ラブライブ!アナザースクール‼︎   作:早乙女・天座

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第62話 紅葉の花言葉②

 夕輝と共に廊下へと出てきた葉月は、緊張した様子で母親の絵梨花と向き合っている。

 

 夕輝に手を差し伸べられて、最後の最後で葉月はその手を取る決断をした。望み薄かもしれない。4人諸共、壊されてしまうかもしれない。けれども葉月は、4人と一緒に戦うことを選んだ。

「母さん、ボクは――」、そう切り出した葉月の体は目に見えて震えている。普段の堂々とした葉月はおらず、1人のか弱い少女がそこには立っていた。

 

 そんな葉月の手を、駆け寄ったレナが、そっと握りしめる。振り向いた葉月と一緒、目と目が重なり合って、その肌と肌の温もりが次第に葉月の震えを落ち着かせた。

 

「母さん、ボクは……ユカリたちと、皆んなと一緒にスクールアイドルを続けたい。お願いです。卒業までの間、ボクに時間をください……」

 

 揺れる瞳で葉月は絵梨花の顔を覗く。一抹の期待。葉月の頭の中の理想の展開。理想の母親。しかし、次の瞬間それは打ち砕かれ、理想なんてものは存在しなかった、と突きつけられた。

 

「ダメよ」

 

 勇気を振り絞った葉月の思いは、あっさりと砕かれる。

 

 葉月の打ちひしがれる、その表情は酷く崩れていて、目を見開き口をポカリ、と開けている。それは期待を裏切られた彼女の心の痛みを、これでもかと表しているようだった。

 

「スクールアイドルだなんて……アナタのキャリアに傷がつく。無理にアマチュアの、お遊びに興じなくても、アナタはこのままプロの役者として一流になるのよ。誰にも邪魔されずに夢を叶えるの」

「……夢」

「そうよ。アナタが小さい頃に話してくれた夢。私と、この人が出ている劇のビデオを見て『私も役者になりたい』、って言ってくれたでしょう? その時、私は誓ったのよ。葉月が役者として泰晴するまで、何人たりとも邪魔はさせないと」

 

 自分が多くの人に足を引っ張られ、邪魔をされてきたから。そして昔、葉月も小学校で、同じく妬みから傷つけられた事実があるから。絵梨花は過剰にも、葉月にレールの上を走らせようとする。

 

 賢い葉月は、そんな母の思いの背景など、当然理解していた。目の前にいる母親の言動の全てが、自分に敵対しているのではなく、愛情であることを理解している。それが逆に葉月を苦しめる。

 

 母親に否定され、それに反論できずに葉月は呆然と突っ立ってしまっていた。

 

「葉月! 違うでしょ‼︎ アンタの夢は――」

 

 固まる葉月に夕輝がそう発破をかけようとするが、その『違う』、という夢を否定する発言が絵梨花の地雷を綺麗に踏み抜く。

 

「違うですって? あかの他人が勝手なことを言わないでちょうだい!」

 

 今までで一番の怒号が家の中を響いた。夕輝は一瞬、怯えるように身を縮めるが、すぐに立ち直り、逆に表情を鋭くさせる。そして、葉月を背に守るよう絵梨花の前に行き、そして正面から立ち向かった。

 

「うるさい! 葉月の思いも知らないで、そっちこそ勝手なこと言わないで‼︎」

「……夕輝ッ」

 

 直前で、また立ち向かえなくなってしまっていた葉月の代わりに、夕輝が吠えた。それを見ていた葉月の瞳には再度、微かな炎が宿り始める。

 

「スクールアイドルごとぎが、知りもしない世界に首を突っ込んで、どうして葉月の邪魔をしようとするのよ……葉月、あなたが持っているのは、こんなところで足踏みさせていい才能じゃない。分かってるでしょう?」

 

 夕輝の反発を受けながらも絵梨花は強い意志で、更に言葉を重ね、葉月を説得した。意識的か無意識的か、葉月の良心を揺らす絵梨花の言葉は間違いなく効果的な一言である。

 

「ごときじゃ、ありません……」

 

 夕輝に続き、その隣に立って葉月を守るように美烏が反論した。

 

「スクールアイドルは一瞬の輝きで、何にも変えがないんです! 葉月がやってたことは無駄なんかじゃない」

 

 母親を前にして弱くなる葉月を励ますかのように、美烏は思いを言葉にしてぶつける。

 

「どうして……どうして葉月にこだわるの」

 

 何度、説得しようとも、何度、強く引き離そうとも、諦める素振りすら見せない4人を見て絵梨花は嘆くように疑問を口にした。

 

「友達だから。大切な友達が、言いたいことも言えなくて、笑えなくなってるからだよ」

 

 夕輝と美烏に並ぶようにして結花凛も絵梨花の前に立つ。その後ろでは、レナが葉月の隣に立ち、その背に腕を回して優しく付き添っていた。

 

 凛とした結花凛の物言いを聞いて、絵梨花の隣に立つ奈月は瞳を潤ませる。そして、スケッチブックにペンを走らせた。奈月は絵梨花の肩に手を置いて、泣きそうな顔で、その文字を向ける。

 

『もう良いだろう? 葉月には、ここまでしてくれる友達が出来た。キミが思うような成長じゃないのかもしれないが、これも1つの成長だよ』

 

 奥歯を噛み締めて、絵梨花は勢いよく目の前のスケッチブックを払い飛ばした。廊下を滑るスケッチブックが壁にぶつかりページが、めくれる。

 

「私が悪いっていうの? 大事な娘が夢を忘れて、横道に逸れようとしているのに、黙って遊ばせろというの?」

 

 この場に誰も絵梨花の味方などいない。そんな状況でも、強い意志を絵梨花は持ち続けていた。しかし、徐々に、その堂々としていた表情が陰っていく。

 押しつぶされるような思いを顔に出す絵梨花を見て、葉月も同じ顔をしていた。

 

 酷く悲しげな母の顔と、自分を守ろうと前に出た3人の背中。そして、隣に立ってくれているレナの温もりを感じ取り、葉月は胸の辺りをギュと掴む。

 

「母さん! ごめんなさい……」

 

 葉月の第一声が謝罪だったせいか、一瞬、絵梨花は顔を明るくした。それを見て葉月は更に胸を抑え、苦しそうな顔を見せるが、目をギュッとさせ首を横に振る。

 

「ずっと言えなかった……母さんを悲しませたくなかったから。けど、ユウキやレナ、ミウやユカリたちがボクの背中を押してくれるから。そんな皆んなと離れたくないから……だから、聞いてほしい」

 

 少しずつ、己の中に一本の芯を貫いていた強い葉月が帰ってきていた。4人に支えられながら、葉月は懸命に言葉を紡ぐ。

 

「ボクは……本当は母さんみたいな一流の役者になりたかった訳じゃないんだ……」

「え?」

 

 絵梨花の弱く掠れた返事を聞いて、葉月は胸が痛くなるように顔をしかめた。

 

「けど……アナタ小さい頃に私たちのビデオを見て『こんな役者になりたい』って……」

「違うんだ。その時、ボクが本当になりたいと思ったのは父さんの方で……あの時は幼くて、その区別がつかなかったから……それに――」

 

 葉月の口から始めて聞かされる真実に、絵梨花も奈月も言葉を失っている。絵梨花と奈月はビデオの中で同じ舞台に立っているが、その役は主役と端役という対極であり、奈月の出番は吟遊詩人として一度、歌で舞台を彩ることだけだった。

 

 葉月の、その言葉だけを聞けば勘違いしていた、ということなのだが、俄にも信じがたい、と絵梨花は現実を受け入れられずにいる。

 そんな中「それに」、と続ける葉月は過去に自分が閉じ込めていたものを全て表に出すかのように大粒の涙を流した。それを見てようやく絵梨花も冷静な顔つきを取り戻し、娘の言葉に耳を傾け始める。

 

「あの頃、母さんはずっと張り詰めていただろう? ボクが役者になりたい、と言って、母さんと稽古をしている時だけ、母さんは笑ってくれたから、ボクは、それが嬉しかったんだ……」

 

 今まで誰にも話すことなく、己の内に隠していた真実。言ってしまえば、葉月は母を悲しませると理解していたから、今の今まで自分でも忘れるほどに奥へと隠しこんでいた。

 

 葉月がまだ小さい頃は、絵梨花にとって一番苦しい時期だっただろう。周りに妬まれ、邪魔をされ、荒んだ心。それでも、娘と夢を追いかける時だけは笑っていたのだ。

 

「母さんにずっと笑っていて欲しかったから……ボクはずっと言えなかった。そして、いつしか真剣に母さんのような役者を目指すようになったけれど、やっぱりボクが憧れたのは父さんの歌声で、心のどこかでは母さんのような一流の役者になっても、心は父さんのようでいたいと思っていた」

 

 そう葉月が語ると、奈月は声の出ない喉を懸命に動かして口を開ける。しかし、やはり声は出ず、目の前の娘の気持ちを聞いき、感極まって涙を流し口を右手で覆った。

 

「けど、父さんが声を失って、ボクは急に憧れを失ったんだ。暗い道を走っていても、その先に父さんという憧れの星があったからこそ、迷わずに進めたのに……それがなくなって、残ったのは母さんの思いと教えを、自分の身を守るためだけに使うイヤなボクだけだった。だから役者はもう続けられないと思い、父さんに、お願いして高校に通うことを選んだんだよ」

 

 絵梨花と共に作った『葉月』という傑作は、本人にとっては望んだ姿ではなかった。しかし、彼女にはそれになるだけの才能があり、その才能を妬む者から身を守るために彼女は『葉月』を利用した。

 

 15歳から16歳、中学生から高校生への転換期に絵梨花が海外へと行き、奈月が声を失い、葉月には何も残らなかったのだ。

 

「葉月の本当の夢は……」

 

 しおれた声で絵梨花が葉月に確認するように問いかける。

 

「そうだよ。ボクは父さんのようになりたかった。伸びやかに歌を歌い、聴く人の心を踊らせるような歌を歌える人。舞台に立つ、という点で同じだと言い聞かせていたが、やっぱり母さんの理想はボクの理想とはかけ離れていた。けどね、ボクだって今の今まで、そんな小さな頃の夢は忘れていたんだ」

 

 葉月は涙を流しながらも、自分の話を聞いてくれる絵梨花に対して微かに笑顔を見せた。そして、優しい顔で葉月は楽しげに話し始める。

 

「何の希望も抱くことなく、何気ない思いで行った高校でボクは彼女と出会った。父のように伸びやかに歌を歌い、聴く人の心を変えてしまうユカリの歌と。その時、ボクは憧れを思い出したんだ。その時、抱いた感情は、抱いた夢は、小さな頃と同じだった」

 

 何より自分が伝えたい気持ち。肉親であり、愛する母に、娘として伝えたかった最近の出来事。

 

「憧れを思い出し、結花凛たちと共に過ごす時間はとても楽しかった。本当に、楽しかったんだ……」

 

 何の蟠りも取り払い、ただ楽しかった、と伝えて、それを母に認めてほしい。そして、思い出した夢と、それを応援してくれる一緒に歩みたいと思った人たちのことを、認めてほしい。そんな簡単なことを葉月は願っていた。

 

「大好きなんだ。ユウキも! レナも! ミウも! 本当は弱いボクを受け入れてくれて……仲間だと呼んでくれるんだ! 母さん……ボクはユカリたちと離れたくない‼︎」

 

 涙を流し、鼻水を垂らし、今まで見たこともないような娘の顔を、絵梨花は目を逸らすことなく見つめている。

 

 熱く語る葉月の瞳が一瞬、絵梨花と重なった。

 

 葉月が胸に秘めていた本当の思いを表に出して、後は絵梨花の返事を待つのみとなる。少し経って、絵梨花は顔の右反面を手で覆い、大きく呼吸をした。

 

 いきなり告げられた事実に感情が追いついてこず、心労が祟っているようである。

 

「……ごめんなさい。少し時間をもらえるかしら」

 

 そう言うと、絵梨花はトボトボ、と歩き始め、この場を後にした。その傍らでは未だ涙を流し続ける奈月が彼女の支えとなっており、自室へと消える2人を5人は遠く見つめている。

 

 すぐに返事をもらうことは出来なかったが、全身全霊でやり切った葉月は全身の力が抜けるように地面にへたり込む。そんな葉月を結花凛たちは囲むように抱きしめた。

 

「葉月……」

 

 夕輝が涙を流しながら、勇気を出した葉月を讃えるように身を添える。

 夕輝だけではない。美烏もレナも結花凛も5人で身を寄せながら、瞳に涙を浮かべていた。その中心で葉月は、みっともなく声を出して涙を流す。

 

 言いたくないことを、いっぱい言った。隠しておけば自分以外、誰も傷つかない。ずっと、そうしてきたが故に言えなくなっていた。それを口にすることが、彼女にとってどれだけ辛いことだったのか、彼女の言葉を聞いていた4人はもう、よく分かっている。

 

「えらい……えらいよ、ハーたん」

「頑張ったわね、葉月」

「ありがとう。葉月ちゃん」

 

 しばらくの間、英刈亭の廊下には泣きじゃくる少女の声と、その傍らで静かに泣く少女たちの声が響いていた。

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