ライブハウスから離れ
フライドポテトなどの軽食とドリンクバーを注文し、4人は話ができる環境を作り上げる。
「それで
テーブルの上のフライドポテトをつまみながら、
「はい。ご推察通り、ミュウミュの正体は美烏ちゃんです」
「そんなこと、私たちに打ち明けてよかったわけ? ほとんど確信してたとはいえ、確定してたわけじゃなかったのに……」
仮にも実名を伏せて活動しているのだから、その正体を明らかにすることは関係者としてのマナー違反である。そのことを夕輝は配慮して問いかけた。
「美烏ちゃんの今後にとって必要なことなので、きっと分かってくれるはずです」
「はあ、ならいいんだけど。で、本題はなに?」
満を持して、琴音が接触してきた理由を問いかける。その答えに興味を示す3人は琴音に注目した。
「皆さんにお願いがあるんです! 美烏ちゃんをスクールアイドルの仲間に入れてあげてください!」
周りには聞こえない程度に声を張る琴音に3人は驚かされる。その後、琴音の言葉を聞いて、真っ先に
「そういう話ならボクたちは大歓迎だよ! 丁度、彼女には仲間になってほしいと思っていたんだ。でも、いいのかい? ユカリの話では、どうやらスクールアイドルにはなりたくないらしいが」
「やっぱり……美烏ちゃん、そんなこと言ってたんですね…………」
琴音は神妙な顔つきで両手を交差させ、そして組んだ。
「美烏ちゃんが、そんなこと言ったのは、私が美烏ちゃんと同じグループに所属していたときの、ある事件が原因だと思います」
しっとりと、思い出すような口振りで琴音は話し始めた。
「本当は美烏ちゃんもスクールアイドルをやりたいはずなんです! だって、彼女は誰よりもスクールアイドルを愛していて、あのときだって私に言ってくれたから…………」
そう言って、琴音は美烏に関係する、自分の昔話を話し始めた。
※
――今から5年前。私、有矢琴音が瓜谷美烏に出会ったのは小学生の頃だった。
ある小さな芸能事務所が、新人の若手アイドルグループ育成を目標に掲げオーディションを開催し、そこの一次面接で私は美烏ちゃんと出会った。
「よろしくお願いします‼︎」
思わず目を向けてしまうような堂々とした美烏ちゃんの姿を見て、こういう子がオーディションに合格するんだろうな、と素直に感じたのを今でもよく覚えている。
「すごいね……私、歌もダンスもイマイチだから…………」
「私だって自信なんか一つもないわよ。ない自信を虚勢で作り上げるために、誰よりも練習するの」
この時の美烏ちゃんは、小学生にしては大人びた立ち振る舞いをしていたが、子ども特有の可愛らしい笑顔も印象に残る、そんな容姿をしていた。
たまたまオーディションの順番が近かった、それだけの接点だったがこの時、美烏ちゃんと初めて言葉を交わしたのだ。
「美烏ちゃんもアイドル好きなんだよね。私もアイドル好きなんだ。特に5年くらい前まで活動してたあの――」
どうにか会話を続けたい、そう思い私は自分が好きなアイドルのライブの話を持ち出した。小学生にしてアイドルのオーディションを受けにくるのだから当然、アイドルのことが好きだと考えたからだ。
すると、私の予想は的中して、落ち着いた雰囲気を見せていた美烏ちゃんは目を輝かせて反応する。
「それって伝説のアイドル伝説 DVD全巻BOX、伝伝伝にしか収録されてない特別ライブよね! 私も大好きよ‼︎」
かなりの早口で捲し立てる美烏ちゃんに圧倒されながらも会話は順調に進み、友達と呼んでもいいくらいの仲にはなったと思う。
「私はね、スクールアイドルが好き。3年間という短い期間を目一杯、輝く姿が最高にカッコいいのよ! 私も高校生になったらスクールアイドルになるの。それで、ラブライブで優勝する。それが私の夢!」
私にそう話してくれた美烏ちゃんの笑顔を、今でもよく覚えている。
そして数日後、ギリギリの審査で合格した私と、予想通り合格していた美烏ちゃんはメンバーの顔合わせで再会する。
グループの名前は【クルール×フルール】。主にライブハウスなどでのライブ活動に重きを置いた、いわゆる地下アイドルである。同年代の少女が4人集まったグループで、私と美烏ちゃんの他にも実力の高いメンバーが2人所属していた。
ここから、私たちのアイドル活動が始まったのだ――
それから4年間の活動を経てクルール×フルールはその界隈の中で、かなり大きな存在へとなっていた。中々、陽の目を浴びない期間が続いたが、このときの私たちは間違いなく上り調子であった。
ファンの人たちはクルール×フルールが更に大きくなることを望み、私たちもそれに応えようと、メンバーの全員が高校生となる年齢になることを期に、地下を抜け地上波を視野に入れていく予定だった。だが、そこで事件は起きる――
「みなさ〜ん! 今日のライブも精いっぱい楽しんでくれて、ありがとうございま〜す‼︎ 」
「今日は、みんなに重大発表があるよ〜!」
中規模のライブ会場が、各色に輝くペンライトで埋め尽くされていた。その光の1つ1つが自分たちに向けられていると思うと、高揚感と不安で頭の中が、ぐちゃぐちゃになる感覚は忘れられない。
「私たちクルフルは武道館でのライブを目標に、来年から地上波へと進出します!」
それはかなり思い切った目標であった。通常、大規模な後ろ盾がない地下アイドルが武道館で単独ライブを行うなど、その世界を知るものからしたら夢物語でしかない。しかし、右肩上がりのクルール×フルールを目の前にしたファンたちのボルテージは既に限界値を超える勢いであった。
故に、クルール×フルールのこの宣言は多くのファンを熱狂させる。
しかし――
ライブ終わり。上がった息と高まったテンションのまま、タオルで汗を拭いながら、私たち4人は楽屋へと戻っていた。
前提としてクルール×フルールのメンバー仲は快調なものだと私は思っていた。仮にも4年間、苦楽を共にした仲なのだから、仲がいいに決まっている。
そんな私の楽観的な思考が、表面上しか読み取れていなかった原因なのだろう。
「確かに人気は出てきたけど、ぶっちゃけ武道館はムリっしょ」
火種はメンバーの1人が発した何気ない一言である。
「それなー、地下アイドルから大ブレイクして武道館とか夢見すぎだよね」
口を揃えて言ったのは、
「桜、杏子、それくらいにしときなさい……」
顔に浮かんだ汗をタオルで拭いながら、美烏ちゃんは冷めた表情で叱責する。
「でも、美烏も思うっしょ? 今回の方針は完全に社長の暴挙だよ。地上波に出たって、ネットのアンチに潤滑剤与えるようなもんじゃん。もう、うんざりだよ」
「確かに、武道館は険しい道のりよ。けど、応援してくれるファンのためにも私たちは頑張らなきゃ」
「チッ、相変わらず、マジメちゃんだね。今回ばかりは現実、見ようよ。ファンが〜、とか言ってる場合? 無駄な努力だよ」
「それ、本気で言ってるの?」
流石の私も、いつもの皆んなじゃないと、この時は違和感を感じていた。いや、違和感はずっと昔から感じてはいたのだ。
初めは4人一緒に団結して切磋琢磨していたはずなのに、いつかを境に私は、桜ちゃんと杏子ちゃんとの間に奇妙な溝を感じるようになった。今思うと、あの時の私はそれに気づかないふりをして、蓋をしていたんだと思う。
「あの……桜ちゃんも美烏ちゃんも、その辺に…………しよ」
力及ばずとも仲裁に入ろうとした私に、桜ちゃんは鋭い目つきで睨みつけてきた。
「アンタはいいわよね琴音。鈍感で、天然キャラとか言われて大した実力も無いくせにネットではチヤホヤされてさ……」
「そんな……」
ここにきて正面から、そんなことを言われ胸の奥が締め付けられる気持ちになった。自然と目尻が熱くなり、目の下がプルプルと震えてくる。
「いい加減にしなさい!」
美烏ちゃんが声を荒げ立ち上がるが、桜ちゃんは何の反応も示さず鋭い目つきのまま美烏ちゃんと向き合った。
「アンタも内心では思ってんじゃないの? 自分がセンスないって自覚してんでしょ? 毎日、居残りで練習してそれでも人気は琴音とどっこいどっこい。不条理よね!」
そのとき明らかに場の空気は一変した。いつも冷静で、私の手本となってくれる美烏ちゃんの目が怒りに囚われていたのだ。
「アンタも琴音がいなかったらって、思ってんじゃないの?」
小さな楽屋の中に、乾いた音が鳴り響く。パシン、と音を立てて放たれた、その一撃は桜ちゃんの右頬を正確に捉えていた。
「なにすんのよッ!」
頬をビンタされた桜ちゃんは、すかさず美烏ちゃんに掴みかかる。そして、2人はただガムシャラに目の前の相手を攻撃し続けた。
互いの拳が、互いの顔面に襲いかかる。流石に、マズイと判断したのか、杏子ちゃんが止めに入るがデットヒートした2人には、もうなんの声も届かなかった。
そのとき私は、ただただ無力に泣いていることしかできなかった。
結局、10分後に事件を聞きつけた大人が仲介に入り、2人は一旦距離を置くことになる。しかし、お互い顔に大きな腫れと青痣を受けていて、とても人前に出ていい状態ではなくなってしまった。
クルール×フルールは半年間の活動休止を余儀なくされ、姿を消したアイドルグループとしてすっかりファンたちの熱も下火になってしまう。
その後、2人は和解することなく活動続行は不可能と判断されグループは解体された。
「ごめんなさい。私のせいで、クルフルが解散になってしまって……」
顔の腫れもすっかり消えた頃、美烏ちゃんが私に謝りにきた。
「ううん。美烏ちゃんのせいじゃないよ。私だってクルフルがあんなになるまで何も気づかなかったんだし…………」
「でも、琴音、アイドル辞めるって……」
グループが解散したといっても同じ事務所にいるのだから噂くらい耳に入るのだろう。あの後、私は事務所を辞めることを決心した。
あの一件が精神的にショックだった、ということもあるが何より自分の非力さを痛感させられたのが理由である。
「うん、でも自分で決めたことだから。美烏ちゃんはどうするの?」
「私も、事務所は辞める。でも、アイドルは辞めない。フリーのアイドルとして何とか活動は続けるつもり……」
「そうなんだ。私、応援するからね!」
「ありがとう」
一生の別れというわけではないはずなのに、どこかしみじみとした空気になってしまう。
「アイドル続けるってことは、やっぱりスクールアイドルになるの? 言ってたよね、スクールアイドルになってラブライブで優勝するのが夢だって!」
場の空気を少しでもよくしようと思い、空元気にそう言うが美烏ちゃんの表情は浮かないまま。
「スクールアイドルにはならない。きっと、また私は問題を起こすと思うから……」
「問題って、アレは私のことを庇ってくれたんでしょ……分かるよ、鈍感な私でも」
「いいえ、どんな理由があっても私は人としてやってはいけないことをしたのよ」
美烏ちゃんは声を振るわせながら、奥歯を噛み締めて言葉を続ける。
「琴音をバカにして、ファンのみんなをバカにして、努力することをバカにして、何もかも諦めてたアイツらが許せなかった。自分を抑えることができなかった……」
「美烏ちゃん……」
「琴音……アナタは私をいつもスゴイって褒めてくれたけど、私はアナタの方こそスゴイと思ってた。ファンに好かれる愛嬌を持ってるアナタを少し羨んだりもしたわ」
そう言うと美烏ちゃんは私の手を取って、優しく両手で包み込んだ。
「アイドルを辞めるのはもったいないと思うけど、それも1つの道なんだと思う。縁があったらまたどこかで会いましょう」
それが、美烏ちゃんの別れの言葉だった。
※
「それから私はSNSでミュウミュを見つけて、それ以来、美烏ちゃんの追っかけになりました……」
「縁もクソもないじゃん」
夕輝の辛辣なツッコミに、葉月は乾いた笑いをこぼした。
「美烏ちゃんは今でもあの時のことを気にしてて、自分のやりたいことを押し殺してるんです。お願いします! 美烏ちゃんと一緒にスクールアイドルをやってください」
改めてそう頭を下げる琴音だったが、今回は葉月でさえあまりいい反応を示さない。
「これは難しい話だね。彼女の内心を思うと、簡単には誘えないよ」
「それにあの子、頑固っぽいじゃん?」
「――頑固で悪かったわね」
夕輝の背後から突然、そう言って現れたのは渦中のその人、瓜谷美烏本人である。エクステを取り、黒い髪の毛を後ろで一本にまとめ、愛用のメガネをかけた学校での姿。
「な、なんでここに……」
「琴音……久しぶりね」
突然の再会に複雑な表情を見せる美烏。
「アナタが結花凛たちに接触するのが見えたから、余計なこと始めないうちに釘を刺しておこうと思ったんだけど、手遅れのようね……」
「私がライブに来てたこと、知ってたの?」
「当たり前じゃない。チェキや握手会には参加しないくせに、どんなに規模が小さくてもライブには絶対、現れるんだから、いやでも気づくわよ」
「私たちがいることも気づいてたの⁉︎」
結花凛が驚いて見せるが、美烏は冷静に首を縦に振った。
「ええ、ステージの上から結構見えるものよ。アナタたち3人の中には特に目立つ人がいることだしね。アイドルを勉強しろ、とは言ったけどまさか今日のライブに来るとは思わなかったわ。見通しが甘かったわね……」
葉月に視線を送りながら、美烏は大きくため息をこぼす。そして、全員の視線が集まる位置へと移動した。
「ずいぶんと勝手に、ペラペラ喋ってくれたみたいね琴音」
「ごめんなさい……でも! 美烏ちゃんだってスクールアイドルやりたいんでしょ⁉︎ もう自分を許してもいいはずだよ」
「ダメよ。また同じ轍は踏みたくないの……」
琴音の訴えに美烏は揺れる気配すら見せなかった。すると琴音は立ち上がり、肩を振るわせながらも大きく息を吸い込んだ。
「そんなの……! 逃げてるだけじゃない‼︎」
絞り出したその声に美烏はピクリと反応した。
「逃げでもしないと、どうにもならないんだからしょうがないでしょ! 私のことは一番、私がわかってるのよ‼︎」
互いに言葉をぶつけ合う2人を結花凛と葉月が慌てて抑えに入る。2人は息を荒くし、互いの目を見つめ続けるも、それ以上熱くなることはなかった。
「分かったわよ。入ってあげるわよ……」
「え⁉︎」
疲れ、萎れた花のような言い草で美烏はそう言いこぼした。その発言に一同目を丸くさせるが、美烏は冷静に言葉を続ける。
「確か、部の維持に必要なのは部員の名前だけで活動自体の人数に規定はなかったはずよね。校則に書いてあったはずよ」
なんで一々校則を把握してるんだ、と言いたげな表情を夕輝は見せるが、美烏の眼力に負け口をつぐむ。
「名前を貸してあげる。別に部活をするつもりもないわけだしね。だから、金輪際スクールアイドルの話を私に持ちかけないでちょうだい。もし次、持ちかけてきたら営業妨害で訴えるわ」
そう強く言い残して美烏は、この場を去っていく。そして、残された4人はなんとも言えない空気に包まれていた。
「どうしたものかね。これで晴れてボクたちは部として成立したという訳だけど、素直に喜べる雰囲気じゃないよね」
「でも、美烏ちゃんがホントはスクールアイドルやりたいなら私は一緒にステージに立ちたいよ! だって、今日の美烏ちゃんのステージ、すっごくキラキラしてた‼︎ 一緒にステージに立てたら、楽しいに決まってるもん!」
「でも、訴えるとか言ってんじゃん。フリーとはいえ仮にもアイドル活動してんだから、妨害行為としてアタシらが悪者にされかねないかも」
頭を捻り、悩み唸る3人。そんな中、琴音は一度深呼吸をして机を両手で大きく叩いた。
「皆さん! もし協力してくださるなら私に考えがあります‼︎ 元々、私はこの作戦を提案するつもりで声をかけたんです」
意を決したのか琴音の瞳にはもう、迷いは感じられない。堂々とした態度で声からは揺るぎない覇気を感じられた。
「フェスに出ましょう!」
その発案に3人は首を傾げる。
それから琴音は作戦の全容を1から説明し出した。