ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第58話 キミのための詩①

 雨の音が続く夜。大きな駅の屋根の下で、再び共に行くことを誓ったエンシードの4人の元に、一連の流れを静観していた、りくが近づいていく。

 

「結花凛ちゃん、よかったわね。もう、私の力は必要なさそうね?」

 

 口元に笑みを含ませながら、和かに近づいてくるりくだったが、その目はどこか寂しげであった。

 仲間との再会に表情を和らげていた結花凛がハっ、と気付き、りくへと向きなおる。

 

「りくちゃん! ホントに助けてくれてありがとう。私、ひとりぼっちになっちゃった時すごく不安で、先が見えなくて……でも葉月ちゃんのことは何とかしなくちゃで、どうしようもなくなってた時に、りくちゃんが声をかけてくれて救われました!」

 

 勢よく、腰から深々と頭を下げて、結花凛は心のこもった声で、そう言った。挙動、声色、表情、その全てが全力であり、そこから放たれる言葉には、その意味以上の感情が詰まっていることが伝わってくる。

 

 そんな結花凛を、しばらく見つめて、りくはフっ、と笑ってからため息を吐いた。

 

「本当に良かった、それ以上の言葉は必要ないわね。お役御免の私は、そろそろ自分の巣へ帰らないと」

 

 りくが言うと、結花凛は寂しそうに瞳を揺らす。それを見て、りくは再び含みのある笑顔を見せた。

 そんな2人の空間を、近くで見ていた美烏が一歩近付く。

 

「りく先輩……私たちはレナの発案で柊絵梨花のことは葉月に任せることにしました。けど……りく先輩は、結花凛と2人でどうしようとしてたんですか?」

 

 そろそろ、りくがこの場を去ることを予感したのか、気になっていたことを口にするように美烏は話し始めた。

 

 今となってはレナの案が採用されて、りくの作戦は実行することは無くなったが、もしもの際の代替案として、その存在を知っておく価値はある。美烏は真剣な顔つきで、りくと向き合っていた。

 

「そうね、教えてあげる。私がやろうとしていたのは結花凛ちゃんの実力と知名度、その2つを柊絵梨花に出来るだけ近付ける、ということよ」

 

 美烏の期待に応えるように、りくは自分が進めていた計画の全貌を話し始める。

 

「結花凛ちゃんは歌において、高い自己表現力を持っている。けどまだ荒削りだったから、私が小手先の技術を教えこんだ。それともう一つ、お客の気持ちを感じ取る技術。結花凛ちゃんの呑み込みは異常だったわよ。教えたことはすぐに出来るし、与えた課題は次々とクリアしたわ」

 

 結花凛は元々、歌においては唯一無二の天才である。その高い感受性を振りかざし、相手の心を震わせる歌を歌っていた。

 音楽スクールに通っていたのだから、りくが教えた技術は一通り網羅した後である。ただ、忘れていただけなので体に染みついたものを感覚的に思い出すのは容易なことだった。

 

「知名度に関しては、まだ途中段階よ。路上ライブを通して、配信活動とSNSに動画を投稿し、アプローチをかけて来たわ。ライブを行えば、リアルとネット両方において、かなりの人が集まるようになったけど、その後のことを考えると、まだバズりきれていなかったわね」

 

 数回に渡り駅下の広場にて、路上ライブを行って来た結花凛。配信では5万人以上の人を集め、現地にも30人くらいの固定客が応援しに来てくれるようになった。

 しかし、それは固定化されたコミュニティである。エンシードやイグニスコードを知らない人。そもそも、スクールアイドルに興味がない人には届いていない。そう言い切ると、テレビに出れば嫌でも目に入る柊絵梨花と並んだ、とはいえなかった。

 

「その後の……? 実力と知名度、2つを手に入れてどうしようと?」

「……そうね」

 

 ここまでの話を理解した美烏が、その先の内容に踏み込んでいく。りくは少し表情を固くして、重たい息きを吐いた。走る緊張を感じ取り、ここまで話を聞いていた美烏、夕輝、レナ、そして結花凛までもが額に汗を浮かべる。

 

「これはまだ結花凛ちゃんにも話してなかったけど……日本中に広がるくらいバズらせることができれば、配信で全部ぶちまけてやるつもりだったのよ『葉月ちゃんを返してください』って。」

 

 美烏を除くエンシードの3人はポカン、としていた「随分と溜めておいてその程度のことなのか?」、と。しかし、美烏は唖然とした表情を見せていた。

 

「そんなことしたら――」

「ええ、炎上するでしょうね」

 

 炎上、という言葉を聞いて美烏以外の3人も状況が理解できたらしい。驚いた4人の視線が、りくへと注がれる。

 

「多くの人が、柊絵梨花によって娘の葉月ちゃんが縛られている、なんて聞かされれば大なり小なり騒ぎになる。柊絵梨花の悪政が表に出れば、一言物申すくらいの隙は生まれるでしょ?」

「けど、そんなことしたら……」

「そうね。美烏ちゃんが危惧することは分かってるわよ。そんなことしたら葉月ちゃんが出る予定だった舞台に狂いが生じる。そうしたら明らかに私たちは悪者よ。けど、そもそも、それだけしないと相手にされない相手でしょ? アナタたちは、それが問題で行き詰まってたんじないの?」

 

 りくが語る計画に対して、美烏、夕輝、レナの3人は良い顔を見せていなかった。しかし、りくの言うことも最もだと理解しているようである。

 

 りくの計画は美烏や夕輝、レナたちが苦しんでいた柊絵梨花との距離という課題はクリアしていた。逆に言えば、柊絵梨花とは、それだけリスクを負わなければ本来太刀打ちできない相手であることも理解できる。

 

 レナが考えた作戦があり、そちらを優先する事が決まった今だからこそ、口を挟まずに聞いていられるが、何とも言えない空気感に3人は黙ることしかできないでいた。

 

「引かせちゃつたみたいね……けど、勘違いしないでちょうだい? 私はこの作戦をリスクだらけの欠陥品だと理解してるし、これを結花凛ちゃんに強制させるつもりもなかったわよ」

 

 りくが呆れ気味にそう言うと、3人は少し驚いてから表情を少しだけ緩くする。

 

「極めて小さな針の穴に、糸を通す思いで考えた計画だし、上手くいっても葉月ちゃんが帰ってくる保証もない。ただ柊絵梨花に、面と向かって文句が言えるようになるだけ、けどあの時の結花凛ちゃんには先を目指せるだけの根拠を作っておいてあげたかった」

「りくちゃん……」

 

 りくの気持ちを間近で感じ続けていた結花凛が感慨深い声色で呟いた。りくも少しだけ優しい表情で、そんな結花凛と目を合わせる。

 

「バズった段階で本当に実行するか私は再三確認するつもりだったわよ。それに、出来れば実行してほしくないとも思ってた。葉月ちゃんには悪いけど、私個人の目的は結花凛ちゃんが立ち直って、成長するところで止まってるから」

 

 りくの、その言葉を聞いて美烏たち3人は本腰を入れて安堵の息を漏らした。そんな様子も一目見て、りくは目を瞑り腕を組んでクスリ、と笑う。

 

「まあでも、1週間のうちに隙を見て結花凛ちゃんが土宮に来てくれるよう勧誘しようとは思ってたけどね」

 

 少し戯けた口調で、りくがそう言うと、3人は驚きのあまり硬直した。少し雰囲気が和んだが、りくの瞳は口調の割には真剣である。

 

「うわ! 本性現したよこの人……」

 

 そんな、りくの顔を見て夕輝は、表情を引き攣らせて声を漏らす。そんな夕輝の対応を小馬鹿にするようにクスリ、と笑うと、りくは艶めく瞳で夕輝を見つめ返した。

 

「冗談よ。そう睨まないでくれるかしら?」

「本当かなぁ……この人なら全然やりかねない気がするんだけど……」

 

 なおも疑う夕輝を見て、美烏は同意するように、また、りくを擁護するように、どちらつかずに淡く笑った。

 

「ま、結花凛ちゃんがリスクを犯さなくて、私としては一安心よ。レナちゃんの判断は、私も間違ってないと思うわ」

 

 そう言って、りくが話しに区切りをつけようとし始めると、何かを考えるような表情をして、黙って聞いていた結花凛が口を開く。

 

「私は……選んでたと思います。どれだけリスクがあろうとも、葉月ちゃんに手が届くなら」

 

 何を考えているのかと思えば、迷いなくそう言った結花凛を前に、りくは目を丸くした。終わっていた話を巻き戻して、わざわざ宣言する結花凛の目は酷く冷静で、遠くを見据えているように見える。

 

 りくが呆れるように固まっていると、その目の前では夕輝が「バカっ!」、などと結花凛を罵っており、それを嗜める美烏とレナが加わってわちゃわちゃが広がっていく。

 

 そんな様子を見て、りくはニタリ、と口角を上げた。

 

「芯が強いのね。ますます、好きになりそうよ」

 

 エンシードのわちゃわちゃに掻き消される程度の小さな声で呟いた、りくは人知れず恍惚な表情を浮かべている。

 

 結花凛の発言にエンシードの4人が、嗜める形でよくない方向に盛り上がりを見せ、しばらく経った。

 4人の様子を、余興でも見るかのように微笑気味に見つめていた、りくの元に、駅の改札方面からやってきた竹下淳美が、両手に数本の傘を抱えて現れる。

 

「ちょッ! りく先輩⁉︎ 急な呼び出しは辞めて欲しいっすよぉ‼︎」

 

 やさぐれた表情でやって来て、大きな声を出す彼女にその場の視線は集まった。エンシードの面々も話を止め、自然と淳美に注目している。

 

「あら……思ってたより早いのね。やるじゃないアツミ」

「『やるじゃない』、じゃないっすよぉ。チャットのスタンプで可愛く圧かけてくるの本当に辞めてください! 怖いっすから⁉︎」

 

 今度はりくと淳美が盛り上がり始め、状況の掴めない結花凛たちはポカンとした顔を見せていた。それを見かねてか、りくが説明を始める。

 

「アナタたちが一悶着していた頃、雨が止みそうになかったから傘を持って来てくるよう連絡していたのよ。アナタたちも見た所、傘を持っていないようだったから人数分持って来てもらったわ」

「ゲっ……これ若ノ芽の子達の傘っすか?」

 

 りくに傘を渡した後、淳美は露骨にイヤそうな顔を見せながら結花凛たちにも傘を渡した。

 

「ちょっと、表情に出過ぎなんじゃん?」

「お風呂でふやけた親指みたいだね、ユっちゃん……」

「その言葉……きっと私たちには計り知れない意味があるんでしょうけど、字面だけみたら失礼すぎるわよレナ……」

 

 エンシードの面々が好き勝手に言う中で淳美はジト目で彼女らを見つめる。

 そして、全部で6本の傘を持って来たせいで肩が凝ったのか鞄を下ろして、解放された肩を解すように手で揉みながら淳美は回す。

 

「ありがとう! 淳美ちゃん‼︎」

「はいはい、イイっすよ。……結花凛ちゃんも、美烏ちゃんたちと仲直り出来たみたいで良かったすっね……」

 

 濁りのない笑顔で感謝を口にする結花凛に、淳美は呆れたと言わんばかりの、ため息を吐いた。それから、和気藹々とするエンシードの4人を見て、頬を薄赤く染め、そんなことを口にする。

 

 淳美はエンシードの面々に対して敵対的であり、決して馴れ合うつもりはないらしいが、この1週間毎日のように顔を合わせて来た同年代の結花凛に対しては、少しだけ心を開いているように見えた。

 

 淳美と結花凛、2人のやり取りが終わるのを見て、りくはパンッ、パンッ、と手を叩く。

 

「ほらアツミ、帰る準備をするわよ。路上ライブ用の機材を持ってちょうだい」

 

 来るや否や、そんなことを言われて淳美は目を丸くし、りくの方を見つめて、その気持ちを瞳で訴えた。しかし、りくは真顔を貫き通し、発言が覆らないことを淳美は察する。

 

「マジっすか? それってどこまで……」

「もちろん私の家までよ」

 

 絵に描いたよう顔面を蒼白にして、ポカンと開いた口が塞がらない様子を淳美は見せていた。

 

「私の家、先輩の家から結構離れてるんっすけど……」

「今日の夕飯はA5ランクの松坂牛を使ったすき焼きよ。父が営業先の地方団体からもらって来たの。もちろんアナタも食べていくでしょ?」

 

 有名なロックバンドのボーカルを務める、りくの父親。りくの話には信憑性があり、淳美はその提案に分かりやすく目を輝かせる。

 

「ハイっす! 持って帰る荷物はコレっすか⁉︎ これくらいの荷物なら朝飯前っすよぉ? 早く行きましょ、りく先輩ッと‼︎」

 

 素早く荷物を回収し、誰よりも早く駅の方へと向かおうとする淳美は子供のようにはしゃぎ、表情をキラキラと輝かせていた。こうしてみると、子役タレントとして活躍していただけのことはある、と言えるだけの可愛さが見てとれる。

 

「流石にあれは、ちょろすぎるんじゃん?」

「ええ、ちょろいわね」

「ちょろいね、淳美ちゃん」

「うん……ちょろちょろだね」

 

 そんな淳美を見て、口々に失礼なコメントを残すエンシードの面々だったが、淳美は僅かな反応すら示さなかった。松坂牛の魔力の前では、そんなこと淳美にとって些細なことらしい。

 

「それじゃあ、私たちはこの辺で失礼するわ」

 

 そう言って軽く手を挙げ、りくは結花凛を中心にエンシード全体へ声をかけた。

 

「りくちゃん‼︎ 改めて、本当にありがとうございました!」

「ふふ、気にしないでいいわよ。次に会ったときはまた敵同士。ラブライブでぶつかるのを楽しみしているわね」

 

 結花凛は一歩前に出て、再度深々と頭を下げる。その様子を見た、りくは正面から宣戦布告を口にした。

 

「はい!」

「じゃあね。私の愛しい好敵手」

 

 そう言い残し、りくは機材を両腕で抱え込むように持つ淳美を引き連れて駅の方へと消えていく。その遠くなる背中を結花凛は見えなくなるまで見つめていた。

 

「ねえ、皆んな!」

 

 りくと淳美がいなくなり、エンシードの4人だけが残ったその場で、結花凛は他の3人に呼びかける。

 突然の切り出しであったが、久しく見ていなかった結花凛の快活な様子が懐かしかったのか、他の3人は驚くこともなく慣れた様子で聞く体勢を作っていた。

 

「りくちゃんが言ってた作戦、やり切ろう!」

 

 何を言い出すのかと聞いてみれば、思いがけない結花凛の提案に3人は呆然とする。

 

「バカ! あれだけ言ったのにアタシの気持ち全然、理解してないじゃん! ユカの負担になることはダメだって――」

「4人でだよ! 4人で最後まで路上ライブをするの。日本中に広がるくらい有名になって、葉月ちゃんのお母さんじゃなくて、葉月ちゃんに思いを伝えるんだよ‼︎」

 

 夕輝の言葉を遮るようにして元気いっぱいに結花凛が言葉を重ねた。

 

「それなら、思いを歌にするのはどうかな! 歌にして伝えたら、その歌を聴いてくれた人も、葉月ちゃんのこと応援してくれるかもしれないよ?」

「わぁ〜! イイねそれ‼︎」

 

 結花凛の提案に乗り気なレナが生き生きと案を重ねる。結花凛も明るく賛同し、2人に見つめられ夕輝は少しだけ考える様子を見せた。

 

「それなら……うん、問題ないんじゃん?」

 

 気持ちのいい笑顔で、夕輝が納得する。

 

「それなら私もいいと思うわ。りく先輩が作ってくれた今の波を生かさないのは勿体ないもの」

 

 美烏も賛同を示し、結花凛はパァっ、と表情を明るくさせた。

 

「今度こそ! みんなで(・・・・)葉月ちゃんの居場所を取り返すよ‼︎」

 

 結花凛は再び仲間たちの先頭に立って声を高らかに宣言する。そんな結花凛に対し、反対の意見を示す者はもう居なかった。

 4人の気持ちは1つとなり、バラバラになっていたエンシードのピースは残り1つとなった。

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