りく先輩の部屋は、一度入れてもらったことがあるから、どこにあるのかすぐに分かった。
部屋の中に入ると、見たことのある空間が広がっている。
ギターが4本、アコギとエレキ。ベースもある。
ロックな趣味が全開の内装は上品な、りく先輩のうちに潜むパンクでロックな精神を体現しているよに感じた。
「ギター、デス!」
クレア先輩が、りく先輩のエレキギターに触れようとする。
「クレア先輩! それはマズイっすよ!」
ギターはいわゆる、りく先輩にとっての愛刀のようなもの。それを勝手に触るのは、いくらクレア先輩とて許されないっす。
「あー、大丈夫、大丈夫! コレはいい奴だから」
「え?」
クレア先輩に待ったをかけようとした私に、コロン先輩が待ったをかけた。
「りっくが許可してくれてる子なの、このギター。んで、ダメなのが、この子と、この子」
コロン先輩は丁寧に1つ1つ、ネイルの付いた指でさして教えてくれる。
「そ、そうなんすか?」
「うん、1年の頃から、コロンちゃん達ここにはよく来てたから」
2年生の先輩方が仲がいいのは知っていたけど、ここまでだったとは……。
クレア先輩は手に待ったエレキギターを、様になった構えに持ち替えて、指で弦を掻き鳴らす。
左手の長く細い指は、巧みな指運びで弦を押さえ、右手に持ったピックで素早く弦を弾いた。
「すごいっす! クレア先輩、ギター弾けたんっすか⁉︎」
「りっくに、教えてもらったんだよね〜 コロンちゃんは〜 エレキは可愛くないから、アコギだけ弾かせてもらったよぉ」
「へえ、大したもんだ」
椿先輩も、クレア先輩の演奏を聴いて、感心したように声を漏らす。
ひとしきりギターを弾いたクレア先輩は、満足したのかギターを元の位置に戻した。そして、今度はりく先輩の机を物色し始める。
「お! 早速、行くのかい? 私も、混ぜてよ。あの子のパーソナルを暴いてやる!」
クレア先輩に続いて椿先輩も嬉々として机の物色を始めた。
コロン先輩はそんな2人を見つめながら、りく先輩のベットにドッシリ、と腰を下ろす。そして、足をブラブラさせながら部屋を見渡した。
「コロンちゃん、りっくの部屋、好きぃ〜 可愛くはないけど、統一感あっていいよねー」
「あ、分かるっす! りく先輩らしいさが出てるっすよね!」
コロン先輩と、そんな会話をしていると、机を漁っていた2人が、立てかけられていたアルバムを取り出してくる。
「クレア、面白そうな物を見つけたじゃないか!」
子供のように目を輝かせた椿先輩が、楽しそうに言う。普段、冷静でイグニスコード唯一の常識人が故に、こういう時のギャップが凄い……。
「早速、中を見てミマしょう!」
クレア先輩がそう言うから、コロン先輩と私も2人の側に近寄った。
そして、かなり分厚めのアルバムがクレア先輩の手にやって開かれる。
「これは……去年の写真か」
そう言ったのは椿先輩だった。
アルバムの中には去年の先輩方が多く写っている。去年のイグニスコードのメンバーは、今のメンバーとほとんど変わりはない。ただ、1人だけ私の知らない人がいる。
「あの……椿先輩。この人は?」
「あ、ああ。淳美は知らなかったっけ? 去年のイグニスコードのセンターで、スクールアイドル部の部長。
「センター⁉︎ りく先輩じゃなかったんすか?」
現体制のイグニスコードは、部長の椿先輩を差し置いて、りく先輩がセンター兼リーダーを担っていた。なので、てっきり私は去年も、りく先輩がセンターを務めているのだと思っていた。
「ハハハ、流石のりくも1年生からセンターじゃなかったね」
「そうなんすね。りく先輩の事だから実力で全員を黙らせて、1年生からバリバリだったのかと……」
「まあ、それも有り得ない話では無かったけど。現に今の3年生は、りくに実権を譲っている。仙歌先輩がいなければ、淳美の言った通りになっていたかも知れない」
椿先輩は普段と変わらない顔で、そんなことを口にする。
「その仙歌先輩は、そんなに凄い人だったんすか?」
生唾を飲み込み私が聞くと、椿先輩は優しい笑顔で話し始めた。
「そうだね。凄い人だった。けど、りくのように皆んなを引っ張って行くような人では無かった。どちらかと言うと、皆んなの背中を押してくれるような、そんな人だったよ」
椿先輩が。どこか懐かしむように言う。すると、コロン先輩がアルバムをペラペラとめくり出した。
「りっく、仙歌パイセンのこと大好きだったよねぇ〜 ほら、写真もこんなに沢山ある!」
コロン先輩が言う通り、めくられるアルバムの要所要所に仙歌先輩が写っている。全体写真からツーショット、肖像画のような写真まで、仙歌先輩が保存されていた。
「仕方ないよ。独りで路上ライブばかりしていた中学生のりくを、直々にスカウトしたのが仙歌先輩だったから」
椿先輩の口から、りく先輩の過去が語られる。私が聞いたことのない、りく先輩の昔話。
「りくは、ずっと孤独だったんだ。天才ゆえの孤独を、仙歌先輩が時間をかけて砕いた。それこそ、自分の時間を費やしてでもね」
「自分の時間を?」
「そう、りくは仙歌先輩に誘われ土宮のスクールアイドルになった。そして、入ってすぐにイグニスコードのメンバーに登り詰めた。けど当時は、自分のやり方に固執して全体での練習に参加していなかったんだ」
「え⁉︎」
「あの頃は尖ってたよね〜」
ヘラヘラ、とコロン先輩が言う。だけど、私は今でも十分尖ってると思うっす。
「そんな、りくに仙歌先輩は付きっきりだった。けど、りくが変わったのは、全てが終わった後だったんだ」
「どう言うことっすか?」
「去年の私たちは、りくが足並みを揃えないことを除けば十分な実力が備わっていたと思う。それこそ、ラブライブの優勝を狙えるほどに。そして、ラブライブ優勝は仙歌先輩の夢だったんだ」
「あ……」
それだけ聞いたら、私でも先の展開は分かってしまう。私は、先輩たちから聞いて去年のラブライブの結果を既に知っていた。
去年の土宮は――
「地区予選を勝ち上がった私たちは浮かれていた。調子も良かったし、このまま勝てると本気で思っていた。けど、地方予選で突如頭角を表した泉ヶ上聖女学院に敗退した。スクールアイドルになったばかりの1年生2人に私たちは敗れたんだ」
泉ヶ上聖女学院スクールアイドル部、グループ名は【
夕輝は気付いてなかったみたいだったっすけど、この前のゲーム大会でも私は上坂杏子に煮湯を飲まされた。怪我をしたと聞いていたのに、上坂杏子は復帰していた。それだけにとどまらずダンスの腕は、全く衰えていなかった。
あのダンスを目の当たりにしたのだから、よく分かる。彼女と対をなす本藤桜も同じか、それ以上の実力を持つことを。
同じ地域にいる最大の敵だ。
「これは誰も口にはしなかったけど、去年の私たちは調子こそ良かったものの完璧ではなかった。もし、りくが初めから足並みを揃えていれば、仙歌先輩が自分の調整に集中できていれば、否。誰よりも、そう考えているのは他でもない、りくだろうね。だから彼女は今、ラブライブに……そして勝つことに拘っている。仙歌先輩の代わりにイグニスコードを優勝させるのだとね」
りく先輩は、そんな話……してくれていなかった。誰よりも気高く、誰よりも才能に溢れているから、だからスクールアイドルの頂点であるラブライブに……勝ちに拘っているのだと、私は思っていた。
「りくが結花凛ちゃんを気にかけているのは昔、自分が仙歌先輩に救われたから。似たような境遇の結花凛ちゃんを放っておけなかったことと、あわよくば結花凛ちゃんをイグニスコードに引き込むのが目的だよ」
「え?」
聞いてもいないのに椿先輩は、そんなことを説明し始めた。その表情は少し浮ついていて、私の顔を見て笑っているように感じる。
「アツミィ、結花凛ちゃんが土宮に通うようになってから、ずっと元気なかったっしょ〜?」
「なっ⁉︎ そ、そんなこと……ないっす」
椿先輩に続いて、コロン先輩が言う。右手の人差し指で、こちらを指差し、その指をくるくると宙で回す。
「いーや、元気なかった。桔梗パイセンのこわ〜い目には勝てないけどぉ。コロンちゃんのキャワワな、お目目でも、それくらいは分かるぞぉ!」
「う……」
コロン先輩が宙で回していた人差し指を、私の頬に突き立てた。
「……そうっすよ。正直、気に食わないっす! 私も、土宮の他の1年生も、皆んな頑張ってるのに……なんで結花凛ちゃん、ばっかり可愛がられてるんすか‼︎」
私が胸の内に秘めていた思いをぶち撒けると、背後からクレア先輩が勢いよく抱きついてくる。その勢いに負け、私は少し前に体制を崩した。
「わわ⁉︎」
「ユカリだけが特別じゃないデス! りくも他のみんなも1年生ゼンイン、特別デス」
「そんなことないっす‼︎ りく先輩の私への扱いを知らないから言えるんっすよぉ!」
私の返しに、椿先輩が大きく笑う。
「確かに、りくは淳美に厳しいね。でも、他の1年生には、あんなに厳しくはしないだろ?」
「だから特別だ、っていうんすか? いらないっす! そんな特別。どうせ、私が生意気だから牽制してるだけっすよ!」
「生意気な自覚はあるんだね……」
椿先輩が呆れた顔でこっちを見ているけど、この際もうどうでもいい。言葉にすれば、するだけ腹が立ってきた。
なんで、りく先輩は結花凛ちゃんにばっかり……私は、ずっと側にいたのに……りく先輩のあんな笑顔、見たことなかったのに。
「淳美の言う通り、牽制の意味も少しは当てはまるのかも知れないけど……りくは淳美に期待してるんだよ。愛情の裏返し? みたいな」
椿先輩は、そんなことを言うが腑に落ちはしない。りく先輩が私に期待している? そんなはずはない。だって、あの人は自分さえ強ければ勝てると思っているタイプの人っす。そんな、りく先輩が私に期待なんて……。
「納得、出来ない……か」
椿先輩はしっとり、そう言うと、りく先輩のアルバムのページを何枚かめくった。
「ホラ、あった」
そう言って見せてきたのは、アルバムに保存された今年の写真。私が入学した春から、5月のスプリングフェス、6月、7月、短い期間の出来事が確かに形となって残されていた。
そして、そのどの写真にも私の姿が写っている。ほんの些細なオフの日の写真や、2人で行ったランチの写真まで、事細かく。
「りくも意外とマメだよね。今の時代、スマホに全部入ってるのに、わざわざ形として残してるなんて」
「ロック、デスっ!」
「クレアちん、それは関係ないと思うよ〜」
アルバムに釘付けになっていた私の前で、先輩方が仲睦まじく笑いあった。
確かに椿先輩の言う通り、わざわざ写真を印刷して残しているなんて今の時代、珍しい。だからこそ、りく先輩にとって、このアルバムは大切なものなのだと分かる。
「淳美、分かっただろ? りくは淳美に期待している。キミのことが好きなんだよ。先輩としてね」
「椿先輩……」
りく先輩のアルバムに保存された今年の写真。数ページに渡って私との思い出が残されている。それを見ているだけで、胸が熱くなった。
結花凛ちゃんが来るようになってから、りく先輩は私のことなんて初めからちゃんと見てくれていなかったんだと考えるようになった。けど、それは間違いだったのだ。その証拠が目の前にある。
じゃあ、もう何も迷うことはない。
「分かったっす。私、もう結花凛ちゃんに嫉妬したりなんてしないっす! りく先輩が、結花凛ちゃんに固執しないように、私が強くなってイグニスコードの力を証明してやるっすよ‼︎」
そうだ。いくら結花凛ちゃんの歌が上手くたって。いくら結花凛ちゃんが、りく先輩と似た境遇だったって。私が結花凛ちゃんよりも強ければ、りく先輩は私に頼るしかないんす!
私だって負けてない。スクールアイドルは、コンテストや試験なんかじゃない。上手ければいいわけじゃないし、目立てばいいわけでもない!
「椿先輩、コロン先輩、クレア先輩! 見ててくださいっす‼︎ 私は負けない。結花凛ちゃんにも、ロマネスクにも! 今年こそ、イグニスコードがラブライブ!で優勝しましょうっす‼︎」
心に宿った新しい熱を、私はそのまま言葉にした。それを聞いた椿先輩は、変わらず優しい笑顔で見つめてくれている。
「おお〜! そのいきだぁ! イイねアツミぃー‼ ︎イェーイ‼︎」
「アツミ、カッコいいデス! サムライ、デス!」
コロン先輩とクレア先輩は私のテンションに合わせて盛り上がってくれた。
調子の良い話だが、今なら本当に誰にも負けない気がするっす!
久しぶりに晴れた心で吸う息は、スゥーっと肺の奥まで入っていく。気分がいい。
スッキリとして、心が軽い。
「先輩方、ありがとうございました! おかげで、気分が良いっす!」
「ああ、よかったよ。これで、りく以外の先輩もたまには頼りになるんだって、面目は保たれた?」
そう椿先輩は、少し戯けて言った。
確かに私は、今まで、りく先輩のもとで指導され、その背中だけを追い続けてきた。けど、一年生のちっぽけな私には頼れる人が他にもいたんだ。
結花凛ちゃんばかり……、と妬いていたけれど、若ノ芽にはスクールアイドルの先輩はいない。
自分にも恵まれているところがあったんすね……。
「これからも頼りにしてるっす! 先輩方‼︎」
「ああ、こちらこそ頼りにしているよ。スーパールーキー」
椿先輩が私の肩を掴んで身を寄せてくる。イグニスコードのメンバーとして先輩から頼りにしている、と言われることが誇らしい。誰に荒らされようとも、ここは私の居場所っす。
「さ、そろそろ下に戻ろうか」
「はい!っす‼︎」
椿先輩の背中を追って、コロン先輩やクレア先輩と共に私は、晴れやかな気持ちでリビングへと戻った。
※
えんもたけなわ。この会も終わりを迎えた。
終わりを迎えてみれば、結花凛ちゃんのお別れ会、なんて名目だったが結局、集まるだけ集まってご飯を食べて会話をするだけの賑やかな会だった。
結花凛ちゃんを含め、他の先輩は会の終わりと共に帰宅した。そして、私は当然のように、りく先輩に頼まれてリビングの後片付けを手伝っている。
「そろそろ終わった?」
「あ、はいっす! あとは掃除機をかければ一通りは綺麗になると思うっすよ?」
「分かったわ。それは後で私がやっておくから、アツミ……こっちにいらっしゃい」
「え?」
普段と変わらない様子の、りく先輩が私を手招きしていた。妙な威圧感を前に緊張感が走り、唾を飲み込む喉の音が耳に響く。
「何やってるの。早くきなさい」
「は、はい!っす‼︎」
2度呼ばれ、私はすぐさま行動に移した。
いったい何っすか……⁉︎ また別の用事を押し付けられるとか? ついでだから、水回りの掃除もしていけとか言われるんすかね……?
早くなる心臓の音を感じながら、りく先輩の前に立つ。すると、りく先輩が私の顔に向けて両手を伸ばしてきた。――思わず、私は目を瞑る。
りく先輩が、私の頭を触って何か冷たい感触が頭皮に当たった。そのまま、りく先輩は私の肩を掴んで、どこかに連れていくために押してくる。
目を開けて、されるがままに行き着いた先にはドレッサーがあった。そして、その鏡には綺麗な水色の髪飾りを付けた私の姿が写っている。
「りく先輩……これは?」
鏡越しに、私の後ろに立つりく先輩の顔を見た。すると、りく先輩は表情を変えることなく鏡の私に目を合わせる話始める。
「アツミが、イグニスコードに入り1学期が終わった。1年生にしては良くやっていると思うわ。だから、1学期をやり抜いたアナタに、私からの贈り物よ。よく頑張ったわねアツミ」
「っ……!」
私のイメージカラーである水色。そして、私の好きな鳥にちなんで翼形の髪飾り。りく先輩からもらう、初めてのプレゼント。
鏡に写る髪飾りに私は優しく、そっと触れた。冷たい質感なのに何故か暖かい。ジワリと目尻が熱くなる。
「ありがとう、ございますっす! 私、りく先輩の期待に応えられるよう、もっと、もっと頑張るっすから‼︎ 絶対にラブライブで優勝しましょうっす!」
私が言うと、りく先輩は珍しく驚いた顔を見せた。それからすぐに顔を引き締めて、鏡越しに私を見下ろす。
「当然よ。アナタがもっと頑張ることも、イグニスコードがラブライブで優勝することもね。2学期は、もっと厳しくいくわよアツミ」
「はい!っす‼︎」
厳しい言葉を口にした、りく先輩は、少しだけ笑っていたような気がした。それは、私の勘違いなのかも知れないけれど、それでも良い。
りく先輩が、どんな顔をしていようとも変わらない心があると、もう分かったから。そして、この髪飾りも、変わらない思いは形あるものが証明してくれる。
もう他人のことなんて気にしない。私は、憧れたこの人の1番になれるように。この人の力になれるように。ただ直向きに突き進むんだ。