて、クライマックスに向けて後は登るだけとなった。
※
夕輝と美烏がそれぞれ最悪な再会を果たす1日前。まだ2人がスクールアイドル部の部室で生産性のない時間を過ごしていた頃、レナは演劇部の練習場で台本と睨めっこしていた。
真剣な顔つきで台本を覗き込むレナに、演劇部の部長である陽夏は近づいていき興味深そうな表情でレナと同じページを覗き込む。
「あー、そこかぁ……暗い話だよねぇ。今まで仲良しだった歌劇団のメンバーが意見の衝突でバラバラになりかけるところ。ま、書いたの私なんだけど」
後ろから突然話しかけられたせいか、レナは激しく驚いて肩を飛び上がらせた。
「ヒナチー先輩ッ⁉︎ びっくりしたぁ」
「ああ、ごめんごめん。驚かせちゃった?」
そう平謝りしながらヘラヘラ、と陽夏はレナの隣に座り込んだ。
「いやぁ、すごく真剣に台本読んでるから、どこ読んでるのかなぁ〜、と思ってね」
アハハハハ、と笑う陽夏の隣でレナはふぅ、と一息をつく。
それから、もう一度台本に目を落としてから口を開いた。
「ちょっと、ここのお話が今の私たちみたいだなって思って……このあと、エレーナたちは部外者であるフレディに力を借りて、レニーの救出に向かうんですよね」
「そうだね。この後、歌劇団のメンバーにとってレニーとはどういう人物だったのか、もう一度全員で考えるんだ」
レニーは頭がよく視野が広い。なので、劇団内でも気がきく人物として潤滑油のような立ち位置をになっていた。彼がいなくなってから、衝突し収集がつかなくなったメンバーたちは、彼の存在を強く認識する。
「レニーはいつしか、歌劇団にとっても必要な人になっていた。だから、
脚本を自ら手がけた陽夏自身が、しみじみとした雰囲気でその内容の考察を語る。その隣で、レナはより一層集中していくかのような鋭い顔で、一点を見つめていた。
「……そっか。そうだよ……やっぱりレニーは必要だったんだ‼︎」
突然、勢いよく立ち上がりレナはそう声を張る。今度は陽夏がそれに驚かされて、思わずレナから一歩後退りをした。
「え、えぇぇ。どうしたのレナちゃん……?」
「ヒナチー先輩! お願いしたいことがあるんです‼︎」
「え⁉︎ なに?」
レナのペースに振り回されながらも、陽夏は真剣に分かり合おう、と耳を傾ける。
「私にお化粧してください‼︎」
「…………?」
しかし、脈絡のないレナ節には首を傾げるしか出来なかった。
※
時は流れて夕輝と奏のいる、展望台のある公園へと移り変わる。
スプリングフェスのアーカイブでスクールアイドルの結花凛を見た奏は、その雰囲気の違和感から何があったのか夕輝に問いつめた。そして、言い逃れが出来なくなった夕輝はなし崩しに、美烏や葉月にした説明と同じ説明をする。しかし、奏はそれに待ったをかけて……
「最悪……ここまでのことは誰にも話したことなかったのに」
「諏方草さんが鈍い子でよかったわね。さっきの話、全部聞いてたら今頃、大喧嘩どころじゃないわよ?」
昔の結花凛を知る奏はその説明に違和感を感じたらしく、それ以上の部分を夕輝は問い詰められた。
額に手を置き下を向く夕輝と、真剣な顔つきで空を見上げている奏。夕輝は複雑な表情を見せていた。後悔、苛立ちそんな色も強く見えるが、その奥にはどこか心が軽くなったような緩い口元も見せている。
「アンタが勘よすぎるだけなんじゃん?」
「ふっ。まあ、でもよかったじゃない。アナタも1人で抱え込んでたらいつか限界を迎えてたわよ。心のどこかで、それを自覚してたから、迫られて私に話したんじゃないの?」
「……」
奏のそんな言葉に、夕輝は決して認めることはしなかったが、同時に否定することもしないでいた。
「アンタ、今の話聞いてどう思った?」
「……なに? アナタが悪い、って責めてほしいの? しないわよ。結花凛の記憶が消えた原因は、今の話を聞く限りだと確かにアナタのせいなのかもしれないけど、だからといってその責任が全てアナタにあるなんて傲慢よ」
「けど……」
「けどじゃない。巡り合わせが悪かった。諏方草さんなら、短絡的にアナタが悪いって罵ってくれるかもしれないけど、私はそうは思わない。私が言うのも何だけど、アナタは不幸の星に生まれているのね」
慰めるわけでもないが同情はしているようで、そんな奏の口ぶりを夕輝は素直に認められないらしい。複雑な表情で地面を見つめるその瞳は、危うく揺れている。
「責められたい気持ちも分かるわよ。見たくない現実を全て自分のせいにして、自分だけが犠牲になって、自分とも周りとも向き合わない。それが1番、楽なのよね」
「そんなつもりは……」
「ないって? じゃあ今の話を中学の頃、結花凛や諏方草さんに話せた?
奏に言い返された夕輝は、言葉を詰まらせて黙るしか出来ないでいた。そんな夕輝を視界に入れて、奏は冷たい表情を見せる。
「出来ないんでしょ? だから、こうなったのよ。アナタが悪かったのは極端に言えばそこ。けどそれは結花凛や諏方草さんも同じ、アナタたちはお互いに向き合わなければならなかった」
「……」
「皮肉なことに、幸か不幸か……あの頃望んでいた通り、今アナタはあの2人と肩を並べてステージの上に立っているのね」
そう呟くと、奏はブランコから立ち上がった。
「長話が過ぎたわ。これ以上は可哀想だからイジメないであげる」
言いながら奏はQRコードの映ったスマホの画面を夕輝へと差し出す。
夕輝が不思議そうな表情で見上げると、早くしろ、と言いたげな目で見つめ返した。
「結花凛には仮がある。……一応アナタにも、コレ私の連絡先、困ったことがあれば連絡してきなさい。出来る限り力になるわ」
少し考えて、夕輝は自分のスマホでQRコードを読み込んだ。それを確認すると、学生カバンを奏は肩にさげる。
「じゃあね。また会いましょう」
そう言って奏は公園を後にした。
「……向き合う、か」
今まで、結花凛の症状について情報を独占し、1人で考え行動していた夕輝は、奏という第三者の視点からハッキリと意見を言われ、考えざるをえなくなった。
ただですら葉月の件で手一杯なのに、別の課題が生まれた夕輝はグッ、と奥歯を噛み締める。
そんな時、スマホが通知音と共に振動し、美烏から1通のメッセージが届いた。
「……ッ⁉︎」
それを見た夕輝は勢いよく立ち上がり、そしてすぐに公園を後にする。
美烏から届いたメッセージ。それは、結花凛の配信を知らせ、集合を呼びかける内容だった。