ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第55話 弱さならもう知っているから

 夕輝や美烏がそれぞれ懐かしい人物と再会した同日の18時へ遡る。

 

 夕刻を過ぎて、曇り空の向こう側で日が暮れようとしていた頃。英刈亭には続々と舞台に出演する役者たちや舞台監督、演出家などが集まってきていた。

 老若男女、多くの役者や裏方が柊葉月のお披露目舞台の稽古を行うため柊絵梨花のもとへと集う。

 

 主演を務める葉月はより一層、集中しているようで今から稽古が始まろうとする直前でも研ぎ澄まされた表情を見せていた。

 

 そんな英刈家のレッスン場にその家の家主、英刈奈月が現れる。そして、隣には薄茶色のベレー帽を深く被った、女の子のように小柄な短髪の少年が付き添っているのが見られた。

 

「今から稽古の時間よ。いったい何をしにきたのかしら?」

 

 突然登場した自分の夫に対してあまり歓迎の色は示さずに、絵梨花が出迎える。

 

『いや、すまない。もちろん用事があってきたんだよ』

 

 愛用のスケッチブックに文字を書き、奈月はそれを声の代わりとして意思を伝えた。

 

「用事? それと隣の男の子はどなたなのかしら?」

 

 絵梨花がそう言って、少年を見下ろすと少年はベレー帽を深く被り直して気恥ずかしそうなそぶりを見せる。

 

『この子は今回、この舞台のスポンサーを勤めてくれている人の息子さんだよ。葉月のファンらしくてね。どうしても舞台の稽古を見学したい、とのことだから連れてきたんだ』

「……仕方ないですわね。くれぐれも、騒がないようお願いしますわ」

 

 絵梨花にそう言われて少年はペコリ、とお辞儀をした。それから話を聞いていた若手の役者が気を利かせ、レッスン場の端っこにパイプ椅子を立てる。

 

『それじゃあ、ボクは書斎の方にいさせてもらうよ。ボクがいると集中出来ないだろうし、済ませておきたい仕事もあるからね』

「分かりましたわ」

 

 そんなやりとりをして、男の子が隅のパイプ椅子に腰を下ろしたことを確認し、奈月はレッスン場を後にした。

 予定されていた時間を迎え、舞台の稽古が始まろうとしている。

 

 ※

 

 曇り空の下、人通りの多い栄えた駅前で結花凛は路上ライブを行っている。スタンドマイクとスピーカーそして立てられた三脚にはスマートフォンが設置されており、それでライブの様子を配信していた。

 

 結花凛から少し離れたところには彼女を囲むように集まった多くの観客がいて、その数はぱっと見で30人以上はいるだろう。

 仕事終わりの街行くO Lや学生が目を向けて、そのなかの数人は足を止めた。

 流行りの曲を歌っている効果もあるだろうが、それ以上に結花凛の実力が評価されているが故の現象だろう。

 

 そんな様子が一望できる近くのカフェのテラス席にいるのは、Sサイズのアイスコーヒーをテーブルに置き結花凛の様子を見守っている松原りくであった。

 同時に携帯で配信の様子も確認しており、その伸び率も上々で視聴者数は1万人を向かえている。コラボ配信も済ませ4回目ということもあり、イグニスコードのアカウントに困惑する視聴者も減少し、りくの計画は順調と言える。

 

「……何をやってるんですか」

 

 そんな時、コーヒーをチビチビと飲みながら配信を覗いていたりくに声をかけたのは、息を荒くして額に汗を浮かべる美烏だった。隣には夕輝もいて、杏子から配信の存在を聞いた美烏は夕輝と合流し急いで現場に到着したらしい。

 

「何って……結花凛ちゃんの路上ライブを配信してるのよ。見たら分かるでしょ?」

 

 なにバカなこと言っているの?、と言いたげな口調で一蹴するりくを2人は鋭い瞳で睨みつける。

 今でこそ結花凛は打ち解けているが、りくはエンシードにとっては1番のライバルであり因縁のあった相手。それが結花凛に訳の分からないことをさせているのだから、2人が警戒するのは仕方のないことだろう。

 

「そんな顔で見られる筋合いはないんだけど? アナタたちこそ、結花凛ちゃんを放ったらかしにしたくせに、こんなところで何をしているのかしら?」

 

 登場するなり喧嘩腰な2人に対して、同じだけの圧力をりくもかけた。小馬鹿にするように言ったりくの言葉は、2人にとっては耳の痛い言葉で、結花凛に頼らずに3人で……と言ったものの何の成果も上げていない。

 

「すぐに辞めさせて! この前、ユカは倒れてるの。今のユカは外で歌っていい状態なんかじゃない‼︎」

 

 りくの挑発から目を逸らし、夕輝はそんな風に激昂する。しかし、そんな言葉もヒラリとかわすかのように、りくは鼻で笑った。

 

「なんでそれをアナタが決めるのよ。結花凛ちゃんは十分元気一杯じゃない。アナタが決めつけるほど、彼女は柔じゃないんじゃないかしら?」

「……なにも知らないで」

「なにも知らない? それは彼女が隠している秘密について?」

 

 りくの言葉を聞いて夕輝はもちろん、美烏も目を丸くする。結花凛の秘密。その単語が意味するのは、記憶喪失だという現実。そのことは夕輝をはじめとした一部しか知らない。それが、りくの耳に入ることなど考えられないことだった。

 

「確かに詳しくは知らないわよ? 私が知っているのは、結花凛ちゃんが自分の実力に無自覚だということくらい。元花園音楽教室の首席だったのにね」

 

 花園音楽教室の首席。それは、過去の結花凛の肩書きであり、本来りくが知る由もないような情報である。しかし、目の前のりくがそれを口にしたことを夕輝は事実として受け止めなくてはならなかった。

 

「なんでアンタがそれを知ってるわけ⁉︎」

「フェス以降、結花凛ちゃんのことがどうしても気になって色々と調べたの。けど、大した情報は得られなかった。今考えれば、過去の実績とかは誰かがネットから全部消してたのね……」

 

 りくの言葉を聞いて思い当たる節があるのか夕輝は表情を歪ませる。それを細い目で確認しながら、りくは続けた。

 

「結論、私が結花凛ちゃんの過去について知ったのはホントに偶然のことだった。私の知り合いの先輩が、当時花園音楽教室にいた結花凛ちゃんの先輩だったのよ。私はその人から昔の結花凛ちゃんの話を聞いたの」

 

 それを聞いた夕輝は、掴みどころのない表情を見せる。予想もしていなかった答えを聞かされたかのように、りくが語る先輩という単語に夕輝はピンと来ていない様子だった。

 

「……それで? ユカに近づいてどうするつもりなの?」

 

 如何にもこうにも、りくが結花凛の過去に触れつつあることを夕輝は認めるしかない。ならば結花凛の過去を断片的にでも知るりくには、これ以上結花凛に近づかせないようにしなければならない、というのが夕輝の最優先事項のようだ。

 

「どうもしないわよ」

「は?」

 

 しかし夕輝は肩透かしを喰らう。目の前のりくは夕輝の警戒をくだらなそうに見下していた。

 そしてため息を吐いた後、寂しげな瞳で語り始める。

 

「誰もが認める才能を持っているのに、それに一切触れないどころか、まるでなかったかのように振る舞っている。それが答えでしょう? きっと碌でもないことがあった。そんな過去をあの子が見ないようにしているのなら、私はどうもしないわ」

 

 フェス以降、りくはどこか結花凛と自分を重ねている節がある。

 歌という共通の才能を持っている身として、その才能を包み隠そうとする結花凛の心情に寄り添える。結花凛が隠したその箱の中には、きっと悍ましい物が入っているのだと、りくは考えているようだった。

 

 目の前のりくが、結花凛に対して全く敵意がないことは、真剣に語る彼女の様子からもすでに伝わってきている。

 美烏は夕輝の肩にそっと手を置いて、自分に変わるよう訴えた。そんな美烏に少し嫌な顔を見せつつも夕輝は納得して一度身を引いた。

 

「りく先輩……結花凛がりく先輩に助けを求めたんですか?」

 

 りくはもう敵ではない。それを認めたうえで、美烏は萎れた雰囲気で確認する。

 

「言い得て妙ね。弱ってる結花凛ちゃんに事情を聞いて手を差し伸べたのは私。けど、迷わずその手を取ったのは結花凛ちゃんよ」

 

 それを聞いて、美烏は歯を食い縛りながらそっと目を閉じた。そんな悔しげな表情を見て、りくも少しは気持ちを汲み取るように見つめてから、乾いたため息を吐く。

 

「もう分かってるんでしょ。これは私じゃなくてアナタたちがやらなきゃいけないことだったって」

 

 それに逸早く反応を示し反発しようとした夕輝を、美烏は右手で抑止した。

 

「確かに……誰か1人が頑張る状態を作ったから私たちはバラバラになりかけているのかもしれない」 

「けど!……ユカは倒れて、もう負担はかけないようにって…………」

「けど、結花凛はあんなだから葉月のために何かしないといられないのよ。……なら私たちは、そんな結花凛の負担を肩代わりするんじゃなくて、支えて減らしてあげるべきだったんじゃないかしら」

 

 自分たちの行いは間違っていた、と美烏は認めてそう告げる。初めこそ反論を続けていた夕輝も、納得する部分もあったのか黙らされ、考えさせられていた。

 

 夕輝は一貫して、結花凛の負担を肩代わりしようし続けていた。レナが結花凛を求めようものなら口調を荒げ、自分の意見を曲げる様子など今まで微塵もなかった。

 しかし、激しく突き放してもなお、りくと手を組んで行動している結花凛を前に夕輝も考えざるを得なくなった。奏でに言われた言葉が、今まさに適応されている。また夕輝は、結花凛と向き合わなかった。だから、バラバラになり、何もかも上手くいかないでいるのだ。

 

「夕輝……今ならまだ間に合うわ。本当にバラバラになってしまったら、きっと後悔する」

「……」

 

 美烏のその言葉には、文字通り以上の説得力が込められていた。そのことは、彼女の声色や表情からよくわかる。それを感じた夕輝の脳裏には、かつて美烏の身に起きたクルール×フルールの解散事件が過ぎったのではないだろうか。

 

 苦渋の表情で夕輝は沈黙した。

 

 きっと夕輝の中で様々な葛藤が起きていることだろう。りくも美烏も、後付けの情報だけで結花凛を見ているからそんなことが言えるのだと。

 結花凛のことを最も知っている立場の夕輝からしてみればGoサインを出すことは極めて難しい選択だ。夕輝は間違いなく他の2人とは別で当事者であり、葉月の家で倒れた姿が中学生の頃と重なって夕輝を尻込みさせる。

 

 そんな夕輝を見つめ、りくは口を開いた。

 

「すぐに決断出来ないなら、それでもいい。でも、見てあげなさいよ、そこにいるあの子の姿を」

 

 そう言われ、夕輝がふと見た先にはセンターマイクの前にただポツリと立ち、それでもなお大きな存在感を放つ結花凛の姿があった。

 

 ※

 

 柊絵梨花の演劇指導はスパルタの一言に尽きる。スポンサーの息子、という客人が来ていてもお構いなしに、叱咤激励の嵐を演者に浴びせていた。

 

 そんな脇では各自の研究を進める者もいて、葉月と若手の女優さんが、台本を挟さんで何かを話しているようすが伺える。

 

「葉月さん、ここなんですけど……」

「ん? どうしたんだい?」

 

 台本に指を指し、その女優は葉月に相談をしていた。それに対して葉月は真摯に対応し、それでいて的確なアドバイスを口にする。

 

 こうして見ると、スクールアイドルの練習をしている時よりも集中力は普段の数倍上のように見える。立ち振る舞いもキレがあるし、その一挙手一投足はより洗練されている。しかし、練習が始まって数時間の間、葉月が笑顔を見せることはなかった。部活動をしているときに見せていた張りのいい笑顔は見せていない。

 

 少し時間が経って、絵梨花の指示のもと実際の演出通りに通し練習が始まった。

 プロの劇なだけあって舞台装置や音響も手の凝ったものが使われており、特に目を引くのは雷を表現するスクリーンと音響装置。部屋を暗転しスクリーンに映し出されるその映像は、雷を映し出した映像に過ぎないが、本番ではここにプラズマ装置と火花を追加して派手に炸裂させるらしい。

 

 練習では少し見劣りするが、それでもスピーカーから流れる雷の音は実際のそれと遜色はなくバチバチとなる炸裂音は思わず身を震わせる迫力をもっている。

 

 そんな雷の演出をバックに、葉月は己の役を真っ当しなくてはならない。舞台を飾る花形の主人公。勇敢で強く、カッコよさの象徴のような、そんな偶像を彼女は背負っていた。

 

 稽古といえどキャラに没頭し、演出を見事に我が物とする葉月の姿を絵梨花や周りの役者たちも一目置いた表情で見つめている。しかし、今日この日に見学に来ていたベレー帽を被った少年だけは、揺れた瞳を見せていた。

 

 ※

 

 通し練習に区切りが付いた頃、絵梨花が葉月に何か耳打ちする。そして、2人が何かやり取りをした後、絵梨花は他の役者たちを束ねて別のシーンの練習を始めた。

 葉月はというと、汗を拭い一度退出した後に服を着替えてもう一度戻ってくる。そして、見学に来ていた少年の元へと近づいていった。

 

 葉月が近くに来るとは考えていなかったのか、少しぼー、っとしていた少年は葉月が近づいてくるなり焦り出す。

 

「どうも初めまして、柊葉月です。今日はボクが主演を務める劇の稽古を見学に来てくださって、ありがとうございます」

 

 丁寧に挨拶をする葉月の目を少年はチラリと覗き、目が合ってビクリ、と体を震わせる。そして、ベレー帽を深く被り顔を隠した。

 そんな様子を見て葉月は目を丸くさせるが、すぐに平常を取り戻し、一度を離れてパイプ椅子を取りに行き隣に腰を下ろす。

 

「お隣、失礼しますね」

 

 少年は帽子のつばに手を添えてコクリ、と首を縦に振った。

 

「お母様から話は聞きました。ボクのことを応援してくださってるって、よろしければどの作品がお気に召したのか、聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 あくまでも高貴なキャラを保ったまま、葉月は丁寧に話しかける。

 

 相手がスポンサーの息子ということがどういうことか、それは叩き上げの絵梨花にとっても重々理解しているらしい。このまま気に入られれば、未来の葉月のキャリアに繋がる。そう判断して絵梨花は葉月をけしかけたのだろう。

 

 葉月の問いかけに対して、少年はモジモジとしてなかなか返事をしなかった。しかし、少し慣れて緊張もほぐれたのか、一度咳払いをしてから口を開く。

 

「……スクールアイドルの動画で」

 

 少年は女の子のような可愛らしい声で、そう言った。

 見た目からして幼くても中学生、もしくは葉月と同い年にも見える少年だが、喉仏も出ていないし声も中世的どころではなく意図的に少し低くした女子の声のようである。

 葉月も、少年が帽子で顔を隠していることをいいことに不思議そうな表情でマジマジと見つめた。そして、それと同時に帰ってきた言葉に少し狼狽えている。

 

「スクールアイドル……ですか」

 

 演劇の世界に戻り数日そこへ身を置いて、昔の感覚を取り戻すとともに押しやっていた感情が波のように押し寄せてくる。少年から返ってきた思いがけない回答に何と答えるべきか、葉月は長考を見せた。

 

「葉月さんは、もうスクールアイドルには戻らないんですか?」

 

 なかなか返事が返ってこなかったからか、少年は質問を重ねる。そして、それは葉月にとって1番されたくない内容の質問だった。

 

「……どうでしょうか。今は大きな公演を控えてますから、寂しいですが当分は難しいかもしれませんね」

 

 申し訳なさそうに葉月は当たり障りのない答えを口にする。その瞳は少し揺れていて、下を向く彼女の横顔を少年は帽子のつばの隙間から覗いた。

 

 少年が返事をしないことで、数秒の間があく。そしてまた、その間を打ち破ったのも少年だった。

 

「葉月さん……さっきの演出のシーン」

 

 少年が話題を変えて、見学していた雷のシーンの話を始めると、葉月も会話を回しやすいと判断したのか顔を上げて表情を作り直した。

 

「ああ、あのシーンですね。あそこは大きな見せ場ですよ。本番ではきっと客席のお客さん全員を、より劇に没頭させてくれるでしょう」

 

 そう明るく葉月は話し始めるが、帽子に隠れた少年の表情は酷く悲しい色をしている。

 

「葉月さん……怖くなかったですか?」

「え?」

 

 まさかそんなことを聞かれるなんて、と顔に書いてあるかのように葉月は驚いていた。突拍子もないことを口にする少年は、目こそ合わせないが葉月の方へ体を向けてジッと答えを待つ。

 

「ボクの様子がおかしく見えましたか?」

「……いえ、少しだけ」

 

 少年は短く考えて、そう返した。もちろん、葉月の演技は側から見ておかしな点など1つもなかった。しかし、それはそれとして音が鳴った瞬間、ほんの一瞬だけ誰にも気づかれない程度に、葉月が体を硬直させたことは紛れもない事実でもあった。

 

「ボクもまだまだですね。はい、実はちょっとだけ驚いてしまって……情けない。カッコ悪いところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 頭をかき、正直に話す葉月は取り繕った笑顔で申し訳なさそうに謝る。すると突然、そんな葉月の手に少年は自分の手を重ねた。

 急なことに、葉月は瞳を揺らし驚いて身を震わせる。その頬にはやや紅がさしていていた。

 

「どうして謝るの? カッコ悪くなんてありませんよ?」

 

 少年は一切の混濁もなく真っ直ぐにそう伝える。しかし、葉月の顔は喜びの感情を見せることはなかった。

 

「……でも、弱いボクはボクじゃないんです。ボクを応援してくれる人たちも、ボクを支えてくれる劇団のみんなも、誰しも強くてカッコいい柊葉月を望んでいる。だから弱いボクを見せてしまって、すみませんと」

 

 葉月がそう言って、少年が何かを口にしようと口を開いたところで、少年のズボンのポケットでマナーモードに設定されたスマートフォンが振動を始める。

 

 慌てて少年がかかってきた着信を拒否すると、開かれた画面にはいくつかのメッセージが送られてきており、その一つが少年の目に留まって少年は驚いた顔を見せ思わず立ち上がった。

 そんな少年の奇行を前に葉月がキョトンとしていると、それに気づいて少年は落ち着きを取り戻し席に座る。

 

「すみません」

「いえ、お気になさらずに」

 

 気まずい空気が流れて、お互い口を閉ざしていると少年の方から再度、葉月の手を取って今度は両手包むように強く握りしめた。

 

「え? これは?」

 

 葉月が困惑していると、少年はお構いなしに距離を詰める。

 

「すみません急用で帰らなくてはいけなくなりました。最後にコレだけは言わせてください。あなたが本当は弱いことも、その弱さの向こう側に芯の強い本当の強さを持っていることも、私はもう知っています。だから、あなたが雷を怖いと思っていても、高いところが苦手でも軽蔑なんてしない……」

 

 少年は万が一にも周りに声が聞こえないように、ボリュームを絞って葉月の近くで言葉を続けた。

 

「強くて頼りになるあなたも、弱くて本当は可愛いあなたも私は大好きだから……だから、もう一度みんなで迎えに行くよ」

 

 目の前の少年が何を言い出したのか、葉月はすぐに理解できなかった。しかし、徐々に高くなっていく少年の声色と聞き覚えのある口調。そして、極め付けにハッキリと見えたベレー帽の向こうにある顔を見て、葉月はハっ、とする。

 

「今の私たちは『四肢の足りない車』なんだよ。ハーたんがいないと……みんながバラバラになっちゃう。けど、大丈夫。みんなで頑張ればきっと大丈夫だから」

 

 姿を偽って現れた目の前のレナは強い瞳を見せていた。普段のように自信のない様子は一切なく、真っ直ぐに葉月を見つめている。

 

 そんなレナに、葉月は何かを伝えようと手を伸ばすが、自分が伝えたいことを伝えたレナは急ぎ足にレッスン場を後にした。

 残された葉月は泣きそうなほどに崩れた顔を見せている。数日前に自分が行った行動を振り返っているのか、それともレナたちエンシードのことを思い出しているのか、その真意は彼女にしか分からない。

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