認めたくないけど、私は春野結花凛に嫉妬している。
〜〜〜take 淳美〜〜〜
私は、土宮のスクールアイドル部の10人以上いる1年生のなかで唯一、イグニスコードの正式メンバーっす。
いつも厳しくて、当たりが強くて、私のことをこき使う、りく先輩だけど、それは私に一番期待している気持ちの表れだと、最近までは思っていた。けど、結花凛ちゃんが来た1週間で、私の心は揺らいでいる。
あんなに誰かを溺愛する、りく先輩を見るのは初めてだった。
あんな、りく先輩……見たくなかったっす。
※
電車で20分は揺られ、降りた駅から少し歩いたところに一部の人間しか使用することが許されていない音楽スタジオがある。そこが、りく先輩の家だ。
りく先輩のお父さんが自分用に、と自宅の地下にスタジオを作ったのが起源で今では、お父さんの交友関係にあるプロのバンドやアーティストも使用することがあるらしい。どうやら、その界隈では聖地扱いされているようだ。
夏休みのオフの日に、私は夕輝から譲り受けたクソ重い高級ジュースの詰め合わせを抱えながら、りく先輩の家へと、たどり着く。
一見、少し大きいだけの普通の一軒家だが、プロのバンド界隈では聖地なのだから、入れるだけでも光栄なことなのかもしれない。
私が家のチャイムを押すと程なくして、りく先輩が出て来てくれた。
「いらっしゃい。遅かったわね。あなたが最後よ、アツミ」
「は、はい! ごめんなさいっす……」
顔を合わせるなり、りく先輩から鋭い言葉が飛んでくる。
「おじゃまします」
そのまま私は、りく先輩に招かれて家へ入り、その背中について行く。りく先輩の後ろで左の手首を返し、付けていた小柄な腕時計を確認してみるがまだ集合時間の5分前だった。
他の人は、どれだけ早く来てるんすか……。
廊下を少し歩いたところで、りく先輩がリビングに繋がる扉を開ける。すると、白と黒が目立つ現代的な様式のリビングが賑やかな装飾と、様々な料理で彩られていた。
リビングには見慣れたメンバーが、りく先輩の言う通りもう揃っていた。10人は席につける黒曜石の大きな机があり、その席に3人。他には大型テレビの前にあるフカフカのソファーに腰をかける人が2人。そして部屋へと入った私の元に駆け寄ってきた人が1人。
「淳美ちゃん! 久しぶりだね‼︎」
目の前で、ヘラヘラと笑顔を見せる結花凛ちゃんが、そう声をかけてくる。
「はいっす。久しぶりっすね」
私も和かにそう返しながら、肩に下げていた小さなカバンをリビングの脇へと置いた。そして、ここに来るまでずっと私の腕を苦しませていた大きな箱を、りく先輩へと渡す。
「りく先輩。これ、お土産にどうぞっす。高級ジュースの詰め合わせっすよ?」
「あら、ありがとう。ありがたく、いただくわね」
りく先輩は、それを受け取るとキッチンの方へと持って行く。
きっと喜んでくれているはず……けど、もうちょっと表情に出してくれても良い気がするっす。
せっかく、この日のために私が汗水垂らして勝ちと……ってはないっすけど、とにかく頑張って持ってきたのに。
「淳美ちゃん! 淳美ちゃんも、こっちに座ろう‼︎」
そう言って結花凛ちゃんは、私の腕を引っ張って黒曜石の机の方に連れて行く。
今まで私は、結花凛ちゃんのことをいつものほほんとして楽観的に生きているだけのヤツだと、思っていた。けど、この子が本当は実力者なことくらい流石の私も、もう分かっている。最近の急成長や、りく先輩の入れ込みようを見ていると、認めざるを得ない。
「みなさん、こんにちはっす!」
結花凛ちゃんに連れられて、黒曜石の机に備えられた席にまで来ると、イグニスコードの先輩たちが既に会話に花を咲かせていた。ここにいるのは3年生の風見椿先輩と、羽村桔梗先輩。そして、2年生の冴島クレア先輩である。
「こんにちは、淳美。ほら、せっかくの同級生なんだ。結花凛ちゃんの隣に座りなよ」
椿先輩が私に気をきかせて席を立ち、結花凛ちゃんの隣の席を空けてくれた。それに甘えて、私は席に座るが、正直に言うと結花凛ちゃんの隣は嫌だ。
結花凛ちゃんは私の気持ちなんて梅雨知らず、いつも無神経に笑顔を振り撒いている。それを他の先輩たちは可愛い、と言って甘やかしているのだから、他の土宮の1年生にも示しがつかない。
「アツミ! 何だか疲れてマスか? 元気、ナさそうデス‼︎」
私のもう片方の隣に座るクレア先輩が、これまた無神経に聞いてくる。クレア先輩は、基本いい人なのだが、天然なところがあり暴走しがちだ。私が加入する前、つまり去年までは、りく先輩が、その制御係を担当していたらしいっすけど、最近は私の役目になっている。
「だ、大丈夫っすよ? ちょっと、重たい荷物を運んだんで肩が凝っただけっす!」
言いながら、右肩を回して見せる。
実際のところ、確かに疲れはしたが普段のトレーニングに比べれば全然だった。きっと、クレア先輩が気にしたのは無意識のうちに結花凛ちゃんの隣は嫌だ、という気持ちが表情に出ていたからなのだろう。
「クレアさん、そうズケズケと淳美さんのパーソナルに触れるんは、あかんよ? この子、ちょっと強かさに欠けて、本性をよう顔に出しはるからね。言葉にするんは酷ってもんやわ」
「ん? ドウイウことデスか?」
「分からんねんやったら、ええんよ。アンタのそれも、それはそれで美徳やからね」
はんなり、とした京都弁で桔梗先輩が私を、からかってくる。この人は、りく先輩と違った意味で怖い。というか、先輩の中で1番怖いっす。
「もう、やだなぁ桔梗先輩! 何言ってるか分かんないっすよ?」
「ふふふ、ホンマ、可愛ええなぁ。淳美さん」
桔梗先輩は、ニヤリと笑い、全てを見透かすような目でコチラを見ていた。
怖いっす……。この人には私が何を考えているのか手に取るように分かるんすよ。
この中で唯一、頼れそうな椿先輩はしっかり者の癖に鈍チンだからポカン、とした顔をしているし、クレア先輩は論外だから誰も私を助けてくれない。最悪な席に座ってしまったっす……。
「おお〜。アツミィ来たぁ! 全員揃ったよ、りっく‼︎ 早くご飯にしようよぉー」
ソファに横になりながら四ツ葉乃コロン先輩が、私を視界に入れるなりキッチンの、りく先輩へと声を張る。
コロン先輩は、いつにも増して入念なメイクをしており、女の子としての華やかさは、この中では1番だった。
「そんなこと分かってるわよ。はやく、席に着きなさいコロン」
「はい、は〜い!」
キッチンから顔を出して呆れ気味に言う、りく先輩に、コロン先輩は右手を大きく上げて気楽に返す。
それから、コロン先輩は跳ねる様に私たちのいる机の方にやってきて空いている席に腰を下ろした。
「
「ん」
りく先輩は、氷の入った銀色のアイスペールと、私が持ってきたジュースを持って、キッチンから出てくる。そのまま、ソファでテレビを見ていた戸守葛先輩へと、声をかけた。
葛先輩は、無愛想に返事をしてテレビを消すと、トボトボ、と私たちに合流する。
葛先輩は3年生だが、ハッキリ言ってイグニスコード1の問題児だ。
無愛想で怒りっぽくて、正直なんでスクールアイドルをやっているのか分からないけど、歌とダンスは一流だし、熱心なファンも多く、人気はある。けど、その熱心なファンっていうのが問題で、とにかく個性的なファンが多いのだ。そんなファンたちに向けるステージの上の葛先輩の煽りは、だいたいが罵詈雑言である。
初めて同じステージに立った時、自分のファンに向かって「お前らの、汚ねえ声を聞かせてくれぇぇぇ!」、って葛先輩が叫んだ時は驚いたっす……。
「葛ちゃん! こっち空いてるよ‼︎」
「ありがとう、後輩。今日もモチモチだな」
結花凛ちゃんが自分の左隣の席を指さして言う。
そんな結花凛ちゃんの隣に腰を下ろして、葛先輩は微笑み、結花凛ちゃんの頬を摘んだ。
葛先輩は問題児だが、土宮でも可愛い系の一部の後輩にはメチャメチャ甘い。その最たる例が結花凛ちゃんで、他校生な分、厳しく指導する必要がなく歯止めが効かない様子である。
「さ、全員、席に着いたわね」
りく先輩が気を利かせ、全員のグラスに飲み物を注ぎながら、そう切り出した。黒曜石の机には上座から、りく先輩、椿先輩、桔梗先輩、コロン先輩。下座は上から葛先輩、結花凛ちゃん、私、クレア先輩の順に座っている。
「淳美、進行しなさい」
自分の席についた、りく先輩が淡白に指示を飛ばしてきた。
「え⁉︎ 私っすか⁉︎」
いきなり振られても、そんな話は何にも聞いていないっす……。
視線で訴えてみるが、りく先輩は既に私の方を向いていなかった。
他の先輩方の視線が一気に集まり、観念して立ち上がる。
「え、えーっと……」
子役タレント時代、バラエティの撮影で芸人の人達に無茶振りされた時のことを思い出すっす……。無邪気ながら毒を吐くキャラで売っていて、それが世間から求められていることは何となく分かっていたけど、流石にキャラを作っていたため、毒舌なセリフを無茶振りで求められた時は子供ながらに心臓がキュッ、ってなったのをよく覚えている。
「皆さんご存知の通り……りく先輩のご好意で1週間、土宮のスクールアイドル部に通っていた結花凛ちゃんの、お別れ会を開こうと思うっす! と、同時に無事、葉月ちゃんが若ノ芽に帰ってくるということで、えー、結花凛ちゃん! おめでとうっす‼︎ いやぁ〜、よかったっすねぇー」
パチパチパチ、と拍手をすると、他の先輩方も手を鳴らす。
後半、かなりヤケクソになったけど勢いで持って行けて良かったっす……。
「本日は、りく先輩が準備してくれた料理と、皆さんが持ち寄った料理を食べて、一時の休息を十分に楽しみましょうっす! それでは皆さん、グラスを拝借。お願いするっす。いきますよ、乾杯〜ィ!」
カチン、と耳心地のいいグラスの音が鳴り一気に、この場の空気が緩くなる。
私は席につき、一息ついてグラスに入っているオレンジジュースを口に含んだ。
よく冷えたジュースが口の中に広がる。初めに感じたのは、安っぽい甘みや、クセのある酸味ではなく、まごうことなきオレンジだった。オレンジそのものの風味が口の中に広がって、後から自然の甘みとスッキリとした酸味が押し寄せてくる。
さすが、高級なジュースっす! 夕輝に譲ってもらえてホントによかった。
「淳美ちゃん! このジュースすごく美味しいね‼︎ 淳美ちゃんが、持ってきてくれたんでしょ?」
りんごジュースを飲んだ結花凛ちゃんが、目を輝かせて言ってくる。
「そうっすよ。けど、それは――」
「夕輝ちゃんと、ゲームの大会に出たんだよね?」
「っ……! なんだ、知ってたんっすか」
せっかく結花凛ちゃんの前で、夕輝の株を上げておいてやろうと思ったのに、出鼻を挫かれた。どんな話題でも共有している様子から、2人は幼馴染だと聞いた記憶を思い出す。
「うん! 夕輝ちゃんから聞いたよ? いいライバルが出来たって‼︎」
「ふ、ふーん。夕輝が、そんなこと言ってたんすね。まあ、結花凛ちゃんの幼馴染も中々、見どころがあるっす。伸び代、大ってとこっすかね」
私が言うと、結花凛ちゃんは変わらず、ニコニコと笑っていた。
「な、なんすか? 私の顔に何か変なものでも、付いてるっすか?」
「ううん。夕輝ちゃんと、淳美ちゃんが仲良さそうで嬉しいな、って思って!」
「なっ⁉︎ 夕輝から何を聞いたか知らないっすけど、仲良くなんてないっすよぉ! 今の話を聞いて、そこに行き着く結花凛ちゃんは、変っす……」
「そうかな?」
「そう、っすよ……」
この子と話していると……調子が狂うっす。
思わず、ため息を吐いて視線を逸らすと、正面ではりく先輩と椿先輩が何かを話していた。
「りくが、こんな会を開くなんて珍しいじゃないか。相当、結花凛ちゃんが気に入ったんだねぇ」
「そうですか? そんなことも無いと思いますけど?」
椿先輩のイジリ混じりの言葉を、りく先輩はヒラリとかわす。すると、そこへ少し離れた位置からコロン先輩が会話に加わってきた。
「りっくは、2年生集めて、定期的に女子会とか開いてくれてるよねー。イグニス以外の子も呼んでさ」
「へえ、意外だね」
「2年生だけで、えらい楽しそうなことやってんのやね。りくさんからしたら、私ら3年生は目の上のたんこぶなんかしら」
コロン先輩の弁明を聞いて、今度は桔梗先輩が話に加わった。桔梗先輩の物言いに、りく先輩はクスリ、と笑う。
「そんわけ無いじゃないですか。先輩たちがいなかったら、今のイグニスコードは成り立ちませんよ。下の代も、まだ育ちきってませんから」
りく先輩は、冷静に切り返すとコチラをギロリと見つめてきた。目が合って、心臓が跳ね上がる。
こっちに飛び火してきたっす……!
聞き耳を立てていたことがバレて私は下を向き縮こまる。
「アツミィ! このローストビーフ美味しいデスよ?」
「クレア先輩……!」
呑気なクレア先輩がローストビーフを小皿に盛ってくれて差し出してきた。りく先輩がコチラを睨んでいると思うと、もう向こうを向くことは出来ない。
逃げるように箸を取り、クレア先輩から受け取ったローストビーフを口に運んだ。
酸味の効いたコクのあるソースが口の中で弾け、噛むに連れて牛の旨みが滲み出てくる。小さな幸せを噛み締めながら、私はローストビーフを飲み込んだ。
「今日の私のセーフティゾーンはクレア先輩だけかもっす」
「ン? そうなんデスか? よく分かりまセンが、こっちも美味しいデス!」
「クレア先輩、好きっす……切実に」
気付けば私はクレア先輩の胴回りに軽く抱きついていた。
※
食事が始まって、そこそこに時間が経つ。テーブルの上の料理も、あらかた食べ尽くされ、コロン先輩と桔梗先輩が持ってきてくれたデザートも食べ終わった。
現在は締まりのない談笑会が繰り広げられており、その最中、テンションが上がったクレア先輩が勢いよく立ち上がる。
「ワタシ、りくの部屋に行きたいデス!」
隣に座っていた私は、気がつけば顔から汗を吹き出していた。
クレア先輩が暴走を起こせば私の責任になる。このままクレア先輩が、りく先輩の部屋を荒らす様な真似をすれば当然、私の責任だ。
「ちょッ! クレア先輩⁉︎ 待って――」
「いいわよ。いってらっしゃいクレア。散らかさないようにね」
「ハイ、デス!」
右手を大きく上げたクレア先輩は、そのまま廊下に出て2階へと駆け上っていった。
「あ、私も私も〜!」
その後を追ってコロン先輩も付いていく。
私は遠くなるクレア先輩の背中と、りく先輩の顔を交互に見て、迷い、立ち上がった。
「わ、私もクレア先輩の様子、見てくるっす!」
そう言うと椿先輩も立ち上がり、私に付いてくる姿勢をとる。
「面白そうだ。私も、りくのパーソナルに踏み込もうか」
「ふふ、特に面白いものはないですよ?」
澄ました顔で、りく先輩は言って椿先輩と私を見送った。
廊下へと出る際、ふとリビングを振り返る。すると、既に残った人達は結花凛ちゃんを中心に会話に花を咲かせていた。
葛先輩は相変わらず上機嫌だし、桔梗先輩も何やかんや楽しそうだ。そして、結花凛ちゃんと話している、りく先輩は普段見せないような笑顔を見せていた。
「どうかした淳美ちゃん?」
「あ、いえいえいえ⁉︎ 何にもないっすよ? クレア先輩が、りく先輩の部屋を無茶苦茶にする前に早く後を追うっす!」
私は椿先輩を置いて行く勢いで階段を登る。しかし、どれだけ急いても振り払えない心のモヤモヤが、確かに付いてきていた。