あの日。閉ざしていたボクの心の扉は開かれた。夢と憧れを取り戻し、なんの蟠りもなく笑えるようになった。エンシードの皆んながボクの心を解してくれたんだ。
だったら今度は――
〜〜〜take 葉月〜〜〜
自室のベットから起き上がったボクは、まだボヤけた視界を覚そうとパチパチ、と瞼を上下させた。
やがて、鮮明になる視界に映った時計の針は8時半を指している。
鼻の奥から湧き出てくる欠伸に抗うことなく身を任せ、そのまま大きく伸びをした。
よく寝た。こんなにグッスリ寝られたのは久しぶりだね。
最近は特に忙しかったことを思い出しながら、心身共に回復した状態に満足感を得る。母さんが企画した公演も千秋楽を迎え、各所のインタビューにも答え、雑誌の写真撮影も終わらせた。舞台の関係者が集まる祝賀会にも参加し、晴れて本当の意味での解放が果たされたのだ。
ベットから立ち上がり姿見の前へと移動する。そこに映るのは寝巻き姿の寝癖のついたボク。到底、人前には出られない身なりだけど、どこか表情は明るくて、いつもより良く笑えている気がする。
胸の中が暖かくなるのを感じながら、予定の時間までに準備する為、動き出す。
※
10時丁度。都市部の駅前にある噴水の前でボクは直立不動のまま、街ゆく人々を見つめながら待っていた。
そういえば、この場所はユカリが路上ライブを行なっていたという場所か。ユウキやミウ、レナが加わった4人でのライブは、ボクも配信で見た。その背景と、今見ている景色が重なって見える。
ここを歩いている人たちの中には、当時のあの場所にいた人もいるかも知れない。
ボクがいない間にもユカリは大きく成長を遂げていた。ライブ配信を通して、それを強く感じ取る。いや……ユウキの話によると昔に戻りつつある、という、表現が正しいのかもしれない。
そんなことを考えていると、待ち人がボクの方へと歩いて来た。
「ごめんね、ハーたん! 待った?」
「いいや。気にすることはないよ。誰かと待ち合わせをするなんて今まで、そうないことだったから、こうして先に来てレナを待っていたかったんだ」
ボクが、そう言うとレナはクスリ、と笑う。それから前髪を整えて、ボクの方に宝石の様な丸い瞳を向ける。
「わぁ、今日の私服はちょっと新鮮だね!」
そうレナが言うのも当然で、普段見せてきたボクの私服というとメンズ用のダメージジーンズや、カジュアルなシャツだった。しかし、今日は少し趣向を変えてデニム生地のサロペットを着用している。と、いうのも公演中に少し年上の共演者の方が、可愛い服も着た方がいい、と言って似合いそうだという服をプレゼントしてくれたのだ。
上には肩が出るタイプの白いシャツを着ており、それも同じ人がプレゼントしてくれた。
少し前なら母さんが、イメージ戦略が崩れる、と口を挟んできただろうが、今回は何も言われなかった。色々な意味でも、あの夜の一件以降、母さんは確かに変化しているようだ。
「変じゃないかな?」
「ううん。変じゃないよ。凄く似合ってる! 可愛いよ、ハーたん」
目を輝かせて行ってくれるレナを見ていると、その純心さ故に、こそばゆくなる。
「ありがとう。それじゃあ行こうかレナ」
ボクが右手を差し出すと、レナは左手を突き出してムスっ、とした顔を返してきた。
「ダメ! 今日は私がエスコートするって言ったでしょ? ハーたんは何も考えずに、私に手を引かれる日、だよ」
そう言うと逆にレナは突き出していた左手をコチラに差し出してくる。
「そうだったね。ごめんよ」
レナの言う通り、差し出された手をボクは取った。すると、レナはご満悦に口角をあげて、可愛い笑顔を見せてくれる。
「ふふふ、行こっかハーたん」
「ああ、ボクの可愛い王子様」
レナに手を引かれるかたちで、ボクたちは肩を並べて歩き出した。
※
レナに連れられてやってきたのは街のショッピングモールにあるCDショップ。
昨今、サプスクリプションが急速に普及している世の中で珍しくCDとしての形で音楽を販売しているお店。
スクールアイドルを始めてから、ユカリやミウに教えてもらい流行りの曲、というものを聴くようにはなったが、CDショップはボクにとってはより一層に馴染みのない店だった。
「このCDショップには、よく来るのかい?」
ボクがそう問いかけると、レナは小さな顔でグイ、っと見上げてコチラを見る。
「うん。そんなに頻繁には来ないけど、近くまで来たら寄ろうかなぁ、ってくらいには来てるよ?」
「そうなんだね。音楽には、そこまで精通していないから、色々と教えてくれると嬉しいよ」
「うん! 任せて」
目を輝かせたレナが早速、お店の中に切り込んでいった。その小さな背中に、ボクは暖かい気持ちで着いていく。
「じゃ〜ん、ここが私が作ってるジャンルのコーナーです! 私の曲はCDになってないけど、有名な人の曲だとメディア化したりもしてるんだよ」
棚に積まれたCDと、モニターに映し出されたイラスト調のPV動画を指さしてレナが言った。流れている音楽の歌を歌っているのは機械音声のようで、アイドルのような装いをした女の子が歌っている。そっち関係に疎いボクでも、2次元に住む彼女のことを見聞きしたことはある。
それに、このキャラクターの小さなぬいぐるみが、レナの学生鞄に付いているのを、ボクは知っていた。
「レナは、この子が好きなんだね」
「うん!
青く長い髪の毛でキリっ、とした顔が印象的な女の子。どこか、ユウキを思わせるような雰囲気のキャラクターだ。
声の方は機械音ながら力強さを感じさせ、ユカリを想起させる。
意図的か、そうでないのか、どちらにせよレナの中でユウキやユカリの存在が大きくあると感じた。
「とてもカッコいい子だね」
「うん! 私、ずっと部屋で塞ぎ込んじゃって
たんだけど、この子と出会ってから1つ殻を敗れた気がするんだ。もう一回、曲作りを頑張ろう、って思えたきっかけなの」
「そうだったんだね。その気持ち、少し分かるな。ボクの殻を破ってくれた子も彼女のように凛々しくてカッコいい女の子だったからね」
ボクが、そう言うとレナはポカン、とした顔で小首を傾げる。間接的に伝えようとしたボクの意図は、肩透かしをくらったが、それはそれでいい。
レナのこういう顔を見ていると、平和を感じて心が暖かくなる。
「いいんだよ。こっちの話さ。それよりも、もっとレナの話を聞かせておくれよ」
「あ、うん! 次はこっち――」
レナは軽い足取りで、弾むように店内を移動した。その小さな背中に、またボクは付いて歩く。
時間が許すまで彼女との逢瀬を満喫しよう。
※
12時頃、レナに連れられて4階のフードコートなる場所へとやってきた。明るい色をした木の机が至る所に並べられている。隅の方は、ガラス張りになっており4階からの景色が眺められ、ファミリー層向けであるショッピングモールの内装も十分しっかりしているんだと、脱帽した。
さすが連休シーズンなだけあって多くの人で賑わっており、そこらで会話する声が重なってザワザワとしている。
「なんとか座れて、よかったね?」
「ああ。丁度、入れ替わりで座れて、運がよかったよ」
そんな会話を交えつつ、ボクの正面に座るレナが笑顔で両の手のひらを合わせた。
「いただきまぁ〜す」
「いただきます」
レナの合掌に合わせるようにして、ボクも続く。
「ハーたん、がハンバーガー食べてるの何だか新鮮だね」
「そうかい? 確かにジャンクフードは、あまり好んでは食べないけど、母さんが日本にいた頃から何度かは食べていたよ?」
「そうなの? 一流のレストランとかでしか外食しないのかと思ったよ」
ハムスターのようにフライドポテトを細かく口に運びながら、レナが言う。
確かに、こだわりの強い母さんを目の当たりにしたレナなら、そう考えるのも不思議ではないのかもしれない。
「ふむ、確かに母さんなら言いそうではあるけど、役作りの一環で酸いも甘いも知りなさい、と言われたからね。ジャンクフードも食べたことはあるよ? 好んで食べていないのは、単にボクの好みの問題だね」
「そっかぁ。なるほどね」
納得したように頷くレナを見ながら、ボクも自身のフライドポテトに手を伸ばす。
口に入れ、前歯でサクっ、と噛んだ瞬間、油と塩味が口に広がり後から芋の甘い風味が押し寄せてきた。タイミングよく出来たてを提供してもらったおかげでサクサク感が強く、ホクホク、と熱気を口から逃す。
続けて、こってりとした口の中に、セットで提供されたアイスコーヒーを流し込んだ。キリッ、とした苦味と奥深い香りが口に残り、油ギッシュな口を洗い流してくれた。
「そういえばユウキは、フライドポテトが大好きだったね」
ポテトを口に運んでいるとユウキの顔が思い浮かんで、そんなことを呟いてみる。すると、レナは快活な表情で話題に食いついた。
「うん。ユっちゃん、昔からフライドポテト大好きだよ? ジャンクフード全般、好きだよね。あと、辛いものも、よく食べてるイメージ!」
「辛いもの?」
「うん。激辛スパイスとか、激辛ラーメンとか、よく食べてるよ?」
激辛……そう名のつく食べ物とは無縁だったな。韓国系の辛い料理なら食べた経験はあるが……。どうやらユウキは、かなり尖った嗜好を持っているようだ。
辛味は味覚ではなく痛覚だという。そして、好んで辛味を摂取する人は大きなストレスを抱えている、という統計結果が出ている話を、聞いたことがあった。
ボクたちの前で、いつも明るく振る舞っているユウキだが、身の上相応のストレスを抱えていたんだね……。
「ハーたん? どうしたの、難しい顔して」
「あ、いや……ユウキにお土産でも買っていってあげようかと思ってね」
「ユっちゃんに? ……?」
眉を寄せ、首を傾げるレナ。
「……みんなに買っていこう。ユカリやミウにも、お世話になったからね」
咳払いを一つ残して話を濁す。ボクとしたことが、飛躍した話題でレナを混乱させてしまった……。
「他の3人も今日、予定があえはよかったのにね?」
ボクが困っていることを様相から読み取ったのか、はたまた、ただ単に思いつきか、のほほんとした顔でレナが言う。
「そうだね。ユウキはバイトで、ユカリは土宮の子たちとの先約。ミウはコトネ先生とプールだったっけ?」
「そうだよ。せっかく久々な、ハーたんのオフの日なのに、予定が合わなくて残念だよ」
唇を少し尖らしたレナが、そうボヤついた。こうしてボクのことを思い、感情を表に出してくれるのは素直に嬉しく思う。
「仕方ないさ。元々、入っていた予定を優先するのは当然だし、ボクもそうして欲しいと自ら伝えたことだしね」
ボクの出ていた公演の千秋楽を迎えた後、エンシードのグループチャットで、レナがボクの休みの日を聞いてくれた。しかし、千秋楽の後も取材などの仕事が残っておりギリギリまで、その明確な返事が出来ないでいた。
中々、休みを取れそうにないボクを思って、夏休みも明けようとしているこの時期をオフの期間にしてくれたのはミウの計らいだし、その上で予定が合わなかったことを責める資格はボクにはない。
「ハーたんは優しいね。私は、どうせならみんなで集まりたかったよ」
「ふふ、レナがそう言ってくれるだけでボクは十分さ。それに、2学期からは、ずっと一緒にいられるんだ。思い出もいっぱいつくれるだろう?」
そう言うとレナは優しく、こちらに微笑んだ。
「5人で、たくさん楽しい思い出、作ろうね!」
「ああ」
2学期は、1学期と比べて、きっともっと楽しい学校生活になることだろう。今まで隠していた気持ちをエンシードの皆んなが認めてくれた。
もう何も気にする必要はない。ただエンシードの一員としてボクのやりたいことを、ボクの思うままにできる学校生活。楽しくないわけがない。
ただし、それだけじゃダメなことも理解している。ボクの問題は全て解決した。エンシードの皆んなが力を貸してくれて、乗り越えることだ出来た。
しかし、レナやユウキは未だ、ユカリのことで悩んでいる。ミウも、そうだ。元グループメンバーのあれこれで悩んでいる。
今度はボクが、皆んなの力になりたいと切に思う。全てが解決した後に、全員で笑い合える日を、皆んなで掴んでやろうじゃないか。
※
包み紙の中にある最後の一口を食べ終え、紙の布巾で口周りを拭う。
久しぶりにジャンクフードを口にしたが中々、美味しかった。毎日とまではいかないが、たまには濃い味付けも悪くはない。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ、そう呟くと目の前に座るレナが焦りだす。
レナは一口が小さいため必然的に食べるのが遅かった。ボクも極力ペースを合わせて食べていたが、先に食べ終わってしまったのだ。
レナのトレイには3分の1の量のハンバーガーと、そこそこ残っているフライドポテトがある。
「焦らなくていいよ。コーヒーを飲んで、ゆっくりしておくから。自分のペースで食べておくれ」
「……うん。ごめんね、ハーたん」
「本当に気にしなくていいんだよ。小動物のように食べるレナを眺めているこの時間も、可愛いものを見ているようで悪くはないからね」
目が合ったレナが、はにかんでいた。
「ハーたんは、サラっ、とカッコいいこと言うからズルいよね。私だって、カッコよくなりたいのに、ハーたんみたいには上手くできないよ」
そう言われて、思い出す。そういえば、今日レナはボクをエスコートしてくれる、と言っていた。
そして、ある日の夜。男の子に変装してまで、ボクの元にやってきてくれた。
出会ったばかりのレナは弱々しくユウキの背中に隠れており、守ってあげたくなる、そんな印象だった。そんなレナが自ら、ボクを気にかけて行動している。
彼女なりに心境の変化があったのだろう
「そんなことはないよ。あの夜、ボクを励ますために馳せ参じてくれたキミは、とてもカッコよかった」
「でも、何もできなかった。結局、ハーたんを勇気づけたのはユカちゃんの歌だし、ハーたんを部屋から連れ出したのはユっちゃんだよ?」
「それでも、独りぼっちだったボクを心配して、様子を見に来てくれたのはレナだろう?」
「……うん。ハーたんの気持ちを確認したくて。私たちだけじゃダメでも、ハーたんを入れた5人ならなんとかなるんじゃないかと思った。けど、ハーたんが、そもそも私たちと一緒にいたいかを確認しないと、勝手なことは出来ない、と思って……」
レナが単身で訪問してくれた日から数日後、エンシードの皆んながボクの家に乗り込んできた。そして、ユウキは強引にボクの部屋へと侵入し、殻に篭っていたボクの気持ちを解き放った。
「それが嬉しかったんだよ。正直、諦めきっていたボクをレナが惑わしてくれた。だから、ユカリの歌を聴いて憧れを思い出せた。そして、迷っているボクをユウキが連れ出してくれたんだ」
ボクが原因でバラバラになりかけたエンシードを、ギリギリのところで繋ぎ止めたのがミウだと聞いた。土宮の先輩方にも、お世話になったらしい。
全員のおかげで今のボクがあることを忘れては行けない。そして、その始まりはボクにとってはレナなんだ。
「ありがとうレナ。キミはカッコいいよ。ボクにとっては最高の王子様さ」
「う、ありがとね」
トロン、と緩み紅潮した頬を、両手で揉みほぐしながらレナが言う。それから、大きく呼吸を挟んで、笑顔で口を開いた。
「ハーたん、は変わらないね」
優しい声色でレナが言った。
「いいや、ボクも少しは変わったんだよ? いや、変われた、と言った方がいいかな?」
「そうなの?」
「ああ。昔は、意図的に自分を隠すためキザな役に没入していたんだ。少し冷たくて、カッコうつけたがりで、調子の良い言葉であらゆることを、あやふやにするボクだ」
そして、母さんの教えに忠実な、NO.1を目指すボク。本当は1番よりも、自分らしく自由でありたいと思っていたはずなのに……。
「若ノ芽に来てからも数ヶ月は、そうして生活をしていた。けれど、ユカリたちに会って徐々に本当の自分が表に出るようになったんだよ」
今のこの話し方だって、昔の名残ではあるけれど、これはこれでボクが歩んできた証のようなもの。随分としっくり来ているし、これも本当のボクなのだと共存した。
そうやって、本来の自分と、今この時も変わりつつある自分との折り合いの末が、ボクの未来なのだと最近、気づいた。だからこそ、これからが楽しみなのだ。
ボクの話を真剣に聞いてくれていたレナが、やんわりと笑い、頭をかく。
「私も……今までの自分から変わりたいんだけど、なかなか上手くはいかないね?」
レナの志は随分と高いようだ。ボクから見れば、レナば十分、変化している。初めて会った弱々しい彼女に比べれば「変わりたい」、と言うだけでも大きな変化だろう。
『そんなことはない。レナは十分、成長している』、そう諭すことは簡単だ。けれど、それは彼女が望む言葉ではないはず。
志が高く、まだ己を高めようと考えている彼女に、励ましの言葉は侮辱にもつながる。だったら、ボクはレナという小さな種が、どんな花を咲かすのか、両手で雨風を凌ぎながら、腰を据えて見守ろうじゃないか。
「ゆっくりでもいんだ。前に進もうと、そう考えているだけでレナは未来へと進んでいる。その思いが実を結ぶとき、きっと大きな結果として、花開くよ」
「ありがとう。ハーたん! 私……絶対にやり遂げてみせるからね」
やり遂げてみせる……その言葉が示す意味は――
ユカリの記憶……。
決意を固めた力強い瞳。強い思いを孕んだレナの笑顔。
彼女を取り巻く環境は、決して楽な道ではない。前に進もうとすれば、するほど、見たくない現実が待っている。
そんな未来を彼女は掴もうとしている。だとしたらボクは、レナの力になりたいと思う。それがきっと、ユカリのためにもなることだと信じているから。
しかし……。
ユウキ……キミはユカリの記憶について、どう思い、どう考える? ボクは、キミたち3人の力になれるだろうか?
※
ハーたん、とお出かけをした日の夜。就寝の時間になってベットの中に入り、目を瞑って考える。
〜〜〜take レナ〜〜〜
今日は久しぶりに、ハーたん、と会えて嬉しかった。
ハーたんは、ユっちゃんやユカちゃん以外に出来た初めての友達。ミーちゃんも一緒。
だから、すごく大切な人。
ハーたんが、エンシードを離れて、私たちを拒絶した時、一瞬、私を突き放した、あの日のユカちゃんが頭をよぎった。
大切だ、と思っていた人に拒絶されるのは、とても悲しいことだ。
また失ってしまう……大切な人を。また逃げ出してしまう……弱い自分。困った時に助けてくれるユカちゃんは、もういない。
だから私が強くなろう、って思ったんだ。もう、大切な人が遠くに行ってしまうのは嫌だから。そして……大切な人を――ユカちゃんを取り戻したいから。
今までは、逃げて目を逸らしていたから気が付かなかったけど、今のユカちゃんの中には間違いなく昔のユカちゃんが残っている。そして、それは時々、顔を覗かせている。
そして……ユっちゃんは、何かを隠している。
ユっちゃんが秘密にしていることに、ユカちゃんが記憶を失った鍵が眠っているはずなんだ。その鍵を手に入れることが出来れば、ユカちゃんを閉じ込めている檻の錠を開けることができると思う。
けど、その鍵を強引に奪い取ることだけはしないと決めた。ずっと私を気にかけてくれていたユっちゃんが悲しい顔をしたから。私は、ユっちゃんを傷つけたいわけじゃないから。
もう私は逃げない。
2学期は全力で、ユカちゃんと向き合ってやるんだ!