61話 紅葉の花言葉①
父親に監禁されたレニー=フレッドを助けるか、それとも自分たちの保身のために助けないか、2つの意見で割れていた歌劇団は、エレーナの説得と勇者フレディの助力で再度団結した。
エレーナは今後、領主様へ反抗した後の生き方の案を劇団員たちに語たる。それはレニーを連れてこの街、スズランエリーを後にすること。街の歌劇団は旅の歌劇団へと姿を変えること。エレーナは立ち上がり、歌劇団の精神的な支柱となることを誓った。
レニーはもう、歌劇団には必要不可欠な存在である。そうまとまったが故に、レニーを選び故郷を捨てることを歌劇団は覚悟した。後はレニーの救出に向かった勇者フレディとエレーナの帰還を待つのみである。
領主の屋敷へと忍び込んだフレディとエレーナは、その地下で檻の中に入れられたレニーを見つけ出した。
歌劇団がレニーを待っている、そう聞かされたレニーだったが、首を横に振り自分は行かない、とそう告げる。
自己を犠牲にして、父親の魔の手からエレーナたちを守ろうとしているのだ。
フレディは再度、問いかける。――お前のやりたいことはなんだ? お前の居場所はこんなところなのか? 父親の言いなりになっていていいのか?
レニーの瞳は朧げに揺れる。
※
その日の夜、葉月の部屋の机には若ノ芽で練習を行っていた『月夜の下でキミと踊ろう』、の台本が開かれて置かれていた。ページは丁度、クライマックスの手前。檻に囚われたレニーを救出に向かうシーンである。
台本のページの淵には指でめくった後と思われるシワが、これでもかと付いていた。葉月がこの台本を、何度もめくり目を通している証拠である。
そして、当の葉月はというと部屋から続くバルコニーに出ており、白い丸机の前に置かれた白い洋風の椅子に腰を掛けていた。
夜風にあたり、大きな月の黄色い光に照らされて葉月の切ない表情は鮮明に映し出される。
その視線の先には、手に握られたスマートフォンに映るエンシードのライブのアーカイブ映像が流れていた。
「ユカリ……また歌が上手くなっているね。やはりキミはボクが認めた天才だ……」
結花凛たちのライブ動画を見つめながら葉月は弱々しく、そう呟いている。
ライブを見るに連れ下唇を強く噛み締めて、揺れる目の下を必死に止めようとする葉月。そんな彼女の心境は、揺れる決意との葛藤で溢れているに違いない。
歯向かうことの出来ない存在の前で、縛られ、本当の思いを言えない少女。しかし、その少女は自分が縛られているなんて考えてもいない。母の思いを真摯に受け止めて、自分はこうあるべきだと思い込んでいる。
誰よりも優しく、誰よりも他者を気づかえる。それが、見てくれのいい彼女の本当の美徳。
葉月が大きなため息をついて、スマホの画面を暗くさせ、部屋の中へと戻ろうとした時、自室の扉が無作法にガチャガチャと音をたてた。しかし、扉は開かない。
葉月が不審気な表情を浮かべると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「アレ⁉︎ 鍵かかってる?」
聞き覚えのある声が聞こえ、葉月は一瞬にして表情を青くする。
ゴンゴンゴン!、と扉を叩く音がして、そんなことをする粗暴な人物の顔が、聞き覚えのある声と一致した。
「葉月ぃー! 開けて‼︎ もう一度、アンタに話があんの!」
「お願い葉月ちゃん! 話を聞いて‼︎」
夕輝に続き結花凛の声もして、葉月は俄然焦りだす。家には当然、母親の柊絵梨花がおり、今日は偶然父の奈月もいるとはいえ対して頼りにはならない。当然、結花凛たちの来訪は望まれるはずがないことである。
「なにをしに来たんだ! ボクがアレだけ言っても分からなかったのかッ⁉︎ 早くこの家を出ていくんだ! じゃないとキミたちが――」
そもそも何でこんな時間に、といういか、どうやって入ったんだ、様々な疑問が交錯するなか葉月は真っ先にそう叫んでいた。
「こっちが歩み寄ってんのに、そっちが突き放したらイミないでしょッ! いいから一回ここ開けろバカッ‼︎」
夕輝は夕輝で初めからマックスヒートで声を放ち、その荒々しさに扉越しに葉月は思わず気圧される。
「アナタたち……人の家でいったい何を⁉︎」
少し時間が経ち、騒ぎを聞きつけたのか扉の向こうから絵梨花の声がして葉月はギョッ、と瞳孔を開かせた。そして慌ててドアの方へと駆け寄って勢いよく、それを叩く。
「違うんです、お母様! コレはボクの弱さが招いたことで、罰ならボクがッ‼︎」
葉月が懇願を続けている間も、夕輝はガチャガチャと扉を開けるよう催促していた。
「アナタたち確かスクールアイドルの……」
絵梨花の声が近づくに連れ、夕輝のガチャガチャは一度止まる。
「っチ……美烏! こっち‼︎ 走ってッ!」
「ちょっ⁉︎ 夕輝⁉︎」
扉の向こうでドタバタと音がして、それでも葉月は扉の向こうにいる絵梨花に意識を奪われ狼狽していた。
「待ってくださいお母さまッ!」
「ハーたん落ち着いて! 私たちは大丈夫だから。だから、ハーたんは自分のことを――ッ⁉︎ きゃっ!」
「レナァッ‼︎」
葉月は叫び、一瞬扉の鍵を開けようと手を伸ばす。しかし、目前でその手は止まった。額にジワリ、と汗を浮かべ、荒い息で呼吸をする。そんな時――
「葉月イィィ‼︎」
彼女の背後からけたたましい叫びが聞こえてきた。何事かと慌てて葉月がバルコニーへと出ると、外には夕輝と美烏が見えた。英刈亭の門の中にいる美烏に対して、夕輝はその直線上にいるものの門の外にいて、それもかなり離れた位置に立っている。
「美烏……信頼してるから。マジで頼むかんね!」
「ちょっと……プレッシャーかけないでよ。本当にやるの⁉︎」
「もち!」
離れた位置から夕輝は美烏へと向かい走りだす。段々と加速してやがて体は全速力となった。バレーのレシーブをするように深く腰を据え手を組み合わせる美烏が発した「せーのッ!」、の掛け声で夕輝は美烏の手を足場に大きく跳躍する。
葉月の目にはその瞬間、夕輝とその後ろの月が大きく重なって見えた。月光に照らされる夕輝を見て反射的に目と口をポカリ、と開けている。そんな状況の中、すぐさま葉月は前へと踏み出していた。
跳躍した夕輝は手足を宙で漕ぎながら距離を稼ぎ、バルコニーの柵に手をかける――一歩手前で勢いが足らず柵を掴み損ねた。瞬間、夕輝の腕をバルコニーの柵から身を乗り出した葉月が掴み取る。そして力いっぱいに夕輝を引き上げて2人してバルコニーへと雪崩れ込んだ。
息を荒くした2人が、バルコニーの地に背をつけて重なり合う。
先に夕輝が身を起こし、掴まれていた葉月の手を逆に掴み返して口を開いた。
「信じてた……マジで死ぬかと思った……」
「バカかッ、キミは! あんなの届くわけないだろうッ!」
「だから……信じてたって言ってんじゃん」
真剣に怒りを表す葉月に対して、夕輝は軽く言ってのける。そんな反応に葉月は呆れを通り越して更なる怒りを顔に出していた。
「ッ⁉︎ そうだ! こんなことをしてる場合じゃない! 扉の向こうにはお母さまが……夕輝、今なら謝ればまだ間に合う。早く皆んなを連れて――」
葉月が焦った様子で早口に言葉を並べていると、夕輝は葉月の方へと迫り、そのままバルコニーの窓ガラスへと押しやった。そして、勢いよく葉月の後ろの窓へ右手を突き立てる。
いわゆる壁ドン、と言われるやつであるがら、まさか自分がやられる側に回ることになるとは思っていなかった様子で、葉月は驚きのあまり言葉を完全に遮られた。
「帰るわけないじゃん。アタシも、ユカも、レナも、美烏も、アンタを迎えに来たんだから」
「迎えにって……キミたちにどうにか出来る状況じゃないだろ⁉︎」
自分の身が置かれている状況を葉月は多角的によく理解しているらしい。結花凛たちが何とかしようと動いた結果、打ちひしがれたことも容易に想像がついている様子。
「うん、そうだね。アタシたちも色々やった。ユカは危ない橋も渡ろうとした。けど、葉月の言う通りどうにもできなかった」
「……じゃあ」
敗北宣言をやけに堂々と言う夕輝の態度に困惑しながら葉月は、弱腰になりながらも更なる説得を重ねるため口を開く。しかし、それに夕輝は上から、より強い言葉で葉月に被せた。
「だから、葉月に頼ることにした」
「は?」
至って真剣な顔で言う夕輝が心底分からなかったのか葉月は珍しく間抜けな顔を見せる。そんな中、レナの思いを預かって夕輝は真剣な顔つきで言葉を続けた。
「レナが言ったの。アタシたちは5人なんだって、アタシら4人が出来なくても葉月なら出来るって、お母さんに立ち向かえるって……けど葉月が前に踏み出せないからこうしてアタシら4人がアンタの背中を推しに来たんじゃん?」
5人揃って一連托生。夕輝たちは柊絵梨花に太刀打ちできないが葉月なら可能性がある。しかし、葉月は立ち向かうことを諦めていた。その背中を思い切り押すだけの熱量を夕輝たちは持ち合わせている。
「……バカなことを言わないでくれ。いったいボクに何を期待しているんだい」
「アンタ、本当に学校を辞めて、お母さんに着いていって役者になりたいの?」
「……なっ⁉︎」
「それともアタシらと、これからもスクールアイドル続けるの、どっちがいい?」
返事を詰まらせる葉月に向かって、夕輝は遠慮なく質問を投げ続けた。渋い表情をした葉月の瞳は真っ直ぐに夕輝へと向かっていたが、確かに揺れている。
「アタシらとスクールアイドルするの楽しくなかったわけ? アンタは本当は何がしたいの⁉︎」
「…………随分と意地の悪い質問をしてくれるじゃないか」
憎しみの感じられる声色で葉月はボソリと呟いた。強張った表情筋がピクリと動き、葉月の輪郭をツー、と汗が垂れる。
かつて結花凛たちが英刈亭を訪れた際、葉月は結花凛たちに強い言葉を浴びせ、敵対的な態度で無理やりにでも引き剥がした。しかし、それからレナの来訪やエンシードのライブなどが重なって、確かに葉月の心は柔く弱っている。
揺れる顎がゆっくりと開いて喉が声で震えた時、葉月の目から涙が流れていた。
「楽しかったに……決まってるじゃないか!」
「だったら――」
「それでもッ! 母はボクに直接言ったんだ……スクールアイドルなんてくだらないことに引き込んだ子達を許さないって……またボクを拐かすことがあれば今度は容赦しないって」
葉月が小学生の頃、クラスメイトに突き飛ばされ顔に浅い傷を負った。それ以来、絵梨花は外で葉月が傷つけられ、その才能に陰りが生まれることを強く恐れるようになってしまっている。今回もそうだ。スクールアイドルにうつつを抜かし役者の道から離れた葉月の現状を、全面的に結花凛たちのせいだと、絵梨花は決めつけているのだ。
「楽しかった……楽しかったさ。だから、母にボクの大切な場所を壊されたくない! ボクが二度とそこに戻れなくなってもだ‼︎」
葉月は熱く語るが、夕輝は目を閉じてゆっくりと首を横に振る。そして、夕輝の目が開かれた時、その瞳もまた静かに揺れていた。熱くなる2人の瞳が視線上で交差する。
「違う。違うよ葉月。葉月がいないスクールアイドル部はアンタが言う、大切な楽しかった場所じゃない。葉月がいなくなったら、私たちは成り立たない」
今まで乱暴にでも葉月を説得し続けていた夕輝が、ゆっくりと諭すように葉月へと語りかけていた。葉月は自分の目から流れる涙を、その長い指で拭い取り、それでも鋭い瞳を夕輝へと向ける。
「今でも私たちは5人でエンシードだよ。お願い葉月……私たちの代わりにお母さんに立ち向かって。葉月が本当にやりたいこと、ちゃんと伝えて許してもらおう」
「……でも」
「葉月、私に言ったじゃん? 『ボクがもし、お姫様だとして、君が騎士様だというのなら、ドラゴンに連れ去られたボクをキミは助けに来てくれるかい?』、って。アタシ言ったよね、助ける、って。カッコよくさ、全部アタシらで、どうにかできたら良かったんだけどアタシらだけじゃ力が足りないんだよ……」
数週間前、葉月のスマートフォンに絵梨花から何度も着信が来ていた時期。夕輝がそれに対して探りを入れるが、葉月は笑ってそんな風に流した。それは、強がりな葉月の細やかなSOS信号だった、と夕輝は語る。
「あの頃から葉月は1人で戦ってたんでしょ? お母さんの着信を無視し続けて、アタシたちと一緒にいることを選んでた。けど、お母さんが帰国してきて葉月も1人じゃ戦えなくなったんだよね。だったら――」
これまでの自身の行動の裏を夕輝に的中され、葉月に動揺が走った。
今そこにいるのは柊絵梨花が求める才能に溢れた完璧な葉月ではない。己の内を見透かされ、顔は涙と鼻水で汚れ、感情に押しつぶされたチッポケな存在だ。
「5人で戦おう。私たちが背中を押す。ずっとそばにいる。一緒に強くなろう。葉月……聞かせて葉月の本当にやりたいこと」
夕輝は葉月に向かって手を伸ばす。
差し出された、その手を見て葉月は――
※
夕輝と美烏が英刈亭の廊下を駆け抜けて外へと向かった後、やってきた絵梨花にレナは腕を強く握られて葉月の部屋の扉から引き剥がされる。
「いったいどこから入って…………あの人ね」
絵梨花の言う、あの人とは他でもない葉月の父親の英刈奈月のことだ。思い当たる節は幾つもある。
かつては同じ志のもと絵梨花と共に奈月も葉月を立派な役者に育てようとしていた。
しかし、絵梨花が帰国すると奈月は葉月を高校に通わせ、役者の道から逸れることを良しとするようになっていた。絵梨花にとっては大きな裏切りである。
「離してください」
絵梨花が顔を歪ませ長考していると、レナを掴む手を見て結花凛が強めの語気で口にした。咄嗟のことに驚いて絵梨花は思わず手を離し、レナは急いで結花凛のもとまで逃げていく。
そんな様子を見て絵梨花は更に顔を歪ませた。
「帰っていただけるかしら? 葉月は大きな舞台を控えていて今が1番大事な時期なの。学校なんて野蛮なところに通い、スクールアイドルなんてお遊びをしている暇はないんです」
「……遊びじゃないよ。私も葉月ちゃんも、夕輝ちゃんも、美烏ちゃんも、レナちゃんも、皆んな本気だから……だから楽しんだ」
自分よりも一回り背の高い高圧的な絵梨花を前にして、見上げながら結花凛は怯むことなく反論する。
「楽しい? くだらない……夢を叶えるために楽しいだなんて甘い考えは必要ない。一流の役者になることは
強い言葉と鋭い瞳で絵梨花は結花凛に圧をかけた。しかし、結花凛も眉をひそめて絵梨花に睨み返す。
すると、そこに誰かの足音が近づいてきた。
絵梨花はその人物が現れるや否や、睨む対象を結花凛から奈月へと変える。
「本当にどういうつもりなのかしら?」
『ボクは……葉月と、この子達のつながりを守りたかった。ただそれだけだよ』
悲しげな表情で奈月は文字の書かれたスケッチブックを提示した。立場上、結花凛たちの援助はしたいが限度がある。結花凛たちがこの場にいる今の状況は、絵梨花を説得することはできなくても奈月なりに葉月を思って行動した結果だった。
「それが余計だと言っているのだけれど? 大体アナタが葉月を高校に通わせなんてしなければ、こうにはならなかったのよ」
『葉月がボクに言ったんだ。高校に通いたい、って。ボクはそれが、今まで言えなかった葉月の願いなんだと思った。だから、それを叶えてあげたかったんだ』
奈月の反論を見て、絵梨花は拳を強く握り締め、奥歯をギリギリと軋ませる。
「葉月がまだ小さかった頃……私たちが出ていた劇のビデオ見て、あの子が何て言ったか忘れたのかしら?」
『……覚えているとも』
「あの子は小さな瞳をキラキラと輝かせて、私も役者になりたい、って言ったの。私はすごく嬉しかった。自分と同じ夢を娘も抱いてくれて……だから、私みたいに邪魔されて欲しくなかった。あの子が一流の役者になるまで、あの子の邪魔になるものは私が全て取り払うと誓ったのよ」
己の野望とも言える固い決意を絵梨花は奈月に、ぶつけるように口にする。それを受けて、居た堪れない表情のまま奈月は文字を走り書きした。
『長く生きていれば、価値観も考え方も変わるものだ。葉月が進学したい、と自分の口で言ったんだ。その気持ちは尊重するべきだろう』
「毎日、苦しい稽古を続けていれば心のどこかに迷いと甘えが生まれることなんて当然のことよ。それを間違った道に行かないように正すのが私たちの役目でしょう?」
いつのまにか結花凛とレナを放り出して夫婦喧嘩ぎ始まってしまう。そこへ、外から帰ってきたら美烏が合流して、この状況に戸惑いの表情を見せた。
そんな時、葉月部屋の扉がガチャリと鳴って、かかっていた鍵が開けられる。そして、扉は開き、中から夕輝と葉月が廊下へと出てきた。
「母さん……ボクは――」
荒くなった息を懸命に吸い、葉月は震える声で一言目を口にした。