気分が乗らないまま、成り行きでダンシングゲームの大会に出て、図らずもアタシは決勝まで残ってしまった……。
応援する夜都弓の手前、手を抜くこともできず真剣に取り組んだ。
対戦相手の中には、明らかにダンスの経験者と思われるJKとか、このゲームの熟練者と思われる人とかがいたけど、まあ何とか勝てた。
初めてやるゲームだったけど、幸い前の人のダンスを何度も見ることが出来たから大体のイメージをしてから挑めたし、美烏から教わった基礎さえ出来れば、どの動きも対応可能な内容だったから何とかなった。
大会は全3ブロックで進行され、決勝戦は各ブロックの勝ち上がった者が同時にゲームをプレイしてスコアの高さで順位が決まる。
惜しいことにアタシと淳美は別のブロックだった為、直接対決は決勝戦まで預けられた。
Aブロックの淳美が勝ち上がるたびに、応援席の若葉が舌打ちをして、Bブロックのアタシに圧をかけてきてウザかった……。決勝戦直前にゲームの台の前に立つアタシに対しても今、若葉は鬼の形相を向けている。
「やるじゃないっすか……決勝まで残ったんすね」
隣の台に立つ淳美が額に汗を浮かべながら、そんな挑発を仕掛けてきた。偉そうな口を叩いているが、流石に決勝戦ともなれば緊張しているのか表情が、やや固い。
「まあね。外野はうるさいし、妹は応援してるしで、色々背負わされたから」
かく言うアタシも一回戦目から、ずっと緊張したままで、今にも体が震えそうだけど、スクールアイドルの活動で場慣れしてるのか、踊っている時だけは体が軽かった。
「絶対、負けないっす!」
「望むところ」
こうなってしまったら流石にアタシも負けたくない。成り行きで始まった勝負だったけど、アタシだって毎日、美烏と練習して培ってきたプライドがある。今のアタシが唯一、スクールアイドルとして誇れるダンスでだけは負けたくない。
「それでは、各ブロックの代表者が揃いましたぁ! 決勝戦、スタートですッ!」
Cブロックの代表者も台の上に立ち、3人が横並びになってゲームが開始された。
選択された曲は聴いたことがある。最近のショート動画とかのBGMに、よく使われているヤツだ。確か、ボカロの曲で……ってこれッ⁉︎――
『作詞:ビタミンP 作曲:ビタミンP』
レナの曲じゃん‼︎ え……コレ、レナの曲だったの? すご、ゲームに収録されてるってことは結構、お金とかもらってるのかな……。
機械から曲が流れて、モニターのキャラが動き出しハっ、とする。画面の上から流れてくるノーツを判別しながら上半身と下半身の動きを対応させていった。
順調に曲は進み、気持ち的に余裕さえ出てきた気がする。決勝の曲とはいえ、これまで培ってきたアタシのスキルが通用するレベル。
そんな状況で、ふと左端の淳美を軽く覗いてみた。
視界の端では淳美も同様に踊っている。動きのキレは申し分ない。そこは流石、美烏と同じで子役タレントとして活躍していただけの事はあると、認めざるを得なかった。
というか、コレは………。
淳美の踊っている姿を見て、アタシの心に迷いが生じる。ゲームの台の上で踊っている淳美は、笑っていた。その姿は、間違いなくステージの上のスクールアイドルだった。
じゃあ、アタシはどうだろう。スコアを伸ばすために必死に画面を凝視していたんじゃなかったか……。
ゲームはゲーム。勝負は勝負。それは変わらない。しかし、彼女がスクールアイドルという事実も、また変わらない。それはアタシも同じはずだった。
けど、アタシは今スクールアイドルでいられているのだろうか。いや、きっと怖い顔をしている。いつも応援してくれている人が見たら、ガッカリするような必死な顔。
ダンスのスキルでは負けていない。むしろ勝てそうな気すらする。だけど致命的なほどに、淳美の言う通りアタシは素人だ。それを今、気付かされた気がした。
ユカや葉月の影響で人気が出て、自分が凄くなったと勘違いして、思い上がっていた……。
曲に合わせてコンボを継続させたまま、少しばかりショックを受けたアタシの視界に、今度は右端の人物が飛び込んでくる。
右隣で踊る彼女は、その時――異彩を放っていた。
アタシの画面も、淳美の画面も、ゲームが始まってからコンボは継続されている。そして右にいる人物も。同じ結果なはずなのに、彼女のダンスは少し不思議だった。
濃い赤色の髪の毛で、ハイライトの少ない気怠げな瞳の女の子。前髪はアシンメトリーで、少し片目にかかっている。
その子のダンスはキレもいいし正確だけど、脱力していると言うか、眠りながら踊っているようなリラックスした無駄のないダンス。
それでいて、見る者を夢中にさせるような表情と、独特の雰囲気はパフォーマーとして、その身に染み付いた性質の様だった
淳美は距離がアタシより1つ分離れているから彼女に気付いていない。けどそれは運が良かったのかもしれない。アタシはその時、胸の中に強く確信めいた感情を刻まれてしまっていた。負けた……と。
アタシも、そこそこ上手くなって来たと思ってたし、ダンスに関して自信もあった。淳美も上手い。十分、ハイレベルだろう。
けど、右隣の彼女はアタシら2人より、頭1つ抜けていた。
アタシはまだ、この人の次元にはたどり着けていない。なら……! せめて最後まで楽しんで終わろう!
負けを確信し、そう思った瞬間――体が軽くなった気がする。自然と頬が緩み、足は跳ねる。
その時、両隣にいた2人がアタシの方を同時にハっ、とコチラを見たような気がした。けど、そんな事は、もうどうでも良い。今は音楽に合わせて体を動かすことが、ただただ楽しいのだから。
※
曲が終わり3台のモニターには、それぞれスコアが表示された。他の大会の様な集計の時間などはなく、こうしてすぐに結果が出るから進行は早い。
「結果が出ましたぁ! 優勝は――」
司会のお姉さんがマイク越しに、高らかに声を張る。先んじてモニターを見たアタシは、小さく息を吐いた。そして、隣にいる淳美も少し渋い顔をしている。
「Cブロック代表! 上坂杏子さんです‼︎ おめでとう、ございまーす!」
アタシが感じた通り、右隣の女の子が優勝した。彼女の画面に表示された結果はオールパーフェクトのフルコンボ。
上坂杏子……どこかで聞いたことが、ある様な……。
「続いて2位は! Bブロック代表、緋花夕輝さん! 3位はAブロック代表、竹下淳美さん、となりました!」
続けて、そうアナウンスがあり、アタシは僅差で淳美に勝利することができた。
それから、メダルと賞品の授与式が流れる様に行われて、それが終わったタイミングでアタシたちはゲームセンターから離れた自販機エリアで再度、集まる。
「優勝は逃したが、おめでとう夕輝くん」
お望み通り、アタシが淳美に勝ったからか、少し上機嫌に若葉が声をかけて来た。
「どうも」
しかし、アタシは、この結果が少し腑に落ちない。あくまで勝敗を分けたのはゲームのスコアであり、スクールアイドルとしてのパフォーマンス勝負ならば明らかにアタシは負けていたから。
それにゲームに関しても、レナの曲が選曲され、その曲調の癖が既に体に染み込んでいるアタシは、その分、他の2人よりも有利な条件で戦えた。
結果に反して、気持ちのいい勝利とは到底、言えない。
「ちょっと、いいすか?」
煮え切らない思いで、若葉の祝福を濁していたアタシに、今度は淳美がムクれた表情で声をかけてきた。
「なに?」
「……勝ったくせに、あんまり嬉しそうじゃないんすね?」
「……だって…………パフォーマンスだけ見たら、アンタの方が上だったから」
言いたくない気持ちとの、せめぎ合いの末、アタシは正直に白状する。
きっと、調子のいい淳美のことだから、嘲笑い、バカにしてくるのだろう。そう思っていると、淳美は更に怒った表情でアタシに詰め寄った。
「そんなことは当然っす! けど……勝ちは勝ち。今回、勝ったのはそっちっす。それが、どんな勝負で、どんなルールだったとしても、勝ったのは、そっちなんすよ」
アタシの目を真っ直ぐに見つめて、淳美はそう訴えてくる。意外な程に潔く、意外な程に誠実に、アタシの勝ちを認めていた。
「それに……正直、最後の一瞬だけはアンタの方がパフォーマンスも勝ってたっす。認めたくないっすけど……」
最後の最後に、アタシは上坂杏子に負けを確信し、それ以降、目の前が晴れた感覚はあった。しかし、自分としては勝っていたという手応えはなく、あの高慢な淳美が負けを認める程だったのか実感がない。
でも、淳美の言う、それが本当なのだとしたらアタシはまだまだ成長出来るということだ。そう考えると、胸の奥が熱くなる。
自然と頬が緩み、未来への希望が湧いてきた。
「あんがと。じゃあ、胸を張って、今回はアタシの勝ちってことで」
「……異論はないっす」
悔しそうにアタシから目を逸らし、自身の発言を曲げることなく、淳美は素直に負けを認める。
イヤなだけのヤツかと思ってたけど、勝ちへの執着が強いだけで、意外と誠実なところもあるのかと思った。
それからアタシは、大会の授与式で受け取った、重めの箱を淳美に渡す。
「はい、これ。アンタこれが目的で大会出たんでしょ? 賞品、交換しよアタシは3位のヤツでいいから」
アタシがそう言うと、淳美はハっ、とした表情で口を開けて固まった。
「もしかして……本気で自分の目的、忘れてたの?」
「…………そんなことないっす! そんなことないっすよ⁉︎ まあ、でもちょっとだけ忘れてたカモっす……」
顔の前で2つの人差し指をツンツンさせて淳美は目を逸らす。
「まあ、何でもいいけど。早く受けとんな?」
「あ、ああぁ⁉︎ はいっす!」
ワタワタ、と忙しく受け取ると、代わりに淳美は白い封筒を渡してきた。
「確か3位の賞品って――」
アタシが中を見るために封を切ろうとすると、何者かが後ろから肩を掴んでくる。思わずビクリ、と肩が跳ね、後ろを振り返ると、紅色の髪の毛をした今回の優勝者である上坂杏子が立っていた。
「プールのペアチケット、でしょ?」
杏子は三白眼な、やる気のない瞳でコチラを見つめ、そう言うと別の茶色い封筒を渡してくる。
「私、そのチケットが欲しかったの。交換、しよ?」
「え?」
突然のことでアタシの理解が追いついていないうちに、勢いに任せて杏子はアタシが持っていた白い封筒を取り、茶色い封筒を掴ませてきた。
「その封筒の書類を書いて運営に送ったら、テレビが貰えるらしい。じゃ、私はこの辺で」
そう言うと、杏子はそそくさと消えるため一歩を踏み出す。しかし、何かを言い残したのか一度止まって、こっちを見た。
「最後のダンス。飛んでるみたいだった。流石だね。あと……いつも仲良くしてくれて、ありがとう」
それだけ言って杏子は見た目に、そぐわない早い速度で歩き、消えていく。
「え……?」
一連のそれは、まるで嵐のようだった。褒めてくれたのは嬉しいけど、最後の一言は、なんなんだ? 初対面……のはずなんだけど。
兎にも角にも、アタシの手には大型テレビの引換券が握られている。
「夜都弓……テレビ、ゲットしちゃった」
今の流れを当然見ていた夜都弓は嬉しそうに目をキラキラさせてコチラを見ていた。それどころか、ピョンピョン、と両足で跳ねる始末である。
「やったぁー! やったね、お姉ちゃん‼︎」
まあ、夜都弓が喜んでるなら、何でもいっか。
「結局、賞品は全シャッフルになったっすね……」
「だね。なんか、変な感じじゃん?」
そう言って淳美と目を見合わせ、同時に笑いが溢れ出た。
スッキリした顔で、淳美が拳を前に突き出してアタシの方を見つめてくる。
「今度はラブライブで、イグニスコードとエンシードの直接対決っす!」
「うん。ラブライブなら大会運営もしっかりしてるだろうし、前のスプリングフェスみたいには行かないんじゃん?」
「望むところっすよ! 結花凛ちゃんにも、美烏ちゃんにも、もちろん葉月ちゃんにも負けないっす‼︎ それと――」
ニカっ、と笑い、淳美はアタシに向けて人差し指をさしてくる。
「夕輝ッ! 夕輝は、もうアタシのライバルっす!ゲームで負けた雪辱はステージの上できっちり返してやるっすから、覚悟しとけばいいっす‼︎」
「上等。次も私が勝つから、そっちこそ覚悟しとけばいいんじゃん?」
淳美との間で火花が散る。
その時、アタシは胸の奥から熱い感情が込み上げてきていた。アタシは……初めて、敵として認められたんだと。
いつも、ユカや美烏ばかりが他者からは強敵のように目立ち、最近では葉月が、それ以上に目立った。きっと、他校のスクールアイドルたちは若ノ芽を見る時に、その3人を意識している。
己の奥底に隠してはいるが昔からある、どこまで行っても逃げる事の出来ない他者への劣等感。
その反面、ライバルと宣言されることが、こんなに嬉しいなんて思ってもいなかった。アレだけウザったらしくて、憎たらしかった淳美が愛おしく思えるほど、嬉しい。
言葉を交わし終え、淳美は笑い、静かに頷く。
「じゃあ、私はこの辺で失礼するっす。ジュース、ありがとうっすね!」
高級ジュースの箱を両手で抱えて、そう言うと淳美はご機嫌な様子で、この場を去る。
去り行く背中を見届けて、この場には若葉を含めた3人が残っていた。
「じゃあ先輩。アタシらも、この辺で」
「ああ。今日は、久しぶりに良い気晴らしになった。ありがとう。2学期からも、よろしく頼むよ」
含みのある笑顔で若葉は言う。和かに接していたのに、最後の最後で釘を刺してきた。
言葉の裏に隠されたアタシへのメッセージ。あくまでもアタシとコイツの関係は、悪魔の契約で結ばれた乾いた関係だということだ。
「はい。お手柔に、お願いしますね」
軽い挨拶も交わし、若葉は夜都弓に一言かけて、この場を去った。
ようやく、夜都弓と2人に戻って心が軽くなった気がする。
「帰ろ、夜都弓」
「うん、お姉ちゃん!」
そう言って、アタシも夜都弓と帰路についた。
今日は色々と大変な1日だった。出るつもりのない大会に出さされて、せっかくのオフの時間もつぶれたし、自分の未熟さも痛感させられた。
けど、初めは運が悪い、って思ってたけど……まあ、最終的には悪くない1日だったんじゃん?
「お姉ちゃん、何だか嬉しそうだね?」
「そう見える?」
「うん! 見えるよ。よかったね、お姉ちゃん!」
「ありがと。そうだ! 臨時収入もあるし、お寿司でも食べて帰ろっか!」
「いいの⁉︎ やったぁ〜!」
夜都弓が嬉しそうに、両手を大きく上げる。大きなテレビ様々だ。
疲れたけど、大型テレビは貰えたし、ライバルもできたし、夜都弓は喜んでるし、本当に悪くない休日だったと思う。
葉月が帰って来てからの2学期が、より楽しみになった。