夏休み。練習の合間にあるオフの日に、私は久しく会えていなかった旧友と待ち合わせをしていた。
〜〜〜take 美烏〜〜〜
旧友、と言うよりは盟友。盟友、と言うよりは……親友…………に近い間柄。どうも浮き足だってしまっているのか、私は待ち合わせの時間よりも15分も早く到着してしまっている。
目的地の最寄り駅の噴水の前で、私はスマホのカメラを使い、身だしなみを確認しながら待っていた。すると、3分程が経ったタイミングで、コチラに向かって手を振って、駆け寄ってくる影が目に入る。
白のワンピースに身を包み、高校生にしては少し幼い印象を琴音は放っていた。
「お待たせ〜 早いね。美烏ちゃん、もう来てたの?」
「う……遅れたらダメだと思って家を出たら、早く着きすぎてしまったのよ」
「美烏ちゃんらしいね。私も、今日が楽しみすぎて早く来ちゃったよ」
本当は私も琴音の言う通り、楽しみで早く来たのだけれど恥ずかしくて素直には伝えられそうにない。比べて、琴音は満面の笑みで恥ずかしげもなく言ってきた。そういう素直なところは、昔から尊敬している。
「行きましょうか」
「うん!」
早速、合流した私たちは目的地に向けて歩き出した。私の隣を歩く琴音は、ごく自然に鼻歌を鳴らし、心なしか、その歩みも弾んでいるように感じる。
「にしてもビックリだよ。まさか、杏子ちゃんがプールのペアチケットをくれるなんてね」
「私も驚いてるわよ。家のポストに封筒が届いて、同封された手紙に『琴音と行ってきて』、て……相変わらず何考えてるか分からないわ」
「あはは……そんなこと言ったら可哀想だよ?」
琴音はそう言って杏子を擁護しているみたいだけど、私はまだ迷っている。私にとって杏子は、どの立ち位置にいるのかを。
行きつけのアイドルショップで偶然、遭遇してから度々、考えている。杏子は私や琴音と仲直りしたい、そう考えているようだ。けれど、根本にある桜に対する絶対的な信頼は変わっていないと思う。
だとすると桜、次第だ。桜は、スプリングフェスで私の邪魔をした……と思っていた。けれど、杏子の言うことが本当なら犯人は他にいる。
私には何を信じて良いのか、分からない。
「大丈夫? 美烏ちゃん」
思い詰めた顔をしていたのか、琴音が私の顔を覗きんで聞いてきた。
「え、ええ。大丈夫よ。ごめんなさい」
そうだ。考えても分からないのだから、今は忘れよう。杏子がチケットをくれたことは事実だし、私もスプリングフェスの件が無ければ、仲直りしたいと考えていた。今は全部忘れて、琴音との休日を楽しんだ方が良い。
「杏子ちゃんも凄いよね! 長いこと会ってなかったのに、私たちが行きたがるとこ分かってるんだもん‼︎」
そう琴音が言う通り、杏子が渡してきたチケットは私たちにとっては寝耳に水だった。このチケットは、ただのプールの入場券ではないのだ。
「ちょうど、スクールアイドルのイベントが開催されてること杏子ちゃん知ってたのかな?」
「まあ、そうなんじゃないかしら? にわかにも信じられないけれど」
「あはは! だからそんなこと言ったら可哀想だよぉ」
何校かのスクールアイドルが集まって、プール館内にある特設ステージでパフォーマンスをする。そんなイベントが開催されている。知り合いで言えば、天音女学院のスクールアイドルであるグロリアスギフトも出演していた。
実は、私たちエンシードにも出演のオファーが届いていたのだけれど、今回は見送った。大きな公演に出演中の葉月がまだ帰ってきていなかったからだ。
とはいえ、1スクールアイドルのファンとしてイベントには、もちろん興味があった。だから、今日こうして琴音と参加できることは素直に嬉しい。
グロリアスギフトの真鐘美弧さんとは、スプリングフェスでお世話になって以降、SNS上で何度かやり取りをさせてもらっていた。なので一応、今日もステージを見に行くことを伝えると、とても喜んでくれて、即レスでDMが帰ってきた程だ。
こうして、スクールアイドルの輪が広がっていくのは嬉しく思う。
「楽しみだね美烏ちゃん!」
上機嫌な私と同じくらい、上機嫌な顔の琴音が笑いかけてきた。
「ええ、楽しみね」
楽しいのはイベントに参加できるからだけじゃない。そんな琴音と……かつて苦楽を共にした親友と、何のわだかまりもなく、お出かけ出来ることが嬉しいのよ。
暖かい気持ちに包まれながら、目的地に向かう道中も楽しい時間は続く。昔話から今の話まで、途切れることのない会話に花を咲かせながら私たちは肩を並べて歩いた。
※
プールがある施設についた私たちは更衣室で水着に着替えてプールサイドへと出た。
水着を着るなんてクルフル時代のMV撮影以来である。プライベートでこういった遊楽施設に来ることはないので、自身の水着を選ぶのには凄く苦労した。
なので、夕輝や結花凛に相談し、結果、私はフリルが付いたビキニスタイルの水着を購入したのだった。下はスカートの様になっており布面積は多めである。
私としては、もう少し大人しめな水着を提案したのだが、夕輝から地味すぎる、と苦言を呈されたのだ。普段、「誰が見てるか分からないから、スクールアイドルとしての自覚を持ちなさい」、と口を酸っぱく言っていたことが裏目に出て、夕輝にも同じことを言われていまう。その末に結花凛とレナが「これ可愛い!」、といって持ってきた、この水着になったわけだ。
「美烏ちゃん、その水着すごく可愛いね!」
目を輝かせ満面の笑みで琴音が言う。かなり甘めな審査員ではあるが、琴音がそう言ってくれるなら、この水着は正解だったのだろう。
「ありがとう。琴音の方こそ……」
そう言いかけて、思わず私は自分の胸に両手を当てて言葉を失った。
琴音は私よりも布面積の多いワンピース型の水着を着ている。黒いデザインが大人っぽくてギャップがあってすごく可愛いのだが、胸周りと腰周りが特にアダルティーだ。
「美烏ちゃん、どうかした?」
「……いいえ、何でもないわ」
春に会った時は厚着で分からなかったけど、私が見ないうちにかなり成長したのね……。DNAの格差を感じるわ。
「イベントまで時間あるよね。並ぶにしても、まだ余裕があるし、どうする? プールに入る?」
人知れず落ち込む私の内心を知らない琴音が、そう声をかけてきた。館内にある大きな時計を見ても予定の時間までかなり余裕があるのは確か。ある程度、時間が迫ってきたら席取りの為に、並びに行く必要はあるけれど、まだ大丈夫ね。
「そうね。せっかくだし、入りましょう」
と、快活に返事したはいいものの……実はプールに遊びに来るのは初めてなのよね。こういう時って、何をするのかしら。
クロールとかでバシャバシャ泳ぐイメージもないし、かと言ってプールに来て泳がないっていうのもよく分からない話よね。
「うん! 行こ、美烏ちゃん‼︎」
プールの遊び方について熟考していると、琴音が私の手をとって歩き出した。私は琴音に引かれるまま、その後に着いていく。
たどり着いたのは、中の水が一定の方向に流れているプール。既に入っている人たちを見てみると、ドーナツ型の浮き輪や、果物のポートに乗ったり、ただひたすらに流されていたり、ヤンチャな子供は流れに逆らって泳ごうとしていたりしている。
最後の子は若干、マナー違反のような気もするけれど、身構えるほどプールで遊ぶのは難しくないような気がしてきた。
目の前の琴音がプールサイドでしゃがみ込み、指先をちょん、と入水させる。
「わぁ、冷たい!」
そう言ってこちらに振り返る琴音。その顔は無邪気な笑顔なのだが、どこかあざとく、ヨシヨシしたくなる程、可愛い。
現役のアイドル時代、多くのファンを虜にしてきた魔性の笑顔……まだまだ健在ね。
そんなことを考えていると琴音がプールに深く手を差し込みバシャん、っという音を鳴らす。それと共に勢いよく冷水が私の足にかかった。
「冷たっ!」
「えへへ。でしょ? 早く入ろうよ、美烏ちゃん!」
私の足に水をかけた犯人は、いたずらっ子のようにニヤリ、と笑う。そんな顔も、また可愛い。この顔を向けられるなら、むしろもっと水をかけて欲しいくらい。
「もう、体を解してからね」
「はーい!」
私が言うと、琴音は楽しそうに笑いながら簡単な柔軟運動を始める。反動をつけながら、上半身と下半身を伸ばす琴音が、やけにニヤけているのが少し気になった。
「どうしたの? すごく笑顔だけど」
「え? ふふ、ステージに立って、ザ・アイドルって感じの美烏ちゃんも可愛いけど、素のキリっとした美烏ちゃんもカッコイイなぁ〜、って。ニヤけちゃうのは、オタクの悪い癖だね」
面と向かって、そう言われ顔が熱くなるのが分かる。
かく言う私も、アイドル時代の琴音を思い出して、その可愛さに浸っていたから返す言葉もない。琴音の言葉は、身に沁みてよく分かる。
「でも、そんな素の美烏ちゃんが見れるのも親友の特権ですなぁ〜」
したり顔で腕を組み、可愛い声でわざとオヤジ口調で言う琴音。一線を退いたアイドルの可愛いオフの姿を間近で見れる方が……なんて考えている私も琴音の言う通りオタクの悪い癖がよく出ている。
私は琴音を、琴音は私を、1人のアイドルファンとして意識しているなんて、親友と呼ぶ割にこんなに不思議な関係はない。そう思うと、自然と私は笑っていた。
私が笑う姿を見て、琴音もハッ、と笑う。きっと、琴音の誉め殺しに反応して、私は笑ったと思われている。
「もう、いいから早く入りましょう」
「うん、そうしよう」
気恥ずかしさを感じながら、強引に話を切った。そして、軽いストレッチを終えた私たちは、ゆっくりと流れるプールに入水する。
足の指先から腰に、お腹から胸元へと一気に冷たい感覚が体を纏った。
最近は日差しも強く、室内にいてもクーラーがなければ暑さを感じる季節である。けれど、私は乾燥に弱くクーラーは少し苦手だった。そのため、こういった原始的な冷却は精神的にも心地いい。
「気持ちぃねぇー」
「そうね、生き返るわ」
後頭部を水面に付けて斜め上を向いて浮く琴音の言葉に、私も思った通りのことを言葉にして返す。すると、同じ体制のまま水の流れに攫われていく琴音が、遠くなりながら私を見て笑った。
「あはは、美烏ちゃん今のちょっとだけオジサンっぽいよ?」
「……っ⁉︎ 」
常日頃から言動には気を付けていたつもりだったけど、表現があまりよくなかったらしい。こういった油断は夕輝に厳しく言っている手前、気を付けなくてはならない……。
スクールアイドルたるもの、オフの日だって学生なのだから、オフの日もアイドルだ。昔はミュウミュと美烏で棲み分けしていたけど、今はオフの日だってミュウミュの力を少し借りなくてはならない。
私が呆然としているうちに、琴音が流水に連れて行かれ遠くなっていることに気付いた。それに追いつくために私は水の中を歩いて距離を詰める。
「いやー、調子乗ってたら明日、筋肉痛で酷いことになりそうだよ。運動不足かな?」
追いついた私に琴音は体勢を直立に戻しながら、そう言った。
クルフル時代、私たちは同じ練習メニューをこなしていたのだから、琴音の運動レベルが低いわけじゃない。引退して体力も衰えたのだろうか。そう考えると、少し寂しい気持ちになる。あの頃は、間違いなく琴音はステージの客席ではなく、私の隣に立っていたのだから。
「そういえば、琴音は最近なにをしているの? いつも私の話ばっかりで、よく考えると今の琴音をあまり知らなわ」
そう。私がスクールアイドルになったあの日から、琴音との友情の歯車は再び動き出した。けれど、いつも私のことばかりで、琴音が今何をしているのか私は把握していない。
聞かれたら琴音は視線を左上に寄せて、右手を顎に当てる。
「……うーん。普通に学校に通って、放課後はアイドルの動画を見たり、ショップを覗いたりかな? 特別なことは何もないよ?」
「そうなの、部活とかは入らないの?」
「うん、入りたい部活もなかったし、スポーツとか苦手だから……」
簡単に答える琴音の言葉に、私の胸はポカリ、と空いたような感覚を覚えた。
それこそ、スクールアイドルになればいいのに……。
事務所を去る際、アイドルそのものの引退を宣言した琴音を、私は引き止めなかった。私のせいでグループが崩壊して、その責任からこれ以上、無責任な発言はできないと、あの時は思っていた。
けれど、本当にそれが正解だったのだろうか。琴音は、スクールアイドルを諦めていた私の、心の扉を無理矢理にでもこじ開けてくれた。そのおかげで私は夢を取り戻すことが出来た。
じゃあ、琴音は? 琴音、自身はアイドルを引退したことをどう思っているのだろう。
初めは琴音も、私と同じでアイドルに憧れて事務所に入ったはずだ。だったら、その夢は簡単に諦められるものなのか。自分の殻に閉じこもっていた私みたいに、本心を包み隠しているのではないだろうか。
「美烏ちゃん今、スクールアイドルになればいいのに、って思ってる?」
「え?」
柔く笑い、優しく琴音が聞いてくる。
「顔に全部出てるよ? そういう、分かりやすいところもカワイイけど」
「なっ⁉︎ 今は茶化さないでもいいでしよ? 思ってるわよ。琴音は、スクールアイドルを諦めていた私を変えてくれた。けど、私はアイドルを引退するって決めた琴音に『本当にいいの?』、って一言かけることさえ出来なかったの。そんなの……気になるに決まってるじゃない!」
ストレートに投げた私の言葉を聞いて、琴音は目を丸くした。それからホロリ、と表情を崩してゆったりと話し始める。
「気にしなくて大丈夫だよ。私は何にも悔いは残ってないから。クルフルを通して自分の実力はよく分かったからね」
琴音は諦めたように、そう簡単に言ってのけた。けれど、その言葉は間違っている。琴音は自分を低く見ているのだ。
確かに、クルフルの中でも、総合的なセンスは桜がずば抜けていたし、ダンスで言えば杏子は天才的だった。パフォーマンスに関して琴音はよく私に聞きにきてくれて、本人からしてみれば私の方が上手いと評価してくれているのかもしれない。
けれど、クルフルのなかで1番人気だったのは琴音だ。数値では測れない特別な愛嬌が琴音にはある。突き詰めればアイドルにとって、それが一番の武器なのに琴音は、そのことに気付いていない。
「美烏ちゃん。そんな顔しないでよ。私は今、幸せだよ? 学校には仲のいい友達もいるし、美烏ちゃんがスクールアイドルとして活躍してくれている。私の推しが、どんどん大きくなってくれている。推しがいがあるから毎日、幸せ」
「そんな……」
「本当に後悔なんてしてないんだよアイドルを辞めたことは。あの頃も楽しかったけど、今はファンとして美烏ちゃんを追いかけて、それがもっと楽しい。本当だよ? 嘘じゃない。だから気にしないでよ」
熱く語る琴音の言葉に黙らされる。それを言う琴音の瞳は一切揺らぐことなく、真っ直ぐに私を見つめていた。
嘘はついていない。その言葉に偽りはないのかもしれない。
「ごめんなさい。変な空気にしちゃったわね」
私が根負けするように、そう謝ると、琴音は優しい笑顔で首を横に振り、近づいてくる。
「ううん。私のこと気にしてくれたんでしょ? 嬉しいよ」
そう言って琴音は、私の肩に手を添えた。
「ほら、今日はせっかく杏子ちゃんがチケットくれたんだしさ。余計なこと忘れて、目一杯楽しもうよ!」
そう言って琴音は、私の手首を掴んでプールの流れに沿って歩き出す。
琴音がスキップをすると水の流れに体が運ばれて、そのまま加速した。掴まれている私もそれに引っ張られて、目の端に映る景色も次々に変わる。
人と人との間を潜り抜け、私たちは風のように流れるプールを一周した。
そんな私の視界の中心には、声を出して笑っている琴音の姿がある。無邪気に笑う、その姿を見ていると、私の気にしていたことなんてほんの些細なことのように感じた。
けど――やっぱり忘れられない。それは私のエゴで、琴音は本当に、もう気にしていないことなのかもしれないけれど、クルフルにいた時の琴音が熱を持って活動していなかったはずがない。あの頃の自分を簡単に忘れられるのか……。
喉に小骨が刺さったような感覚が胸の内をザワつかせる。
そんな感情を秘めながら、私は目的の時間まで琴音と遊び、上手く笑えているか分からない顔で、笑い合った。