ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第56話 5人で

 ポツリと小さな雨粒が夕輝の頬に一粒落ちる。今、彼女は呆然と立ち尽くしていた。

 目の前で歌う1人の少女。春野結花凛は夕輝の目にはチッポケに反射している。かつてのように、一度(ひとたび)動けば何でも解決してくれて、聞くものに魔法をかけるような神がかり的な歌唱も、過去と比べればおざなりである。

 

 しかし過去の彼女には無く、そんなチッポケな彼女にしかない魅力があることも目の前から伝わってきていた。彼女の人を惹きつける性質はそのままに、心の底から応援したくなるような目が離せなくなる魅力。そんなものを感じ取る。

 

 ポツポツと振り始めた雨はやがて本降りとなって、結花凛の体を冷たく濡らした。体が冷えれば人は当然体調を崩す。夕輝は目の前で歌う結花凛を止めなくてはならなかったが、雨など気にしない様子で真っ直ぐな目をして歌い続ける結花凛を見ていると、自然と足を止めさせられてしまっていた。

 

 そんな時、何者かがサッ、と結花凛に傘をさす。その人物は男物の洋服に身を包み、顔にはメイクを施して少年のような身なりをしていた。夕輝や美烏は始めその人物が誰だか分からなかったようだが、面影のある目元や口元、そして結花凛を見る表情からその人物が遅れてやってきたレナだと理解する。

 

 その後、結花凛は今歌っていた曲を歌いきり、集まってくれていたお客さんがこれ以上濡れないように、路上ライブを締めくくった。

 

 ※

 

 人払いが済んで、駅の屋根の下に結花凛をはじめとした葉月以外のメンバーが集結する。レナはカバンから取り出したタオルで濡れた結花凛の髪や体を拭いて、美烏は自分のブレザーを上から結花凛へと被せた。

 夕輝は、何かを考えているのかジッと結花凛を見つめている。そして、りくもまたそんな4人の様子を少し離れたところから腕を組んで壁にもたれ、値踏みするように見守っていた。

 

「夕輝ちゃん……」

 

 雨に濡れて服の向こうの肌が少し透けて見え、髪の毛は湿り一束にまとまった状態で結花凛は口を開く。

 呟く結花凛の顔には、珍しく迷いがあるように見えた。夕輝の顔色を伺うように、瞳を覗き込んでいる。

 

 りくに先導されてやる気を出し、椿に励まされ、葉月を助けるために自分ができることならと邁進した結花凛だったが、今だに夕輝と口論になったことに関しては気にしているようだった。

 

 対して夕輝は、側から見れば怖い顔をしていた。しかし、それは怒っているのではなく、夕輝もまた迷っているからなのだが、そのことは本人にしか分からない。

 奏と話し、目の前で歌う結花凛を見て、夕輝の内心は揺れているのだろう。

 

 数秒の沈黙が静寂を生んだ。

 

「ユカ、どうして…………どうしてアンタは……」

 

 静寂を切り裂く夕輝の言葉は歯切れが悪く、そこで途切れる。『どうして』、その問いの答えはもう、既によく知っているから。結花凛は変わらない。今も昔も根っこの部分は同じであると。

 

 しかし夕輝の思いも変わらないらしく、グッと歯を食いしばり意を決する。

 

「――アタシはッ! ユカに傷ついて欲しくないッ‼︎」

 

 結花凛の根っこが変わらないからこそ、今の結花凛は危ういのだ。そう夕輝は強く訴え続けている。

 

「ごめんね夕輝ちゃん。私が、皆んなの期待に応えられないから……私が不甲斐ないから、夕輝ちゃんを困らせちゃってる」

 

 目を閉じて下を向き、結花凛は弱気に言葉を連ねた。普段、表には見せない今の結花凛が抱える己の弱さ、それが全面に押し出されている。それだけ、今回の件で精神的にダメージを負っているとも言えた。

 

「私ね。葉月ちゃんに突き放されてから1人で考えたんだ……自分について。きっと、変化の時が来たんだろうって…………安心して夕輝ちゃん。もう私は大丈夫だから……きっと期待に応えられるような――」

「違うッ‼︎」

 

 結花凛の言葉を遮って、夕輝は激昂する。大きな声で周りの声を掻き消して、感情のままに言葉でぶつけた。

 依然も似たようなことが何度かあり、1回目は同じく結花凛と口論になったとき、そして2回目はレナが弱音を吐いたときだった。どちらも、夕輝に余裕はなかっただろう。

 しかし、今回は前の2つとは少し違った。大声を出した夕輝の表情が少しずつ冷静になっていく。その中で目の前の、酷くくしゃくしゃな結花凛の顔に比例して、夕輝の目にも水面が張っていた。

 

「聞いてユカ。アタシは、ユカを不甲斐ないとか……頼りにならないとか、そんなこと思ったことはないの。アタシはただ……アンタが傷つくのをもう見たくないだけ」

 

 震える声で、瞳を揺らしながら語る夕輝の顔を結花凛は見つめる。そして結花凛の方から夕輝へと一歩、歩み寄った。

 

「夕輝ちゃんの言うことは分かってるつもりだよ? いっぱい迷惑をかけてることも理解してるつもり……」

 

 近づきながらそう返した結花凛を、目と鼻の距離で夕輝は睨んだ。すると結花凛は歩みを止めて息を呑む。

 

「分かってない! 迷惑なんてかけられてないよ! アタシは……アタシにできることなら、ユカの助けになるなら、何でもしたいと思ってる……けど、それでユカが傷つくのはイヤなの‼︎ それなのに……ユカが傷つくと分かってて、それでアタシに手を貸せってのは…………残酷すぎるよ」

 

 夕輝の顔に一粒の涙が伝う。やがてポロポロとそれらは零れ落ち、夕輝は目を擦り下を向いた。

 そんな夕輝を静かに見守っていた美烏は、弱々しく目を細くする。

 

「夕輝……」

 

 夕輝を心配するように美烏が呟く。りくが結花凛に協力していることを認めてから美烏が言ったことは、きっと間違いではなかった。結花凛の代わりに諸々を背負うのではなく、結花凛を全員で支えていれば良かったのではないか。間違いではないが、それは同時に夕輝を苦しめる。

 美烏は胸元をギュッと握りしめて、小さく肩を埋めた。

 

 目の前の夕輝は迷っている、結花凛を守る保守的な自分の考えと、結花凛を含めて4人で葉月を獲りにいく革新派の美烏の考えで。

 迷っているということは美烏の意見が間違いではないと夕輝も理解しているはず。そして結花凛もそれを望んでいる。後は決断するだけだが、夕輝はそこでつまづいている。そのことを美烏は理解していた。

 しかし、目の前の問題に自分が介入しても仕方がない。決断するのはあくまでも夕輝である。そんな歯痒さに美烏は奥歯を噛み締めた。

 

 夕輝と結花凛の問題は当人にしか解決できないし、美烏が出会う依然から拗れているが故に口出しも憚られる。しかし、美烏よりも付き合いの深いレナなら、あるいは……。

 

 美烏は静かにレナへと視線を向ける。すると、そこにいた彼女は目の前の夕輝と結花凛のやり取りを凛々しい目で見つめていた。

 

「ごめんね、夕輝ちゃん。私のこと心配してくれて嬉しいよ。でもね、ダメなの……私はあの日の、葉月ちゃんの顔が忘れられない。いつも優しい葉月ちゃんが私たちに冷たい表情を見せて、それなのに一番自分が苦しそうで、葉月ちゃんにはあんな顔して欲しくないんだよ。何もせず、ジッとなんてしてられない」

 

 止めていた一歩を踏み出して、泣きじゃくる夕輝を結花凛は抱きしめる。

 

「もし、自分可愛さに葉月ちゃんを諦めたら……きっと私は今までみたいには笑えなくなる。何をしても楽しくなくて、何をしても偽物になる。私の見えないところで、葉月ちゃんが苦しんでいることを私は見逃せない。夕輝ちゃん……私はね。みんなが楽しいと思えないと、私も楽しいと思えないんだよ」

 

 結花凛がそう言うと夕輝は返事を返せずに、涙を流す息遣いだけがこの場に残った。

 

 夕輝はもう知っている。初めて結花凛を友達だと認めた日。結花凛が夕輝に打ち明けた本音。幼き結花凛は誰かの楽しいが自分の楽しいに繋がる人間になりたいのだと語った。

 目の前の結花凛はあの頃の結花凛の理想であり、今夕輝が引っかかっている結花凛の考えは、その理念に従った結果なのだと理解している。

 

 けれども、最後の一歩が踏み出せない。踏み出すだけの根拠がない。夕輝と美烏、レナの3人ではダメだった。結花凛1人ではどうにもならない。しかし、4人だからといって上手くいく保証もない。むしろ既にもうダメだったじゃないか、だったら結花凛だけでも守らなくては、と。

 柊絵梨花という目の前の課題が大きすぎて、夕輝は勇気を出せないでいた。

 

「ユっちゃん……葉月ちゃんを諦められないなら、もう一度みんなで頑張ってみない?」

 

 真剣な顔つきで静観をしていたレナが結花凛や夕輝のすぐ側まで歩き、そんなことを口にする。

 結花凛の腕から身を抜け出して、レナを見つめる夕輝の瞳は揺れていて、目の周りは赤く腫れていた。

 

「レナも、美烏みたいに4人で頑張ればいいと思ってるの?」

 

 夕輝のその問いかけは、結花凛がいるが故に多くは語っていなかったが、レナは自分と同じ思い出はないのか?、という意味も内包しているだろう。そのことを理解しているのかレナも慈愛に満ちた瞳を夕輝へと送る。

 夕輝の瞳を真っ直ぐに見つめて、レナはゆっくりと首を横に振った。

 

「似てるけど、ちょっと違うかな。私、今日ハーたんに会いに行ったんだ。ハーたんのお父さんにお願いして、ヒナチー先輩にもお願いして変装させてもらって、劇の稽古を見学させてもらったの。ハーたんとも、少し話せたよ」

 

 レナが言うと、美烏を始め夕輝や結花凛は目を丸くする。目の前のレナの姿が少年のように変わっている理由を各々はその時理解した。

 

「ハッキリとは聞けなかったけど、やっぱりハーたんはまだ迷ってる。本当は私たちと一緒にスクールアイドルを続けたいと思ってるはず、ハーたんと話して改めてそう思ったよ。だから――」

 

 レナは瞳をギラつかせ夕輝と結花凛の目を覗いたあと、美烏にも視線を送る。

 

「5人で! 5人で頑張ろうよ。私たち4人で無理だったんなら今度はハーたんも一緒に!」

「5人で? でもそれができたら初めから苦労しなかったんじゃ……」

 

 夕輝が眉を寄せて問い返すが、レナは動揺する様子を見せることなく首を横に振った。

 

「今はハーたんを取り戻すためにハーたんのお母さんをどうにかしようとしてるでしょ? そうじゃなくて、先にハーたんを説得して5人でハーたんのお母さんをどうにかするんだよ!」

「それって何が違うわけ?」

 

 夕輝はレナが言った言葉の意味が理解できなかったのか、不服そうに問い返す。その脇では顎に手を当て深く考える様子を見せていた美烏が、顔をハッとさせた。

 

「なるほど……確かに私たちは葉月を解放するために柊絵梨花をなんとかしようと考えて行き詰まっていた。柊絵梨花と私たちの距離があまりにも遠くて、どうにもならないと思ってたけど……葉月なら柊絵梨花にだって直接口出しできる」

「そう! そうだよミーちゃん‼︎」

 

 自分の考えが伝わって嬉しかったのかレナは目を輝かせて美烏に頷きかける。

 

 現状の結花凛たちの課題はやはり柊絵梨花という大きな壁であった。その壁と自分たちの距離があまりにも離れすぎているという点がどうにもできず、夕輝も4人なら何とかなるとは思えない状態にある。

 しかし葉月なら、今は塞ぎ込んでしまっているが柊絵梨花にだって、誰よりも意見できる位置にいるのだ。そのことをレナは指摘している。

 

 美烏が理解を示した様子を見せて、結花凛や夕輝も再度考える様子を見せた。

 

「私、1人でヒナチー先輩たちと練習してて、ずっと考えてたの。ハーたんは、私たちにとって絶対に必要な存在だ、って」

 

 自分の考えを伝えたレナは、今度は続けて自分の思いを口にし始める。自分の心臓のあたりを両手で押さえて、目を閉じ噛み締めるようにレナは語った。

 

「ハーたんって、いつも真剣にみんなの話を聞いてくれるでしょ? 私はとくに昔から、伝えるのが苦手な自覚があるからハーたんが真剣に理解しようとしてくれるのが、すごく嬉しかった」

「レナ……」

 

 過去から知る唯一の旧友としてか夕輝は、レナの言葉を深く胸に刻み込む。昔から友達が少なく、だからこそ今できた美烏と葉月をレナが大切に思っていることを、夕輝は知っている。

 揺れる瞳がレナを熱く見つめていた。

 

「それに、ハーたんって周りがすごくよく見えてるんだよ。ユっちゃんとミーちゃんが口喧嘩になりそうになったら、さりげなく話題を変えたり。ユカちゃんが突発的なことを言ったら、そのことに現実的な視点をくれる」

 

 レナが語る通り、今まで深くは考えなかっただろうが葉月がいたから成り立っていた、というのは各々が感じるところはあるのではないだろうか。現に、今のエンシードは葉月がいなくなってから上手くまとまらなくなっている。

 

「私たちにはハーたんが必要でしょ? けど、今のハーたんはお母さんに抑え込まれて本当の気持ちが言えないでいる……そんなハーたんに声をかけようって、どうにかしたいって思ってるのは私たちだけだよ? 私たちにはハーたんが必要で、ハーたんには私たちが必要なんだよ。だから、5人で――」

 

 レナがそう訴えかけると、美烏に続いて結花凛が首を縦に振った。希望に満ちた瞳でレナの方を見つめ、レナもまた頷き返す。

 

「うん。私もそう思うよレナちゃん。葉月ちゃんがいなくなるなんて絶対にイヤだし、5人でなら今よりもずっとなんとかなる気がしてきたよ!」

 

 レナの意見に結花凛も賛同した。あとは、夕輝だけである。

 下唇を噛み沈黙する夕輝に3人の視線が集まった。

 

「……ユっちゃん」

 

 中々、返事をしない夕輝をレナが心配そうに見つめていると、突然夕輝が不貞腐れるように笑い出す。

 

「そうだね……アタシちょっと調子に乗ってたかもしんない。葉月のために何とかしてやんなきゃって考えてたけど、アタシの知るアイツはそんなに弱っちい奴じゃないもんね」

 

 観念したように、肩の荷がおりたように夕輝は穏やかに言葉を並べた。

 

「ありがとうレナ。全部、レナの言う通りだよ。アタシ、美烏の意見は間違いじゃないって分かってた。けど、それと同じぐらいアタシの考えだって間違ってないと思ってた。葉月のためにとか言っときながら、ユカが傷つくことを恐れて誰よりも守りに入ってた」

 

 今までの自分を振り返って夕輝は悔い改めるように続ける。

 

「けど、レナの作戦なら大丈夫。ユカにも無理はさせない。うん。4人で塞ぎ込んでる葉月を説得して、後のことは葉月に任せよう。今、思い出したよ。アタシずっと言ってやりたかったこと沢山あるって」

 

 拳をバチンッ、と自分の掌に当てて夕輝はレナや結花凛、美烏の3人へと頷きかけた。ようやく夕輝が重い腰を持ち上げ、普段見せる気さくな彼女が帰って来て3人は目を輝かせた。

 

「ユっちゃん!」

 

 目の前にいる夕輝と結花凛を同時に腕の中に収める勢いでレナは大きく飛びかかる。夕輝と結花凛、2人を強く抱きしめてレナはようやくいつもの穏やかな表情で安堵した。

 

 そんな3人を暖かく見つめながら美烏も近づいてレナの背中に手を添える。

 

「ごめんねレナ……あの時は怒鳴ったりして改めて考えたらアタシ、レナに酷いこと言った……」

 

 葉月の父親から話を聞いた後、夕輝の部屋で弱音を吐いたレナに夕輝は怒鳴りつけた。過去の結花凛ばかりを追うレナの姿勢に腹を立て、今まで部屋に引き篭もっていたことを引き合いに夕輝はレナを黙らせた。

 その行いを改めて悔い、夕輝は視界を霞ませる。

 

「ううん。いいんだよユっちゃん。ユっちゃんは間違ってないよ」

 

 夕輝の謝罪に対してレナは穏やかな表情のまま、すんなりと受け入れた。

 

「ユっちゃんに言われた後、考え直したの。ユっちゃんが部屋から連れ出してくれて私に居場所をくれた時、強い私になろうって決意したはずなのに、まだまだ私は弱いままだったんだって……だからもっと強くなる。もう泣きべそかいてユッちゃんやユカちゃんたちに泣きつかないように」

 

 そう宣言したレナの背中はどこか大きく感じられ、一回り成長を果たした彼女を夕輝は誇らしく見つめる。

 

「ユっちゃん、ユカちゃん、ミーちゃん、4人でハーたんを説得しよう! もう絶対に5人がバラバラにならないように」

 

 レナがそう声をかけて他の3人は強く頷き返した。一度はバラバラになりかけた4人は、チームの中で最も小さな少女の呼びかけで再度固く絆を結びあった。

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