イベントが行われるステージに向けて、長蛇の列が作られていた。今や、スクールアイドルはメジャーな文化で、その人気は国内外問わずプロにも劣らない。
多くのスクールアイドルファンたちがいる中で私と琴音も列に並んでいた。
プール館内に建設された、簡易的な特設ステージ。夏季休暇のこの時期に、この施設では、簡易ステージを用いてヒーローショーなどの様々なイベントを催ししているようだった。今日のスクールアイドルのイベントも、そのうちの1つである。
客席は立ち見席であり、声出しやペンライトの使用も許されている。かく言う私たちも、長袖の上着を羽織って肌を冷えから守り、持参したペンライトを2本手に持って、逸る心を胸に待機していた。
少し時が流れて、館内に掛けられた大きな時計の針がカチン、と動く。その針は14時50分を示していた。
イベントの開始予定時間は15時。だとすると、もう客席へと通されてもおかしくはない時間。なのにもかかわらず、私たちファンは列に並んだままスタッフの誘導もなく待機させられていた。
周りの人もザワザワと、そのことについて会話している。
「準備に手間取ってるのかな?」
私の隣で不安げな顔を見せる琴音が、そんな風に聞いてくる。
「そうね。トラブルでもあったのかしら」
私が同じ雰囲気でそう返すと、琴音は何かを思い出すようにハっ、として可愛い顔で小さく笑った。
「トラブルで遅れると言えばさ。昔、杏子ちゃんが寝坊しちゃって大変だったよね?」
「あー、思い出した。確か地下のライブハウスでやったクルフル単イベの時……」
「そうそう! リハの後にちょっと長めの休憩時間があって、杏子ちゃん、ライブハウスの倉庫にある大きなマットの上でお昼寝しちゃったんだよね」
「それで、誰もそのことを知らないから、本番前に突然、杏子が消えたみたいになって……杏子は杏子でしっかり寝ちゃったから起きれなくて、皆んなで探し回ったのよね」
「ふふふ、懐かしいね」
口元に手を当ててニコニコと笑う琴音だったが、今思い出しても大事件だったと、私は寒気を感じる。杏子はパフォーマンス力こそピカイチだが、それ以外がかなり欠如していた印象が強い。桜が手綱を握っていなければ何をするか予測できない。
「私も、よく楽屋で台本無くして桜ちゃんに怒られたなぁ〜 早く見つけなさい、本番始まるわよ、って」
呑気に琴音がそう呟き、私の頭にも昔の出来事が湧き出るように思い出されてきた。桜に怒られる……それでいうと私は――
「……私も、リハが十分に出来なかった現場で過剰に緊張して、桜に怒られたこともあったわね」
思い返すと、クルフル時代は桜がまとめて私たちを引っ張ってくれていたのよね……。当時、チーム結成頃の桜は、クルフルの頼れるリーダーだった。
「そういえば私、桜ちゃんが何かミスしてるところ、見たことないかも」
目をパチクリとさせて言う琴音の言葉に、妙な納得感を感じる。
「確かに、私も見たことないかもしれないわ」
「流石、リーダーなだけあるよね……。桜ちゃんは完璧なアイドルだもん。きっとチームメンバーに私みたいな――」
唇をギュッとさせた琴音が、そこまで言って突然、言葉を止めた。それから首を横に激しく振って、すぐに笑顔に戻る。
「ううん! 今のなし。忘れて美烏ちゃん」
そう明るく振る舞う琴音の顔を、私はただ見つめていた。
琴音が何を言おうとしたのかは分かる。
琴音はクルフルがバラバラになった事を自分のせいだと思っている。自分の実力不足で桜や杏子の足を引っ張ったから、2人との間に軋轢が生まれたのだと。そして、そんな自分が原因で私と桜が衝突したのだと。
しかし、それは違う。あの頃の桜は明らかにおかしかった。私たちを引っ張ろうと奮闘していた昔の桜は、あの頃にはもういなかったのだ。
その理由は私には分からない。けれど、一つだけ言えるのは、その責任を琴音だけが背負うなんて間違っていると言う事。
少し前の私はあの事件を自分のせいだと抱え込み、ソロのアイドルに固執していた。その殻を破ってくれたのはエンシードの皆んなであり、目の前の琴音なのよ。だとしたら、やっぱり私は――
「美烏ちゃん?」
「え?」
「ううん、難しい顔してたから」
モヤモヤとした感情が表情に出ていたらしく、琴音は心配そうな顔で、私の顔をのぞいてくる。
「琴音、あなたは――」
そう切り出しかけたところで、館内に『ピン♪ ポン♪ パン♪ ポーン♪』、というチャイムの音が鳴り響く。それと共に女の人の声でアナウンスが流れた。
『ただいま、運営側のトラブルによりイベントの開始が遅れておりますこと、お詫び申し上げます。お越しいただいた、お客様方には大変ご迷惑をおかけしております。ただ今、イベント開始の目処がたっておらず――』
話の腰を折られ、思わずアナウンスに耳を傾けていると、その途中で洋服のポケットに入っていたスマートフォンが振動する。
それを取り出し慌てて画面に目を落とすと、そこには『真鐘美弧』の表記が写っていた。
「真鐘さん⁉︎」
驚きと共に声が漏れ、気付けばとっさに着信ボタンを押している。
『よかった! 出てくれた‼︎ 美烏さん、助けてください‼︎』
スマホ越しに、そう助けを求めてきた真鐘さんの声は非常に切羽詰まった様子で、私の頭は余計に混乱し何が何だか分からなくなってきた。
「ごめんなさい。状況が上手く掴めなくて……どういうことですか?」
『ご迷惑を承知で、お願いします! 状況は後で説明するので、とにかくステージ裏まで来てください‼︎』
「えっ⁉︎ ステージ裏……!」
私が思わず少し大きな声を出すと、隣にいた琴音が目を丸くしてコチラを見た。
琴音にしてみれば私が今、誰と話しているかも分からないだろう。それに、私はあまり目立たない方がいい分際なのにも関わらず、通話するにふさわしくない場所で、こうして話している今の状況は非常によろしくない。驚くのは当然ね……。
「美烏ちゃん⁉︎ シー……だよ」
琴音が焦った様子で、口元に指を立て言ってくる。
気付けば私は周りの視線を集めていたのだ。
「……ッ⁉︎ 美烏ちゃん!」
それに気付いた琴音は私にパーカーのフードを被せ、大きな身振り手振りをして、そのまま背に隠してくれた。
いることがバレる……気付かれてしまう。クルフルのミュウミュ、エンシードの瓜谷美烏だ、と騒ぎになる? 思い上がりかも知れないが、油断してはならないことを過去の経験から良く知っている。
ドキンドキン、と早くなる鼓動を感じながらも一先ず琴音の背に隠れ、立て続けに話しかけてくるスマホの向こうにいる真鐘さんにも意識を向ける。
『美烏さん! 会場にいるんですよね? 今、スタッフの人が列の方に向かってくれてますから、その人にだけ分かるようアピールをください‼︎』
「アピール⁉︎ え……えっと」
アピール、と言われても何をしたらイイのか分からない。軽くジャンプでもしてみる? ハンドクラップ? ステップを踏む? ダメだ……! ただですら近くの人に見られてるのに、これ以上動いたら目立ちすぎる。
そんな風に軽くパニックを起こしていると、関係者口の方からスタッフの方と思われる1人の女の人が列を覗いているのが見えた。
「真鐘さん……! 前の方です。列の前の方でフード被ってる――」
息の混じった小さな声でそう告げると、関係者口からコチラを見ていた女の人と目が合う。そして、その人は急いだ様子で、こちらに向かって走ってきた。
私の目の前まで辿り着くと、女の人は口に手を添えて私の耳元まで近づき、極めて小さな声で話しかけてくる。
「瓜谷美烏さんですよね?」
その問いに私はあえて言葉ではなく、首を縦に振って答えた。すると、女の人は私の手首を掴み、かなり強い力で引っ張って付いてくるよう強制する。
「え⁉︎ ちょっ! 琴音ぇ‼︎」
とんとん拍子に訳の分からないことが起き、この場を離れる直前に私はとっさに琴音の腕を掴んだ。
「美烏ちゃんッ⁉︎」
そして、成り行きで私と琴音はイベントの関係者しか入れないステージ裏へと連行されるのだった。
※
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい‼︎ せっかく、お客さんとして楽しみにしてきてくれたのに……こんなことになって‼︎」
音響ブースがあり、そこらにパイプ椅子が並ぶ簡易休憩所もある。プールの施設に設営した簡易ステージの裏は思っていたより悪くない環境だった。
大人がしっかりしたイベントだと、ファン目線でもスクールアイドルを推していて安心感が一味違う。
「美烏さん……! 怒らないでくださいねぇ……」
お〜いおいおい、と涙を流すような声で言ってくる真鐘さん。その声を聞いてハっ、とした。
ステージ裏の様子を呑気に分析している場合じゃない。
私は慌てて真鐘さんの右手を両手で包んで、穏やかに声をかけた。
「大丈夫ですから、落ち着いてください‼︎」
「美烏さん……!」
真鐘さんは一先ず落ち着きを取り戻し、深呼吸をする。それから、なぜ私を呼び出したのか、状況の説明をしてくれた。
※
「……渋滞のせいで遅れてる学校が⁉︎」
「そうなんです!」
今回のイベントは複数の学校が参加しており、イメージでいうと私がソロで活動していた時のような合同ライブのようなもの。
真鐘さんの説明を聞くに、その参加する予定だった高校の多数が、交通事故の影響で渋滞に捕まり現地に到着する見込みがまだ定かではないのだとか。
「参加予定の全5校のうち3校が到着できていないんです! 今いる私たちだけでイベントを進行するにも無理があって……そこで美烏さんが今日いらしていることを思い出したんですよ‼︎」
なるほど。舞い上がってSNSのDMに『今日のイベント参加させていただきます!』、と送ったアレがこの状況を生んだと……そういうことね。
「美烏さん! 無理を承知でお願いします。エンシードの代表としてイベントに参加してくれませんか?」
どうしましょう……。
真鐘さんは、私なら1人でも場を回せる、と信頼してくれているのだろう。それはソロで活動していた頃、何度か現場で一緒になり、そこで私の能力を高く評価してくれたことの現れ。そして実際、直ぐにステージに立て、と言われても1曲か2曲披露することは可能だ。けれど、それは可能なだけであり、良いものをファンに提供できる、という事ではない。
本当に、この状態で私が飛び入りで参加しても大丈夫なのだろうか。来てくれたファの方は、納得してくれるのか……。
私は元々、アドリブにはそんなに強くはない。むしろ苦手な方だ。スクールアイドルになってから必然的に、チームのまとめ役として器用に立ち回る努力はしている。けれど、エンシードの皆んなには毅然と振る舞ってはいるが、いつだって内心ではギリギリの思いなのだ。
ただ、積み重ねてきた経験からエンシードの中でも人前に立つことに慣れているだけ。それだけの私が、この状況を本当に1人で支えることができるのかしら……。
「美烏さん……ダメですか?」
不安な気持ちが顔に出ていたのか、真鐘さんが申し訳なさそうに聞いてくる。
「いえ、そうじゃなくて……。なんとか力になろうとは思っています」
「ホントですか⁉︎ よかったぁ〜!」
私の自信のない返しを真鐘さんは承諾の合図と受け取ったらしく、表情をパァ、っと明るくさせてバンザイをした。
そんな真鐘さんの私に向ける信頼を感じ、心の中に渦巻き始めていた不安感はジリジリ、と大きくなっていく。
ただ曲を披露することだけならできる。けれど、スクールアイドルとして、エンシードの名を背負ってとなると話は変わる。
大きな責任が私を押しつぶすようにのしかかっていた。十数年付き合ってきたこの性格は、なかなか変わりはしない。こういう時の私は大抵、強い自己の責任感に押しつぶされ尻込みしてしまうのだ。
「美烏ちゃん、大丈夫?」
私のパーカーの袖を引き、琴音が心配そうな顔で聞いてくる。
「……ええ、大丈夫よ」
そう返すが、琴音の顔は安堵することなく、変わらずこちらを見つめていた。
「美烏さん、そちらの方はお友達ですか?」
私が強引に琴音を巻き込んでしまったせいで、こうなっているのだけれど、真鐘さんにとって琴音は初対面の相手で、当然、私に説明の義務がある。
「はい。この子は昔同じグループでアイドルをやっていた有矢琴音で、私の親友です」
「ッ! クルール×フルールの⁉︎ よろしくお願いします。私は天音女学院、グロリアスギフトの真鐘美弧です」
琴音と真鐘さんは、お互いに顔を合わせてお辞儀し合った。
「クルフルにいたのは昔の話で、今はただのファンですから……。恐縮ですけど、こちらこそよろしく、お願いします」
少し肩身が狭そうに、縮こまった琴音が何度も頭を下げている。
「いえいえ、お気になさらずに。琴音さんも、今日は楽しみに来てくださったのに、変なトラブルに巻き込んじゃって、すみませんでした!」
対する真鐘さんは、その真面目な性格に従って、誠実な対応を一貫していた。
「真鐘さん、私が遅れている高校の代わりにステージに立つとして、どういったプランで進めていくおつもりですか? 私は時間を稼げばいいのかしら? それとも本当に、代替えとして突き通すんですか?」
完全には不安を拭い切れないけれど、そんな気持ちを奥へと追いやり一度気持ちを切り替える必要がある。こうして、私が悩んでいる間にもファンの人は待っているのだから。
私が質問をすると、真鐘さんは難しい表情を見せた。
「そうですね。理想を語るなら、今こちらに向かっている子たちにもステージに立ってほしいです。けど……到着の目処が立たない限りは、どうとも言えないのが歯がゆいですね」
「そうですね……。施設側のスケジュールは大丈夫なのかしら? 当然、撤退するために後ろは十分に時間を開けておく必要があると思うけど」
「いえ、スタッフの方々は、時間の方は融通をきかせてくださる、と言ってくれています。私たちも何度かリハーサルで顔を合わせていますから、きっとこれまでの準備にかけた思いを汲んでくださったと思うんです」
と、いうことは多少、無理をすれば今遅れている学校の子たちもステージに立てる可能性はある。
「分かりました。私も腹を括ります。曲はソロ時代のものでも良いですか? 音源のファイルは私のスマホの中に入っているので、転送します」
「はい! ありがとうございます‼︎」
瞳を揺らし、腰から大きく頭を下げる真鐘さん。
「気にしないでください。この間のスプリングフェスではエンシードを助けてくださいましたから、困った時はお互い様ですよ」
私が言うと、真鐘さんは引き続き瞳を揺らしながら優しく笑う。それから、もう何度もいただいている、ありがとうを言われた。
「早速、準備に取り掛かります。こちら側で、流れの調節を行うので美烏さんは事務室にある予備の衣装に着替えて、ウォーミングアップをしておいてください」
「分かりました」
話がまとまって、スタッフさん達のもとへ走っていく真鐘さんの背中を見送る。
真鐘さんのお願いを請け負うと決めたのだから、私も生半可な気持ちではいられない。早速、私もスタッフエリアへと衣装を取りに行動を始めた。
※
館内にある関係者専用の更衣室で、私は鏡の前の椅子に座る。準備してもらった予備の衣装には着替えた。私のイメージカラーである、ピンク色を基調としたミニスカートスタイルの王道な衣装だ。
鏡に映る自分を見つめながら、ポニーテールにしていた髪の毛を解く。わさっ、と解き放たれた髪の毛は乱雑に方へとかかり、首を振って背中側へと集める。
さて、どうしましょうか。いつもなら、ピンクのエクステを加えてツインテールに仕上げ、長年付き添ってきたミュウミュのスタイルに持っていくのだけれど。今はエクステもないし、凝った髪を作る時間もない。
そんなことを考えていると鏡に映る自分の後ろに、ひょっこり、と琴音が現れる。
「美烏ちゃん、大丈夫?」
「え?」
鏡越しに目を合わせた琴音は、不安そうな陰りのある表情を見せていた。
「ちょっと、無理してる様に感じて……大丈夫だったらいいんだけど」
「あ」
心の奥に隠していた素直な気持ちを言い当てられて、思わずハっ、とした表情を映す。それを見た琴音は更に表情を暗くした。
「昔から本番ぶっつけとかは苦手だったでしょ? スクールアイドルになってからは凄く成長したと思うけど、苦手なものは苦手だよね?」
「う……そうね。その通りよ。真鐘さんは、私なら上手く立ち回れると思ってくれているみたいだけど、正直この状態でスクールアイドルとして100%の力が発揮できるかと言われると、自身はないわ」
正直に白状すると、琴音は私の気持ちに寄り添ってくれる様に優しく笑う。
「昔もさ。いつもは色々とフォローしてくれる美烏ちゃんも、土壇場の時だけは立場が逆転してたよね」
それから琴音は、懐かしむ様にして昔話を始めた。穏やかな語り口で過去の思い出を振り返る琴音の言葉を聴いていると、私も懐かしい気持ちになると同時に、不思議と緊張と焦りが和らいでいく。
「そうね。昔の私は、準備が出来ない状況だと本当に酷かったわ……。琴音にいっぱい助けてもらった」
「当然だよ。その分、美烏ちゃんは日頃から私に色々と教えてくれたし、それこそ準備が済んだ美烏ちゃんなら最強でしょ? グループなんだから助け合いだよ」
その言葉を聞いて不意に笑みが溢れた。そして、胸の中にあったわずかな揺らぎが、決心に変わった瞬間を覚える。
私が立ち上がり琴音の手を取ると、琴音は驚いた顔でこちらを見つめた。
「琴音、お願い。私とステージに立って」
「え?」
琴音の口から衝撃と困惑が入り混じった声が漏れた。
「クルフルの曲でもいい。昔みたいに、また一緒にステージに立ちましょう」
「でも……私」
「アナタが隣にいてくれたら、きっと私はこの状態でも思いきりやり切れる。アナタになら、私は安心して背中を預けられるわ」
私の言葉を聞いて、琴音は握られた手を振り払うとパーカーの胸元をギュッと握りしめる。そして、少し目を細めた後、視線を私から逃した。
「ダメだよ。今の私じゃ、美烏ちゃんの足を引っ張るだけなんだよ? それは絶対にイヤ。もう、誰の足も引っ張りたくないよ」
違う。琴音は、一度たりとも誰かの足を引っ張ったことなんてない。自分が、他より劣っているなんて大きな思い違いで、あの頃の私たちは間違いなく対等なグループだった。だから私は――
胸の中で大きくなっていく感情に身をまかせ、私はもう一度、勢いよく琴音の手を取った。
「琴音は足手纏いなんかじゃない! 今も、昔も、アナタはいつも私に力をくれた。私は、琴音が杏子や桜より劣ってなんて思ったことない! アナタの笑顔を、ずっと間近で見てきて思った。アイドルをやっている時の琴音は最強だ、って。私は琴音が、
「美烏ちゃん……」
「琴音が隣で笑ってくれているだけで、私は何の心配もせずにパフォーマンスができる。だからお願い、もう一度だけ私と一緒にステージに立って! 」
顔が熱い。胸もドキドキ、鳴っている。大切な親友に自分の思いを……あの日言えなかった言葉を、伝えるだけでこんなに緊張しているだなんて、自分が情けない。
でも言った。私は言った。
琴音は私にとって、凄いアイドルなのだと。そんな琴音が本当にアイドルを辞めたことについて何も後悔が残っていないのか、と。
私を見つめて琴音はグッと、奥歯を噛んだ。そして、柔らかい笑顔を向けてくる。
「やっぱり美烏ちゃんは、勘違いしてるよ。私が、アイドル辞めたこと後悔してるって、まだ思ってるんでしょ?」
「え……?」
そう返しながら琴音は握られていた手と、私の手を包むようにもう片方の手を重ねる。
「気にしなくてイイって言ってるのに……そうやって考え込んじゃうとこ、本当に昔から変わらないね?」
「それは……」
私が言い淀むと、琴音はクスクス、と笑った。
「美烏ちゃんが私を凄く高く評価してくれてるのは分かったけど、私だって一緒だよ? 私もステージの上の美烏ちゃんは最強だと思ってる。だから昔憧れた私の気持ちは全部、美烏ちゃんに託したの」
私の目を真っ直ぐに見つめて琴音は言葉を続ける。
「私はテレビで見たアイドルに憧れて、クルフルに入った。その憧れは確かに今でも忘れられないけど、それでアイドルを辞めたことを後悔してるか、って聞かれると全く後悔はしてないの」
少し恥ずかしそうに頬を染め、息を吸い直して琴音は話した。
「クルフルが解散になって、もう何もしたくなくなって逃げることを考えた私と、ソロでも夢を追うことを決めた美烏ちゃんには大きな差があるんだよ。それは美烏ちゃんが私をどれだけ高く評価しようとも変わらない事実でしょ?」
確かに私は、クルフルが解散になると聞かされて直ぐにソロ活動へ転身する考えに至った。それは不器用で協調性のなかった私が、アイドルになって初めて自分の居場所を見つけたと思ったから。つまり、私にはアイドルを続けるしか選択肢がなかったのだ。
「私が最強だと思ってる子が、私が逃げ出すことしか考えてなかった時に、夢に向かって走ろうとしていたから、私の憧れは全部、美烏ちゃんに託したんだよ。だから後悔はない。美烏ちゃんを応援する今が、幸せなんだ」
力強い言葉で琴音は言い切った。
私の思いと、言葉は琴音には届かなかった? それとも私が思っている以上に、琴音はしっかりと考えて、自分の道を歩いている。と、いうことなのかしら……。
甘く下唇を噛む。すると、琴音はニコリ、と笑って握っていた手を引き込んだ。
思わず寄せられて琴音の顔と、私の顔が重なりそうになるくらい接近する。
「でも、私の推しが今、どうしても困ってるから助けて、って話なら協力するよ。私も覚悟決めたよ。立とう。もう一度、一緒のステージに」
「つ! 琴音!」
「ダンスは……多分、大丈夫。多少、覚束なくても隣に美烏ちゃんがいるもんね?」
そう言って琴音は小さな目でパチリ、とウインクをした。
本当は不安でモヤモヤしていた胸の中がパァ、っと晴れていく。
「ええ! こんなに嬉しいことはないわ。ステージに上がるのが楽しみになってきた。早く、準備しましょう、琴音‼︎」
私が言うと、琴音は満面の笑みを返してくれた。
「ふふ、私も嬉しいよ。また、美烏ちゃんとステージに立てて」
そう琴音が返してくれて胸の奥が熱くなる。その言葉そのものが嬉しかった、ということもあるが、何より琴音が前向きにステージに立とうとしてくれていることが嬉しい。
私は親友としての琴音も好きだけど、やっぱりアイドルしての琴音が好きなんだ。
※
準備に少し時間をもらって、遅れながらにもイベントは開催された。
真鐘さん達、グロリアスギフトが先陣を切り快調なMCのもとイベントは進行される。
初めにグロリアギフトがオープニングアクトを務め、特別ゲストを紹介する、という程で私はステージへと出た。
MCとライブをして、次のグループにバトンを渡す。遅れている学校が到着する為の時間を稼ぐのが私の役目だ。
ステージの上に立つと、客席には大勢の人たちが集まっていた。同年代の女の子や、小さな女の子。大人のお姉さんや、それ以上の方も来ている。
みんな、突然の出来事にも対応して私のイメージカラーであるピンク色のペンライトを構えてくれていた。
暖かい現場。正直、私に取ってここはアウェイな現場すぎて、かなり覚悟を固めてきたけれど、不要な心配だったみたいね。
「こんにちは〜! 紹介に預かりし、若ノ芽女学院スクールアイドル部、エンシードのミュウミュこと瓜谷美烏です‼︎ 」
右腕を挙げて大きく手を振ると沢山の歓声が返ってくる。活動地域が同じことから、私のことを知ってくれている人も一定数いるみたいだ。
「今日は縁あって、このステージにお呼ばれされちゃいました! 他のメンバーはいないのは、ごめんね。でも、代わりに今日は私と仲良しの、この子が応援に駆けつけてくれました!」
その一言で、客席がわずかにザワついた。私の経歴を知る人がこの中に何人いるかは分からないけど私が、それだけのことを言う相手は限られている。
私の紹介に合わせて、ステージの脇に控えていた琴音がステージの上へと現れた。衣装は私と同じ物の黄色ver.で、アイドルを引退して数年経ったと思えないほど様になっている。
会場の様子は8割がピンと来ていない様子。その中でも、何人かは驚き、勢いよくペンライトを振ってくれている人もいた。
想定していたよりも、クルフルのことを知っている人がいて驚きね……。
「それじゃあ、改めて自己紹介! お願いね」
「うん」
緊張しているのか少し大人しめに、琴音はステージの中央に立つ。
そして、両手を胸の前で重ねてからヘッドマイクに声を通した。
「みなさん、初めまして。私の名前は有矢琴音、陽野守女子大学附属高校に通う、ただの女子校生です。スクールアイドルではありませんが、うんと昔は美烏ちゃんと同じグループで同じステージに立っていました!」
ステージの上で話しているうちに緊張が解れていったのか、琴音は大きな声で過去の経歴を暴露する。それを聞いたお客様たちからは、何かに納得したような、突然現れた琴音という少女を受け入れる体制が整ったような、そんな空気が流れた。
認めたくはないけど、桜や杏子がスクールアイドルとして去年、派手に目立ってくれていたおかげで私の存在及びクルフルの存在は、この近辺ではその活躍に紐付けされて認知されているのだと思う。
大きな声を出してスッキリしたのか琴音は活き活きとした表情でニッコリ、と笑った。
「今日は少しの時間ですが、もう一度、美烏ちゃんと同じステージに立てるチャンスをいただいたので、私もいっぱい楽しむから、みなさんも楽しんでいってくださいね?」
もう長いことステージに立っていないのにファンを煽るのが上手い。
その持ち前の愛嬌と物腰の柔らかさ、そしてちょっと惹かれつつある内心を手玉に取ってくるような魔性のアイドル性。
やっぱり琴音は凄い。私が心配することなんて何もなかった。これなら私も目一杯、自分のパフォーマンスに集中できる!
「では、では、みなさん気になることもたくさんあるかもしれませんが、その前に一曲っ! 私たちの歌を聴いてください」
人差し指を突き出して、場の流れを切り替える。歓声が沸き、そして一瞬の静寂が生まれた。
琴音と隣同士に立って目を見合わせる。
「それでは聴いてください――」
「「Pure Shy my Heart ッ‼︎」」
2人でポーズを取り曲名を宣言すると、ピッタリなタイミングで音楽が流れた。
もうこの先、あるかも分からない琴音とのステージ。さっき琴音が言ったチャンス、という言葉が胸に沁みる。
私だって、アナタともう一度同じステージに立てることが心から嬉しいのだから。
だからこそ、一瞬かもしれない今この時を全力で楽しもう。
※
空もすっかり暗くなった19時過ぎ。
イベントはなんとか成功し、遅れていた学校も間に合って大団円で幕を閉じた。
私と琴音は、真鐘さんのご好意で、早上がりして帰路へと着いている。最後まで片付けを手伝うと言うと、これ以上お手数はかけられません!、と熱く返されてしまい、駅の方へと歩いていた。
隣を歩く琴音が、片方の手でもう片方の手首を掴み大きく伸びをする。
「ふう。明日は筋肉痛、確定だよぉ〜」
「……」
「いやぁ、すごく楽しかったけど疲れたねぇ。今夜はよく寝れそう。たまには本格的に体を動かすのも良いね」
まだ興奮が冷め止まぬ状態なのか饒舌に琴音は言葉を並べていた。
結局、場を繋ぐためにも曲は合計で3曲披露したし、トークパートもしっかりとった。なので、琴音が言う通り私も疲れはしたが、隣を歩く笑顔の少女の装いは少しいただけない。
そんな琴音の顔を私がジッ、と見つめると首を傾げてコチラを見返してくる。
1つため息を吐いて、まだ惚けた態度を貫こうとするこの子に対し、ステージの上にいたときからずっと言いたかったことを、ぶつけてやろうと決意した。
「琴音……アナタ、たまにはとか言っておいてダンスするのも歌を歌うのも全然、久しぶりなんかじゃないでしょ?」
「へ?」
眉間に力入れて琴音を見つめると、ははは……、と笑って目を逸らされる。
「……気付いた?」
「そりゃ、気付くわよ。いくら持ち歌だからって、引退して3年以上も経っているのよ? 一曲通すだけでも難しいのに、驚くぐらいノンストレスで私も合わせられてビックリよもう」
最低限、振り付けさえ頭に入っていれば、琴音の動きに私が合わせるつもりだったのに、そんな心配は一切不要だった。むしろ、阿吽の呼吸でタイミングが合うんだから、それは向こうが完璧に踊れていることの他ない。
「あはは……実はまだ全然、動けるんだよね。体力作りも、他のレッスンもずっと続けてる」
琴音の口からその言葉を聞いて嬉しい反面、じゃあやっぱりまだ未練があるんじゃないか、そう頭によぎり胸がキュ、っとなる。
「あ、違うよ? アイドルが諦めつかなくて、とかじゃなくて……LTube始めたんだ私」
私の顔を見た途端、慌てて琴音は訂正する。全く予想もしていなかった返しに、素直に衝撃を受けた。
「LTube?」
「うん。踊ってみた、とか歌ってみた、とか……あと雑談配信とかもやってる」
顔を紅くして、言いずらそうに琴音は言った。
「楽しいんだよ? 個人で運営してるから誰にも迷惑かけないし、向いてる気がするんだよね。……これが今の私の、やりたいこと。どうかな?」
額の横をかきながらモジモジ、と琴音はしている。それからコチラの様子を伺うように、控えめに目を合わせてきた。
「嬉しいわよ。琴音がそうやって前向きに、何かを続けていること。けど――」
私が肯定から入り、琴音は表情を明るくさせるが、その雲行きが怪しくなると今度は表情筋を強張らせる。
「なんで、言ってくれなかったのよ! 冷たいじゃない。私は、ずっと琴音が本当は後悔してるんじゃないかって……」
私がこれまでの心労を吐露すると、今度は琴音がムッ、とした顔で口を開いた。
「だから、それは大丈夫って言ってたのに!」
「大丈夫じゃ、伝わりきらないことだってあるわよ!」
お互い言いたいことをぶつけ合い一度、停戦に入る。私が琴音を見つめると、またもや気恥ずかしそうに目を逸らしながら、ゆっくりと口を開いた。
「だって、あんまり数字がよくなくて恥ずかしかったから……言いにくかったんだもん」
「そんなこと――」
「そんなことじゃないよ。私だって、頑張ってる美烏ちゃんに追いつきたくて……だから肩を並べられるくらい数字が取れるようになってから言おうと思ってたの……」
私の言葉を遮って、顔を赤くしながら琴音が言う。この際、洗いざらい曝け出すかのように、その思いを暴露した。
今まで、違う道を歩むことを決めて以降、琴音は私の1番のファンを名乗ってずっとついてきてくれた。それも十分に嬉しかったけど、また違う道で私と肩を並べようとしてくれていることは、もっと嬉しい。
「美烏ちゃんはエンシードのみんなと、どんどん大きくなっていくから、私も頑張って追いつこう、って……」
「どうやってアカウントを伸ばすつもりなの?」
「へ? そ、それは……今よりもっと歌とダンスを上達させて――」
「それじゃダメよ」
覚束ない言葉で説明しようとする琴音を遮って、口を挟ませてもらった。
「私だって、やむを得ずとはいえミュウミュ、という禁止カードを切って売名したんだから、使えるものは使わないと」
「使えるもの?」
私の言葉に、ピンときていない様子の琴音が首を傾げる。
「また今度、コラボしましょう。歌でも、ダンスでも、雑談でもなんでもいいわ」
「それじゃあ、意味ないよ!」
「私がやりたいから良いのよ。私だって、もっと多くの人にアナタの凄さを知ってもらいたい。どれだけ能力を持っていたって見られなければ意味がない、っていうのがインターネットよ。私はただ火種になるだけ、見られさえすれば、みんなすぐ琴音のファンになるわよ」
熱くなった感情をそのままに、抱いた思いの丈をぶつけると、琴音は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。
「スペックなら十分備わっているし、アナタの笑顔を見たら誰だって虜になるわ! 後は売り出し方だけ、私が火付け役になる。琴音を世界に知らしめてやる!」
「わかった、わかった……ッ⁉︎ ……わかったから、もうやめて……」
顔の前で両手をブンブン、と振り琴音は私の言葉を止めようとした。
そして、耳の先まで赤くなった顔をフニャり、とさせて口元を手で押さえる。
「それ以上、言われたらもたないよ……美烏ちゃん」
「……カワイイ」
「……ッ⁉︎ もう! やめてってば‼︎」
限界を迎えた琴音が極めて優しい力で、私を軽く突き飛ばした。
なんだか珍しく私が主導権を握っているようで、なんだか楽しい。イキイキ、とした表情の琴音を見ていると嬉しくなってきた。
「琴音。私たちはもう、同じグループではないし、琴音はアイドルじゃなくなってしまったかもしれないけれど、今でも対等に肩を並べる仲間よ。だから、今後とも互いに助け合いながら、互いの夢に向かって、一緒に走りましょう?」
両手で顔を仰ぎながら私の言葉を聞いていた琴音の私を見る目が一瞬、真珠のように輝いたような気がする。
そして私もまた、琴音と似たような目を彼女に向けていることだろう。
「うん! ありがとう美烏ちゃん!」
そう返してくれた琴音の顔は、今日1番の笑顔だった。
今日の出来事を経て、私たちの関係は前よりも強固な絆で結ばれたと思う。
関係の姿形を変え、距離が離れ、年月がたっても、結ばれた絆は、きっと切れることはない。同じステージに立って、それを再確認することができた。