ボクが初めて舞台に立った、5歳の頃より、ずっと昔。初めて両親が舞台に立っている姿をビデオで観た。ボクはその舞台が大好きで、何度も、何度もテープが焼き切れるほど繰り返し観た。
まだ母が父と同じ劇団にいて、同じ舞台に立っていたとき、もうすでに母はその頭角を表していたが、正直に言って父の演技は下手だった。
顔はいい。しかし演技は下手で、話の大筋に関わるような大した役は与えられていない。そのビデオの中で父が演じていたのは、3枚目をまたいで別にいなくても話は成り立つような端役だった。しかしそれは、いなければいないで舞台が成り立たない重要な役だった。
比べて、母の演技は素晴らしい。幼いながらにボクの心の内へ、役者とはこうあるべき、という決定的な答えを示していた。それを当時の幼きボクは感じ取る。
けれど、ボクが何度もそのビデオを観た理由はそこじゃない。父に与えられた端役。けれど父にしか出来なかった役。
舞台の上で、話の根幹には関わりのない語り手の吟遊詩人が歌を歌う。その音色にボクの心は何度も踊った。それは、劇の中では一度しかスポットライトが当たらない隔絶された存在だったが、きっとそれがなければ全体の雰囲気は変わっていた。
ボクに絶対的な答えを示した母と同じぐらい、父はボクの心を動かしていたんだ。
「葉月は物事の奥を見抜ける人になるんだ」、「広い視点を持って、常に周りの人のことを想えるような人になれば、きっと葉月が困った時には周りが助けてくれるよ」、「葉月なら大丈夫さ。母さんに似て才に溢れ凛々しくもあるが、父さんの血も流れている。こう見えてボクは、人望だけには自信があるんだ。だから葉月も大丈夫。そうだろう?」
父が常々、ボクに言ってくれた言葉。学校でクラスメイトに突き飛ばされた時も、何度も励ましてくれた、大切な言葉。そしてもう二度と、その口からは聞くことはできない言葉。
憧れを一度、失った。二度目の憧れもまた、失おうとしている。この先ボクは……どこを目指して走って行けばいいんだろう。
※
雨の日の夜の出来事を経て、若ノ芽女学院のスクールアイドル部は4人で葉月を取り戻すためのリスタートをきった。
部室に集まった4人は、白鳥陽夏という客人を迎え現状の説明と相談を行なっている。
「ん〜、なるほど。考えなきゃいけないことは色々あるけど、ひとまずは君たち4人の目が輝いていて何よりだよ。レナちゃんとか劇の練習中、ずっと浮かない顔してたでしょ?」
4人の前に座る陽夏が腕を組み安らかな表情で、そう告げた。レナもまた、名指しで心配され照れくさそうに笑みを見せている。
4人は陽夏に対して葉月周りの、現状の説明を終えていた。葉月の父親に助けを求めてみたが、既に発表された公演を覆すのは難しいということ。結花凛たちが人質にとられ、葉月は学校を辞めさせられようとしていること。しかし、葉月はまだスクールアイドル部に未練を感じていること。全て包み隠さず話し終えている。
「改めて、こちら側の問題点をまとめようか。今、葉月ちゃんが主演を勤めて私たち2つの部で進めている『月夜の下で君と踊ろう』、は現段階では7月の半ば後半あたりにある終業式を目処に公演する予定だった。しかし、それは柊絵梨花が計画する公園と日程が被っている。当然、今の段階では葉月ちゃんはこちらに出られないということだ」
「はい……私たちもどうにかしたかったんですけど力及ばず」
冷静に現状を分析する陽夏の言葉に美烏は表情を暗くして頭を下げた。それを見て、陽夏は慌てて両手を振り訂正を求める。
「おいおい! 責めてるんじゃないよ。謝んなくて大丈夫、大丈夫」
「え?」
「キミたちが思い悩んだことはもう重々伝わってるから。逆にこちらこそ気が回らなくて、ごめんなさいだよ。キミたちは同じ部活の直属の後輩って訳じゃないけどさ? 同じくらいもう私はキミたちのこと好きなの。だから謝らなくていい。困ったら何でも言ってくんなきゃヤだよ? 力になれるかは別として、力になりたいとは思ってるんだから……」
いつもの調子で、そんなことを口にする陽夏を見て美烏は瞳を少し潤ませる。他の3人も同様に似たような顔を見せていた。
「ありがとうございます……頼もしいです、先輩」
「うん。よろしい」
両手を腰に当て陽夏は胸を張る。それから咳払いをして、話の本筋を戻した。
「とまあ、偉そうなこと言った手前これを言うのは情けない話なんだけど……問題点について話を戻すよ? ぶっちゃけた話、公表こそしていないもののコチラ側の公演日をズラすってのが、どうも難しい状況なんだ」
人差し指で、おでこの横をかきながら陽夏は弱った声でそう告げる。
「つまり、どうにもこうにも葉月ちゃんはもう主演を降りるしかない。ごめんよ。細かい日程の調整なら何とかなるんだけどシーズンを跨ぐ規模になるとちょっとね……」
演劇部には演劇部のスケジュールがある、という話。今行っている計画は前例のないもので、コラボレーションということは当然、両者の立場は対等であるべきである。スクールアイドル部だけの事情だけを通すことは難しいのは必然で、それなら中止というのが早い話になる。
「なら……もう」
夕輝が寂しげにそう呟くと、陽夏は慌てて息を吸った。
「いや! 私は中止にはしたくない。一度は私も中止を提案したけど、キミたちがこの劇を大切に思っていたことを示してくれた」
「陽夏先輩……」
「結花凛ちゃんは諦めかけていた私を最後まで諦めずに説得してくれた。レナちゃんは素晴らしい曲を書いてくれたし、美烏ちゃんと夕輝ちゃんも可愛い衣装を作ってくれた。私たちの思いはもう形になりつつあるんだ! 今更、終わりだなんて私はイヤだ‼︎」
瞳を熱く燃え上がらせて力説する陽夏を見て、結花凛は冴え渡るように目を見開いて見せる。それから優しく笑い、落ち着いた様子で口を開いた。
「よかったです。私たちも同じ気持ちでした。葉月ちゃんは劇には出られないけど、それなら私が葉月ちゃんの代わりになります! 今度こそ、役にピッタリな演技をして見せます‼︎」
「え……?」
「スクールアイドル部の意思は結花凛と同じです。先輩をここに呼んだ時から、葉月がいなくても劇はやりきる、そう提案するつもりだったんです」
結花凛の発言に目を丸くする陽夏に対して、同じく優しい声色で美烏はそう説明する。
陽夏は瞳をうるうる、とさせ結花凛たちの顔を見渡した。それから詰まった鼻で大きく息を吸い込んで、あ〜、と声を鳴らす。
「参ったよ全く……演者の熱がコレだけ高ければ劇は絶対にいいものになる。経験から分かるんだ。てか、私が絶対に繋ぎ止める。いいものにする! キミたちの思いは無駄にはしないよ‼︎」
葉月が舞台を降りてなお、過去最高傑作の予兆を感じ取った陽夏は天を仰ぎ高らかに宣言した。
「それでなんですけど……」
低い姿勢から美烏がそう挟もうとすると、陽夏は顔にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる。そんな陽夏に美烏は、あらかじめスクールアイドル部で話し合った内容の、提案をした――
「う〜ん……」
美烏から諸々の説明を受けた陽夏は眉間にシワを寄せ、分かりやすく長考していた。
「分かった。その件はこっちでなんとかするよ。大丈夫、葉月ちゃんの方は思う存分やってきな。無理なスケジュールだって無理やりなんとかしてみせるから!」
陽夏がそう宣言して、エンシードの4人は力強く頷き返す。
もう、何も心配することはなくなった。陽夏に義理を通し、協力を得て、残すところ4人は葉月の説得と柊絵梨花という壁を突破することのみとなる。
「「ありがとうございます!」」
「おう、行っといで!」
ニカリ、と笑う陽夏の言葉でその場の会議は幕を下ろし、結花凛たちはさっそく行動へ移す準備を始めた。
※
4人が再度、集合した雨の日の夜。結花凛は5回目の路上ライブを行なっていた。つまり、りくが準備した路上ライブの許可証は1週間分なので後2日分ライブができる状態にある。
陽夏との会議を終えた結花凛たちはいつもの裏庭に集まり、レナが持ってきた新曲の合せ練習を始めた。
「曲のタイトルは『キミのための詩』、コレ1日で仕上げて来たの……? 流石に早すぎるわよ」
「えっと、曲だけはハーたんのことを考えてる時から作ってたんだ。それが私の唯一できる正しい表現法だから。歌詞もハーたんに言いたいことを詰め込んだだけだから……力技みたいな詩になっちゃったけどコレはコレで味かなって」
美烏はイアフォンで、レナが歌う仮歌を聴きながら、スマホの画面に映しに出された歌詞に視線を落とす。そんな美烏の発言に対して、レナは言い訳のテイストで言葉を並べた。
「いや……味どころか普段のセトリに組み込んでも申し分ない出来じゃないかしら?」
「そうかな。だったらいいな」
驚きを隠せない美烏にレナは照れながら素朴に返事した。
そんなやり取りの裏側で、夕輝と結花凛は落ち着いていおり美烏と同様に仮歌を聴いている。各々が曲を聴き、美烏が割り振った歌詞割のチックした。
「新曲の振り付けは……正直、間に合いそうにないわね」
「イイんじゃん、それでも。ユカはずっとスタンドマイクに歌一本のスタイルでやってたみたいだし」
「そうね……せめてでも既にある曲の振り付けと、スタンドマイクの見せ方だけ練習しておきましょうか」
美烏を中心にレナ、夕輝がパフォーマンスの肉付けを行っていく。そんな3人の様子を結花凛は優しい瞳で噛み締めるように見つめていた。
「早く、葉月ちゃんも帰って来たらいいな……」
結花凛は小さくそう呟きグッ、と握り拳をつくる。
一歩離れたところで、そんな風に3人を見つめていた結花凛にレナが気付き、おもむろに話題を振ろうと口を開いた。
「新曲を披露するために練習しなきゃいけないのはそうだけど、今日ライブできないのはちょっともったいないね。今日までずっと路上ライブを続けて見に来てくれる人も増えてたんでしょ?」
「あ、それなら――」
結花凛はレナの問いかけに嬉々として反応し、スマートフォンを取り出して、りくとのチャット画面を開き提示する。
「りく先輩に、最後までライブやりきります、って報告した時に今日は1日練習にあてることも話して……それなら、って今日はイグニスコードが代わりにライブをしてくれるらしいんだ!」
結花凛が提示したチャットの画面には、確かにそのような内容が示されており、最後に送られているヘビをモチーフにしたキャラのハート付きスタンプが、りくの意外な可愛さを露呈させていた。
「結花凛が5日間かけて集めた、お客さんがいる……しかも昨日は雨が降っても帰ろうとしなかった人もいるくらいの熱量なんだから絶好のライブ会場ね」
「そういうとこ、やっぱちゃっかりしてるんじゃん? しっかり新しい客層を取り込もうとしてるってことでしょ?」
結花凛の話を聞いて美烏が冷静に分析をし、夕輝は苦笑を浮かべて、りくの裏を読んだ。
「でもでも今日、何もせずに空けちゃったら本番の明日に誰も来てくれなくなっちゃうかもしれないでしょ? だったら優しさなんじゃないかな?」
「分かってないよレナ。あの人たちのことは簡単に信じちゃダメ。いつ後ろから刺されるか分かんないんじゃん?」
せっかくレナがいい事を言ったのに、夕輝はそれを真剣な顔つきで否定する。レナは「ええぇ」、と無知故に戸惑いの声を唸らせていた。
「実際のところどうなのかしらね。私はもう、りく先輩たちに対して、嫌な気持ちは薄れてきてるんだけど」
「アタシは全然。りくって人の目がヤダ。ユカや美烏はともかくアタシのことは絶対に見下してるから……そもそも眼中にないんじゃないかな」
確かにりくは実力主義なところがあり、美烏や結花凛に対しては好意的な反面、夕輝やレナには興味がない節がある。それが露骨に態度に現れている、と夕輝は語った。
「はい、ユカちゃんはどう思った? ここ数日、ずっと一緒にいたんでしょ?」
夕輝と美烏のやり取りを聞いていたレナが記者のようにマイクを向ける素振りを見せ、最終判断を結花凛に委ねる。レナの言う通り、数日の差ではあるがこの中で1番付き合いの長い結花凛の意見は気になるところだ。
夕輝と美烏も結花凛に視線を集めていた。
「うーん、どっちもなんじゃないかな……優しさ半分、利益半分。手段は選ばないタイプだと思うから、優しさはあるけど利益の割合が大きくなったら、遠慮なく刺して来ると思うよ?」
結花凛の冷静で客観的な物言いに一同は目をパチパチ、とさせる。美烏はもちろん夕輝も驚いていて、レナは驚いてから眉をひそめ、深く考えるような表情を見せた。
「へ〜、意外。ユカなら『イイ人に決まってるよ!』、って言うと思ってた」
「あはは……イイ人とは思ってるよ? けど、色んなこと考えてる人なんだなぁ、って近くにいて感じたんだよね。自分たちのグループが大事なのはりくちゃんも同じだと思うから、自分たちの利はいつも前提にあるじゃないかな?」
結花凛の最もな分析に夕輝と美烏は「おお〜」、と声を揃えて感心する。
「それはそれとして今日、代役に出てくれたのはコッチの利にもなるんだし、そこはりくちゃんの優しさだよね? 私たちは明日の本番に向けて今できることを頑張ろうよ!」
「ええ、そうね」
「うん、それはそう」
元気よく声をかけた結花凛に美烏と夕輝は賛同した。そこに、何かを考えていた様子のレナも遅れて賛同する。
葉月に向けてレナが書いた『キミのための詩』。それを披露するべく、数日続いた路上ライブの最終日に向けて、そして